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08.血の井戸の怪異

俺たちは冒険者ギルドの依頼でグラッツェルから北の村、ザール村にやってきていた。

俺、母さん、ミーナ、そしてルピナの四人パーティーだ。今回はフラム師匠はいない。


馬車を乗り継いで、村に着いたのは昼過ぎ。

到着早々、村長宅へ向かった。


「ようこそお越しくださいました。私はザール村の村長、ハンスと申します」

初老の黒穂族、ハンス村長は礼儀正しく頭を下げる。


母さんは地元の、特に同族の依頼を格安で引き受けている。

母さんは意識していないが、Sランク冒険者が格安で依頼を受けるのはギルドとしては問題だ。


他の高ランク冒険者も格安でこき使われることになりかねないからね。

今回も俺とミーナの名前で依頼を受けた。これなら依頼料が低くても文句は出ない。


挨拶もそこそこに母さんは村長に事情を尋ねた。村長は緊張した面持ちで口を開く。


「満月の日に近づくと、井戸の水が血のように真っ赤に染まるのです。昼にはまた元通りに戻るという、奇妙な現象でして…」


村長によると、朝汲んだ井戸水が血のような色で、昼には元の水に戻るという。

村人は気味悪がってその水は使わない。川の水を使えば生活はできるが、わざわざ汲んでくるのは不便だし、何より気味が悪いという。


「その水は残っている?」

「はい。何かの参考になるかと思い、桶に残しています。」


村長に案内され、俺とミーナはその桶を覗き込む。今は透明だが、汲み上げ直後は深紅に濁っていたという。

わずかに瘴気めいた魔力が漂っている。


「これは『血の結晶水』…」

母さんが静かに呟く。


「水に魔力を混ぜて短時間で血の色を発現させる。飲ませれば徐々に身体を蝕む。その井戸水を飲ませて犠牲者を待つ罠」


母さんの言葉にハンス村長は青ざめた。

「数年飲み続けたあと、術者が起爆させると犠牲者が出る」


赤い水を生成する装置が正常に動作している限り、水は赤くならない。

普通の水に偽装し、長年をかけて村人を蝕む──ただし術者が何もしなければ問題はない。


「この水を生成する装置が村の地下にあるはず。破壊すれば終わる。怪異は今夜で終わらせる」

村長は安堵の表情を浮かべた。


俺たちは村長宅でひと息つき、借りた部屋で打ち合わせをする。

「母さん、原因は分かってるの?」


俺が尋ねると、母さんは肩越しに答えた。

母さんは紅狼剣を抜き、刀身を確かめている。

「あれはルベリウス会の《血盤》が原因だと思う」


ルベリウス会──前の魔王大戦を引き起こした秘密結社だ。

「血の儀式で大量の犠牲者を出し、魔王を生み出した組織。その装置がまだ生きていて、偶然作動し始めたんじゃないかと思う」


この村は大戦で一度壊滅し、今の村人は当時の住民の親戚が頑張って復興させたらしい。


「でも、なんで今さら作動したんだろう?」

「儀式に詳しいわけじゃないけど……」

母さんは考え込み、続けた。


「犠牲者をできるだけ多く出すため、村の規模が一定まで大きくなると自動で起動するよう仕込まれていたのかもしれない」


本来、装置が正常なら井戸水は赤くならない。

井戸水に特殊な血魔法をかけ、何日も飲ませ続けたのちに儀式を発動させて犠牲者を作る──碌でもない仕組みだ。


もう二十年くらい昔の出来事で、魔王大戦は俺が生まれる前の話だ。

術者本人は既に死んだか、捕えられた可能性が高い。


ルベリウス会は王国が解散を命じられている。会員だった者は投獄あるいは処刑される。

魔王を生み出した張本人達なんだから当然だろう。


「今回は『二の陣』で行く」

母さんが言った。二の陣は母さんが先頭、俺とミーナが中衛、ルピナが後衛だ。

何が出るかわからず、かつ先頭に敵が出るのが予想される時の並び順だ。


夜になると血盤の機械の反応が強くなるため、俺たちは夜に出発することになった。

「二人とも仮眠して。どうしても眠れなければ睡眠魔法をかける」

「俺、かけてほしい。ミーナは?」「わたしも、お願い」


俺たちは母さんに魔法をかけてもらい、興奮を鎮めて眠りに落ちた。

魔王大戦か。母さんも参加していたんだよな。当時のことはあまり教えてくれないけれど… そんなことを考えていた俺は、いつの間にか夢の中へ落ちていた。


深夜、母さんに揺り起こされる。

「母さん、寝てないの?」

「ノア、ありがとう。でもちょっと眠れなくて」


ルベリウス会と聞いてから母さんの様子はわずかに硬い。過去に何かあったのだろう。

外へ出ると澄んだ月夜。雪が残る道を踏み、北の地方の冷気が頬に刺さる。


「地下に大きな空洞があるはず」

母さんの探知魔法が丘の陰を示した。


こういう時にルピナの探索力はすごい。違和感の感じる場所にすぐに到着する。

ルピナは小高い丘の麓まで来たらお座りをした。どうやらここが入り口らしい。

微かに魔力の残滓を感じる。普通の村人ならここを探し当てるのは難しいだろう。


最後に母さんが確認として魔力探知で入口を特定し、小さな石板を押すと土壁がせり上がった。


「ミーナ、入口が隠匿魔法で封じてある。解除してみて」

ミーナは頷き、静かに詠唱する。


「エニグレイル・ヴェール」

闇のヴェールがほどけ、隠されていた穴が現れた。

母さんも解除できるが、実戦経験を積ませるためミーナに任せたのだという。


穴を抜け、俺たちは洞窟へ足を踏み入れる。

暗闇を好む魔物が潜んでいるはずだ。


「母さん、ギアストだ!」

幽霊種──ギアストが漂う。


「ノア、行って」

駆け出して一閃。ギアストは煙のように掻き消えた。低級な幽霊は魔力を込めた斬撃で霧散する。

さらに奥へ進むと同種が何体か現れるが、俺とミーナで次々と撃退する。


ちなみにギアストのような幽霊種魔物の討伐依頼は最も人気のない依頼だ。倒しても霧散するし、素材も取れない。

討伐した証拠が残らないため、ギアスト狩りは冒険者には不人気だ。


やがて広い空間に出た。中央に血盤──儀式装置が鎮座する。


「これがルベリウスの血盤……」

禍々しい機械に息を呑む。


「ノアとミーナは入口で待機。後方を警戒して」

母さんは慎重に近づき、一刀で装置を断ち割った。


直後、地面に魔法陣が次々と浮かび上がる。

罠!?これは装置を破壊しようとした時に発動する罠なのだろう。


母さんが装置を斬った瞬間、上級幽霊種、エニグレイムが飛び出してきた。

数は…30、40。いや、もっといる。下手したら100体はいるんじゃないか?


「ノア、ミーナ、『五の陣』!」

その場を離れず、防御に徹する陣形だ。

俺はルピナを撫でて、心の中で《待て》と呼びかけた。

俺たちは周囲の気配に集中する。


母さんは紅狼剣の柄を握り、静かに目を閉じた。エニグレイムは母さんを狙って上級氷属性魔法で母さんを攻撃した。


無数の鋭い氷の刃が母さんを襲う。母さん、逃げて!と心の中で思った瞬間、母さんは「雷轟迅斬」と言い神速で抜刀し、エニグレイムを次々と斬り捨て、氷の刃を撃墜している。


速い!! かろうじて目で追えたが、俺にはとても同じことはできない。

踊るかのように、そして重力なんて存在していないように、母さんはエニグレイム全てを倒してしまった。


「おかーさん、速い…」

ミーナが感嘆の声を上げる。


俺は周囲を探るが、他に気配はない。

ルピナにも探らせたが、大丈夫そうだ。


俺たちは洞窟内の安全を確認し、入り口には母さんが強力な結界魔法をかけた。

再びここを悪用されないようにするためだ。


その後は村に帰り、村長に血の怪異はもう起こらないことを伝えた。

村長はまだ不安らしく、俺たちにしばらく滞在してほしいと伝えてきた。

流石に次の満月まで滞在するのは無理だが、三日程度なら大丈夫だと母さんが伝えた。



村に滞在中、村の狩人が目撃したベアドレイク討伐を手伝った。

ルピナがいてくれるのでベアドレイクの追跡は楽だ。


ベアドレイクは凶暴だが、退治すればその肉は美味で村のご馳走になるらしい。

冬の終わりは魔物が凶暴になる時期だ。俺たちは危険な討伐を果たすたび、村人は食料と安全を得られたと感謝してくれた。

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