34.ドランの正体
夕食はとても和やかなものになった。
…不機嫌そうな王女様を除けば、だが。
母さんは料理を口に運んでは転送陣から次々と料理を運び、また食べる。
それがなくなればすぐに取りに行っては食べ、をひたすら繰り返していた。
その勢いは見ていて清々しいほどだ。
俺とミーナは母さんほどのペースでは食べられないが、それでも昨日よりもずっと食が進んだ。
美味しい料理と、少しだけ慣れた雰囲気がそうさせているのかもしれない。
そのことには王女様もドランさんもホッとしているようだが、王女様は母さんの食べっぷりには思うところがあるらしい。
「ミレーネよ。少しは遠慮というものを知らんか? その食べっぷりはみっともないぞ」
王女様はドランさんに甲斐甲斐しく給仕されながら、優雅さは保ちつつもどこか大雑把に料理を口に運んでいる。
それでも母さんの食べる速度に比べればかなり遅い。
ドランさんは王女様の給仕に専念するらしく、自分は食事はしないようだ。
「今日はわたしが勝ったんだし、遠慮する必要なんてないと思うけど?」
「ぐぬぬッ…!」
母さんの言葉に、王女様が悔しそうに呻る。
昨日の秘密の部屋での食事では、王女様も母さんに負けじと勢いよく料理を食べていた。
王女様の母さんへの苦言は、ただ単にもっと料理を食べたいのに家臣の手前、優雅に食事をしないといけないことを逆恨みしているようにしか見えない。
ドランさんはこの二人のことをよく知っているのだろう。
特に口を挟むことはなく、静かに微笑んでいる。
俺はふと以前から気になっていたことを聞いてみた。
「ところでドランさんは、どうして王女様に給仕をされているのですか?
私が見たところ、相当お強いですし、王女様のお世話をするような立場の方には見えませんが…」
俺の言葉に、ドランさんは「ああ」という表情をして、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「私はアルヴィノーラ様の家臣として、文官として、武官として、時にはこうして給仕の真似事もするのですよ」
「うむ。ドランとは魔王大戦の頃から私に付き従ってくれている筆頭家臣でな。私が一番信頼している家臣なのだ。私よりは弱いが、この王城では一、二を争う程には強いぞ」
王女様がドランさんのことを教えてくれた。
慰霊奉武祭では文官風の装いであったから、てっきり文官なのだと思い込んでいた。まさかこの城の中でも最上位クラスの強さだったとは!
…母さん、ドランさんが強いと聞いて目を輝かせるのはやめてほしい。
母さんの目の前の獲物が、豪華な料理からドランさんに向かっているじゃないか。
まあ母さんのことは今は放っておこう。
「なのでこういった秘密の話し合いになりそうな時は、ドランが私の世話をしてくれるのだ」
王女様の口からドランさんの過去が少しだけ語られる。
ドランさんは魔王大戦の初期から武をもって王女様を助けてきたらしい。
魔王軍との戦いに参加する一方で、各街や部族との調整役も買って出ていたという。
そのため、王女様の補佐として最も重要な人物の一人として重宝されていたそうだ。
王女様を補佐するために、武の力だけではなく部族との交渉や書類仕事といった文官としての能力。そして時には王女様のお世話をするため、簡単な給仕の技術まで身につけていたようだ。
武にも文にも秀でていて、さらに王女様の身の回りのお世話までできるとは。
そりゃ王女様から絶大な信頼を寄せられるわけだ。
「そういえば、今日の慰霊奉武祭のことだがな…」
王女様が少し嫌な顔をしながら、どこか躊躇いがちに語り始める。
最後の覆面剣士の正体は、やはり王女様だったらしく、そのことは多くの家臣に知られてしまったそうだ。
だが王女様の奔放な性格は家臣たちの間では有名らしく、彼らは「謎の剣士は王女様であった」という事実は伏せて語り継ぐことになったという。
それは果たして隠していることになるのだろうか? と俺は思ったが、そもそも母さんと互角に渡り合える相手など王女様くらいしかいないのだから今更なのかもしれない。
「それと、ノアとミーナの模擬戦も見事だったぞ!というかミレーネ。十歳の子供に一体どんな訓練を施しているのだ?」
「わたしの子供たちだからね。当然。」
母さんは得意げに胸を張る。
王女様は母さんに呆れの目を向けつつ、俺たちには目を輝かせて見つめてきた。
俺は自分の戦績を思い出して、少し憂鬱な気分になる。
「特にミーナは全勝していたな。王宮魔導士相手に全勝されるとは、私が恥ずかしくなるわ!」
王女様は楽しそうに笑いながらそう言った。
「もっと厳しい訓練を与えないとな」などと物騒なことも呟いていたから、これからの王宮魔導士の人たちには同情するしかない。
王女様は、ミーナの模擬戦の評価を続ける。
「魔力量、魔法の連続使用における安定性、そして何より咄嗟の対応力。いずれも優れていたぞ。今からでも王宮魔導士に迎えたいくらいだが…」
そう言って王女様が母さんに視線を送る。
「だめ。ミーナはまだまだ修行が足りない」
母さんは、まだミーナを手放す気はないようだ。
その言葉に、ミーナは少し驚いたような、そして少しだけ残念そうな表情を浮かべていた。
「さて、ノアのほうはだな…」
いよいよ俺の評価の番がやってきた。俺は思わず俯き、表情が暗くなる。
「ドランとの最後の技はいただけなかったな。使い慣れていない技を、あのような場面で使うのはいかん。実戦なら命を落としていたかもしれんぞ。ドランのような老獪な相手と戦う時には、焦りは禁物だ」
「そうですな。ノア殿、途中までは実に見事でした。あのまま持久戦に持ち込まれていれば、危なかったのは私の方だったやもしれません」
意外にも、王女様とドランさんからの俺への評価は高かった。
母さんが呆れたような顔で、言葉を続ける。
「黒穂族の得意なことは、粘り強さを生かした持久戦。相手の剣筋は見えていたのだから、焦らず、粘り強く相手に臨めば、勝機はあったのにね」
俺が相手の剣を受け止めていた点は評価しつつも、未熟な上級技で決着をつけようとした点だけはやはり注意されてしまった。
「ノアが相手をしたのはドランと、それから王宮騎士団の騎士団長だ。この王宮でも一、二を争う者達だぞ。その相手とあれだけ渡り合えただけでも、上出来だ。…まったく、ミレーネはどれだけ子供たちを鍛えているのやら」
「ノアもまだまだ。グラッツェルに帰ったら、みっちり修行をしないとね」
母さんの評価はいつも通り厳しかったが、王女様やドランさんからは意外なほど評価されていたようだ。
俺は少し自信をなくしていたが、その言葉に救われる気分だった。
その後は、王女様から「やはり二人とも私の養子に…」という言葉が飛び出し、母さんが即答で「だめ」と答えて、それにミーナが何故か少しショックを受けたような顔をしていたり。
ドランさんが、母さんとの模擬戦について王女様にやんわりと苦言を呈したりと、夕食会は和やかに、そして賑やかに過ぎていったのであった。




