13. 廃神殿に潜む悪意
俺はミーナと肩を寄せ合いながら、これからの方針を話し合っていた。
「ミーナはどこから来たんだ?」
「…わたしは、細い廊下に飛ばされたの」
ミーナは俺とは違う場所に転送されていたらしい。しかも、最初は完全な闇に包まれていて、ひとりきりで怖かったという。
何も見えず、何の音もせず、ただ自分の呼吸音だけがやけに大きく響いていたという。ミーナにとっては、永遠のように思えるほどの孤独だったらしい。
…わかる。俺もそうだった。とても心細かった感覚を、まだ忘れていない。
そしてミーナも、転送された瞬間には母さんと離れ離れになっていた。
となると、この廃神殿に転移させられた俺たちは、それぞれ全く違う場所に飛ばされた可能性が高いな。
これは厄介だ。簡単に合流はできない気がする。
俺の中に焦りがじわりと広がっていく。
「にーに。わたし、あの細い廊下には戻りたくない…なんか、すごく嫌な感じがする」
ミーナの声は震えていないが、眼差しに強い警戒が滲んでいた。時々こうして彼女は、理屈じゃない何かを感じ取ることがある。
たぶん、それが魔法使いとしての素質なんだろうな。
ミーナは基本的に理屈よりも直感型で、魔法の感覚を魔力の「におい」や「音」で捉えるような子だ。
そのミーナがここまで自分の意見を主張してきたのは、実は珍しい。
「俺もミーナに賛成だ。細い廊下じゃ連携して戦いにくいしな」
「にーに、なんだかおかーさんみたいな言い方」
ミーナがふっと笑顔をこぼす。俺の考え方が母さんらしく聞こえたみたいだ。
俺はそんなつもりはなかったけどな。
たぶん母さんのやり方が、自分の中に知らぬ間に根付いてきたのかもしれない。
ミーナの笑顔につられて、俺も少しだけ笑うことができた。
「じゃあ行くとしたらこの化け物の先だな」
俺たちは手を繋いで、さっき倒した魔物の死骸を超えて先に進むことにした。
この廃神殿は不気味だが、完全な闇ではない。床や壁に刻まれた魔法陣のような彫刻から、わずかに光を放っている。青白く、ゆらゆらと、まるで生物の呼吸のように。
ランタンは使わない。肌にまとわりつくような湿った空気と、どこかから視線を感じるような感覚が、ランタンの火を灯す気を無くさせる。
俺とミーナは周囲に気を配りながら遺跡の先に進んでいく。
靴音とミーナのローブが擦れる音だけが、廊下に静かに響いていた。
歩を進めるほど道は次第に入り組み、まるで迷路のようになっていく。
──なんか、おかしい。
目印にした小石に、何度も出会った。
俺たちは惑わされている。この迷宮じみた回廊に──。
曲がり角はどこも同じに見え、壁の彫刻も繰り返しが多くて判断がつかない。まるでこの神殿自体が、意図的に俺たちを翻弄しようとしているようだった。
精神を削られるような、最悪な作りだ。
「くぅ、いやらしい場所だな…」
「はやく外に出たい…」
俺たちは小さく、ぼやくように愚痴をこぼした。
こんな神殿を作るやつは絶対に嫌な性格をしている。そうに違いない。
俺は妹を気遣って声をかける。
「ミーナ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ただ…なんというか、変なの。時間の匂いがする」
「時間の匂い?」
思わず聞き返したが、ミーナはただ首を振るだけだった。言葉にできない何かを感じているようだ。
俺は黙って妹の手をもう一度しっかりと握りしめた。
「大丈夫だ。…注意して進もう」
俺は妹の感覚を信じた。今はそれが、唯一頼れるものだった。
◆◆◆
「…?」
ミーナの様子が急に変わった。繋いだ手が震えている。
ミーナの警戒感が伝わり、俺は感覚を研ぎ澄ました。
周囲は息を呑むほどの静けさに支配されていた。風の囁きも、呼吸の音さえ、世界から掻き消えていた。
だが、何かがいる──俺の胸の奥で警鐘が激しく鳴り響いた。
「ミーナ!」
俺はとっさに妹を抱きしめ、転がるように地面へ身を投げた。
直後、俺たちがいた場所に何かが飛来した。
ギギィ…という金属が軋むような音が響き、鋭く禍々しい疾風が俺たちのいた空間を裂き飛ばす。
さっきまでいた場所には、床を抉るような鋭い爪痕が刻まれていた。
その先に目線を送ると、奴はいた。
漆黒のマントを翻し、宙に浮くヒトのような形をした存在が──。
けれど、そいつからは感情というものが一切感じ取れなかった。
マントの影から顔を観察すると、歯車が無数に組み合わさったようになっていて、高速で回転しているようだ。
(あら、とても運がない子達ね。いや、逆に運があるのかしらねぇ。アーヴェントリーフは私の自慢の眷属よ──あなた達でどこまで抗えるかしらね?)
声が響く。あの時大木の下で聞いた、あの女の声が耳障りに響いてくる。
この声がイヴェリナなのか?女神がこの怪物を送り込んだということなのか?
アーヴェントリーフ。それがこの敵の名前らしい。
俺は奴を観察する。人のような輪郭をしているが、顔の部分や体の歯車が回転している。人間の面影は皆無だ。
手には大きな鎌を持っている。
その柄は異様に長く、軽く振っただけで空間ごと引き裂きそうな殺気を放っていた。
あれを体に受けたら簡単に体が切断されてしまうだろう。
物理にも魔法にも、耐性がありそうだ。女神の眷属なのだ。弱いはずがない。
奴には感情などなく、ただイヴェリナの命令を淡々と遂行するだけの存在なのだろう。
俺の本能が、命の危機を叫んでいる。
こいつ、只者じゃない!




