1.セカンドライフ
この物語は、高校生が夢を追い求めるみたいな物語では無い。ただのおっさんと夢を1度なくした男が成り上がる物語だ。
昔と違って、ハローワークに直接来る若者なんて今はいない。なんたって、今の時代、あの薄っぺらい"スマートフォン"で、簡単に仕事を見つけられるんだからな。だが、まぁスマートフォンなんてのはここ数十年の技術なわけであって、やっぱりわかる通り、高齢者の方々はついていけていない。そして今、この俺、赤羽太一は、ここハローワークで、中年からご老人くらいのやつらの相手をしている。来るのはだいたい40〜50代なんだが、たまに60、70くらいのおじさんが、「老後も働きたい」なんて言って来たりする。老後も働きたいなんて、真面目だ。俺なんか、定年になったら家にこもって、年金で生活したいね。仕事なんざめんどくさいこと自分からやりたくない。そんな俺は今日もここハローワークで来た人々の対応をする。と言っても、来るのは30分に1回くらいなんだが。
「番号2番の方、5番窓口までお越しください」
…もう一度言うか。
「番号2番の方〜」
そう俺が2度言うと、50くらいのおっさんが、ゆっくりと立ち上がってこちらへと来た。
そのおっさんは窓口の前に来てから5秒して、やっと椅子に座った。おっさんは、被っていた昭和っぽい帽子をとって、ジーンズのポケットからだしたチェック柄のハンカチで額を拭いた。
「今日はどのようなご用件で?」と俺が聞くと、
「ちょっと待ってくれ、今ハンカチをしまうから」と言われた。なんだか、時間がかかりそうなおっさんだ。今日は早めに昼休憩を取ろうと思っていたのに。こちとら朝寝坊して食ってないんだ。
「今日はどのようなご用件で?」
「そんな肩凝ったみたいな挨拶しなくていいからさ、世間話しないかい?」
「いえ、これが仕事ですので」
「いいからいいから、いやねぇ、ここに来るのも結構疲れたんだよ。ホントに。昨日の朝に出たんだけどねぇ。いや日付変更線超えてきたんかい!なんつって」
なんなんだ。このおっさんは。急に俺の話を無視しだしたと思ったら、謎の漫談、、オチも謎だ。
「あれ?面白くなかった?」
老人がなにやら不思議そうな顔をしながら言った。
「あの、申し訳ございませんが、他にも待ってるお客さんが居られますので、本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、ごめんね!そうそう!なんでここに来たかって言うとさ、ちょっとセカンドライフにさ、やりたいことがあって、相談に来たんだよ」
「かしこまりました。書類を書きたいので、お名前とご年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「名前は58歳。年齢は、山田二郎だ!って逆だったな!はっはっは!すまないすまない。ちょっと小ボケを入れてみた。年齢は58の山田二郎だ。ロウは右が月じゃない方のロウ」
「ご希望の職種はなんでしょうか?」
「芸人だ」
「では、こちらにご住所と電話番号の方をご記入いただいて…」
そうしてその後、おっさんは必要事項を記入した。
「では、ご希望の職種に合う情報がありましたらお伝えしますので。本日は以上となります」
「おう!ありがとな!兄ちゃん、そういえば、兄ちゃん、どっかで見たことある気がするんだよな…そうだ!どっかで芸人やってなかったか?確か…リボンザヘッドってコンビ!」
…そんなコンビまだ知っている人がいたのか。
「えぇ、確かに私は昔芸人をやっていました。だけどもう私は興味ありませんから。次の方もいらっしゃいますので、今日のところはお帰りください」
「じゃあな!なんかあったら連絡くれよ!」
そういって、おっさんは帰っていった。
****
「3回戦敗退ッ!?間違いだ…これはなにかの間違いなんだッ!俺らが敗退なんて…」
「しょ、しょうがないよ。落ちてしまったものは落ちてしまったんだ。また来年出ようよ」
「来年…?誰がお前なんかと来年も出るかッ!そうだ…負けたのはお前のせいだ太一ッ!!俺は面白いんだ!お前が面白くないから負けたんだお前が面白くないからッ!」
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…夢か。あれはもう10年も前のことか、あいつと一緒にTFCに出たのも。…あの頃のことは、思い出したくない。
俺の中で毎週日曜は、お笑い劇場に行って、ネタを見るのが習慣となっている。別に好きなコンビがいるとか言う訳では無い。昔の馴染みがそこでネタを披露しているから見に行くだけだ。彼らはそこそこ人気を確立していて、そこの劇場の看板芸人となっている。
「おう!太一、今週も来てくれたのか!」
「あぁ、予定もないんでね」
「はっはっは!彼女の1人くらい作ったらどうだ?」
「できたらいいんだけどね」
何気ない会話を終えて俺は劇場から出ようとしたとき、この前のハローワークのおっさんが後ろの方の座席に座っているのを発見した。直後、咄嗟に俺は隠れた。ハローワークでのある発言を思い出したからだ。
"自分はもうお笑いに興味は無い"と言ったのだ、俺は。もし、おっさんに俺がここにいることがバレたら、絡まれることになるだろう。
逃げようとしたその時、馴染みがおっさんを見つけて「あぁ、おっさん!今日も来てくれたのか!そうだ!おっさんこの前リボンザヘッドを探してたよな!それこいつだよ!」といった。
そしておっさんは俺を見つけて
「おぉ、この前の兄ちゃんじゃねぇか」といった。
結局俺は見つけられてしまい、悲しいのか憤りなのかよく分からない感情に襲われた。あーあ。
「兄ちゃん、ちょっと話したいことあるんだよ!」
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「兄ちゃん、お笑いに興味ないって言ってたくせにここにいるんだな!ははは」
う、やはり突っ込まれてしまったか。
「いや、お笑いを見に来たのではなくて、昔の馴染みがネタをやってるので、毎週一応見に来てるだけです」
「あぁ、そうなのか。いやぁ、俺はいつもお笑いの勉強のために来させてもらってるんだよ!」
「…あの、前々から思っていたんですが、なぜそこまで芸人に執着されるんですか?」
「執着?」
「いや、50代後半から芸人目指すってのも厳しそうですし、こんな事言うのもなんですが、あまりあなたはとても面白いかと言われるとそうではないような気がして」
「はは、そんなこと自分でも分かってるんだ。面白くないって」
「い、いえ!面白くないとは言ってな…」
「いいんだ、いいんだよ。ちょっと身の上話をしてもいいかい?俺さ、前までは普通に働いてたんだ。カミさんもいたし。3年前に離婚したけどな。それで半年前、うちの会社にもAIってやつが導入されて、俺はリストラされちまったんだ。それで途方に暮れてた時、指が痛くなって、病院に行ったんだ。調べたら筋萎縮性側索硬化症ってやつでさ、徐々に筋肉が動かなくなっていく病気らしい。それで言われたんだ。寿命5年だって。それで、残りの5年でやりたいこと考えて、そしたら小学校の時のこと思い出してさ、俺昔芸人やりたかったんだ。テレビで見た芸人に憧れてたのさ。それで、また芸人目指してみようと思ったんだが、こんな俺じゃあ無理そうだな!ははは」
「やりましょうよ!芸人!諦めないでやりましょうよ!一緒にやるから!」
「え?」
「やる人がいないなら、僕が一緒にやりますよ!今の仕事なんていつでもやめれるから!」
「一緒にやってくれるのか…?」
「はい!何度言わせるんですか!僕があなたの、相方になります!」
この物語は、何も成し遂げていない2人が何かを成し遂げた二人になるまでのストーリーだ。
次回『虎穴に入らずんば虎子を得ず』