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42.最後の夕食会と取引

ドラン様との話し合いを終え、俺は心の底からほっとして自分たちに与えられた客室に戻った。


部屋の中ではミーナがソファに座って静かに魔導書を読んでおり、母さんはといえばすでにベッドの上で健やかな寝息を立てていた。

母さんは謁見式の前から眠そうだったし、今日の夕食までは起きないだろうな。


俺はミーナの隣に腰を下ろすと、ミーナは心配そうな顔で小声で話しかけてきた。


「にーに、どうだった?」

「大丈夫。ドラン様にお願いしてちゃんとお断りをしてきたよ。だからミーナが貴族の誰かのお嫁さんになることはないよ」


俺がそう伝えると、ミーナは心底安心したような表情を浮かべた。

…うん、やっぱりミーナはかわいいな。

将来ミーナがお嫁に行くとしても、俺が心から信頼できるような相手じゃないと絶対に許さないぞ。


その後、俺とミーナは夕食に呼ばれるまでの間それぞれ読書をして過ごした。



◆◆◆


窓から差し込む光が、いつの間にかオレンジ色に変わっている。

王都ノヴァ・ルミナで過ごすのも今日が最後か。

王都に来てからまだ4日しか経っていないはずなのに、なんだかとても長い間グラッツェル村の家を留守にしてしまったような気がする。


フラム師匠とルピナに会いたいな…。

俺がそんなことを考えていると、不意にコンコンと扉を叩く音がした。


「ミレーネ様ご一家、アルヴィノーラ様が今宵の夕食にお招きしたいとのことです」


俺はぐっすりと眠っていた母さんを揺り起こし、魔導書の世界に没頭していたミーナを現実へと引き戻すという2つの大仕事をなんとか終え、迎えに来てくれたメイドさんに準備ができたことを伝えた。


メイドさんは俺たち家族の準備が整ったことを確認すると、「ではこちらへ」と静かに案内を始めた。


行き先は初日に王女様が使っていた、あの秘密の部屋だった。

俺は少しだけ嫌な予感がしたが、今更引き返すことなどできるはずもない。


それに母さんを今日の豪華な夕食で引き留めた手前、ここで「帰る」なんて言い出したら母さんが本気で暴れ出すかもしれない。

俺は覚悟を決め、王女様の待つであろう部屋の扉を見据えた。


扉を開け、中に入ると部屋の奥には王女様一人が静かに座っていた。

どうやら今夜は側近のドラン様すら同席させず、王女様と俺たちで秘密の会話を交わしたいらしい。


母さんはそんな雰囲気を気にする素振りもなく、ズカズカと部屋の中を進んでいく。

そして美味しそうな料理が並べられた転送の魔法陣まで行くと自分の分の料理を皿に盛り、自分の席にどさっと座ってしまった。


俺とミーナはその様子を見て小さくため息をつきながら、まずは王女様にきちんと挨拶をする。


「アルヴィノーラ様、この度は再びお招きいただき…」

「ノア、ミーナ。もう挨拶はいらんぞ。それに私のことはノーラと呼んでいいと言ったであろう?二人とも早く好きなものを取ってくるといい」


王女様は機嫌が良さそうな、にっとした笑顔でそう答えてくれた。

それに比べて母さんはなぜかさっきから少し不機嫌そうだ。

もう一人で料理に手をつけ始めているが、昨日までのあの凄まじい勢いはない。


「では、失礼して…」


俺は一言だけ断りの言葉を入れ、ミーナと共に転送の魔法陣へと向かった。

ミーナは料理よりもそこに描かれている複雑な転送の魔法陣そのものに釘付けになっている。


最近難しい魔導書をよく読んでいるし、それに影響されたのかもしれない。

集中しているミーナの邪魔をするのも悪いだろう。俺は一人だけ自分の皿を持って、母さんの隣に腰を下ろした。

すると、母さんが不満そうな顔で王女様に文句を言いだした。


「ねえ、ノーラ。どうしてノアとミーナにまで爵位を与えたりしたの?」

母さんは俺たちに爵位が与えられたのがやはり不満だったらしい。


「だから褒美だと言っただろう?」

「全然、褒美になんてなってない」


母さんの視点では褒美でも何でもないのだろう。

国の未来を憂う最高権力者の王女様と、しがらみを嫌いただの冒険者でいたいと願う母さん。

この二人の考えが簡単に埋まることはないだろう。


「ノアとミーナが正式にスアルツァーラ候の後継者となれば、まあミレーネ自身には何の利点もないかもしれんが、スアルツァーラ州にとってはかなりの利があるぞ」

「むぅ…」


王女様が挙げた利点とは、母さんの故郷があるスアルツァーラ州そのものの発展だった。

今の領主である母さんが黒穂族であり、その次の代も俺かミーナという黒穂族が領主になることが王国によって正式に約束されたようなものだ。


州に住む黒穂族たちはそれを聞いて喜ぶだろう。

中にはさらに奮起してスアルツァーラのために結果を出そうとする者も現れるかもしれない。

さらには大陸の各地に散らばっている黒穂族たちがその知らせを聞いて、スアルツァーラ州に集まってくる可能性もある。


黒穂族は種族全体としては決して強い部類には入らない。

他の州や街では、他の屈強な獣人たちから格下に見られて、きつい仕事を押し付けられたり嫌な目に遭ったりすることも少なくないと聞く。

だがスアルツァーラ州ならば領主が同じ黒穂族だ。そのような理不尽な扱いを受ける心配もない。


確かに同族のことを第一に考えるのであれば、王女様の判断は決して悪いことではないように思えた。

母さんは同族に対して人一倍思い入れが強いし、黒穂族であることに誇りを持っている。

それだけの利点を語られては、さすがの母さんも反論の言葉が出なくなったようだ。


母さんが王女様に痛いところを突かれていると、ミーナも皿に山盛りの料理を乗せて母さんの隣に座った。


「そういえば、ミーナには大量の手紙が届いていたそうだな!」

王女様が話題を変えるように楽しそうに言った。


「ノーラ様、それは…」

ミーナが困惑した顔で王女様を見る。


「ああ、安心するといい。ドランから報告は受けている。『次期スアルツァーラ候は全ての求婚を断った』とな。まあ、後の処理はこちらに任せるといい」


王女様!言い方!

事実ではあるが、その言い方ではまるで俺が一方的にわがままで断ったかのようではないか!


「ノーラ様。ミーナたちの求婚は確かにお断りいたしましたが、その言い方をされますと、まるで俺のわがままで拒否したかのように聞こえてしまいますが…」


「ふふ、分かっているさ、ノア。だがお前たちは侯爵家の者とはなったが、まだ新参だ。同じ侯爵位でも、古くから続く家の者たちほどその力は強い。相手の要求をただ真正面から断るだけでは角が立つこともある。時には危険ですらあるぞ」


王女様が諭すように言う。


「では、どうすればよかったのでしょうか?」

「ノアがドランに相談したことは正解だ。だが別の貴族相手に通用するとは思わないほうがいいな。これから貴族を相手にするために、少しは腹芸というものを覚えると良い。…まあそれについては、フラムからみっちりと教えてもらうといいだろう」


王女様はフラム師匠の名前を出す時、少しだけ苦い顔をした。

昔、師匠との間に何かあったのだろうか?


「フラムといえば、しばらくの間ミレーネから彼を借り受けることになるが良いか?本人からはすでに内諾は得ているのだがな。一応、主であるミレーネの承諾も得ておきたい」


王女様とフラム師匠の間ですでに何らかのやり取りがあったらしい。

そもそもフラム師匠にとっての主が母さんだったというのも初耳だが、その主を差し置いて先にフラム師匠本人に声をかけてもいいのだろうか?


「フラムを? いったい何のために?」

「リンデルのダンジョンの件だ。あのダンジョンを完全に封印するためには、神官の派遣や魔道具の設置でかなりの金がかかってしまったからな。ダンジョンの完全封印と引き換えに、別の件で一つ大きな頼み事をしているのだ。国の将来を左右する、重要なお願いを、な…」

「…分かった。それなら、フラムを貸す」


母さんはあっさりと承諾してしまった。

俺たちの知らないところですでにアルヴィノーラ王女とフラム師匠との間で何らかの取引が行われていたのだろう。俺たちには知らされていない以上、口を出すわけにはいかない。


その後は、母さんもいつもの調子を取り戻し王女様と競い合うように王宮の豪華な料理を勢いよく食べていた。

俺とミーナもこれが王都での最後の食事になるだろうと思いながら、一つ一つの料理の味をゆっくりと噛み締めていた。


母さんと王女様は「いつ再戦するか」とか、「リンデルのダンジョンの後始末がいかに大変だったか」とか楽しそうに、あるいは愚痴を言い合いながら語らっていた。

母さんが王女様の愚痴に、時折困ったような顔をしたりもしていたが、王宮での最後の夜は和やかに過ぎていったのであった。

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