22.晩餐会
がつがつがつ…
俺は目の前で繰り広げられている光景に思わず顔を覆いたくなる。
母さんは食事のマナーなどどこ吹く風とばかりに目の前の肉料理に集中している。
大きな銀のフォークで分厚い肉の塊を突き刺しナイフで豪快に切り分け、それを次から次へと大きな口に運んでいく。頬はリスのようにパンパンに膨らんでいる。
口の周りにはべったりとソースがついていて、時々ペロリとソースを舐める。
母さん、王宮作法はどこへ行った!
せっかく綺麗な衣装で着飾り、化粧をして世界一の美人になったと思っていたのに、それがすべて台無しだ。
周囲のテーブルに座る貴族たちが一瞬会話を止め、信じられないものを見るかのように母さんを凝視している。
その視線が痛い。正直とても恥ずかしくて俺はもう帰りたい。
***
ここは王族が開いた晩餐会の会場だ。王都の喧騒から一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界。高い天井からは巨大な水晶のシャンデリアがいくつも吊り下がり、数えきれないほどの蝋燭の炎を受けて会場を照らしている。
(すごい場所に来ちゃったな…)
改めて思う。聞けば、王族の方々はこの日──魔王討伐記念日には毎年盛大な式典を開き、かつて国を守るために戦った兵士や英雄たちの功績を称えるのだ。
そして今夜のこの晩餐会が、数日に渡る式典の幕開けを飾る。
俺は母さんを諌めるように小声で声をかける。
「母さ……いえ、母上。もっとゆっくりと食事をされてはどうですか?」
「ノアもミーナも、せっかくこんなに美味しい料理を食べられるんだからいっぱい食べておこう」
いやいや、母さんのせいでそれどころじゃないんですけど…!
俺とミーナは冷や汗を流しながら、必死に思い出したテーブルマナーを頼りに食事を続ける。
正直目の前の料理がどんな味かなんて全く味わう余裕はない。
「に、にー……いえ、お兄様……」
隣に座るミーナが、小さな声で俺に助けを求めてきた。
緊張で声が少し震えている。いつもの「にーに」という呼び方が喉まで出かかったのを、慌てて「お兄様」に言い換えたのが分かる。
俺たちはフラム師匠の王宮作法講習で「お兄様」、「ミーナ」と呼び合う練習もしていた。ミーナなりに頑張っているんだ。偉いぞ。
「ミーナ、母上のことは気にせずゆっくり食べよう」
俺はできるだけ冷静に表情を取り繕って妹を安心させるが、隣でがつがつと食事をしている母さんがいる中で心穏やかにいられない。
俺が一つの料理に手をつけ始める頃には、母さんはもう何皿かの肉料理を平らげている。
そして空になった皿を見た給仕のメイドさんがすかさず新しい肉の山を差し出してくる。
そんな混沌とした状況の中、ふいに会場のざわめきが一瞬静まった。
さっきまで聞こえていた貴族たちの談笑の声や食器の音が、まるで潮が引くように遠のいていく。
皆の視線が一点に集まるのを感じる。
そちらに目を向けると、純白の豪華なドレスを身に纏った、息をのむほど美しい女性がこちらへ近づいてくる。
着ているドレスは肩から背中にかけて大胆に開いていながらも下品さは微塵もなく、月の光を集めたかのような柔らかな光沢を放つシルクで作られている。
腰には細い銀のベルトが巻かれ、胸元には白霞族の王家の象徴の青い宝石のブローチが静かに輝きを放つ。
そして丁寧に時間をかけて結い上げられた雪のような白い髪は、月明かりを閉じ込めたような輝きを放つ。
ぴんと愛らしく立った白い猫耳には、小さな銀細工の耳飾りがきらめき、優雅に揺れる白い尻尾は彼女の気高い精神を表すかのようだ。
透き通る白い肌に切れ長の大きな瞳には深緑の光が輝いている。
その瞳にはただ美しいだけでなく、すべてを見透かすような鋭い知性と揺るぎない意志の強さが宿っているのを感じる。
その姿は、まさしくこの国の王統である白霞族の証。彼女こそがアルヴィノーラ王女殿下に違いない。
(これが本物の王女様か…)
昨日見た母さんのドレス姿も本当に綺麗だったけど、王女様は誰もが見惚れてしまうほどの気品と神々しさを漂わせている。
「お久しぶりです。ミレーネ」
王女様は耳に心地よく響く声で母さんに穏やかに語りかける。
母さんはちょうど口に運んだばかりの肉を慌てて水で流し込むと、少しむせながらも王女様に向き直った。
「久しぶり。ノーラ…あ、いや、アルヴィノーラ様」
母さん!?今王女様を呼び捨てしようとした!?
俺の冷や汗が止まらない。ミーナも小さな手をぎゅっと握りしめ、顔をこわばらせている。
そんな様子の俺たちを見て王女様は楽しそうに、小さく肩を揺らして微笑んでいる。
「まあ、この子たちがあの双子ちゃんなのですね。10年前にあなたが城に連れてきた時はまだ乳飲み子だったというのにすっかり大きくなりましたね」
王女様は優しい眼差しで俺たちを見ている。俺たちのことを知っているどころか、実際に会ったことがあるような口ぶりだ。
でもさすがに赤ん坊の頃のことなんて俺には全く記憶がない。
母さんが俺たちを王城に連れてきたことがあったなんて初耳だ。
俺とミーナは椅子から立ち上がり、王女様に対して初めての挨拶をする。
「初めまして、王女様。ノアと申します」
「は、初めまして、王女様。ミーナと申します」
「楽にして構いませんよ。ここは公式の場ではありませんから。それに、あなたのお母様には昔大変お世話になりましたから」
そういえばフラム師匠から「初日の晩餐会は儀式めいた場ではないから、過剰に緊張する必要はないぞ」と言われていた。
確かにここには王族や貴族も大勢いるが、奥のテーブルには魔王大戦当時活躍した冒険者や商人たちの姿も見える。
招待された冒険者の中には明らかに場慣れしていない様子の者たちもいる。
そんな彼らは入り口に近いところに固まっていた。貴賓席からかなり遠いため、お偉いさんたちの目には映らないだろう。
かたや俺たちは会場の前の方の貴賓席で王族や貴族が周りにいる。気を抜くわけにはいかない。
俺は王女様に笑顔を向けて答える。変な表情にならなかったかな?
王女様はそんな俺の思いに気付いたのか、「では楽しんでいってくださいね」と柔らかな笑顔とともに声をかけて去っていった。
王女様と会話していた時は貴族達から注目されているのが嫌でも分かったから緊張どころではなかったが、王女様が去ると注目されているのが少し和らいだ気がする。
◆◆◆
俺とミーナは終始緊張したままようやく晩餐会を終えた。
正直目の前に並んだ数々の豪華な料理の味なんて覚えていない。
ただただ王族や貴族に囲まれて緊張が続く時間だった。
客室に帰ってきた俺とミーナは机に突っ伏してグッタリしていた。
母さんだけはひたすら何人分もの肉料理を何皿もお代わりし、最後には大きなケーキを一人で平らげていた。
そんな俺たちの心労に母さんは一切気づくこともなく「料理、おいしかったね」ととても満足したような顔をしていたのだった。




