第8章第3節
-3-
誰かが手を握っている。眠りの中で湊は確かなぬくもりを感じていた。温かくて優しくて、そのまま安らいでしまいそうだった。けれども、次第に湿り気が伝わってきて、相手がダブラーだと気づく。
「おぉ、ようやく気づいたか」
目を開くと、ダブラーが湊の顔を覗き込んでいた。
「バカやろう。心配させやがって……」
ダブラーの目から大粒の涙がこぼれてくる。初めて見るダブラーの涙。瞳の中の湊が揺らめく。人目を憚らず泣く姿に、湊は申し訳ない気持ちになってきた。
「ここは?」
「診療所だ。俺が連れてきたんだぜ」
ダブラーはクォークの母親に相談されたらしい。息子を助けて欲しいと。だが、駆けつけた時には湊がカウンターの中で倒れていた。
「アルダスの奴、言いやがった。医者に見せる金は無いって。だから俺、叱ってやったんだ。クォークはおまえのために身を粉にして働いていたんだぞって」
湊の顔から血の気が引いてゆく。全部、言ってしまったというのか。
「もちろん、家で調合してることも言ってやったさ」
すべてが水の泡になってしまった。もうこれで、アルダスは本当に湊をクビにするだろう。あれほど調合はするなと言われていたのだから。まして、その薬を客に提供していたとなれば、ただじゃ済まないかもしれない。
「……僕はアルダス様にクビにすると言われました」
「心配するな。俺が面倒を見てやるぜ」
ダブラーは誇らしげに胸を叩くが、それでは物語のとおりになってしまう。遅かれ早かれアルダスの店は潰れてしまうだろう。アルダスに必要とされていないとはいえ、湊にも意地があった。
「せめて謝らせてくれませんか」
湊は自分からダブラーの手を強く握る。
「あいつが受け入れるとは思えんがな」
ダブラーは渋い顔をしたが
「まぁ、おまえが言うなら、気が済むまでやってみるといいさ」
と承諾した。
「俺も一緒に行く。だから、言いたいことはちゃんと言えよ」
本当はダブラーと一緒にいるところを見られたくない。アルダスに、ダブラーと通じ合っていると思われるのは嫌だから。けれども、今の湊に選択肢は無かった。




