05.鍛錬
「ふっ、ハッ、エィ!」
重たい鉛色の雲が垂れ込める早朝。
俺は息を大きく吸い込み、木剣を振り抜く。一発でも当てたい──全身の力を刃先に込めたが、目の前の母さんには届かず俺の剣先は気づけば空を切っていた。
そして俺に隙ができた瞬間、木剣が腹を襲う。
その打ち合いを受け止め、防ぎ返す。
フラム師匠がハラハラとした目で見ている。
普段の無茶にはすぐ叱り飛ばすフラム師匠も、母さんとの鍛錬の時だけは黙って見守る方針だ。
「とぉ!はぁ!…がっ!」
俺の振り下ろした一閃を紙一重でかわし、母さんは脇腹の隙に木剣で軽く一突きする。その衝撃で俺は思わず剣を落とす。母さんは全然本気を出していないのだが、痛いものは痛い。
「こう、剣先を振り下ろした瞬間、体重を足に乗せる。腰の軸をぶらさずに、衝撃を地面に分散させる感じで。もう一度――」
母さんが動きと構えをゆっくり示してくれる。俺はそれを目で追い何度も真似をする。
母さんが微笑み、俺の背を軽く叩いた。俺はひと呼吸ついて、改めて構え直す。
「よし。もう一度」
俺は母さんと再度剣を交える。母さんが突きを繰り出してきた。
見えた!と思ったが、一瞬で俺の肩に突き刺さる。
痛っ!母さん、もう少し手加減して!
「ノアは走り込みと素振りが足りない。特に下半身に力が入っていないから振り上げの瞬間に隙が多くなる」
的確に俺の弱点を指摘する。確かに振り上げの時に思うような動きにならなかったな。
母さんの戦闘についてのアドバイスは的確で参考になる。…その他のことは全然だめだけど。
「次はミーナ」
「はい」
ミーナは深呼吸して中級火魔法を放つ。
「イグナスブレイズ!」
妹は火・水・風・闇の4つの属性魔法が使える。
他の属性魔法もその内覚えるんじゃないかと言われている。
妹には魔法の才能があるらしい。母さんとフラム師匠のお墨付きだ。
ちなみに俺も魔法は使えるが、ミーナ程の才能はないらしい。
魔法は補助にしてメインは剣で戦うスタイルが良いと母さんとフラム師匠の意見が一致している。
炎の塊が母さんに迫るが、一瞬で防御魔法に弾かれて霧散する。
「ミーナ、違う」
母さんがミーナに指摘する。
「んー、もっとこう、ブワーッと、火が迫っていくように、ザーッと、勢い良く!」
「?」
母さんの頼りにならない点がもう一つあった。魔法の教え方だ。
魔法は心に描いた像を結晶化させる技術だ。強い想像力と集中力が必要だ。
剣術といった体を動かすことは的確だが、こと魔法のアドバイスとなるとひどい。
「ったく。ミーナはワシが見てやるからお前はノアと鍛錬するといい」
フラム師匠が仕方なさそうに母さんに声をかける。
「魔法、むずかしい」
そんなことを母さんは呟いていた。でも俺は忘れていない。
エンバーストームドラゴン相手に上級氷属性魔法を連発していたことを!
稽古は俺が剣を、ミーナが魔法をそれぞれ教わる形で終わった。
俺はボコボコにされたが、母さんの回復魔法で傷一つなく回復した。