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35.英霊慰霊式

王女様との夕食会では、俺とミーナは満足するまでたっぷりと料理を味わうことができた。母さんの食べっぷりは言うまでもなかったが。


その後は呆れるほど大きな王宮のお風呂に入って、今日一日の疲れを癒やすことができた。

母さんは以前、大規模な結界魔法を使ってしこたま怒られた経験からか、大きなお風呂なのに隅でちょこんと座り、大人しく湯に浸かっている。

今日の母さんの様子ならお風呂で大きな問題は起きないだろうと、俺は胸を撫で下ろした。


お風呂の後は就寝だ。

今日も、昨日と同じ客室の豪華なベッドで寝ることになる。


母さんとミーナは布団の中に入ってすぐに、すやすやと寝息を立てていた。

母さん曰く、「どんな場所でもすぐに眠りにつけるようにするのは、冒険者として重要な技術」だそうだ。


俺も冒険中や普通の宿であれば比較的寝付きはいい方だと思う。

きっと、この豪華すぎるベッドが悪いんだ!

俺はそう考えつつ、今日あった模擬戦の様子などを思い浮かべながらいつの間にか眠りについていた。


朝起きると、お付きのメイドさんが食事を持ってきてくれた。

俺たちは美味しいほかほかのパンをつまみつつ、今日の予定を確認し合う。


「母さん、今日は英霊慰霊式だよね?」

「そうだよ。今日は魔王大戦で亡くなった人たちを想いながら、静かに祈る式。正直、少し退屈だと思う」


母さんが言う退屈かどうかはさておき、今日も記念祭の重要な儀式であることに変わりはない。

昨日のような激しい模擬戦で英霊の魂を慰めるのではなく、どちらかというと今を生きている者たちのための式典だ。

城下町ではお祭り騒ぎを一時中断し、正午の時間になるとこの国のために散った英霊たちに静かに祈りを捧げるのだという。


王族や貴族、そして俺たちのように招待された冒険者や商人といった人々は、鎮魂の丘と呼ばれる、城外にある慰霊施設へと向かい皆で英霊たちを偲び、感謝の祈りを捧げるそうだ。


この国の多くの人々は、亡くなった者の魂は女神様の元へ行き、そこで次の生を待つと信じている。

俺自身は死んだ経験はないが、死にかけた経験は何度もある。

女神様の眷属と戦ったこともあるし、女神様は本当にいるんだなと、今でははっきりと分かる。


朝食が終わると、また着替えが待っていた。

初日の晩餐会ほど豪華な服装ではないが、母さんとミーナは柔らかな陽光を思わせる、淡い黄色のドレスに着替えていた。

俺も貴族の子供のような、首にチーフを巻いたパリッとした格好をさせられた。

こうしてミーナと並んでいると、まるで本当に貴族になったような気分になる。

まぁ母さんと俺は帯刀しているし、ミーナも新品の杖を持っていくので、周りから見たら物騒な貴族一家がいるように見えるかもしれないが。


「ミレーネ様、ノア様、ミーナ様。お迎えの馬車が参りました。こちらへどうぞ」


お付きのメイドさんたちが、俺たちを馬車まで案内してくれる。

鎮魂の丘がどれほど遠いのか分からないが、馬車を用意してくれたのはありがたかった。

何せ、皆それなりに小綺麗な格好をしているからだ。

母さんやミーナが美しいドレス姿で城の外を歩いていったら、きっと裾を汚してしまうだろう。


「別に歩いていってもいいのに…」

「せっかく馬車を用意してくれたんだから、今回は乗っていこうよ」


母さんはブツブツと文句を言っていたが、一番ドレスを汚しそうなのは母さん自身だ。

俺は母さんをなだめつつ、馬車に乗り込み鎮魂の丘へと向かうことになった。


鎮魂の丘は、小高い丘の上に築かれていた。

そこには巨大な石でできた慰霊碑が天高くそびえ立ち、その麓には多くの花束が手向けられ、慰霊の場を彩っている。

今日置かれたばかりの花ではないのだろう。少し枯れ始めた花も見受けられることから、多くの人々が記念祭とは関係なく日頃から祈りを捧げに来ていることが分かった。


会場にはすでに王族や貴族たちが集まっていた。他の冒険者たちも、続々と丘の上へと向かっているのが見える。

俺たち家族は、なぜか貴族の列の中でも最前列に並ばされることになった。

周囲の貴族たちからの視線を感じ、自分たちが場違いな存在であることを嫌でも思い知らされる気分になる。


「にーに、緊張するね…」


ミーナが小声で俺に話しかけてきた。ミーナもこのような厳粛な場所には慣れていない。もちろん、俺もだが。

でも、ここで母さんたちに恥をかかせるわけにはいかない。


「ミーナ、こういう時は母さんを見習おう」


俺とミーナは母さんへと視線を向ける。

母さんは緊張という言葉を知らないかのように、自然体で丘の上の石碑をじっと眺めていた。今はもういない、父さんのことを想っているのかもしれない。


ミーナは母さんのその表情を見て、何かを感じ取ったのだろう。

気を引き締め直したのか、先ほどの緊張とはうって変わって真剣な表情で石碑を見つめていた。


◆◆◆


そろそろ正午になりそうな時間だ。

丘を登ってくる冒険者や商人たちの姿は、もうほとんど見えない。

俺はこういった大規模で、神聖な儀式を間近で見るのは初めてなので、少し興味があった。


しばらく待っていると、もはや聞き慣れた王女様の朗々とした声が、丘の上に響き渡った。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。

今年も無事、この鎮魂の儀を執り行うことができる。これも、先の大戦で力を尽くしてくれた皆、そして、かの大戦で勇猛果敢に戦い、散っていった英霊たちのお陰に他ならない。

今日この日を迎えられたことへの感謝と、今は亡き英雄たちを偲ぶため、これより鎮魂の儀を執り行う!」


王女様の厳かな宣言の後、神官たちが慰霊碑の前に進み出て、供物を捧げ始めた。

捧げられているものは、グラッツェルの神殿でもよく目にする、穀物や清らかな水、そして手折られた美しい花々だ。


こうして女神様と英霊たちへの感謝と祈りを込めて、収穫物や自然の恵みを捧げるのだ。

もちろん、ここ王都での捧げ物は俺たちの村のものよりもひときわ豪華で、量も多いように見えた。


神官たちが祭壇に捧げ物を置き、祈りの言葉を厳かに唱えていると、ふと、母さんの声が俺の心の中に直接響いてきた。


(ノア、ミーナ)


これは血魔法の一種で、声を出さずに特定の相手にだけ言葉を伝える魔法だ。

母さんがこの魔法を使うことは滅多にない。魔力の消費がそれなりに大きいからだ。

ただ、この魔法は術者と血縁が近い者ほど少ない魔力で繋がりやすく、遠い距離でも声を届けられる、と聞いたことがある。


(雷竜が一匹、こっちに向かってる。悪いけど、二人で退治してきて)

(はぁっ!?)


俺は思わず心の中で大きな声を上げてしまった。

なぜ雷竜が? なぜよりによって俺たち兄妹に退治を?

様々な疑問が頭の中に湧き出してきて、混乱する。

ちょっとお使いに行ってきて、というようなノリで行ってくるようなものではないと思うんだけど…


(母さんは行けないの?)

(わたしが行くと、さすがに目立ちすぎるからね。それに、あの程度の雷竜なら、ノアとミーナにも十分に倒せる。二人くらいなら、ちょっと席を外しても大丈夫でしょ)


大丈夫なわけないと思うんだが……。


(ほら。「ちょっとお手洗いに行きたくなった」とか言い訳すればいいじゃない。ミーナも、ちょうど少し行きたくなってるんじゃない?)


ミーナの方を見ると、妹は顔をブルブルと小刻みに震わせ、涙目になっている。

ミーナがお手洗いに行ってきた、だなんて、そんなことを妹に言わせるわけにはいかない!


(母さん!? それじゃあミーナがあんまり可哀想だ! 俺がお手洗いに行ったことにするから!)

(そう? それでいいなら、お願い。悪いけどよろしくね)


母さんはちっとも悪びれた様子もなく、再び丘の慰霊碑へと視線を戻している。

もういいよ! 行けばいいんだろ、行けば!

俺はやけになりながらも、母さんの無茶振りを承知するのだった。

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