婚約破...棄して欲しいくらいですよ、殿下!〜とある転生令嬢の受難〜
手にとっていただけて嬉しいです。ありがとうございます。最後まで楽しんでいただけましたら幸いです。
「まじですかいっ...!」
思わず口から漏れた言葉は、とても貴族令嬢が口に出していい言葉ではなく。
実際王宮の歩くルールブック、生き字引、バネッサ伯爵夫人が私をじろりと睨んできたけれど。
いやいや、仕方ないと思うんだよ。
だってさ、今、とんでもないど修羅場なんだよ?
ことの発端は、わずか数十分前に遡る。ここで私は乙女ゲーム(?)系悪役令嬢のテンプレートを食らったのだが、その内容がだめだ。ダメすぎる。三文にも満たないオチだ。
ちなみこの世界観が、やたら源氏物語に似ている...いや今そんなことはどうでもいいんだ。
それよりもこっちだ。
私の婚約者、アーノルド第五王子殿下が美しい顔に哀愁を漂わせて瓏々と言い募るのである。
彼は顔が美しすぎて、生まれた時は光り輝いていたらしい、その時私は生まれて間もないので、特には知らないが。髪の毛ふさふさで生まれてきたらしいので、光っていたのが頭でないのは確かだ。
幼名はシャインだったらしいけど、ちゃんとアーノルドと言う立派な名前がもらえてよかったねえと思う。
「それは、三日月が顔を出し、薄らと明るい夜のことだった。僕は月明かりに誘われて、火も持たず、まるで花に誘われる虫のように外へ出たんだ。すると、不思議なことに小さなハープの音が儚く聞こえてくる。ハープを弾いていた女性は、黒髪の美しい、たおやかな女性だったんだ。それから彼女との逢瀬が始まってね。僕は夜な夜な彼女と夜を共にするようになったんだ。」
まだるっこしい言い方だが、要約すれば月が明るくて寝られない時にハープを聞いて、奏者に恋した、よくある話である。
夜を共にしたのもまあ若気の至りだ。仕方がない。
黙っておけば大ごとにならず、普通にハープの君を囲っておけたのでは?と思わないでもないが、よくあることだ。私は気にしない。
夜な夜な夜を共に、っていう言葉にも違和感ありすぎるけど、リズムをよくしたかったか何かなのだろう。私は気にしない。
「僕はもう、後宮の争いというものに疲れていてね。妻は1人にしようと思っているんだ。」
まあまあこれもよくある話である。
自分の婚約者が最近稀に見る誠実な男であることを誇るべきか、世慣れしていないことを呆れるべきかは判断に迷うが、とりあえず彼の宮中での未来は今の所潰えたと言っても構わないのだろうか。
だってぽっと出の怪しい女と添い遂げると言っているのだから。
けれどぽっと出の女に執着できるほど殿下の情緒が育ったのは喜ばしいことだ。
多分、彼の後ろ盾たる私たちがいなくなったら、彼を殺そうと、殺すまでいかなくても左遷しようとしている人は狂喜乱舞だ。特に彼の生母は身分が低く、国王陛下のご寵愛のみで宮廷にいたのだから、私が彼から去れば彼の立場が怪しくなるのは自明。
あぁ、今更感はあるけれど、私はネモフィラ・ブルーアップ公爵令嬢だ。ちなみに愛称はフィー。
家名がダサすぎて泣きたいといつも思ってる。
もしかして私の役どころって葵の上なのかな、とか思ったことあったけど。もしそうならアーノルド殿下とは愛のない結婚をすることになるので、今破棄されている私は違う感じだ。
父、ウィステリア・ブルーアップ公爵は、様々に分家して親族同士で激しい争いをするブルーアップ家を時には政争で、時には陰謀、武力でもってしてまとめるやり手の左大臣だ。
ウィステリアを日本語にすると藤っていうのにもそこはかとなく源氏物語感を感じる。アーノルド殿下が出会ったご令嬢、すみれの君とか、紫の花の名前で呼ばれているし。
まあ結論の出ない考察はひとまず切り上げて、アーノルド殿下の立場の話に戻ろう。相対的に私の立場を確認することにはなるのだが。
父の妹が国王陛下に嫁いでいるので、私の血筋は尊く、妃がねとも言えた。
皇后になる資格を私は十分に持っていて、しかもそう育て上げられたわけだ、私は。なんならアーノルド殿下より尊い。
そもそもアーノルド殿下に嫁ぐような身分ではない私がアーノルド殿下の婚約者だったのは、ひとえに国王陛下がアーノルド殿下を非常に愛していらっしゃったから。生母の身分が低く、苦労ばかりのアーノルド殿下への愛だったのだ、この婚約は。
いや、あんたこれからどうやって生きてくねん、前世大阪人の私が心の中でツッコミをしてしまうのも仕方がないことである。
もちろん自分の中でこれからの方針はしっかり決まっている。だからこれは単にツッコミたかっただけだ。
ここはそう、しっかりと世間の皆様が面白がるオチをつけてやるところである。
そうでなくとも、しかしなんらかしらの結論、オチをつけないと何か落ち着かないではないか。
そう、あれだ。「だからどうした?」ってやつである。
「雪の降り積もるなか、あなたが白菊をつんで下さったことがわたくしの思い出でございました。しかし雪解けのころには、白菊も色褪せるもの。殿下がただ一つの色褪せない菫の君を見つけられたのでしたら、わたくしはこの袖が搾れるようになるほど泣きぬれるほかありませんね。」
ああ、宮廷作法は面倒だ。緊急時でない限り、直接的なものいいをすればすぐに無作法と眉を顰められる。
そして嫌味や皮肉が通じない相手は、田舎者、アズマ地方の者として馬鹿にされる。
でも私は案外、この迂遠なやりとりも嫌いじゃない。
すみれの君、と最近話題の彼女の本名はヴィオラ・エグザックリー子爵令嬢。紫色の瞳が神秘的で、アーノルド殿下の母君の妹の娘だ。
どうやらアーノルド殿下はマザコンだったらしく、母君そっくりのお顔に惹かれたのだろう。
ただ私が一番安心しているのは、彼女の名字がパープルアップじゃなかったことだ。
もしそんな悲劇が起こってみろ、私はあまりのダサさに涙を流しただろう。
もしこの世界が創作物だとしたら、もう少しましなネーミングセンスを持った人が創作するべきだったと言わざるを得ない。まあエグザックリーも十分ダサいが。
まあ名前のダサさは今に始まったことじゃない。このなんちゃって源氏物語感溢れる世界観を無理やり西洋風にしたのが悪い。
ところで、殿下は私にどんな罪を着せるつもりなのか。私をどんなところに流そうとするのか!
もちろん私はすぐにざまぁを返して、殿下をアカシヤ王国に流す算段をつけている。
このアカシヤって、無性に漢字にしてヤをとってしまいたいわよね。そこで別の女性を見つけて、ヴィオラ嬢そっちのけで浮気するところとか、もしあるなら、見てみたい。
これってヴィオラ嬢に対する痛烈なザマァになるんじゃないのかしら。
「すみれは宮中に咲く花ではなく、市井に咲くお花でしたわね。市井の花を愛づる者は、市井に行くことが道理。わたくしの父が、殿下の役職を準備しておりますわ。」
「あぁ、ネモフィラ………。君は慈悲深く、優しく教養豊かな、皇后に相応しい女性だ。僕をまだ助けてくれるなんて思ってもみなかった。」
いや、助けるとか勘違いしないで。左遷してやるだけだから。
この勘違い系殿下は私の優しさに感極まっているのだが、それを突き落としてやろうと、私は嬉々として口を、開こうとした。言うべきことは、周りの期待する、すっきりしたオチだ。
そう。アカシヤに、左遷という!
「少し待ってくれるかい、ネモフィラ。僕はまだ、全ての罪を詳らかにしていないから。」
こはいかに。あなや。
なんだと、こいつ、やっぱり、私を断罪するか!もちろん全てのアリバイ工作はバッチリだ。かかってこい、アーノルド殿下!!
だんだん楽しくなってきた。後で考えたら、私はここで楽しくなるべきではなかったのだ。
「僕の生母をいじめ、それにはあきたらず怪しげな呪術を使って呪い殺した人間を突き止めた。」
あなたの母上が亡くなった時には私はまだ5歳だ。流石に己の意思でもってあなたの母上を殺そうとはしないのですが、少々こじつけが激しくはありませんか、いや、流石にそれのアリバイ工作はしてない、まって、アリバイ工作以上にそもそも何もやってないいんだけどね?!
「これはすでに帝に奏上し、御裁可を戴いた。帝は大変にお怒りなので、極刑は免れぬと理解せよ。」
んな、あほな。日和見貴族の囁きが段々大きくなっていて、父が心配そうに私を見つめる。見るだけではなく助けて欲しい、左大臣になんてついてるんでしょ、お父様。
「衛兵。第3側妃を捕えよ。一切の配慮はいらない、抵抗するようなら気絶させてもよいとのお達しだ。」
「妾を捕らえるなどと!?お父様?お父様!」
第3側妃の父親は財務部の長官だ。彼の一声で政治が動くというのに、彼女の父親がそれに答える気配はない。
「お前の父親はすでに監査部に送られている。後宮の人間が外部の協力なく呪術師を雇えるわけがないのでな、綿密な取り調べをただいま行っている。」
綿密な取り調べが拷問に聞こえた私は悪くない。だって周りも青ざめて震えているもの。
誰か私のみっともなく震えるこの手を握り締めてくれないだろうか。
見せしめのように、お前もこうしてやると言わんばかりに引き倒され、衛兵に捕えられる側妃を見て、震えが止まらない。
「さて、ここからが本題だ。隣国のスパイをしていた者がこの場に紛れ込んでいる。どうも僕に近しい人間のようだ。」
唇が震えてきて、咄嗟に唇に手を触れる。
その行為は私が、図星を突かれて慌てて口を覆ったみたいになってしまったことに遅まきながら気づく。
日和見と、善玉、悪玉貴族の目線が痛い。怖い。
やってしまった。やばい。
1秒でも時間が戻れば、絶対にこんなことしなかった。これは致命的だ。
やらかした。やらかした。
「お父様……!」
図らずも私の行動は先ほどの第3側妃の行動と同じだった。それがさらなる失笑をかう。
いやでも安心したことに、父はその場にいた。それだけでも第3側妃の愚を繰り返したことに意味はあった。人知れず監査部に連れて行かれていたりはしなかったようだ。
ほっと息をつく、が、どのみち連座で辺境ダザイフー送りは免れない。
かっこよく盛大にざまぁ返しをして、颯爽と退場する予定だったというのに。
何をしても自分は見苦しく映る、怖い。
人々の目線がわたしを刺してきて、ジリジリと距離を詰めてくる衛兵が怖くて仕方がない。
すみれの君が私に微笑みかけるのを見て、嵌められたんだと気づいた。
あれは、してやったりと勝ち誇る笑だ。やられた。完敗である。紛うことなき完敗だ。
こんなことされなくても殿下は譲ったんだけどなあ、まあ人生2回目だし、早死も致し方ない。自分の落ち度だ。サクッと死んでいこうじゃあないか。
圧倒的勝者のつもりが。
追い詰められたのは、私。
「衛兵、犯人確保!」
死んだ。
もう終わりだ。
人生終了。お葬式もお墓もない人生終了だ。やっぱり残念かもしれない。
死ぬ前に卵焼き食べたかった。前世のお母さんが作ってくれる卵焼き、前世で死ぬ前も食べ損ねた。
無念である。
本当の現実物語通り化けて出て、すみれの君を呪い殺してしまうかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていたけれど、いつまでも私は床に引きずり倒されないので、痺れを切らしてうっすらと目を開けてみた。
「え………?」
ここで冒頭に戻る。
まじですかい、と呟いた私は何も悪くない。ええ、悪くない。
おまけに緊張がとけて、笑いながらへたり込みそうになった私は全然悪くない。膀胱が機能している私は偉い。
昔ジェットコースターの下でパンツ買った人間だ、私は。
衛兵が捕えたのは、すみれの君、こと、ヴィオラ・エグザックリー子爵令嬢だった。
「さて、ヴィオラ。君はこれから処刑されるんだけど…。」
何度も夜を共にした愛しい人が衛兵に捕えられてて、自殺防止に口に布切れを入れられて厳重に拘束されているのに、何もないかのように話しかける殿下が怖すぎて数回瞬いた。
「あぁ、ネモフィラ。驚かせてすまない。心配しなくていい、僕は断じて浮気なんてしていない。」
いや、ーーもうそれはどうでもいい。
通い婚、重婚オッケーだし、そんなことはどうでもいいんだ。
今一番不安なのは、彼がのぼせがっていたすみれの君が拘束されていて、しかもそんなすみれの君に殿下がナイフを突きつけていることだ。
愛した人を殺したくなる性癖、とか?サイコパス、とか?
とりあえず、みめ麗しいだけの殿下がとてつもなくやべえやつなことはよくわかった。
すみれの君が哀れっぽく涙を流していて、正直「大丈夫、大丈夫だよ。」といって全て外して抱きしめてあげたいくらいだというのに、(私が彼女を推してどうする、という話だが)この殿下は太刀を彼女の目元に突きつけたのだ。かろうじて、血は、出てないけど。
見てよ、日和見貴族が殿下にドン引きしている。私も引くわ!引くでしょ、これは!
「本当にごめんね、ネモフィラ。ネモフィラが震えるほどだったなんて。父上に言われて、一網打尽にするためにこの芝居に嫌々乗ったんだけど。」
震えていることに殿下に言われて気がついたけど、いや、謝罪もどうでもいいんよ。
お前が怖くて震えてんの!!!!!!!!!
そんなこと言えるようなら今震えてたりしないし。ガクブルしながら頷く私に、殿下は…サイコパス殿下は朗らかに笑いかけた。
「フィーを怖がらせるような三文芝居、本当に最悪だったね。もうめんどくさいし、邪魔なやつ全員殺そうかな。そしたらくだらない茶番なんてなくていいよね。」
この芝居の裏でもこれを陽動に大捕物があって、大勢が処刑人の餌食になったとか。怖すぎてもう知らない。とりあえずうちの人が全員生きててよかった。肝が冷えた。
もう嫌。お家帰りたい。何事もなかったようにお姫様ベットに潜り込んで、目覚めたら優雅に横笛吹いて…。
一つだけ言いたいのは、
「殿下、この婚約、なかったことにしませんか。」
それだけだった。もうこの人嫌だ、怖い、これから死ぬまで50年くらいこの人と過ごすとか怖すぎる。
でも真面目な話、本当に彼とは別れようと思っていた。
「却下。父上には出家してもらって、僕が王位を継いだから命じるね。僕はフィーだけを愛するし、僕とフィーを邪魔する奴は今日と同じ目に合わせる。」
これは見せしめなのだと、誰もが理解した。
後宮を持たない王、などと前例のないことを通すための、「逆らったら許さない」という意思表示だったのだと、誰もが理解した。
私はため息をついた。
だいぶ変わってしまった彼への諦念と、宥める意味を込めて、彼をまっすぐに見つめた。
さっきは怖いと思ったけど、今、彼に話しかけられるのは私だけだろうから。
多分彼に言葉を届けられるのは私だけで、その呪縛を解くべきであることも知っていた。
「アーノルド殿下。いいえ、アル。わたくしは絶対あなたを裏切りませんし、あなたを愛しています。」
彼をアカシヤに追いやって王都の邪魔者を片付けて、ほとぼりをさまさせたら、彼を呼び戻すつもりだった。
早くに母を失い、国王からの愛という、とても強いけれど、いつかは移ろい行くかもしれない不安定な立場で生きてきた彼のことを私は小さい頃から知っていた。だから彼の強力な後ろ盾になったし、王命の通りに婚約もした。
けれど、ここまで依存させようとは思わなかったのだ。
彼には母親の愛のように揺らがない愛が必要だったから注いだけで、恋はまた別にある。
これでは、母親を愛することと同じになってしまう。
政略上必要で、母親のような私に懐くのは構わないが、できるならば彼には、燃えるような恋を経験して欲しかった。慰めるだけでなく、前に進めるような、そんな恋をして欲しかった。
ーー早くに母を亡くした者同士の私たちは、いつまでも傷の舐め合いをすることになってしまうから。
だから私は悲しいと嘯きながらも彼の浮気発言のようなものを見逃したし、独り立ちするための手も貸した。
これがただの彼を愛する女だったら、彼の浮気発言で冷めていただろう。私はそうーー言うならば真実の愛を彼に捧げていた。
「けれども、あなたがそれに、ーーわたくしに愛を返す義務はないのですよ。」
彼に、私が妃がねであったことを吹き込んだ貴族。そのせいで殿下はショックを受けてしまって、私は殿下を宥めすかし、その貴族を左遷した。
王族に不用意なことを言い、いたずらに事態をかき混ぜるような低俗な貴族は中央にいるにはふさわしくない。
私に恨みを抱いて散々悪口を言ってアズマ地方に下っていったが、いつのまにか野盗に襲われて死んでいたらしい。自業自得だ。ざまあみやがれ。
1人を愛するヒーローに憧れていた私に笑いかけたアーノルド殿下。それは創作の中の話であって、現実に不可能なことを知っていたし、してほしいとも思っていなかった。
私は異世界の常識に馴染めるよう努力したし、全く異なる倫理も、完全には受け入れられなくとも、嫌悪を態度に出さないようにしてきた。
だってそれがルールだから。
たくさんいるお父様の愛妾も割り切ったし、不要になってしまって毒殺されたお母様のことも悲しんだし恨んだけれどもこの世界では普通のことだとわかっていた。
正妻やその子供に見下されてもそういうもんだと思って耐えた。そうやって私はここに馴染んで、有力な公爵令嬢として立って、彼を守ってきた。
この世界の優等生たらんとしてきた。全ては彼のためだ。
醒めた目をして泣くことすらできなかった彼のためだ。庇護者がいなかった彼のためだ。
母親のように無償の愛で彼を包みたいと思った私のためだ。
私のためになんの努力もしなくていい、何も返さなくても私はあなたを愛していると一生懸命伝えたというのに、彼はいまだに私に囚われていたようだ。
ヴィオラ、すみれの君。彼女が殿下の最愛になり得なかったことが悔やまれる。
10年以上共に過ごしても見せてくれなかった一面を見た。
確かに彼は、人の命をつゆほども大切に思っていないけど、王は時には非情な判断を迫られるのだから、行きすぎていなければ王者の素質と言えるだろう。
彼はーーさみしい人だから。まるで必死に死んでしまった母親を探すように私を求める彼は、見ていて痛々しい。
でも、もうここからは私の仕事じゃない。彼は自衛できるようになったし、私は彼が怖い。
彼は庇護者を必要としなくなった。
さっきーー私はあえて軽い気持ちで周りを見て、観察していた。陰謀や策謀を巡らせるのは私の仕事じゃないから、私はこの場に主人公としてのめり込んでーー彼に恐怖を感じた。彼がナイフを持っていることにゾッとした。
彼と共に生きるのは無理だと思ってしまった。それは彼を愛するのなら感じてはいけない恐怖で、共に手を汚すことを覚悟しておくべきだったというのに。
彼は紛れもない王者で、私はたかだか一貴族の娘だということだ。
「さようなら、っ!」
私は気楽にその辺の男と結婚したらいい。次は臣下として彼を支えるつもりだ。
「フィー。僕はフィーの好みの男になったでしょう?」
逆光源氏計画か。そうなのか?そうだったのか?私はなんてことをしてしまった…?
いや、違う、ちょっとまて、私。そうだそうだ、大丈夫。
断じて私は彼に…彼の家庭教師を選び、歌や遊びやなんやらを教え、女性が好きなファッションや所作、穏やかな貴公子たれと教え込んだ。
だって彼は幾多の女性と浮き名を流す光源氏なのだから。
私の好みのおかげで彼はさらりとした髪の毛を肩まで伸ばしていて、常に優しく微笑んでいる。女性にはとても丁寧で、お茶目な言動とのギャップが女性陣の心を掴む。
さっきの一幕で台無しだとは思うけど。
「フィー?どのみち王命だから、フィーが拒んでも僕はフィーを娶るよ?それでも拒むっていうなら、フィーの一族郎党皆殺しにしてやる。」
だから怖いんだって!!!!!
色々屁理屈捏ねたし真面目っぽく分析してみたけれど。結論として、貴様が怖いんだよ!なに、なんなの、やんでるの?!
これだけ独裁者感ましましだったら、うちの後ろ盾とか必要ないと思うよ、なんなら、外戚としての煩わしさの方が増えるんじゃないかなあ、ねえどうなの!
ヴィオラ嬢が隣国からのスパイだったことが悔やまれる。本当に、悔やまれる。ヴィオラ嬢に身分が足りないなら、私の妹にするくらいはしたというのに。
「僕と結婚しよう、フィー。」
返事ははいかイエスだった。
〜蛇の足〜
「え、あの母上に似た女?浮気すればフィーがお咎めの言葉の一つや二つくれると思ったんだけどさ。フィーがスルーするから用済みだし、殺すことにしたんだよね。そもそも売国奴なら、僕の良心が痛むこともないし。」
「俺はお前に良心があったことが驚きだよ、腹黒執着王。」
「そりゃ僕にもあるさ。僕はフィーに安全なところにいて欲しいんだ。僕が弱いままじゃフィーがいつまでも矢面に立つことになる。今回は、僕がもはやブルーアップ家の庇護下にいないことを示す絶好の機会だったんだよ。」
「お前は一体どうしてそんなにネモフィラ嬢に固執するんだ。彼女は……とても普通の人間で、お前の理解者にはなれないぞ。あの時、彼女は明らかに怖がっていた。」
「いいんだよ。フィーは皇后になるべく育てられていて、いい意味でプライドが高い。そんなフィーの素の感情を引き出すには、何かきっかけがいるんだから。まあ、僕を怖がるフィーを見て、興奮したことは否定しないけれど。」
「おまえほんとに変態だな。」
「フィーの泣き顔は普段とのギャップがいいんだ。いつもしっかりしてるフィーが泣いてると思うと、すごくフィーが愛おしくなる。」
「ネモフィラ嬢、ご愁傷様です。」
お読みくださりありがとうございます。
橘みかんです!
いつも感想、ブクマ、評価、いいねをありがとうございます。ご意見や評価がフィードバックされるのが、とても嬉しいです。今作にもよろしくお願いします。今回は特に、批評や辛口コメント、「こんな結末の方が良かった」などのご意見、ご感想も楽しみにしています。
誤字報告にいつもおおいに助けられています。誤字を教えてくださる皆様、いつもありがとうございます。「あれ、ここ違和感あるな?」と言う表現はわざとではなく誤字脱字、もしくは誤用です。申し訳ありません。ただ、横書きで書いているため、数字の表記は算用数字になっております。読みずらい、などございましたらその都度訂正していくつもりですが、誤字ではないつもりです。
ネモフィラは青い綺麗な花です。ぜひご覧ください。
なんちゃって源氏物語のダサすぎるネーミングにお付き合いいただき、ありがとうございました。