第二夜 蕎麦屋迷宮
ふと、蕎麦が食べたくなった。
雨の日だった。空は重く、空気はじっとりとまとわりつく。人気のない通りを歩き、偶然見つけた一軒の蕎麦屋に入った。思いのほか広く、古びてはいたが、落ち着いた店構えだった。
案内されたが、階段は横向きでなければ通れないほど狭く、どこまで登っても席にたどり着かない。軋む段差を数えながら、私は無言で案内の背中を追っていた。
ようやく空いた一角に案内された。そこには他の客もいて、相席のようなかたちになった。
だが、店員は申し訳なさそうに眉を下げた。 「ただいま、満席でして……」
「ここ、空いてますよ? 相席でいいです」
「……その席、その、掃除していなくて……」
嘘だ。清潔だった。整っていた。むしろ他の席よりきれいに見えた。
不快な胸騒ぎがした。
「さよなら」
私は立ち上がり、出口を目指した。だが、出られない。回廊のように同じ廊下が続き、階段を降りても、また登っても、元の場所に戻る。
そのうち、先ほどの相席の客たちと再びすれ違った。彼らは親しげに宴会をしていたり、誰かと席を交換したりしていた。
私は何度も挨拶を交わす。だが、彼らの顔が次第にぼやけていく。
やっと出口を見つけたとき、私はもう客でもなければ、通行人ですらなかった。
外に出た。 そこは、茨城の霞ヶ浦だった。
空は重く、空気はじっとりとまとわりついていた。 また蕎麦が食べたくなった。