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君の瞳に映りたい~恋と錬金術~  作者: 石月 主計


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第4章第2節

-2-


城壁の外に出ると、そこには一面の草原が広がっていた。遠くには農作業をしている人影が見える。どうやら、この辺りは獣が出ないらしく、他にも草や花を摘んでいる人たちがいた。


アルダスから摘むように頼まれたのは七種類。薬や毒消しの材料になるものばかりだ。湊は家の図鑑で見た記憶を頼りに、手際よく探しては摘んで籠に入れてゆく。


ほとんどの薬草は簡単に見つかった。けれども、一種類だけ「スファレニカ」という薬草が見つからない。解熱剤や鎮痛剤として使われる薬草だ。確かに図鑑には載っていたが、現実の世界では見たことがないものだった。


湊は焦り始めていた。もし、摘まないで帰ったら、先ほどのようにアルダスをがっかりさせてしまうだろう。もっと、地面に近いところに生えているのかも、と這うように探していると


「よっ! 何してるんだ?」


と声をかけられた。


ぬめりのあるドスの効いた声に恐る恐る振り向くと、ダブラーがニヤニヤしながら立っていた。咄嗟に湊は後ずさりする。けれども、ダブラーの瞳はしっかりと湊を捕らえていた。


「や、薬草を摘んでいるだけです」


「そうか? 何か探し物をしているように見えたぜ」


見ると、ダブラーも片手に籠を持っている。


「ダブラー様こそ、こんなところで何をしているのですが」


「そりゃ、薬草を摘みにきたに決まっているだろ?」


「わざわざダブラー様が摘みに来なくても……」


「俺が行かなきゃ、手に入らないんだよ。誰かさんが弟子になるのを反故にしたからな」


そう言って、ダブラーは湊をジロリと睨む。ここから逃げ出したいのはやまやまだったが、肝心のスファレニカが見つかっていない。落ち着きを取り戻すために、湊はもう一度メモを見た。それをダブラーが取り上げる。


「ふーん……」


メモに書かれた薬草の名前と湊の籠の中身を見比べる。


「なんだ、スファレニカが無ぇじゃないか」


「分かるのですか?」


「分かるさ。それなら、この辺りを探したって無駄だぜ」


ダブラーは急に湊の手を握った。立ち上がらせて、そのまま歩き出す。自然と引っ張られる形になった。


「ちょっと、何をするのですか。離してください」


だが、ダブラーはひたすら前に向かって進んでゆく。


「手を離してください!」


「うるせぇ、黙ってついてこい」


半ば怒鳴られるように言われて、湊は黙り込んでしまった。手のひらの湿り気がじわじわと伝わってくる。


「ほら、この辺りだ」


ダブラーが指す方を見ると、暗い紫色の苞を持った花が至るところに生えていた。湊はしばらく見惚れていたが、ダブラーの方へ向き直ると


「あ、ありがとうございます」


と深く頭を下げた。それを見てダブラーが


「なんだ、俺に服従でもするのか?」


とケタケタ笑う。湊は慌てて首を横に振り、胸に手を当てて軽く会釈をした。


「面白れぇ奴だな。ますます気に入ったぜ」


ダブラーは腰を下ろしてスファレニカを摘み始める。湊もそれに倣って必要な分を摘み始めた。


「……ったく、アルダスも意地悪だな。生えている場所を教えないなんて」


「知らない僕が悪いのです。あんなに勉強したのに」


この世界に転生して今日で三日。いくら徹夜しても、その程度の勉強では不十分だと湊は痛感していた。


「アルダスは幸せ者だな。こんな真面目な奴に慕われるなんてよ」


湊はダブラーをチラリとうかがう。その顔はどこか寂しそうに見えた。あなたには飲み屋の女がいるではないですか。そんな思いが口をつく。


「……そういえば、飲み屋の女の人と楽しそうにしてましたね」


「ああ。あいつ、酒が入るとすぐに抱きついてきやがるんだよ」


ダブラーは、どこか面倒臭そうに答える。


「そうなんですか。てっきりお気に入りの子かと」


湊は意味ありげに口の端を上げてみせた。


ダブラーは一瞬だけニヤリと笑った。けれども、それはどこか曖昧な笑いだった。


「ま、女ってのは、そういうもんだろ」


それだけ言うと、くるりと背を向ける。


「……よく分からないですけどね」


そう返して、湊は再び目の前のスファレニカを摘み始めた。


「ところで、おめぇさん。酒はいけるのかい」


ダブラーが背を向けたまま切り出す。


「いいえ、まったく」


「なんだ、残念だな」


湊の答えに、ダブラーはわざとらしく肩をすくめてみせる。


「だから、僕を弟子にしても面白くないですよ」


「ふん……」とダブラーは鼻で笑う。


「面白くねぇかどうかなんて、俺が決めることだ」


諦めの悪さに、湊は聞かれないようにため息をついた。

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