第10章第2節
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次の日、店に一人の若者が現れた。まだあどけなさが残る顔には、緊張がにじんでいる。肩から提げたカバンはくたびれていて、ところどころ擦り切れていた。
「あなたがエリックね。アルダス様がお待ちかねですわ」
応対したミレイユの声に、エリックは頬を赤らめながら会釈し、言われるがまま作業場へと進んだ。
テーブル越しにアルダスと向かい合って座るエリックの背中を、湊はカウンターの陰からじっと見つめていた。物語で見た挿絵と、ほとんど変わらない横顔。だが、実際に動いて話す彼は、思っていたよりもずっと控えめで、繊細そうな雰囲気が漂っていた。
面接は淡々と進んだ。エリックは質問されれば小さく答え、時折戸惑ったように視線をさまよわせた。滑舌も悪く、自信があるようには見えない。
「……ずいぶん、おとなしいな」
思わず湊は呟いていた。物語の中の自信家のエリックとは、まるで別人のようだ。
面接が終わると、アルダスは椅子から立ち上がりながら言った。
「さっそくだが、明日から来てくれないか」
その即断に湊は思わず顔を上げた。自分のときは、一晩考えたいと言ったのに。しかも、こんな頼りなさそうな奴を?
エリックは、笑うでも驚くでもなく、ただ硬く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
そのまま足早に帰っていく背中を見送りながら、湊の胸に引っかかりが残った。
「どうして、あんな子を?」
アルダスに尋ねると、少し肩をすくめて答えた。
「素直で真面目そうだった。何より、私の指示をきちんと聞いてくれそうだからな」
そう言って、ちらりと湊に目を向ける。湊はもう一歩踏み込もうとしたが、アルダスは手をひらひらと振って話を切った。
「それより、薬草は? 今日、採取に行くんじゃなかったか?」
反論の余地もなく、湊はしぶしぶ外套を羽織った。確信はない。それでも、物語のとおりならエリックは店を揺るがす存在になる。ならば、過ちを犯さないように注意するしかなかった。




