1、地獄より転生
平安の都。魑魅魍魎が跋扈するこの世の中で妖怪が横行する。その世を正すために藤原氏は陰陽師を使った。陰陽師は式神を使い、世を安寧へと導いた。ただ……。
陰陽師賀茂清磨は周りの者に妬まれ、罠に陥れられた。それから千年。
現代日本。陰陽師土御門家に一人の赤ん坊が誕生した。名は土御門康彦。待望の嫡男だ。
赤ん坊を抱いた母親の秋子は嬉しそうに赤ん坊を見つめる。
「康彦が大きくなれば、立派な陰陽師になる。土御門家も安泰だ」
父親の守彦は妻に語りかける。ただ妻の目に光はない。
「凄まじい霊力と呪力。この子は天才だわ」
赤ん坊を見つめながら秋子の目は爛々(らんらん)と輝いていたのだった。
それから十六年。康彦は高校一年生になり、学校に通うことになった。学校の名は土御門陰陽高校。神奈川県の島の中にある高校だ。高校への通学はモノレールですることができる。
その名の通り、陰陽師が通う高校だが、一般の生徒もいる。彼らは元からの島の住民であったりする。
「坊ちゃま、着きました」
女中の和子が助手席から振り返って声をかける。モノレールの駅の手前。学生無料のモノレールだ。
康彦は自動に開く扉から足を踏み出す。
「気持ちいい」
康彦は呟く。青い海に遠目に島がある。巨大島・宇月島。土御門学園を内包する漁業の盛んな島だ。
風が冷たい。
「ああ、康彦君、ようこそォ」
眼鏡をかけた中年の女がニコニコ笑顔を浮かべていた。幼馴染の母親である二階堂綾香理事長代理。四十歳くらいだろうが、二十代に見える程、若々しい。
「この物々しい護衛は何でしょうか」
「人喰いの化け物が出たの。康彦君みたいなイケメンの子ばかりが喰われているわ」
綾香の周りには五人の男女が険しい顔で警護に入っていた。いずれも見覚えがある。二階堂家でも上位ランクの陰陽師だ。
「男を喰う妖怪……そんな妖怪聞いたことがありませんが」
「私もよ。でも理事長が、康彦君を心配してね。私に出迎えを命じたのよ」
理事長は康彦の母である秋子だ。ただ実務は理事長代理の綾香が代行している。二人は大親友の間柄らしい
秋子は複数の団体の理事長を兼務しているため、忙しい。
理事長の案内でモノレールに乗り込む。モノレールは人も一人もいない。
「人払いしておいたの。康彦君は特別よ」
理事長がウィンクする。もう学園に新入生が集結している頃だろう。
それとも他の車両はいっぱいなのか。康彦は美女の理事長をちらちら見ながら、そんなことを考えていた。
入学式には生徒はまばらだった。ほとんどの生徒は寮か自宅からリモートで視聴しているようだ。登校も自由で授業も希望すれば自宅でリモートで受けられる仕様になっている。
時代も変わったものだ……康彦は平安時代に陰陽寮で仲間たちと共に学んだ日々に思いを馳せる。
理事長・土御門秋子の挨拶から始まって政財界のお歴々(れきれき)が挨拶する。康彦は正直、眠くなった。退屈だ。
入学式は何事もなく終わった。
「あ、あなたが理事長先生の御曹司よね。私は薬師寺茜。製薬会社の薬師寺グループってお父様の会社よ。ウフフ。仲良くしてね」
ショートボブの茶髪の娘が笑顔で話しかけてきた。康彦は差し出された手を握る。
少し硬い。豆があるようだ。
「実はね、難しい依頼が来て困ってるのよ」
美少女は困り顔で言う。この学園では依頼をこなすと等級が上がるシステムになっている。等級が上がれば、討伐依頼のモンスターのレベルも高くなる。
「島にね、人喰い鬼が出るの。その退治よ。どう、康彦君、手伝ってくれると嬉しいのだけれどォ」
茜は両手で優しく康彦の右手を包み、上目遣いで頼み込む。
「いいよ。付き合おう」
茜が高い声を上げて、お礼を言う。康彦はニヤリと笑みを浮かべた。人喰い……と言えば鬼だろう。鬼退治は強い呪力のある康彦にとっては得意分野である。