第6章第1節
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アルダスが店に復帰してから、評判を聞きつけた客がひっきりなしにやってきた。
「ここは最近、よく効く薬を作ってくれるんだってね」
「新しい弟子が優秀らしいわよ」
店の外には行列ができ、待ち人たちが噂話に花を咲かせる。注文書の山は日に日に積み上がり、湊は接客に奔走しながら、活気あふれる店内の様子に目を細めた。
あの日以来ミレイユは、まるで自分がアルダスの妻であるかのように振る舞っていた。店が混み合っていると、頼んでもいないのにカウンターの中へ入ってくる。
注文書の束を見るなり
「こんなに引き受けたら、またアルダス様が倒れてしまいますわ」
と湊をたしなめる。
「アルダス様から断るなと言われているのです」
「あの方は断ることを知らないのです。それを慮るのも弟子の仕事ですよ」
確かにその通りではあるが、湊は素直に受け入れられず、心の中で悪態をつく。
だが……
「薬の完成は、最長で一ヶ月ほどお待ちいただくことになります」
そう説明すると、客の顔は決まって曇った。
「そんなに待てないよ。あんたは作ってくれないのかい」
「アルダス様に認められていないので……」
「仕方ない。ダブラーにでも頼むか」
よりによってダブラーなんて。湊が悔しがっても止められないのがもどかしい。客は去り際に
「独立して店を持ったらどうだい。あんたなら、すぐにアルダスを追い越せるよ」
と言い残して去っていった。褒められているのだろうが、湊は苦笑するしかなかった。そもそも自分はアルダスを助けるためにこの店で働いているのだ。今ここで見限るなんて、そんなことできるはずがない。
ただ、自分も調合ができれば客を待たせずに済むのに、とは思ってしまう。そうすれば店の収入も増えて、アルダスだけでなく湊の暮らしも楽になるだろう。
閉店後、湊は注文書の束の厚さにため息をつく。どう考えてもアルダス一人では処理しきれない。アルダスが思う以上に湊は痛感していた。
「僕にも作れたら……」
ぽつりと漏らした独り言に、湊は慌てて口を押さえる。アルダスは調合に集中して気づいていないようだった。
この一ヶ月で、材料の分量や配合の仕方は頭に叩き込んだ。試したい処方もある。問題は、調合をする「場所」と「道具」だった。
「……自分の家なら、アルダス様にバレずに調合できるかもしれない」
湊は、ようやく思い至った。自分の手で、こっそり薬を作る環境を整えればいい。そう、器具さえあれば、自分の家でも調合ができるのだと。ちょうど明日は給料が出ると、アルダスは言っていた。仕事の帰りにでも、器具を売っている店に寄ろうと湊は決心した。




