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39.謁見式

「スアルツァーラ侯、アルヴィノーラ王女殿下がお呼びです!」

凛とした声が、控室に響き渡った。


しかし誰も動く気配がない。

呼び出しをした貴族風の仕立ての良い服を着た使いの男性は、その場の沈黙に動揺を隠しきれない様子だ。


俺は緊張していたこともあり「スアルツァーラ」という言葉が何を指すのか、すぐには思い浮かばなかった。

だが改めて考えてみればスアルツァーラとは俺たちの故郷グラッツェル村を含むこの地方一帯の州の名前、スアルツァーラ州のことだ。


まさか…と思いつつ、隣ですでに眠りに入りかけている母さんの肩をそっと突いて声をかけた。


「母さん、スアルツァーラ侯が呼ばれているって…」

「…ああ、わたし」


母さんは眠そうに目をこすりながら何でもないことのように呟いた。

母さんが地位や身分に興味がないのは知っていた。でもスアルツァーラ候、侯爵だなんて聞いてないぞ!


母さんは先ほどまでの眠気が嘘のようにすっと立ち上がり、堂々と扉の方に向かって歩き出した。

呼び出しをした男性も、ようやく母さんが立ち上がったことに安堵したような顔をしている。


「スアルツァーラ侯。ではこちらへどうぞ」


俺たちは母さんの後ろに続き、扉の前で身なりを整え謁見の間に向かう心の準備をした。

準備が整ったのを確認すると男性は優雅な手つきで、重厚な謁見の間の扉を開いてくれた。


それにしても母さんが貴族か。似合わないな。


俺が見てきた母さんはいつだって冒険者であり、俺たちを鍛えることばかり考えている。そういう人だったのだ。

今まで母さんが貴族だなんて素振りは一度も見せたことがなかった。


スアルツァーラ侯という地位がどれほど偉いのか、どういう役目を負っているのか、俺にはさっぱり分からない。

これは後で詳しく聞かないといけないな。


…だが、今は目の前の謁見式を無事に終わらせることが先決だ。

謁見の間は息をのむほどに広く、そして荘厳だった。


磨き上げられた大理石の床に俺たちの足音が静かに響く。

高い天井からはいくつもの巨大なシャンデリアが吊り下がり、その光が壁に掛けられたタペストリーや、並び立つ騎士たちの鎧をキラキラと照らし出している。


その奥の一段高くなった玉座には、アルヴィノーラ王女が威厳に満ちた姿で座り、その横にはこの国の重鎮であろう多くの貴族たちが立ち並んでいた。


俺は母さんの背中を見つめながらフラム師匠に教わった作法を必死に思い出し、貴族らしい振る舞いを心がけて王女様の前へと進んでいく。


母さんは玉座の数歩手前で歩みを止めると、すっと片膝をつき、深く頭を下げた。

これは目上の者に対する最大限の敬意を示す礼の作法だ。

俺とミーナも母さんの動きに合わせ、同じように膝をつき、頭を垂れた。


「スアルツァーラ侯、ミレーネ。此度の慰霊奉武祭での活躍、誠に見事であった」


アルヴィノーラ王女の、鈴を転がすように透き通った声が静まり返った謁見の間に響き渡る。


「鎮魂の聖火はそなたの奉納によって過去最大の輝きを見せたとの報告を受けている。

その武勇、かつて魔王を討伐した時を彷彿とさせるものであった。

英雄となってなお研鑽を怠らぬその姿勢、大変好ましく思うぞ」


…そりゃあ、王女様自身と本気で斬り合っていたからな。

公然の秘密、というやつなのだろうが、母さんと王女様の力が全く衰えていないという事実はこの場にいる誰もが改めて認識したに違いない。


「またスアルツァーラ州の統治も見事である。

あの戦乱で荒廃した土地を復興させ、新たな事業を興し、州は以前よりも遥かに発展していると聞く。その手腕、実に見事である」


母さんが統治?そんな姿はただの一度も見たことがない。

もしかしたらこの功績についてはほとんどフラム師匠が裏で動いてくれているのかもしれないな、と俺は思った。


「よってその功に報いる。スアルツァーラ侯ミレーネが子、ノア、ミーナ。

そなたたちにもスアルツァーラの名を継ぎ、次代の侯として名乗ることをここに許そう」


王女様のその言葉に謁見の間にわずかな、しかし確かなどよめきが走った。

俺とミーナがスアルツァーラ候の後継者になるというのは、この場にいる貴族たちにとってはそれほど大きな意味を持つことらしい。


母さんは、一言、「ありがとうございます」とだけ、静かに答えた。

お貴族様としてのお礼の言葉としては少し簡潔すぎるかもしれないが、今まで貴族らしいことを一切してこなかった母さんだ。

下手に長い言葉を出すよりもこの最小限のやり取りの方がむしろ無難なのだろう。


母さんの横顔をちらりと見上げたが、その表情には喜びよりもわずかに苦いものが浮かんでいるように見えた。

やはり俺たちが貴族となることを心からは望んでいないようだ。

もちろん俺もミーナも「今日から貴族です」と言われてもただ困ってしまうだけだ。


だが王女様から直々に、しかもこれだけ多くの重臣たちがいる前で与えられた褒美を断ることなどできるはずもない。

その意味がさすがの母さんにも分からないわけがない。


「ではドラン、後の儀を」

「はっ!」


王女様の言葉を引き継ぎ、ドランさんが一歩前に進み出た。

そこからは今回の慰霊奉武祭での母さんの戦いの見事さ、聖火がかつてないほど輝いたことへの功績。


そしてスアルツァーラ州の目覚ましい発展ぶりや新しい産業、特に農業の革新的な新農法によって国の食料生産量全体が向上したことへの貢献などが朗々と語られた。


俺が生まれてからずっと当たり前だと思っていたり、ただ何となく見ていたりした村の風景が、実は母さんが領主となってから行われた改革の結果だったという事実に俺は衝撃を受けていた。


…俺、知らないことばかりなんだな。

今まで母さんから教えられた戦いの仕方や、フラム師匠から教えられた勉強をいかにきちんとこなすかということばかり考えていた。


思い返してみれば自分から何かを「知ろう」としていたことはほとんどなかったのかもしれない。


「ではこちらの詔書を。スアルツァーラ侯」

母さんは静かに立ち上がり、ドランさんから巻物状の立派な詔書を丁寧な手つきで受け取った。


「それでは、これにてスアルツァーラ侯との謁見を終わります」


ドランさんの声を聞き、母さんは再び王女様に向かって深く一礼し、そして俺たちに目配せをすると後ろを振り向き謁見の間の扉へと歩き出した。

俺とミーナもそれに続き、王女様にもう一度深く頭を下げ、母さんの後を追う。


俺たちの謁見式は俺とミーナが次期「スアルツァーラ侯」になるという、驚きの展開を迎えた。

それでも、心配していた母さんが途中で居眠りするようなこともなく大きな問題もなく終わることができたのだった。

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