生きるための暇つぶし。
交易が好きだった。
安いところで買って、価値の高いところで売って。
いわゆる異世界に落っこちて、得ていた能力――スキルは瞬間移動だった。
はじめはこっちの世界に慣れるのに必死だったけれど、コツを掴めばあとは簡単、同じ商いの繰り返し。
――正直、飽きてしまったのだ。
元の世界にいた頃は、毎日満員電車に揺られて会社勤め、特段の趣味も無く、ただ繰り返すだけの日々。
それがこちらの世界に急に落ち、はじめて生きる為に必死になった。
けれど。
繰り返すそれに気づけば新鮮味はなくなり、俺はまた飽いていた。
「あんたは自分の為に生きるのに向かないタチをしているねえ」
たまたま酒場であった老婆につい愚痴ってしまえば、そんな笑いが返って来た。
「そんな事はないと思うが」
「ははは。ここいらの人間は皆日々を生きるのに必死さ。誰でもなく自分の為に生きるために生きて、働いてる。だけどあんたはそれに飽いてしまうんだろ」
反論出来ず、黙って酒をふくんだ。安酒場のこれは酷く酸っぱくて、正直あまり好きではなかった。
「酒も女も博打も観光も飽きたのなら、あとは誰かのために生きてみるのがいいさ」
「冗談だろ。妻をもって子育てなんか性に合わない」
「所帯を持てってんじゃないさ。後継者を育ててみるといいんじゃないか」
「後継者?」
手を差し出した老婆にコインを渡した。情報には対価を。こういうわかりやすい仕組みは性に合っている。
「このあたりには商店と呼べるほど立派なモノはない。あんたが商会をおこして街々にそれを作っていくのはどうだい。その為にはあんたの交易商の知識を継いだ後継者がたくさん必要だねえ」
「なるほど」
個人の交易商から商会責任者に、か。仕入れ先はこれまでやり取りのあった遠くの街々の商人たちからルートを作れる。あとはこの街で仕事を探してる人間を雇い小物作りや薬を調合させるのもいいだろう。
薬草や実は野に生えている。俺はわざわざ摘んだりせず街々を巡り単価の高いモノを取り扱ってきたが、地元で雇い材料を摘ませ調合させれば低単価品でも実用品なら販売実績を積めるだろう。
この街でなら何を取り扱うのがベストだろうか。
そうして次々と思考が巡る。久々の高揚だった。
失敗したところで特に失うモノもない。金はまた稼げる。まあ雇う人間には悪いが。
「ありがとう。しばらくは退屈せずに済みそうだ」
「ははは。そりゃあ良かった。まあこれだけ寂れちまってる街だ。あんたがもり立ててくれたらありがたいよ」
そう言って老婆は去って行った。
交易商から商会責任者、そして街興しか。悪くない。
酸っぱい酒はそのまま置いて、外に向かい新たな一歩を踏み出した。
了
飽いたら、また何かをはじめればいいのさと軽く言えるひとが好きです。いつだって、軽やかに生きたいものですね。