第10章第3節
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湊は自らエリックの教育係に名乗りを上げ、まずは掃除から手取り足取り教え込んだ。物語の中の印象とは違って、エリックは手先が不器用で、気も利かない。指示するたびに「はい」とは言うが、どこか他人事のようで、どうにも熱が感じられなかった。
「ここは、棚の下まで拭かないと埃が残るからね」
湊がそう言って身をかがめると、後ろから妙な視線を感じた。振り返ると、エリックは無表情でこちらを見下ろしていた。その目は、不安や緊張からくるものとは違って、どこか冷めた光を宿していた。けれども、すぐに視線を逸らし、いつものおどおどした顔に戻る。
「すみません、やっぱり不器用で……」
「いや、大丈夫。慣れればできるようになるよ」
湊は笑顔で返しながらも、心に引っかかるものを感じた。
掃除が終わると、二人で薬草を摘みに行く。草花の種類、葉の形、香りの違い……湊は丁寧に教えたつもりだったが、エリックは何度も間違い、草花を途中でちぎってしまう有様だった。それでも、湊は根気強く付き合った。
「どうして、錬金術師を目指そうと思ったの?」
摘み終えた後の休憩時間。湊は何気なく尋ねた。
「……兄弟がたくさんいて、喰わせていかなきゃいけなかったんです」
その答えに、湊は小さく首をかしげた。どこか台詞のように聞こえたからである。理由としては分かるが、「なぜ錬金術師だったのか」という動機が見えない。けれども、さらに問いただす前に、聞き覚えのある声が遮った。
「よぅ、クォーク。久しぶりじゃねぇか」
顔を上げると、ダブラーが腰に手を当てて立っていた。どれくらい会っていなかったのだろう。湊は自分でも意外なくらい懐かしさを感じていた。
ダブラーはエリックを珍しそうに見下ろしている。咄嗟に湊は、エリックを庇うように一歩前に出た。
「誰だ? こいつは」
「アルダス様の新しい弟子、エリックです」
「ふーん、新しい弟子か……」
ダブラーは、いつもの舐めるような目つきでエリックを見た。エリックは突然現れた大男を前にして怯えている。だが、すぐにダブラーは興味を失ったのか、湊に向き直った。
「こいつが育ったら、おまえは用無しになるのか」
思いがけない言葉に慌てて首を横に振る。
「なりません!」
「その時は俺が迎えてやるからよ。楽しみにしてるぜ」
ガハハと笑いながらダブラーは去ってしまった。あっという間の出来事で湊は拍子抜けする。気がつくと、エリックが湊をじっと見つめている。どこか含みのある眼差しだった。
「違う、違うんだ」
そう言って、店までの帰り道、湊はずっとダブラーについて説明した。アルダスのライバルであること、傲慢でずる賢いこと、女好きでいつも飲んだくれていること……。
「ずいぶんと詳しいんですね」
エリックからそう言われて、湊は狼狽える。
「この辺りでは有名なんだよ」
どうにかごまかしたが、変な汗をかいていた。




