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44. リンデルのダンジョンの代償

「おお、ノア、ミーナ! 久しぶりだな!」


扉の向こうに立っていたフラム師匠が、心底嬉しそうな声を上げて俺とミーナの両手を取ってくれた。

雨で濡れて冷たくなった俺たちの手が、師匠の分厚くて節くれだった温かい手のひらに包まれる。

その変わらない感触に王都に来てからずっと張り詰めていた心が、少しだけ解けていくのを感じた。


フラム師匠と会うのは8日ぶりだ。そこまで長い間会っていなかったわけではない。

だが、この数日の間に王都で起きた衝撃的な出来事が多すぎて、俺の感覚ではもう何ヶ月も会っていなかったかのように懐かしさが込み上げてくる。


「どうしてフラムがここにいるの?」

母さんはそれが不思議でたまらないらしく、挨拶もそこそこに一番聞きたいことを口にした。


「まあ、色々あってな。それより、ひどく雨に降られてきたのだろう? まずは中に入って、落ち着いて話をしようじゃないか」


フラム師匠は俺たちを部屋の中へと招き入れて、柔らかそうな革が張られた、木製の立派な椅子まで案内してくれた。


俺は椅子に座ると、部屋の中を見回してみた。

王都でも最高級の宿屋というだけあって、室内は隅々まで豪華な作りだった。


壁際に置かれた飾り棚は見事な彫刻が施されている。

床に敷かれた絨毯はふかふかで、歩いてもほとんど音がしない。雨で汚れた靴で歩くのが少し躊躇われるくらいだ。


そして、広い室内にはベッドが4つ用意されていた。

まるで俺たちが今日ここへ来ることを見越して、フラム師匠はこの部屋に泊まっていたかのようだ。


部屋の奥にある大きな机の上には、書類の束が山のように積まれており、そこでフラム師匠が何らかの仕事をしていたのは一目瞭然だった。


フラム師匠は、テーブルの上のポットから温かい湯気を立てるお茶を俺たちのために淹れてくれた。ふわりと立ち上る、少し甘い果実のような茶葉の香りがとても心地良い。


この宿が用意したものなのだろうが、お茶一つとってもグラッツェルではお目にかかれないような、高級な品が置かれているのが分かった。

自分のお茶を淹れ終わると、フラム師匠も深く椅子に腰掛けた。


「ううむ、さて。どこから話せばよいのやら…」

「とりあえず全部」

「お前は相変わらず雑だな…」


母さんは全部話せと言うが、具体的にどこからと尋ねないあたりが実に母さんらしい。


「そうだな。すべては、リンデルのあのダンジョンが始まり、ということになるな」


フラム師匠はゆっくりと、そして少しだけ重い口調で語り始めた。

全ては俺とミーナが女神イヴェリナの気まぐれで死にかけた、あのリンデルのダンジョンのせいだということらしい。

その言葉を聞いて、俺は背筋にあの時の凍えるような寒気が蘇るのを感じた。


あの前代未聞の事態の後、フラム師匠は即座に王宮に支援を要請しあのダンジョンを徹底的に封印することを選んだのだという。


国から封印に用いるための特別な魔術具や、それを行使するための高位の神官たちが何人も派遣された。そしてイヴェリナの転送魔法陣があった一帯は、強力な結界で幾重にも覆われ二度と誰も立ち入れないようにしたそうだ。


さらには高度な不可視の術も重ねて施し、そこには元から何もなかったかのように偽装するという徹底ぶりで、半永久的に、誰にも干渉できぬようにした、と。


そういえば王女様はリンデルの封印に随分とお金を使ったから、その代わりにフラム師匠を貸してほしい、と言っていた。

俺はなんとなくフラム師匠が王女様の頼みを聞くのはもっと先のことだと考えていたのだが、どうやら随分と前から師匠はこの件で動いていたようだ。


「なんでわたしに一言も言わなかったの?」

「お前さんに王国相手に交渉ができるのか?」


母さんは話を聞いて不満そうだったが、師匠にそう問われるとふいっと顔を横に向けてしまった。

…確かに母さんが王国相手に、細かい条件のすり合わせや駆け引きができるとは到底思えない。


「…王女様がリンデルのダンジョンの封印で協力してくれた見返りに、フラム師匠は何かお返しをしないといけないってことだよね?」


ミーナが心配そうにフラム師匠の顔を覗き込みながら先を促した。


「うむ、そういうことだな。…それもずいぶんと高い見返りを要求されてしまってな。残念ながら、それが終わるまでは、グラッツェルには帰れんのだ」


フラム師匠は心の底から疲れたように、深い溜息をついた。その目には普段の師匠からは想像もつかないような、憂いの色が浮かんでいる。


「王女殿下の要求は確かに高い見返りだと感じた。だが、儂はそれらがこれからの王国の安定、ひいてはお前たちの平穏のためには必要なことだと判断した。だから多少高くつくとも、儂はその取引を承諾したのだ」


フラム師匠は、真剣な顔で俺たちを見つめる。

だが次の瞬間、その表情は悪戯を企む子供のような、意地の悪い笑顔に変わった。


「それに高い見返りを支払う分、後でしっかりと別の形で返してもらうことも考えておるのよ」


俺はフラム師匠の、なにか悪いことを考えているような顔を見たのは初めてかもしれない。

新鮮に感じると同時に、何やらとんでもないことを考えているのではないか、と少しだけ不安になった。

今まで黙って話を聞いていた母さんが、その師匠の顔を見て釘を刺すように言った。


「分かっていると思うけど、ノーラに不利になるようなことはしたらだめだから」

「大丈夫だ。ちゃんと王国にも恩を売った上で、お前たちにも利があるように立ち回るわ」


フラム師匠が「ククク」と低く笑い、母さんは「そういうことじゃないんだけど」という顔をしたが、これ以上は何も文句をつける気はないようだ。

フラム師匠は再び真剣な顔に戻ると、俺たちに告げた。


「お前たちには今のうちに話しておく。これは王国の重要機密ゆえ、この話は決して外に漏らしてはならんぞ」


フラム師匠は、俺とミーナの目を一人ずつ順番に見て、強く念を押した。

その真剣な眼差しに、俺とミーナはゴクリと唾を飲んだのだった。

王都編はあと2話で終わる予定です。(終わるよね?)

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