第10章第5節
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その夜、湊はクォークの母親の前で泣いていた。この世界に来てから、ずいぶんと月日が経ち、いつしか彼女も湊にとって安心して泣ける場所になっていた。
「あんたが何にこだわっているのか知らないけど、すべてが思いどおりになるなんて大間違いだよ。特に人の心なんて思いどおりにならないものさ」
彼女の言うとおりだった。物語を変えること、つまり現実に存在する人たちの意志や行動を変えるのは難しい。どんなに湊が抵抗しても、アルダスはミレイユと恋に落ち、エリックを弟子にしてしまった。そして、物語にとって異物である湊を排除しようとしている。
「もっと近くに、あんたをちゃんと見てくれる人がいるじゃないか」
それが誰なのか、湊には聞かなくても分かっていた。
「だから、自分から手を解いたり、嫌いになったりしちゃいけないよ。それはみすみす幸せを手放すようなものだからね」
豪快な笑い声や湿った手のひらのぬくもりが湊の中で蘇る。今すぐ会いたい。けれども……。飲み屋の女の顔が過ってしまうと、湊は足が竦むのだった。
「あんたたちは本当に不器用だね。回り道ばっかりで、もどかしいったらありゃしないよ」
クォークの母親は大きくため息をついた。




