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40.求婚

俺は心の動揺を隠しながらメイドさんの後ろについて、優雅な足取りを心がけ自室までの道を歩いていく。


なぜ母さんは自分が貴族であることを今まで隠していたのだろうか。

何か深い意図があったのか、それともただ単に何も考えていなかったのか。


だが、もしフラム師匠が関わっているのならそこには何らかの思惑があったとしか考えられない。

師匠はいつだって思慮深い人だ。

もしかしたら俺たちが貴族の子として扱われるようになることも、こうして正式に後継者とされることも師匠にとっては予想外の事態だったのかもしれない。


聞いてはいけないような気もするがもうすでに知ってしまったのだ。

ここで母さんにきちんと話を聞いておかないと、後でとんでもないことになるかもしれない。


俺は客室に着くと、まずは気持ちを落ち着けるために椅子に深く腰掛けた。

母さんは部屋に着くなりお付きのメイドさんに「早くこの服、着替えたいんだけど」などと文句を言っていた。


幸いお付きのメイドさんは他のメイドさんたちに手伝いを呼びに行くとのことで、一度部屋から出ていった。

客室はしばし俺たち家族だけの空間になる。

その静寂を破ったのは意外にもミーナだった。


「おかーさん、貴族だったの?」

ミーナがまっすぐな瞳で母さんを見つめる。


「んー? わたしは貴族なんてできないって、昔断ったんだけどね。わたしを無理やり貴族にしたのはフラムのせい」

「いやいやいや」


思わず俺は大きな声でツッコミを入れてしまった。


「フラム師匠が何かしたのかもしれないけどさ、最後にそれを受け入れたのは母さん自身だよね?」

「…まあそう言われれば、そうね」


母さんは、バツが悪そうにそっぽを向いた。


「おかーさんは、わたしたちに貴族だってことを知られたくなかったんでしょ?」

ミーナが、今度は少し心配そうな顔をしながら母さんに尋ねる。


「フラムがそう言ってたからね。ノアたちが大きくなるまでは貴族ということは教えないでおこうっていう方針だったの」

なるほど。やはり、全てはフラム師匠の計画のうちだったのか。


「それは、俺たちが貴族だって知ると何かに巻き込まれるとか、何か大きな面倒事が起きるから、とか?」

俺がそう聞くと、母さんは静かに首を横に振った。


「それよりもノアやミーナが『自分たちは貴族の子供なんだ』って知って性格が横柄になるのが嫌だった、っていうのが一番大きいかな」


確かに。子供の頃から貴族として育てられていたら俺たちの性格は今とは全く違う、どこか歪んだものになってしまっていたかもしれない。


「それに、グラッツェル村で普通に生活する分にはわたしが貴族であろうとなかろうと特に影響はなかったから。…でも」


母さんは少しだけ暗い顔をした。

それは今日の謁見式で王女様から与えられた、俺とミーナの「スアルツァーラ侯後継者」という立場のことだろう。


「ノア、ミーナ。わたしは、自由な冒険者である今の自分が好き。だから、あなたたちにも今までと同じように何も変わらないでいてほしい」

母さんが祈るように声を絞り出して言う。


「母さん、約束するよ。俺は貴族になったけど、今までと何も変わらないって」

「わたしも約束する。わたしは、おかーさんの娘。ただそれだけ」


俺とミーナがそう言うと、母さんは心の底から嬉しそうにふわりと微笑んでくれた。


俺たちの会話がちょうど終わるかどうかという頃にコンコン、と扉を叩く音が聞こえた。

扉を開けると、そこには着替えを手伝ってくれるメイドさんたちがずらりと並んでいた。


「あとは夕食でノーラと食事をするだけだから、もっと簡素な服にしてほしいんだけど」

という母さんの切実な要望はメイドさんたちによってにこやかに、だがきっぱりと一蹴されてしまった。


「謁見式ほどの衣装は必要ございませんが、アルヴィノーラ様との私的なお食事の場にふさわしい、それでいておくつろぎいただけるお召し物をご用意いたしますね」


母さんはガクッと肩を落としていたが、まだ王城内を歩き回るのだ。

いつもの冒険者の姿でいるわけにもいかないだろう。


母さんはトボトボと衝立の裏に隠れていった。

その様子をミーナと共に見送りながら俺たちはついつい笑みをこぼしてしまった。


俺とミーナもそれぞれ衝立の奥で着替えを手伝ってもらう。

さすがに謁見式の時よりは格が落ちると思える衣装だったが、それでも窮屈な服であることには変わりがなかった。

この衣装の息苦しさだけでも俺が貴族には全く向いていないということがよく分かる。


謁見式の時よりも早く着替えを終えることができたが、それでも母さんとミーナはまだ着替えが終わっていないのか衝立からは出てきていない。


「ノア様。ミレーネ様方はまだお着替えに時間がかかりそうですので、その間にまずはこちらの手紙をご確認いただきたく存じます」


手紙? もしかしてフラム師匠からだろうか?

俺は少しワクワクしながら手紙を受け取ろうとしたのだが、お付きのメイドさんはすぐに手渡さず、静かに後ろに下がってしまう。


なんだろう、と思っていた俺の目に飛び込んできたのはメイドさんが押すカートの上に積まれた手紙の束だった。

俺は混乱するしかなかった。

これが、全部、手紙だと…!?


俺は呆然としながらも手紙を机の上に乗せてもらい、宛名と送り主を確認していく。

そのほとんどが母さん宛ての手紙で、残りは俺とミーナ宛ての手紙であった。

俺よりもミーナ宛ての手紙の方が多い。


送り主には様々な貴族の名前が書かれているようだが、聞いたこともない人物からの手紙ばかりだ。

これはもう嫌な予感しかしない。


俺が手紙の表と裏を何度もひっくり返していると、奥からようやく母さんとミーナが出てきた。


「ううー、眠い…」

母さんは今にも寝そうな様子だが、この手紙の山を放置されると後々まずいことになる気がする。


「母上、お手紙が届いております」


俺は横にお付きのメイドさんがいる手前、できるだけ丁寧な口調で母さんに話しかけた。

母さんは手紙の束を一瞬だけ見たが、心底嫌そうな顔をしてぷいっと顔を背ける。


「手紙はノアとミーナが頑張って読んでおいて」

「母さん宛ての手紙がほとんどなんだから、母さんがいないと困るって!」


つい素の口調に戻ってしまったが、ここで母さんに投げ出されるわけにはいかない。


母さんは「うー…」と唸りながら俺を少し睨んでくるが、そんなことで動じる俺ではない。


「こちらは開封してしまっても問題ないでしょうか?」

勝手に開けてしまっても問題がないか念のためメイドさんに確認を取る。


「はい。こちらはミレーネ様ご一家に宛てて送られたお手紙だと確認させていただいたものでございます。開けてしまわれても何ら問題はございません」


問題があるとすればこのメイドさんがいることかもしれない。

個人的なことが書かれているかもしれない手紙を、俺たち以外の誰かが見てもいいものだろうか?


このメイドさんは、もしかしたら母さんや俺たちを監視しその内容を王女様に報告するための役割も担っているのかもしれない。

それならば逆に書いてある内容を一緒に確認してもらった方が後々面倒がないかもしれない。

それに送ってきた相手の名前も、俺たちだけでは全く分からないのだから。


俺はメイドさんから手紙を開封するためのペーパーナイフを借り、まずは母さん宛ての手紙から開封していく。

その内容のほとんどは「ミーナ様の婚約者として、うちの息子はいかがでしょうか?」ということが非常に丁寧な、そして回りくどい言葉で書かれていた。


メイドさんが教えてくれたところによると、送り主は男爵や子爵といった貴族がほとんどで、中には侯爵という領地を持つ大貴族も二人ほどいた。

それを聞かされたミーナの顔が、みるみるうちに青い顔になっていった。


中には「ミレーネ様の再婚のご予定は?」なんていう手紙もあった。

母さんが明らかに不機嫌になっていくのが分かる。少しだけ殺気のようなものまで感じられるから、よほど嫌なのだろう。


次に俺とミーナ宛ての手紙を開封していく。

内容は俺には貴族の家の女の子からの求婚、そしてミーナには貴族の家の男の子からの求婚のお申し込みが書かれていた。

ミーナの顔が青い顔から、今度は完全な拒絶を表す能面のような顔に変わっている。


「ほぅほぅ。ノアもミーナもそういう手紙をもらう歳になったんだね」

母さんは、なぜか少し感慨深い顔をしている。

一方のミーナは。


「結婚なんてしない。にーに。これ全部捨ててきて」

もう二度と読む気はない、という強い意志がその言葉に込められていた。


「ミーナがそういうなら、捨てちゃおうか」

母さんまで同意して手紙を捨てようとしている。

いや、まてまてまて!


俺は思わず素に戻りそうになったが、隣にメイドさんがいる。

多少貴族らしくなるように、俺は言葉を選びながら口を開いた。


「返事も出さずに捨てるというのはさすがにまずいと思い…ます」

「ノア様、私のことはどうぞお気遣いなく」


メイドさんがそう言ってくれた。

うーん、この人は王女様とかなり近しい立場にいるのかもしれないし、それなら素のままで話そうかな。


「でもノアとミーナにその気がないのに、取っておいてもしょうがないじゃない」

「でも侯爵家からも来ているし、何か対応だけはしないと後々面倒なことになる気がするけど」

「とは言ってもねぇ…」


母さんには、良い考えは浮かんでいないようだ。

うーん、どうする?


「ドラン様にご相談するのはどうだろう?王城の中のことであればきっと力になってくれると思うんだ」

「にーに。それでわたしの結婚話はなしにできる?」


ミーナが、いつになく真剣な目で俺を見てきた。


「ああ、ミーナにその気がないなら、俺が責任をもってきちんと断ってくる」

「…にーにも、結婚はだめだからね」


ミーナが、念を押すように俺のことまで付け加えてきた。


「分かってるよ。俺も貴族のお嬢さんと結婚なんて考えられないからな。全部断ってくる」


俺は、お付きのメイドさんにドランさんとの面会の約束を取り付けてもらうようお願いし、この手紙の山の対処法について相談することにしたのだった。

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