29.ミーナの才華
「ミーナ様、次は私とお願いします」
静かな、しかしどこか挑戦的な響きを帯びた声と共に、魔導士らしいローブをまとった長身の女性がミーナの前に進み出た。
「私は王宮魔導士のアマルダと申します。ミレーネ様のご息女と伺い、ぜひともお手合わせ願いたく参りました」
そう言ってアマルダと名乗った女性は、優雅に一礼する。彼女は、頭部にきらめく水晶のような角を持つ、ヤギ系の獣人――水晶角族だった。その涼やかな目元には、王宮魔導士としての自信と実力がうかがえる。
「は、はい。よろしくお願いします」
ミーナは、さすがに少し緊張した面持ちだ。背筋を伸ばし、小さな声だがはっきりとした声でアマルダの挑戦を受ける。
ミーナは本格的な対人魔法戦は母さんやフラム師匠との訓練以外で経験したことがない。
しかも母さんは魔法での攻撃はせず防御に徹することが多かった。
そのため、この模擬戦が初めての真剣な魔法の撃ち合いと言えるだろう。
相手は王宮魔導士。その実力は未知数だが、おそらく相当なものだろう。
ミーナがどこまで戦えるのか。俺はゴクリと唾を飲み込み、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちで、妹の戦いを見守ることにした。
「「この戦いを、今は亡き英雄たちに捧げる」」
位置につき互いに儀礼的な一言を述べて一礼すると、互いに張り詰めた空気が漂う。
開始の合図とともに最初に動いたのはアマルダだった。
「雷よ、全てを痺れ尽くせ!フルグーア・ネブラ!」
アマルダが短く鋭い詠唱と共に杖を振るうと、彼女の周囲にパチパチと音を立てて雷の魔力が集束し、次の瞬間、それは無数の微細な飛沫となってミーナへと殺到した。
一つ一つは小さな魔力の閃光だが、その数が尋常ではない。
「アエリス・クストーディア!」
ミーナは即座に風の結界魔法を展開し、降り注ぐ雷の粒子を懸命に防いでいる。
結界の表面がパチパチと弾けるような音を立て、衝撃で細かく振動しているのが見える。
「全てを焼き尽くせ!イグニス・シュトルム!」
アマルダの杖先から灼熱の炎とバチバチと迸る紫電をまとった牙のような魔力の塊が、連続してミーナの防御結界へと叩きつけられる。
次々と襲いかかる爆炎と、それが弾ける際の雷鳴にも似た衝撃音が周りに響き渡っている。
ミーナの小さな身体が衝撃で揺らぐたびに、魔力がみるみる消費されていくのが分かった。
短期決戦を狙っているのか、アマルダの攻撃は苛烈を極める。子供相手に容赦なさ過ぎるだろ!
「…くっ!」
ミーナの防御結界がついに限界を迎え、甲高い音とともに砕け散った。まずい!
だが、防御結界が霧散するのとほぼ同時に、砕けた結界の魔力の残滓を巧みに利用し、瞬時に氷の鏡を編み上げるように杖を振るった。
「アイシクル・プリズマ!」
アマルダの強力な炎と雷の魔力がミーナの作り出した不安定な氷の鏡に触れた瞬間、その軌道が屈折し威力を削がれながらアマルダの方へ反射する。
反射されたアマルダ自身の魔力の一部が、勢いを減じながらも彼女自身へと襲いかかる。
「全てを防げ!ウェントゥス・キニス!」
アマルダは反射され飛来する自身の魔力による追撃を完全に遮断するため、瞬時に分厚い火炎の壁を自らの前面に発生させた。
だがその表情からは先ほどまでの余裕が消えている。
ミーナの狙いは、まさにこの状況を作り出すことだった。
アマルダの意識が反射された魔力への対処と、正面からの新たな攻撃への警戒に集中したその一瞬の隙をミーナは見逃さなかった。
彼女はすでに次の魔法の詠唱を完了させていた。
「フラメ・トゥルビルト!」
「なっ…幻影魔法まで!?」
アマルダの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。幻影たちが杖を振り上げ、一斉にアマルダに襲い掛かる素振りを見せた。その一瞬、アマルダの意識が幻影に集中する。
その隙をミーナは逃さない。
ミーナ本体は幻影とはまったく別の位置から冷静に次の魔法を完成させていた。
炎の幻影たちが派手な動きでアマルダの注意を惹きつけている間に、ミーナはアマルダの意識の外で本命となる魔法陣を彼女の足元に静かに、しかし確実に構築していたのだ。
そしてアマルダの意識が完全に幻影に釘付けになったその瞬間、彼女の足元で展開されていた複雑な魔法陣が青白い光を放つ。
「グラキエス・スピラ!」
ミーナの杖先から放たれたのは、極低温の空気をまとった竜巻のような氷の突風だった。
アマルダの足元の魔法陣と呼応し、炎の幻影を一瞬でかき消しながら回避する間も与えずアマルダ本人を直撃する。
「あっ!」
アマルダの短い悲鳴と共に猛烈な氷の嵐が彼女の体を捉え、防御魔法ごと壁際まで派手に吹き飛ばした。アマルダは訓練場の壁に強かに体を打ち付け、そのまま力なく崩れ落ち意識を失った。
模擬戦はここまでだった。
ミーナはアマルダの強力な複合魔法を耐え抜き、防御魔法で巧みに攻撃を逸らし、さらに幻影魔法で相手の意識をそらし、最後は新たに習得したであろう中級複合魔法で鮮やかに勝負を決めたのだ。
一見すると単純な攻防に見えるが、炎の魔法が直撃する寸前に防御魔法を展開する判断力と即応力、そして何より怯まない精神力。さらに防御から間髪入れずに次の魔法へ繋げ、相手を翻弄し、一撃で確実に相手を捉える。
模擬戦とはいえ、とても同じ十歳の子供、それも対人経験の少ない魔術師に容易くできる芸当ではない。
「ミーナ、いつの間にあんな魔法を」
俺が今まで見たことのない魔法まで使っていた。
先日、王都で購入した魔導書に記されていた魔法を、ぶっつけ本番で──しかも、これほど見事に使いこなしてみせるとは。
一回も使ったことがないはずの魔法を、しかも一度の実戦でここまで使いこなすとはやはり俺よりもずっと頭の出来が、魔法の才能が違うのかもしれない。
母さんもさすがに感心したようで、普段の厳しい表情がわずかに和らいでいる。
「ミーナもなかなかやるようになった。次の冒険では頼りになりそう」と珍しく素直な言葉で褒め、満足そうに頷いた。
アマルダは気を失い、同僚の王宮魔導士たちが慌ただしく駆け寄って介抱しながら訓練場の外へと運び出していった。
ミーナは一人、アマルダが運ばれていった方向をじっと見つめ、そして深々とお辞儀をするのだった。
その小さな背中が、今はとても大きく見えた。




