第3章第1節
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アルダスの店は、職人街の外れ、城壁沿いの薄暗い一角にあった。装飾のない質素な店構え。看板も木の板に擦れた文字が書かれているだけで、用事がなければ誰も立ち寄らなさそうな場所だった。
湊は、きしむ音がする木の扉をゆっくりと開ける。呼び鈴が小さく鳴った。店の中はほの暗く、カウンターには誰もいない。ただ奥の方から何かを砕くような音が聞こえていた。
「すみません。面接をお願いしていた、す……クォークですが」
湊がそう声をかけると、作業をしていた音が止まり、奥の方からのっそりとアルダスが顔を出した。
物語の挿絵と同じく、鋭い目つきとやつれた頬。疲れが色濃く顔全体に滲んでいる。体は痩せていて、くすんだローブの隙間から覗く首元には、血管や骨が浮き出ていた。それでも内に信念を秘めた意志の強さは全身から感じられた。
「ああ、クォークだね。待っていたよ」
アルダスは無造作に髪の毛をかき上げる。その仕草がどこか伊堂寺に似ていて、湊の胸が少しだけ熱くなった。
湊はカウンターの奥、調合器具に囲まれた狭い作業室へと通される。テーブル越しに向かい合って座ると、アルダスは王立錬金術師同盟の推薦状に目を通した。
「……実力は問題なし。うちにはもったいないくらいだ」
クォークの評価は見習いの中でも格別に高かった。もちろん、湊も研究員としての経験があるので、同じ成果を上げる自信はあった。
「それで、君のような優れた子が、どうしてうちみたいなところで働きたいんだい?」
アルダスは顔を上げて湊を見つめる。その眼差しには戸惑いや、幾ばくかの疑いがこめられているようだった。慌てて湊は、物語でアルダスを好きになったきっかけの場面を思い出す。
「僕は、損を承知で人としての筋を通す。アルダス様のそんな姿勢に感銘を受けました。王都の依頼より村の薬を優先してしまう……そんな真似、誰にでもできることじゃありません」
しんと静まり返る。アルダスは、ゆっくりと推薦状を机に置くと、目を細めて湊を見つめた。
「……驚いたな。そんな評判、広まっていたのか」
声の端に、照れと安堵の色が滲んでいる。誰かが見ていてくれた。そんな嬉しさがこみあげているようだった。
「だが、私で良かったのかい? ダブラーのところを断ってきたのだろう?」
湊は首を勢いよく横に振る。
「……僕はダブラー様の下で働くつもりはありません」
と言って、まっすぐにアルダスを見つめた。アルダスは腕を組んでしばらく押し黙る。真剣な表情に、湊は思わず背筋を正した。もしかしたら、言葉とは裏腹にクォークの顔つきが良くない印象を与えているのかもしれない。
「済まないが、今日のところは一度考えさせてほしい。明日また来てくれるか?」
「はい……分かりました」
即決でないことに湊はがっかりしたが、まだ不採用になったわけではない。努めて明るく返事をする。
アルダスは湊を店の外まで見送りに出てくれた。日差しが斜めに差し込む裏通りで、二人は言葉少なに別れの挨拶を交わす。
「今日はありがとうございました」
湊が深く頭を下げる。
「ん? ずいぶんと変わった挨拶だな」
とアルダスは首をかしげた。湊は慌てて、ここは日本じゃないと思い返し、胸に手を当てて会釈をする。アルダスは戸惑いながらも、ぎこちなく右手を差し出した。湊も右手を差し出して握手する。カサカサした無骨な手のひら。きっと実験や調合で酷使しているのだろうと湊は思った。




