第5章第3節
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次の日の朝、早くもアルダスが風邪で倒れたという話が街中に広がっていた。湊が店を開けるなり、常連客達が駆け込んでくる。
「私の薬はどうなっているのだ」
「こちらですね。どうぞ」
と湊は棚から取り出して差し出す。昨日のうちに自分が作っておいたものだ。
「これは何かね」
「頼まれていた飲み薬です」
「それは分かっている。誰が作ったと聞いているのだ」
「私でございます」
湊は胸を張って、まっすぐ客を見つめる。裏腹に緊張で手のひらは汗ばんでいた。
「そんな、見習いのあんたが作った薬なんて使えるわけがないだろう」
客は突き返そうとする。それを湊は冷静に戻した。ここでくじけている場合ではない。
「まずは使ってみてください。効き目が無ければお代はお返ししますから」
もし、アルダスがこの状況を知ったら激怒するだろう。下手すると湊はクビになってしまうかもしれない。だが、伊達に製薬会社の研究員を二年間やってきたわけではない。薬の出来には自信があった。
そんな湊の気迫に圧倒されたのか、客は
「分かった。使ってみよう。その代わり効かなかったら金は返してもらうからな」
と言い捨てて、店を出てしまった。
こんな調子で他の客ともやり取りしていると、あっという間に休憩を取る時間になろうとしていた。どこで昼食を摂ろうか考え始めた時に呼び鈴が鳴る。「いらっしゃいませ」と扉の方を見て、湊は身を固くした。
「よぅ。調子はどうだい。心配だから見に来たぜ」
声の主はダブラーだった。湊が抵抗する間もなく、慣れた様子で店の奥まで入ってくる。
「ご心配には及びません。今のところ順調に店は回っていますから」
そんな湊の言葉を無視して、ダブラーはテーブルの上にある作りたての軟膏に手を伸ばす。
「勝手に触らないでください!」
「ふーん、これがおめぇさんの作った薬か」
しばらくダブラーは、軟膏を見つめたり、匂いを嗅いだり、指で掬ってみたりしたが、湊の方へ向き直ると相好を崩した。
「さすがだなぁ。もう、こんなに質の良い薬が作れるのか」
思いがけず褒められて、湊の表情が緩んでしまう。
「材料がよく混ざっていて、匂いも上品、塗り心地も滑らかだ。こりゃ、アルダスより上かもしれねぇぞ」
「お世辞を言われても、何も出ないですよ」
言葉と裏腹に、久しぶりに良い評価を得られた湊の心は弾んでいた。それがアルダスでないのは残念だが。
そこへ、新たな客がやってきた。体の痛みに効く飲み薬を頼みに来たが、アルダスの代わりに湊が作ると言うと不安そうな顔をする。助け舟を出したのはダブラーだった。
「大丈夫だ。こいつの作る薬は俺が保証するぜ」
「ダブラーがそう言うなら……」
客はまだ不安を拭えないでいたが、ダブラーに背中を押されて注文書に必要事項を書き込む。湊はその行為に目を丸くした。
客が帰った後、ダブラーに尋ねる。
「なぜ助け舟を出してくれたのですか? 自分のお客さんにすることもできたでしょう」
「どうしてだろうな」
とダブラーは意味深な笑みを浮かべる。そして
「そりゃ、こうして恩を売っとけば、いつだっておめぇさんを引き抜けるだろ?」
と大声で笑った。肩透かしを食らって湊は膨れる。
「もう大丈夫だから帰ってください」
ダブラーの背中を押し、店の外へ追い出してしまった。
「まったく……」と湊はため息をつく。自分はこの店を守ると決めたのだ。決して自分の名誉が欲しいわけではない。気を取り直して、湊は棚の薬瓶を並べ直した。




