2.虎穴に入らずんば虎子を得ず
前回のあらすじ
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ハローワーク職員、赤羽太一は、何気ない一日を過ごしていたところ、58のおじさん、山田二郎に出会う。山田二郎は、芸人を目指していることを明かした。数日後、昔の馴染みに会いに行って、お笑いライブを見に行った太一は、そこで二郎にまた出会う。そこで、二郎が芸人を目指すのは、残りの余命が5年だからだということを知り、太一は共に芸人になることを誓う。
「ほ、ほんとに一緒に芸人をやってくれるのか?」
「あぁ、やるさ!」
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「それで確認なんだが…さすがにボケとツッコミは分かるよな?」さすがに、芸人を目指しているというんだからこれくらいこのおっさん、山田二郎は知っていて当然だろう。
「えぇと、ぼ、ぼけ?なんだそれは」
え?
まさか、ボケとツッコミも知らないだと?
「ぼ、ボケとツッコミも知らない!?それでよく芸人目指そうと思ったな!」
「人生全てチャレンジが大事なんだ!」
「チャレンジするより前にもっと大事なことがあるだろ!!」
こ、このおっさん、大丈夫なんだろうか…
その後、ボケとツッコミやら、賞レースやら、お笑いに関しての知識を俺はおっさんに教えた。なにか教えるごとに、「ほぉ」「なるほど」「そうなのか!?」など、毎回毎回反応してくるから少しウザイ…
それで、教えたあと、今日は別れた。
…自分がまたお笑い芸人か。
本当に出来るんだろうか。正直、頭は不安でいっぱいだ。あの頃の出来事が何度も頭によぎるからだ。
まぁ、終わったことを何度考えてもしょうがない、といっても…忘れられる訳では無いんだがな。
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「すいません。部長」
「ん、なんだねアカバネクン」
「実は…なんとも申しづらいのですが…」
「早く言いたまえ!私は時間がかかることは嫌いなのだよッ」
「転職、を考えておりまして…」
「転職ゥゥ!?マジか!?マジでか!?」
「はい…」
「マジかッ!?マジでか」
マジだって言ってるだろ!この髪バーコードジジィ!もう残り火も消して、頭を電球にしてやろうかコノヤロー!
「それでっ、何の職に就こうとしてるんだアカバネクン」
「げ、芸人でして…」
「げげげ芸人だとォ!?そんな安定しない職についてどうする気だね!?もしかして今の職場に不満があるのか!?それなら言ってくれたまえ!お客さんからの人気第1位の君の不満なら、全て改善してあげるよ!」
「いや、ここに不満を持っている訳では…ただ普通にやりたいだけでして、芸人を。」
「ほ、ほんとに辞める気か!?ここには君以外にパソコンを使えるやつが居ないんだ!君が居なくなったらどうすればいいんだ!?」
「他の人を探すしかないんじゃないでしょうかね…」
「マッタクキミハモウ!パソコンの件は置いておいて、芸人なんて稼げない仕事じゃあないかッ!なんでそんなものわざわざやるんだァ!?君のレベルならもっと稼げる仕事に就けると思うがね!」
「やりたいんですよ。なんだか最近、毎日続く同じ日々に飽きてて。自分を変えたいんですよ。それにやってみないと稼げるかは分からないですよ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、です」
「わ、分かったよ。僕に君を引き止める権利はないな。君の辞職は認めるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「1年後とかにまた働かせてくださいとか言ってきても知らないからな!」
「1年後には、売れっ子になってみせますよ!」
「ふん!そうか、1年後楽しみにしておいてやろう!ただし、売れてなかったら、またここに戻ってきてもらうからな!」
「戻ってくるなとか言った後に、戻って来いって、何言ってるんですか、あはは」
「く!な、なんでもないっ!やっぱり戻ってくるな!」
これだからこの部長は嫌いになれないんだよな。
今日でこことももうお別れか。
なんだか、いつもは普通の職場だったのに、今は何故か懐かしく見えて、寂しく感じるな、なんでだろう。
「じゃあ失礼します」
そうして俺は正面玄関へと行った。
そうしたらバーコード部長が来て、
「やるんだったら、ガチでやれよ!売れなかったら承知しないからな!」
「はい!」
次回『スタートダッシュが肝心』