17.王女様からの招待状
あの恐ろしいダンジョンから生還し、数日が過ぎた。
俺とミーナは母さんのやや過保護とも思える看護と、フラム師匠の愛情たっぷり料理のおかげでだいぶ体力も回復してきた。
というわけで、本日から早速恒例の朝の鍛錬が再開された。
ならし稽古と言いつつも、母さんの鍛錬に手加減などなかった。
「ノア、剣先が甘い。もっと踏み込んでから体重を乗せる」
「ミーナ。 魔法の制御が甘い。もっと集中して魔法を使って」
朝っぱらから母さんの檄が飛ぶ。俺は木刀を振るい、母さんと模擬戦だ。
ミーナは母さんからの軽い攻撃を受けながらの魔法の練習だ。
ならしと言いつつも、中身はいつもの鍛錬だった。
俺もミーナもほぼ完治と言えるほど回復しているから別にいいんだけどさ。
だが、いつもと少し違うのは、母さんが今までは教えてくれなかった上級剣技を教えてくれたことだった。
流れるような動き。鋭い踏み込み。そして剣先から放たれる高い攻撃力。あれが上級剣技というやつか。
もっとも、使いこなすためにはまだまだ練習が必要そうだ。
俺が放つ上級剣技は、慣れない動きで隙だらけになってしまうのだ。
「どう?これからのノアにも必要になるかもしれないから、覚えておいて損はない」
ふ、不吉なこと言うなよ、母さん。あんな戦い、またあるわけないじゃないか!
それに俺、まだあの時のトラウマも癒えていない。
あの時の恐怖で夜中に飛び起きることだってあるんですけど!?
俺の内心の絶叫は母さんには届かない。
隣で魔法練習をしていたミーナが、心なしか同情的な視線をこちらに向けていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。うん。
そんなしごきを受けていると、フラム師匠が鬼気迫る形相で庭に転がり込んできた。
あ、文字通り派手にすっ転び、鼻からは赤いものが…。
「ミ、レ、エ、ネ、さぁあんん!!!」
「フラムは今日も朝からうるさい」
母さんはどこ吹く風だ。これがSランクの風格というやつか。…いや、絶対違うな。
そんなことより、このフラム師匠の剣幕は十中八九、母さんが何かとんでもないことをやらかした時のやつだ。
俺が過去の似たような騒動をぼんやりと思い返していると、師匠が震える指で母さんを指差した。
「王女殿下からの招待状を! 無視するとはどういう了見だ! 説明しろ、ミレーネ!!」
え、王女様からの招待状を無視!? さすがにまずいだろ!
「えー。だって、まず封を開けるのが面倒だし、中身を読むのも目が疲れるし、そもそも返事を書くなんて指の運動にもならないし、とにかくめんどくさい」
母さんは心底面倒くさそうに呟く。まるで子供の言い訳だ。
理由が理由にもなっていなくて俺は頭を抱える。
「めんどくさいではない!確かに面倒だろうが、手紙を無視するのはいかん!子供たちの教育に悪いではないか!」
師匠、ツッコむべきはそこじゃない!王女様の招待を無視したことが問題だろ!
「だいたい、フラムはどこでそんなことを知ったの?」
「リンデルの役場で大騒ぎになっておったわ! お前がいつ王女殿下に返信するのか、と役人たちが胃を押さえておったぞ!」
ああ、師匠は代官補佐だったか。母さんのせいで役場の人たちはやきもきとしているらしい。
ご愁傷様です、役人さん。
「とにかく返事はせんといかん。 王女殿下は戦友であろう? たまには顔を合わせるのも良いではないか」
戦友!?王女様と戦友というとんでもない言葉が飛び出してきたぞ!
あの母さんが王女様と戦友だったとは。
フラム師匠の言葉に、母さんの心が少し揺れ気がしたが、それは一瞬のことだった。
すぐにいつもの面倒くさそうな表情に戻ってしまった。
「うーん…でも王都遠いし、来ていく服とか持ってないし…」
母さんの面倒くさがりは鉄壁だ。戦い以外のことは思考放棄する、いつものパターンだ。
「王宮なら美味い飯も出るぞ! 分厚い肉料理も、新鮮な魚介料理も食べ放題じゃ!」
「肉料理…食べ放題…」
お?母さんの目がピクッと反応したぞ。母さんは美味しいものには目がないのだ。
王宮の料理かぁ、ちょっと気になるかも。俺もミーナもゴクリと喉を鳴らす。
「それに!でっかい風呂にも入れるぞ!昔、憧れておったであろう?広い湯船で泳いでみたりも…」
「うーん、でも怒られそうだし…」
母さんはなびかない。
俺としても母さんが王女様相手になにかやらかしそうだし、断ってほしい。
フラム師匠は最後の手段とばかりに口を開いた。
「それにじゃな! もしかしたら、王女と模擬戦くらいは… いや、すまん、今のはなしじゃ。儂の勝手な想像だ、忘れて…」
「いく」
早かった。あまりにも早かった。
さっきまでの面倒くさいオーラは消え、母さんの瞳が狩人のようにキラリと輝き、全身から闘気が立ち上っているようにも見える。
ゴゴゴ…!という音が聞こえてきそうだ。
「いや、待て。何かの勘違いであった。やはり、ここは丁重にお断りを…」
フラム師匠が必死になって言う。
「いく」
母さんの返事は変わらない。
「いや、ミレーネよ、王女と模擬戦など万が一にもあってはならん!国にいられなくなるぞ!」
「いく」
「ミレーネさん、そこを何とか…」
「いく」
「あー!もう良いわ! 行けばよかろう!ただし! 模擬戦だけは絶対にするでないぞ!約束じゃ! 絶対にだ、わかったか!」
フラム師匠が投げやりになった!もうどうなっても知らん、と顔に出ている。
「とりあえず、お主は今すぐ王女殿下に『行きます』、とでも返信を書くのだ!それくらいの内容でも向こうには伝わるだろう」
ちょっと師匠!もっと真剣に止めてくれよ!
フラム師匠は俺たちの方へ歩み寄り、俺とミーナの両肩を優しく掴んだ。
目には諦めの表情が浮かんでいる。
「ノアよ、ミーナよ。万が一、ミレーネが王女殿下に剣を向けようものなら、お主たちが全力で止めるのじゃ。止める振りでも構わん!」
いや無理だって!母さんを止められるわけないじゃん!というか俺たちも行くのか!
「フラム師匠、わたしたちもいくの?」
ミーナが不安げな顔をして問いかける。
「手紙にはお前たちも招待されておる。ミレーネへの労いと、それとお前たちの顔が見たいと王女様はご希望だ。が、ミレーネがどんな騒動を起こそうとも、儂が最後まで責任を持つ。お前たちふたりだけは何があっても必ず守り抜いてみせる。いざとなったら国外に出ようぞ」
国外逃亡って、もはや犯罪者ですよね?
お呼ばれされているだけなのに、もうすでに大変な事件が起こることを予感させている。
「儂はこれからノアとミーナに最低限の王宮作法を叩き込む!ミレーネ!お主はその間に返信を書くのじゃぞ!」
フラム師匠が何か大きな覚悟を決めた顔で宣言した。
俺とミーナは泣きそうな笑顔で頷くしかなかった。
母さんはこれまた泣きそうな顔だが、これは十中八九、「手紙の返事を書くのが面倒臭い」という苦悩の最上級表現だろう。
結果、我が家には悲壮感が漂っていた。
王族からのご招待でなぜこんな空気になるのか、俺にはもう何が何だか分からない。
それにしても王宮作法か。
変なことして、打ち首にされたりしないよな?
俺の中に新たな不安が芽生えるのだった。




