20.祭りの初日
俺たちは宿を出て城のほうへ歩き出した。
昨日の王都を観光した時よりも人通りが多く、人々には熱気が溢れている。
道の両脇には色とりどりの垂れ幕が風に揺れ、陽気な音楽を奏でる楽団の姿も見える。
甘い綿菓子の匂いや、香ばしい焼き物の煙が食欲をそそり、子供たちの弾けるような笑い声がそこかしこから聞こえてくる。
王都の大通りには露店がずらりと並び、お祭りが始まったという雰囲気がわかりとても楽しい。
俺たちは露店で串焼きを3本買い、立ち食いをしながら歩いた。
肉汁がじゅわっと口の中に広がり、炭火の香りが鼻に抜ける。
こういう普段できないこともできるのがお祭りでの楽しみでもあった。
お昼頃に王城の裏門に到着すると、様々な種族の人々がまるで祭りの熱気に浮かされたかのように賑やかに言葉を交わしている。
大きな荷物を背負った商人らしき恰幅の良い猫獣人のおじさん、きらびやかな装飾品を身に着けた鳥獣人の女性、いかにも腕っぷしの強そうな蜥蜴人の戦士など、本当に多種多様だ。
皆どこかそわそわとした様子で、これから始まるであろう式典への期待に胸を躍らせているのが伝わってくる。
「すごい人の数だね、母さん。招待状には兵士の人に声をかけるようにって書いてあったけどどうしようか?」
俺が尋ねると、母さんは少し辺りを見回してから、ふむ、と一つ頷いた。
「招待状にはそう書いてあったけど今日は特に忙しそうだし、順番待ちするのも大事な経験。わたしたちも並ぼう」
母さんはそう言って、俺たちの返事を待たずに列の最後尾についた。
この列の長さだとかなりの時間を待つことになりそうだが、母さんは一度決めたらなかなか譲らない。特別扱いされるのが好きじゃないという理由もあるのだろう。
俺とミーナは母さんに従い、素直に並び始めた。
ミーナはさっそく魔導書を取り出して読み始めた。
分厚い表紙には、古代文字のような難解なタイトルと図形が描かれている。
昨日買ったばかりの『上級魔法詠唱体系・改訂版』だ。
俺にはチンプンカンプンだけどミーナはこういうのが本当に好きらしい。
「ミーナ、こんな人混みで立ち読みするのはどうかと思うぞ」
「にーに、今いいとこだから」
ミーナはもう魔導書に釘付けだ。
昨日も夜遅くまで読んでいたというのに、ミーナの知識欲は貪欲だ。
こうなったミーナに言い聞かせても聞くことはないだろう。
俺はミーナの説得を早々に諦めて周りにいる人たちの様子を見ることにした。
裏門で並んでいる人々は、商人や冒険者といった格好の人や、元冒険者であったであろうという、厳つい顔をしたおじいさんといった幅広い人がいる。
腰に立派な剣を下げた狼獣人の剣士は、連れの仲間と何やら武勇伝らしきものを大声で語り合っている。
隣にいる親子連れの小柄な兎獣人の少女は、初めて見る王城の壮大さに目を丸くして、落ち着きなく辺りを見回している。
やはり獣人が多いが人族やハーフエルフといった幅広い人種が揃っている。
うちの田舎ではなかなか見られない人々を見られるのはなかなか楽しい。
ただひとつ気になることといえば、多くの人は晴れ着を着ているということだ。
…いや、俺たちだって一応家にある一番新しい服を着てきたのだ。
とはいえ、周りと比べると明らかに浮いている。
母さんはいつもの動きやすい冒険者服にマントという出で立ちだし、俺とミーナも野山を駆け回るのに適した丈夫なだけの服だ。
周りの人たちのきらびやかな服装と比べると、なんだか自分たちだけが少し場違いな気がしてくる。
意識してしまったせいか、周りの人の視線を感じるようになってしまった。
しまった、昨日は服屋に真っ先に行くべきだったか!
でも、ミーナは書店に行くのを楽しみにしていたし、俺も武器屋で新しい武器を買ってもらい服には意識が向かなかった。
俺は気恥ずかしくなる気持ちを誤魔化すために母さんと会話をすることにした。
「母さん、この人たちは魔王大戦で活躍した人なの?」
「うーん。どうだろう。大戦に参加したからといって、全員が戦っていたわけじゃないし」
それもそうか。商人らしき人もいるが、明らかに戦闘員ではないだろう。
母さんがすべての人を見知っているわけでもないだろうし、この人たちが当時活躍した人かどうかはわからないだろう。
でも、ほら、あそこの前にいるレオン、ルナ、シンのパーティーは中々強かった。あの頃はまだBランクだったけど、連携が見事だった。特にレオンの盾捌きは目を見張るものがあった」
母さんがそんな昔のパーティーの、しかもランクまで覚えているなんて!やっぱり強い人や戦いのことは本当によく覚えているんだな。実に母さんらしい。
「戦ったらわたしのほうが強いけどね」と母さんは得意げに胸を張る。俺はそんなことを聞きたいわけじゃないんだけどなぁ。
「母さんは王城に入るのは初めてなの?」
「…初めてじゃない。でも、あまり思い出したくないこともあったから」
母さんは少しだけ遠い目をして、それ以上は語ろうとしなかった。
そういえば王女様と会うのを最初はためらっていたよな。もしかしたら辛い出来事でもあったのだろうか。
きっと俺たちが知らない母さんの過去がたくさんあるんだろうな。聞きたい気持ちはあるが、聞いたら母さんが悲しい顔をしそうで複雑な気持ちだ。
王城の話題を触れないとすると、えーと。
「王女様って、どういう人なの?」
「とても強い人」
母さん基準の返答だった。そういうことではなくて人柄とか、どういう姿なのかといった聞きたいんだけど。
「とても明るくて、優しくて気さくな人。民からも慕われている。そして超強い」
母さんがそこまで言うなんて、本当にすごい人なんだろうな。
人柄が優しい人なら、俺たちが多少失礼なことをしても許してくれるかもしれない。
それにしても母さんがそこまで強いと言う事が信じられない。大抵の相手は「まだまだ」とか「話にならない」とかで一蹴するのに。
「母さんよりも強いの?」
「そうだね、久々に試してみたいよね。ノアも気になるでしょ? 王女相手に今の私がどこまでやれるか」
しまった!俺やらかしたかも?
フラム師匠から、母さんと王女様が戦うことになったら止めろと言われていたのに、母さんの闘志が再び燃え始めた気がする。
俺はなんとか母さんの気を逸らそうと考える。
「母さんは今のままでも十分強いよ」
「でもノアもどちらが強いか気になるよね?」
「いやいや、俺は今のままの母さんが好きだよ」
「そういえば昔よりも鍛えているつもりだし、まだ勝てると思うんだよね」
だめだ!俺では母さんを止められそうにない!俺は自分の失言に頭を抱える。
母さんの頭の中はもう王女様との模擬戦のことでいっぱいみたいだ。
楽しそうに鼻歌まで歌い始めている。ああ、もうフラム師匠に合わせる顔がない…。
魔導書を読んでいたミーナが、ちらりとこちらを見た。
ひとり魔導書に夢中になっているのかと思ったら一応俺たちの会話も気にしていたのだろう。
にーに、なにやってるの?というミーナの心の声が聞こえる気がする。
その目は明らかに俺の失態を責めていた。ごめん、ミーナ!
「ミーナ。何が起こっても俺が守るからな」
「…にーに、何言っているの?」
ミーナは呆れながらも、少し嬉しそうに笑っていた。




