第7章第2節
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「明日、森へ行くことになったよ」
家に帰るなり、湊は何の気なしにそう言った。途端にクォークの母親が慌てて駆け寄る。
「あんた、あの森に行くなんて正気かい」
湊は事情を説明する。客に冥醒香という薬を頼まれたこと。アルダスが引き受けてしまったこと。自分が森でカグラシダを採取するよう命じられたこと。
「分かっているのかい? あの森は無防備で入ったら二度と出られないと言われているんだよ」
クォークの母親は心配を露わにしている。そんなに危ないところだったのか、と湊は不安になってきた。けれども、今さらアルダスに行けないとは言えない。
「大丈夫だよ。魔物や獣に遭わなければいいのだから」
「ああ、神よ!」
とクォークの母親は胸元で十字を切る。そして、ふと思い出したように
「何か戦う手段はあるのかい。爆弾とか……」
爆弾は無かった。アルダスにそんな高価なものを買う余裕はない。手作りするにしても火薬が高価だった。もちろん、湊にだって自腹は切れない。せいぜい武器になる物と言えば、木や石を削る小刀くらいしか無かった。それも長年使われたせいか切れ味が悪い。
「どうか思い直しておくれ。おまえはたった一人の息子なのだから」
そう言ってクォークの母親は湊に縋ってくる。本当の母親ではないとはいえ、この人のためにも生きて帰らなければいけないと思った。
それでも、湊には妙な自信があった。きっと一度死んでいるからだろう。死んだところで、また別の世界へ転生するだけかもしれない。そんな風に楽観視していた。




