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45. 魔王と外交と居眠り母さん

フラム師匠の口から語られたのは、俺たちの想像を遥かに超える壮大な話だった。


「儂が若い頃に外大陸へ旅をしたこと、また異国で思いがけず貴族や王族に謁見したことは以前話したことがあるだろう?儂が外の大陸の世界を旅して、いくつかの王族の者と交流があることは王女殿下もご存知なのだ」


確かに王都へ出発する前、王宮作法を教えてもらっている時に聞いたことがある。


「王女殿下はその時に儂が築いた、他の大陸の知己との繋がりを利用したい、とのことなのだ。具体的には、儂と今もなお交流のあるオクタドシア大陸の国家との貿易交渉の手伝いだ」


オクタドシア大陸。

俺たちの住むこのレグニア大陸の他に、世界には七つの大陸があると聞いたことがある。

フラム師匠はその内の一つであるオクタドシア大陸の国と交流があり、今でも時々手紙のやり取りを続けているそうだ。

グラッツェル村や、スアルツァーラ州で導入された新しい農法や技術の一部はそのオクタドシア大陸の知識を取り入れたものだと、師匠は言う。


フラム師匠の話によれば、現在のオクタドシア大陸には大きく分けて3つの国家が存在するという。


一つは、人族の皇帝が絶対的な権力で大陸の北側を治める、巨大な軍事国家「ノルディア帝国」。

そしてもう一つは、魔王アーニクス=オムニスが統治し、人と魔族が共存するという、大陸の南側を支配する「グレインヴェイル魔王領」。


この二つの大国が、オクタドシア大陸の領土のほとんどを分け合っており、現在は大きな戦争もなく互いに緊張状態を保ちながら平和に大陸を治めているらしい。


残りの一つは、西の海沿いにある小さな「エルトラド共和国」。

この国は国民が代表を選んで国を治める、という珍しい体制をとっている。

主に貿易で生計を立て、二大国の間でなんとか存続を許されているという状態なのだそうだ。


「でも、なんで今さら他の大陸と外交なんてする必要があるのかな?」

俺の素朴な疑問に、フラム師匠が答えてくれた。


「むしろ今だからこそなのだろう。王女殿下の本当の狙いは、ただの貿易ではない。

この外交を成功させ、ご自身の、そしてセレストリア王国そのものの権威を上げて、内外に知らしめることだ」


レグニア大陸は、先の魔王大戦からまだ完全には立ち直っていない。

現に王国の東部地域は、いまだ王家の権力が完全には及んでいないのだ。


「そういえば、英霊慰霊式の時に東の方から雷竜が飛んできてた」

母さんが、ふと昨日の出来事を口にした。


「…その話は、ドラン殿から聞いている。ミレーネ、お前、またノアとミーナだけに向かわせたそうだな。後でたっぷりと言い訳を聞かせてもらうぞ」


フラム師匠がジロリと睨むように母さんを見た。

母さんはどこ吹く風で、ふいっと視線を逸らすだけだった。


「どこのどいつが、あの雷竜をけしかけたかまではまだ分かっておらん。だが、王国に対してそういった嫌がらせや小細工を仕掛けてくる勢力が、まだ東部にいるということだ」


半ば独立している東部の領主たちへの牽制、そして、国内の民や貴族たちへの王家の権威の向上。それこそが、王女様の真の狙いだった。


「王女殿下の最終的な狙いは、オクタドシア大陸のノルディア帝国との貿易協定を締結することだ。

だが、相手は『帝国』、こちらは『王国』。残念ながら、国としての格では向こうの方が上になる。

ノルディア帝国と対等な立場で交渉するために、このセレストリア王国を『皇国』へと格上げするのが、王女殿下の真の狙いよ」


王女様は、他の大陸との貿易をしたいというのを表向きの目的として、その実、自らが『王女』から『皇女』となり、今の王国の権威そのものを引き上げるという壮大な計画を立てていたのだ。


「…なんだか、すごく複雑で難しそうだね」

ミーナが、心底難しい顔をして呟く。


「なに、まだまだ複雑だぞ。なにせ、儂はそのノルディア帝国とは全く面識がないからのう」

「え? 面識がない相手との交渉を? それは難しいどころか無理なんじゃない?」


俺は驚きつつ、疑問を口にした。


「そうだ。ノルディア帝国とは、これから初めて貿易の交渉をするのだ。だが考えてもみろ。

今まで格下だと思っていた『王国』が、いきなり『これから皇国になりますので、我々と対等にお付き合いください』と言われて、かの大帝国が素直に納得すると思うか?」

「…今まで格下だと思っていた相手に、いきなり対等に話し合いたいと言っても、相手が納得するわけないか」


俺はその通りだと納得するが、いまだに話の全貌が見えてこない。


「じゃあどうするの?」

ミーナが、不安そうな顔でフラム師匠に聞いた。


「そこでもう一つの大国を使う。儂は、グレインヴェイル魔王領の魔王オムニスとは面識があるのでな。

儂はまず王女殿下に、その魔王オムニスを紹介した」


え? フラム師匠が魔王様と知り合い?


「なんでフラム師匠が、魔王様と知り合いなの?」

「旅をすれば色々な経験ができる。魔王オムニスと知り合ったのもその旅の産物というわけよ」


何でも経験しておけばそういうこともあるとフラム師匠は言った。でも魔王様と知り合いになるということが簡単にできるものだろうか?

王族と交流があるとフラム師匠は言っていたが、王族といっても相手が魔王だったとは。

フラム師匠は話を続けた。


「オムニスからの返事は早かった。セレストリア王国と貿易協定を結ぶことを、即答で了承してくれたよ。…もっとも、一つ、面倒な条件は付けられたがな」


なんだか、その魔王オムニスのノリがずいぶんと軽いと思うのは気のせいだろうか。


「では、ノアよ。ここで一つ、お前に質問だ。

王女殿下のセレストリア王国と、魔王オムニスのグレインヴェイル魔王領が、貿易協定を結ぶことになった。

その上で、王女殿下がノルディア帝国にも『我々とも貿易をしませんか?』と持ちかけたら、帝国はどうすると思う?」


フラム師匠が、まるで生徒に問いかけるかのように俺に聞いてきた。


「ええと…。ノルディア帝国は、魔王オムニスの領地と戦争はしていないけど、決して仲がいいわけではない、んだよね」


俺は、頭の中で必死に状況を整理しながら、言葉を続ける。


「セレストリア王国が、先に魔王領と手を結んでしまったら…。ノルディア帝国としては、自分たちだけが仲間外れになるのは避けたいはず。だから仕方なく、セレストリア王国とも手を結ぶ、…かな?」


フラム師匠は、「正解だ」と言わんばかりの顔で、俺を見た。


「そういうことだ。オクタドシア大陸の二大国に同時に外交を持ちかけ、片方がこちらと手を結ぶとなれば、もう片方も、手を結ばざるを得なくなる可能性が高い。

すでに、魔王オムニスと、それからエルトラド共和国とは貿易協定を結べる見通しが立っている」


要は、魔王領や他の国と手を組むと見せかけることで、本命であるノルディア帝国を交渉に引きずり出す、ということか。


「ノルディア帝国が大陸で孤立しないためには、王女様と交渉の場につくしかない。

そして、その時には王女様は今の王国から『セレストリア皇国』と国名を改め、ノルディア帝国と対等な立場で交渉をする、というわけじゃ」


俺は頭の中で状況を整理しつつも、そのあまりの複雑さに頭が混乱しそうになっていた。

ミーナも、難しい顔で考え込んでいる。

母さんはといえば、もうとっくに話を聞く気がないのか、いつの間にか机に突っ伏して、すーすーと小さな寝息を立てていた。


「でも、もし二国と手を結んだとしても、ノルディア帝国が交渉を拒否したら王女様の計画は失敗しちゃうんじゃないの?」


俺がそう聞くと、フラム師匠はとても悪そうな、意地の悪い笑顔を浮かべた。


「そこをどう交渉して引きずり出すかが、儂の腕の見せ所よ。それに、別に今回全ての結果を出す必要もない。

セレストリア王国が、初めて他の大陸と公式な貿易を始めた、という成果だけでも、王女様の大きな功績になるからのう」


フラム師匠はきっとノルディア帝国相手に、かなりえげつない交渉をしているに違いない。そんな気がする。


「これから、そのやり取りが本格化する。そのため、儂はしばらく王女殿下の近くで交渉の手伝いをせねばならんのだ」


フラム師匠は悪そうな顔から一転、今度は心底疲れた顔をした。

他の大陸の大国まで巻き込んだ、王女様の壮大な計画。

これは本当に大変なことになるのかもしれない。


「次に王女殿下にお会いする時は、もう『皇女殿下』になっておられるやもしれんな!ノアもミーナも、その時は敬称をいい間違えて失敗することのないようにな!」


重くなった空気を読んでか、フラム師匠は冗談めかしてそう言ったが、とてもじゃないが笑える気分ではなかった。


フラム師匠は寝ている母さんを無視して、今度は俺とミーナにだけ語りかけた。


「詳しいことは、残念だがここですべてを語る時間はない。なので、ノア、ミーナよ。グラッツェルへ帰ったら、分からないことは儂に手紙を送って質問してくれ。それも、貴族が用いる正式な形式でな。これも侯爵としての修行の一つと思うとよい」


どんな経験もしておくべきだ、というのがフラム師匠だ。

これを機会に、俺たちに貴族らしい手紙のやり取りを勉強させようという魂胆なのだろう。

実にフラム師匠らしい、一筋縄ではいかない優しさであった。

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