第7章第3節
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湊は人里離れたところにある森の入口に立っていた。朝早く家を出てきたというのに、太陽はもうすぐ真上に移動しようとしていた。久しぶりに長距離を歩いたせいで湊の脚が痛む。だが、これからが本番だ。湊は意を決して、森の中に足を踏み入れた。
森の中は昼間だというのに薄暗く、少し肌寒い。湊は手探りするように、雑草や木の枝で覆われた獣道を進んでいった。右手には小刀を構えて。こんなことになるなら、生前に護身術でも習っておけば良かったと後悔していた。
どれくらい奥へ入ったのか。ようやく、湊は湿地帯のあたりでカグラシダの群生を見つけた。図鑑で見たとおり、花びらは透き通るように白い。薄暗い森の中で、一際目立つ存在だった。いつもの癖で匂いを嗅ぐと、甘やかでありながらスパイシーな刺激が鼻をくすぐる。この匂いが人間を正気に戻してくれるのだろう。
湊はカグラシタの花を次々と摘んで、籠を満たしてゆく。しかし、夢中になり過ぎたのかもしれない。ふと、唸り声が聞こえて振り向くと、魔物や獣たちに囲まれていた。
犬のような獣が牙を剥き出しにしている。ライオンのような獣は爪でカリカリと地面を掻いていた。鳥のような魔物は空中で羽ばたきながら、今にも嘴で突いてきそうである。生前の日本と違って、すべてが好戦的で敵意を露わにしていた。
湊が小刀を構えると、鳴き声を上げて次々に襲ってくる。服の上からでも攻撃を食らうと痛い。無防備な頭や顔はもっと痛かった。湊の攻撃はかすりもせず、小刀は空しく宙を舞うだけだった。痛みに腕を押さえると、手のひらにべっとりと血がつく。手当てをしている暇もなかった。
次第に湊の動きが鈍くなる。多量に出血したのだろう。体の震えが止まらない。意識がふらふらしてくるのが自分でも分かった。もうダメかもしれない。犬のような獣から一撃を食らいそうになって、湊は死を覚悟した。
その時、急に爆発音が響きわたり、魔物や獣たちの動きが止まった。もう一度爆発音が響き、獣や魔物たちは慌てて逃げ出す。助かった、と思った瞬間、湊はその場に崩れ落ちた。




