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06.森の暗狼

深夜の森は痛いくらいに冷えていた。

曇り空の下、夜露に濡れた小道を踏むたび、足元で霜柱がパチパチとはじける。

吐く息は白く、ひとつひとつ凍りつくような感触があった。


分厚い防寒具を着ていても、肌を刺す冷気が隙間から忍び込む。

道端のかがり火だけが頼りの闇――昨夜、村は家畜の悲鳴に包まれた。


「ノア、ミーナ、行くぞー」

「おー」

母さんとミーナがのんきな声で答える。まるで夜のお散歩に出かけるような雰囲気だ。


今日は冒険者ギルドの依頼でグラッツェルから少し離れた農村に来ていた。

農村の人の話では森からデュンケルウルフが出てきて家畜に被害が出たとのことだ。デュンケルウルフは森の奥深くに生息する狼だ。


デュンケルウルフのランクはDだが、今回は5頭くらいが目撃されたのでBランク依頼扱いだ。通常、依頼は自分のランクの一つ上までしか受注できない。


俺とミーナは今Dランクなので二人だけでは受けられないが、母さんがいるためこの難易度でも受けられるのだ。


今回の依頼の紹介はフラム師匠からだった。

「ミレーネは儂から依頼を出すから、しばらくその依頼をこなすと良い」と言われていた。

フラム師匠の紹介の依頼なら安心して受けられる。…母さんはとても不満そうだったが。


俺たちはルピナを先頭に森の中へ歩き出す。

こういう時はルピナの鼻を頼りに的確に獲物に近づくことができる。


足跡は広葉樹の根元から、徐々に踏みしめる音を強くしていく。

深い闇の中、二つの赤い瞳が茂みの間で揺れた──デュンケルウルフだ。

漆黒の毛皮は月明かりすら吸い込んでしまうかのように暗い。

当初は五匹ほどだとのことだったが、森から現れたのは十匹──…想定の倍の大群が襲いかかってきた。


デュンケルウルフは俺たちを獲物と認識しているようだ。向こうからやってくるのであれば対処は楽になる。


「見つけた」

母さんが愛刀の紅狼剣を抜く。俺も自分の愛刀を抜き、黒い狼に対峙する。


「『一の陣』、準備」

母さんが言う。これは俺たちの魔物に対する順番や決まり事だ。

俺は前衛、後衛はミーナで魔法援護。

母さんは中衛だ。基本は俺たちへの指示役だが、何か問題が起これば即対応する。

今まで余程のことがなければこの戦い方でうまくいってきた。


──獲物が跳躍する瞬間を、俺は刀に力を込める。


「ミーナ、頼む!」

ミーナが切羽詰まったように詠唱し、炎の玉が俺の合図を待って飛び出す。

「イグナスブレイズ!」


燃え盛る弾丸はデュンケルウルフの右肩を焦がし、一瞬のよろめきさえ許さぬ速さで命中した。

甲高い音とともに、獣は怒りの咆哮を上げながら倒れた。


「ヴェントゥス・アイギス!」

母さんが片手を掲げ、空気が震えるほどの強大な風結界を展開する。

狼の後方や側面を覆うように風の結界を張り、デュンケルウルフの逃げ道を完全に塞ぐ。


俺とミーナは一旦母さんの背後に下がり、身構えた。

狼たちは何度か風の結界に突撃していたが、ビクともしないと悟ると風の届かぬ俺たちを真の獲物とみなしたようだ。


「来る!」

母さんは刀を振り上げ、重心を落としながら一閃。

──その刃はまるで空気を切り裂くかのように森を貫いた。


デュンケルウルフは衝撃に仰け反るが、一撃を受けてもなお立ち上がる。

牙をむき、両前脚で地を蹴り上げた。


俺もデュンケルウルフと対峙する。狙いは脚、動きを遅らせることだ。

「閃影斬!」

中級剣技の一振りで、一匹の脚を切断した。


「ミーナ、魔法を!」

俺が脚を切断したその背後から、


「ブリッツ・ファウスト!」

ミーナの雷魔法が魔物を貫き、全身を黒焦げにした。


「よし!」

だが、その瞬間──母さんの声が風を切った。

「ノア、斬り付けが浅い!もっと横から叩き斬って!」


母さんが矢継ぎ早に指示を出す。

「ノア、そっちから次が来る。下がって!」

咄嗟の指示に従い、俺は膝を折って体を回転させ、体勢を整える。


「疾凰斬!」

──凪いだ風の刃が森の闇に鋭い閃光を刻む。

獣は荒い息を震わせ、一度だけ恨めしげに俺たちを見返してから、重い身体を横たえた。

「まだまだこれから」

母さんが笑いながら声をかける。四匹──残りはまだ六匹。まだ油断はできない。



──静寂が夜の森を取り戻した。


終わってみれば、俺とミーナで四匹、母さんが六匹を仕留めていた。

「ノア、ミーナ、いい動きだった」

母さんは刀を鞘に収め、笑顔で俺たちに歩み寄る。


「母さん…すごい」

俺はまだ呼吸が重く、汗で重くなった髪を掻き上げながらつぶやく。

ミーナはまだ赤らんだ頬を掻きながら、息を整えていた。


あれ?そういえばルピナはどこに行った?

ルピナがどこにいるか周りを見たら、藪を越えて興奮のあまり走り回り、枝に首輪ごと引っ掛かったらしい。ルピナは何をやっているんだか。

俺はそっと首輪を掴み、痛くないように外してやる。


森の奥深くに漂う獣の血の匂い。

俺たちは、自分たちの成長を静かに感じていた。


「戻ろう」

母さんは再び夜の闇へと歩を進める。


今日の戦いで、連携の難しさと大切さを改めて思い知った。

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