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21.入城

行列はゆっくりとだが、少しずつ前に進んでいた。

だが受け付けに到達するまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。


時々巡回した兵士が通りすぎていたが、その中で一人の犬獣人の兵士さんが俺たちを見つめていた。

何か気になることでもあるのだろうかと思っていたら、兵士さんが母さんに駆け寄り「あの、ミレーネ様ですか?」と声をかけてきた。


母さんはさっきから頭の中で王女様との戦いを妄想しているのか上の空だ。

俺は母さんの代わりに兵士さんに答える。


「はい。ミレーネは私の母です」

「お探ししておりました。ミレーネ様とお子様たちは別の入り口から入城していただくようにと仰せつかっております」


俺たちは別口で入城させてくれるらしい。

俺は母さんに声をかける。


「母さん、母さん」

声をかけるが、母さんはまだ妄想の世界にいる。

俺は母さんの袖を引っ張りこちらに意識を向けさせる。


「…む?」

ようやくこちらに気づき、俺はもう一度兵士さんの説明を口にする。


「俺たちは別の入り口から入ってもいいって」

「特別扱いはいらない。ここで待つから」


母さんはきっぱりと言い放った。どうやら並んでいる他の人たちを差し置いて先に入るのは、母さんの主義に反するらしい。


「いやいや、ミレーネ様をこのままお待たせしたら、俺が兵長にぶっ飛ばされますから!」


兵士さんはまさか母さんが拒否するとは思いもよらなかったのだろう。

顔面蒼白だ。母さんはそんな兵士さんをちらりと見て、「えー…」と気の乗らない声を出す。


母さんはあからさまに顔をしかめている。面倒事は死ぬほど嫌いなくせに、一度やると決めたことや変に筋を通そうとするところがあるんだよな、うちの母さんは。


「お願いします!ミレーネ様!ぶっ飛ばされるだけじゃなく給料を引かれるかもしれないですし!」


半泣きで懇願する兵士さん。その必死な様子に、さすがに周りの人たちも何事かとこちらに注目し始めている。このままじゃ埒が明かない。

仕方ない、ここは俺が助け舟を出すか。


「母さん、先に入れてもらおうよ」

「ノア、こういうことはきちんと順番を待たないと」

「母さん、招待の手紙には、なるべく早く来るようにって書いてあったよね」


正確にはなるべく早く返信を、ということだったが。

ここは兵士さんのためにも多少嘘をつく。


「それに晩餐会のための準備もいるよ。ここで待っていたら、晩餐会に間に合わなくなるかもしれない」


母さんがピクッと動いた。


「それに美味しい料理を食べるのを逃すかもしれない。肉料理とかさ」

案の定、母さんの目がキラリと光った。


「…ノアがそこまで言うなら仕方ないわね。本当にあなたは食いしん坊なんだから」


最後は俺の我儘みたいに言われたがもうそれでいいよ。

俺の「我儘」で兵士さんを助けられたのなら、安いものだ。


兵士さんは心の底から安堵したような表情を浮かべ、「それでは、今すぐご案内いたします! こちらへどうぞ!」と、今にも駆け出しそうな勢いで俺たちを促した。

母さんの気がいつ変わるかを恐れているのだろう。

俺はまだ魔導書を必死に眺めているミーナに声をかける。


「ミーナ。おーい、ミーナさん?」

「…」


やれやれ、ミーナも母さんも一度自分の世界に入り込むと本当に周りが見えなくなるんだから!

俺はミーナから本を奪い取るように取り上げる。


ミーナから軽く睨まれたが、涙目の兵士さんを見て状況を理解したらしい。

ミーナは少し恥ずかしそうな顔をして俯いた。


俺たちは兵士さんに連れられて足早に城の中に入った。

本当に母さんで合っているのか?身分証とか確認しなくてもよいのかな?と思ったが特にそのような確認はなかった。


城の中は外の喧騒とは打って変わって厳かな空気に満ちていた。磨き上げられた石の床に俺たちの足音が響く。

すれ違う兵士や騎士、忙しそうに行き交う使用人らしき人たちの目線を時折感じて居心地が悪かった。

悪い意味では決してない。母さんを見つめる目線は尊敬や眼差し、憧れといった目であった。


若いお貴族様の中には俺たちが場違いな格好に眉を顰める人もいたが、母さんの正体に気づくと急に態度を改めていたりした。


俺たち用意された客室に入った。俺たちのためにわざわざ用意してもらっていたようだ。広い一室で、豪華な家具や調度品が置かれている。

お付きと思われるメイドさんたちが3人いてさっそくと言わんばかりに衣装を見繕い始めた。


「晩餐会までそれほど時間がありません。早速衣装合わせをいたしましょう」


部屋に中には衝立があり、3人がそれぞれ裏で着替えられるように準備がされていた。

俺にはどんな服を着ていけばいいかなんて分からないので衣装はメイドさんにお任せすることにした。



…うう。衣装合わせって、こんなに時間がかかるものなのか。

メイドさんたちは俺の体のあちこちを採寸し、次から次へと様々な生地や飾りを取り出しては俺に当てていく。


シルクだのベルベットだの、聞いたこともないような高そうな布ばかりだ。メイドさんたちは「こちらの刺繍はいかがでしょう、ノア様?」「この金糸の縁取りも素敵ですよ」と、ああでもない、こうでもない、と目まぐるしく意見を飛び交わせる。その中で俺はされるがままになった。


まるで着せ替え人形だ。普段の冒険じゃ動きやすさが第一でこんな窮屈な服は絶対に着ないのに。早く終わらないかな。

長い格闘の末、ようやく「これなら晩餐会に相応しいでしょう」とメイドさんたちが満足げに頷いた。


鏡に映る自分を見て、なんだか落ち着かない気分になる。動きやすい革鎧や丈夫なシャツとは全然違う、柔らかくて光沢のある生地で作られた上着に、細身のズボン。

首元にはフリルのついた飾り布まで巻かれている。これが貴族の子供の格好なのか。少し息苦しいけど、確かにいつもの俺とは全然違って見える。


やっと終わった…。鏡に映る自分の姿にまだ慣れないまま、俺は衝立の向こうでまだ準備をしている母さんとミーナを待つことにした。

男よりも女の子の方が準備に時間がかかるとは思っていたけど、やはりまだ時間がかかりそうだ。

俺は手持ちぶたさで母さんとミーナを待っていた。


先にミーナが衝立の裏から帰ってきた。

ミーナは、可愛らしいフリルがふんだんにあしらわれた、淡いピンク色のドレスを身に纏い、顔にはほんのりと化粧を施してもらっていて、それがミーナのかわいさを引き立てていた。


「馬子にも衣装だなぁ」


俺は心にもないことを口にする。

妹はむすーっとした顔をして文句を言った。


「動きづらい…」


そこかよ!俺の冗談に付き合ってくれなくてお兄ちゃんは寂しいぞ。


「ミーナはとても似合っているよ」

「…本当に?」


俺が頷くとミーナは照れくさそうに目を逸らした。

そんな会話をしていると、最後に母さんが衝立の裏から出てきた。


…うわぁ、化けるなぁ。

母さんは元から綺麗な顔立ちだとは思っていたが、今日の母さんは本当に綺麗だった。


純白のドレスからは清楚感が満ち溢れ、化粧を施された顔はどんな男でも振り向いてしまうような、そんな魅力があった。


「母さん、綺麗だよ」

「今日のおかーさんは一味違うね」


俺たちはたわいもない感想を口にしていたら、母さんがポロっと口を溢した。


「動きづらい…」


なんでミーナも母さんもそこに行き着くかな!

戦いに行くわけでもないし、動きやすさは必要ないんじゃないかな。


「それにこれでは紅狼剣を差していけない」


母さんは晩餐会に武器を持ち込もうとしていた。

せっかく綺麗な姿になったのに、その姿で刀を持って参加するのは物騒すぎる。

確かに大事な愛刀だし、ないとは思うが盗難されることはないと思う。


「さすがに紅狼剣は持っていけないんじゃないかな?お城の中だし、誰かに持っていかれるとかはないと思うよ」

「ノア、ちょっと違う」


俺は万が一紅狼剣が盗まれることを心配して言ったのだが、母さんは別のことを考えているようだ。

何が違うと言うんだろう?


母さんは紅狼剣をじっと見つめている。

それは何だか、紅狼剣と対話をしているかのようにも見える。


俺とミーナは母さんの様子を伺っていると、母さんは何か納得したような、すっきりとした顔をしてメイドさんに尋ねた。


「わたしたちの荷物置き場は?」

「こちらでございます」


メイドさんは部屋の奥にあるクローゼットに案内し、その扉を開けてくれた。


俺たちは荷物や持ち込んだ愛刀を仕舞い込む。

俺とミーナの荷物をクローゼットに置き終えると、母さんは念を押すようにメイドさんに言った。


「わたしの刀には呪いがかかっている。不用意に触ればどうなるか保証できないから、絶対に他の方が触らないように知らせておいてほしい」


え?呪い?紅狼剣にそんなものがかかっていたなんて初耳だ。

俺もミーナも母さんに頼べばたまに紅狼剣を触らせてくれていた。

いつの間にそんな物騒な呪いなんてかかっていたのだろう?


俺とミーナは不思議な顔をしているが、母さんは最後に紅狼剣を奥に仕舞い込み、そのままクローゼットの扉を閉めた。


紅狼剣の呪いは母さん流のハッタリなのか、それとも本当に呪いがかかっているのか。

俺は疑問を浮かべながらメイドさんに案内され客室を出るのだった。

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