鬼たちの怒り
自分が犯した罪に対して罪悪感もなく、反省もなく、それどころか自分は被害者だと開き直る二人の男に対する鬼たちの怒りと、延々と続く様々な罰。
男達は自分の行いを後悔するときが来るのか。
鬼たちの怒りが向けられた男たちの無残な姿を描きました。
その男はヨミの前で自分には犯歴がないことを大きな声で訴えている。
調べてもらったらわかるはずだ と言って動こうとしない。
ヨミは男の中にいくつもの黒点を見つけていた。
三途の川を渡ってムクロに任せようとしていたのだが、座り込んで梃でも動かない。
「お前は確かに犯歴はないが、人を傷つける何かをしでかした臭いがする。
お前の中に黒い点がいくつも見える。
悪事を働いた証拠なんだよ。
だからお前がここに来ているんだ。
地獄に送られるのは当然なのだ。 受け入れなさい。」
「いやだ!! 俺は悪いことはしていない。
そりゃあ、子供の頃、例えば女の子のスカートをめくったり、掃除をさぼったり くらいのことは
したさ。 でも、そのくらいのことで地獄行きになったんじゃあ、世の男は皆地獄行きだぜ。
そのくらいの悪さは見逃してくれるだろう?
俺がしでかした『何か』っていうのはそれくらいのことだからさあ。
俺をさっさと上の世界に送ってくれよ。 なあ、お姉ちゃん。」
ヨミは最後の『お姉ちゃん』の言葉にムカッとした。
それにこいつは絶対に何かやっていて、それはきっと誰かを傷つけている。
「こいつを弐の関所に連れていきなさい。」
壱の関所の鬼たちが男を羽交い絞めにして待合室に放り込んだ。
「なにすんだよ、ええ? こんなに乱暴に扱っていいと思ってんのか?
鬼だったらなんでもやっていいって思ってんのか?
俺は犯歴もない、一小市民だぜ。
おまえら、絶対後悔すっからな。
お前らの上の上の上ーーの人? 鬼? に言いつけてやるからな!
お前ら、覚えとけよ! ぜってえ言いつけて、思い知らせてやっかんな!!」
・・・・やれやれ往生際が悪いヤツだ。
これではヨミがさじを投げるのも当然ではあるが。
この調子ではゴクも手を焼くだろうよ ・・・・・
待合室で男は大声でずっと怒鳴っている。
こんなに往生際が悪い奴は珍しい。
大体の者は自分に何らかの後ろ暗さがあっておとなしくなるのだ。
今から自分がどうなるのかが不安でおどおどして目は泳ぐ状態になるのが普通だ。
どうしてこんなに自信満々でいられるのか、ヨミは不思議だった。
本当にこの男は誰も傷つけてはいないのか?
私の視覚がおかしいのか?
あの黒点は、勘違いか?
ゴクに任せるしかない。
ゴクに任せてそれで私の判断が間違っていたら、引退? するしかないかもしれないな。
「ゴク、この男、頼むわ。」
男はゴクの部屋の前に立っていた。
「そこの者、部屋に入りなさい。」
ゴクの指示に従って男は部屋の扉を開けて入ってきた。
・・・・・ ゴクはこの男をどう料理するつもりでいるのか。
ヨミの判断が正しいのか間違っているのか。
ゴクが明らかにするだろうよ ・・・・・
「へえ、さっきと違うお姉ちゃんがいるじゃんか。
どっちも結構イケてるじゃないか。 地獄も悪くないかも だな。
で、これから俺はどうなるのか、教えてくれるかな? お姉ちゃん。」
・・・・・ お姉ちゃんねえ。
火に油を注ぐだけだと思うがねえ。
ゴクは最初から怒りをぶつけてくるかもしれんな ・・・・・
関所守はこの男があまりに失礼な態度をとっていることを心配していた。
もしかしたらこのままではゴクが男を押しつぶしてしまうのではないかを心配したのだ。
関所守が考えるほどゴクは子供ではなかった。
ゴクは黙って男の言葉を聞きながら男の歴を見ていた。
男 43歳 轢死 犯歴なし か。
「お前は何もやっていないと言っているようだが。」
「その通りなんだよ、さっきのお姉ちゃんが犯罪の臭いがするとか、
体の中に黒い点が見えるとか、いい加減なことを言うんだよ、これが。
俺は本当に何もやってないしね、きれいなもんさ。
調べてもらったらわかる。 俺は犯罪者じゃない。」
「犯罪というのは警察に捕まった 裁判を受けた 有罪になった ということではないのだ。」
「はあ!?」
「地獄で言う犯罪とは、現世で誰かを傷つけたことがあるかないかであってお前の言う犯歴とは
違うのだ。
言っておくが、先ほどお前をこちらに送った者も、この私もお前に『お姉ちゃん』と
呼ばれる筋合いはない。 お前は私たちの弟ではないからな。」
「かたいなあ。 いいじゃないか、仲良くやろうや。
せっかく知り合ったわけだし、お近づきになりたいと思ってるだけなんだよ。」
「お前が地獄に行くのか、それとも天上界に行くのか、それを決めるのが私の役目でな。
お前と知り合いでもなければ、ましてや仲良くなるつもりもない。」
「それじゃあ、尚更仲良くなって、俺のことを知ってもらって、その天上界とやらに行かせてくれや。」
「お前は何もわかっていないようだな。
今からこの部屋の壁に、今までのお前の行動が映し出される。
それを見ながらお前の言葉が本当かどうか、一緒に確かめようじゃないか。」
「いいねえ。 映画鑑賞ってことかな? 俺が主役の。
一緒に見ようじゃないのよ。 楽しみだなあ。」
壁には男の顔が大きく映し出された。 高校生のころだろうか。
「あ、俺! 高校生のときだよ、あの制服。 懐かしいなあーー。 俺も若いなあ。」
高校生の男の子は自室で学習椅子に座って、ニヤニヤしながら手元の携帯電話を見ている。
「あ、 あれは。 昔だよ、昔。」
携帯電話の画面には、高校の女子更衣室の様子が映っている。
体育の前の着替えの様子だった。
女子達は何も知らない様子で楽しそうに話しをしている。
盗撮だった。
「ちょっとしたいたずらだから。 悪ふざけだから。」
次は社会人になった男だった。
手にはスマホがある。
スマホを持って駅のエスカレーターに乗って、前に立っているミニスカートの女性のスカートの中を
盗撮している。
「盗撮はお前の趣味なのか。」
「あれは盗撮じゃあないよ。
偶然映り込んだだけだし、高校生の時だって、教室にたまたま携帯を置き忘れてて。
たまったま携帯が『録画』になってただけなんだよ。
映そうと思って映したんじゃなくって、偶然映ったってことなんだ。
偶然って、ほら、重なることがあるって、知ってるだろ。
それだけのことなんだから、これは犯罪なんかじゃないだろ、偶然なんだからさ。」
「そうか、偶然か。」
「そうなんだよ、いやあ、参ったなあ。 へっへっへっへ。」
「それではお前がどうして轢死したのか、 確認しようか。」
「へ!? そ、それは、いいんじゃないかなあ。」
「なぜだ。」
「だって。 俺が電車に轢かれた時ってことだろ。 そんなの、見たくもねえな。」
「私は見たい。」
「俺は見ねえ。」
「勝手にしろ。」
男はプイッと横を向いた。
本当に見ないようだ。
ゴクは構わず男が電車に轢かれる少し前からの男を壁一面に映し出した。
男は駅のホームを歩いている。
なぜか辺りをきょろきょろと見回している。
男が視線を向けた先には高校生らしい女の子が電車を待っていた。
男はその女の子が並んでいる列の後ろに着いた。
電車がホームに入ってきた。
女の子が乗った後について男も電車に乗り込んだ。
男は周りの人達の動きを利用して、じりじりと女の子との距離を縮め始めた。
男は女の子の後ろまで動いたらそこでピタッと動きを止めた。
女の子は怪訝な顔をしている。
如何にも不愉快そうな表情になっていた。
手で何かを振り払おうとしている。 男の手だ。
女の子はしつこく触ろうとする男に困って泣きそうになっている。
顔はこわばって恐怖で声も出ないようだった。
男はそれをわかっているようで、無表情のまま女の子を触っている。
女の子の様子に気付いた一人の女性がいた。
女の子のスカート部分を見ると無遠慮な男の手が見えた。
その女性は驚いて、そしてその表情は怒りに満ちていた。
「この人、痴漢です! 警察に連絡してください!」
女の人は男の手を捕まえて大きな声で叫んだ。
周りにいた人が女の子の表情を見て、それが事実だと直感した。
男の周りの人達が女性に加勢して男の手をつかんだ。
「俺はやってない。 冤罪だ。
この女は嘘をついてる。 俺は絶対に痴漢なんかやってない。
おい、そこの高校生、何とか言ったらどうだ。
お前、俺がお前を触ったって断言できるのかよ?
何とか言えよ!!」
女の子は泣き出してしまって何も言えない。
女性が、「私が断言するわ。」と言うと男は、
「お前に聞いてない。 お前は部外者だろ。
そこの高校生に聞いてるんだ、お前じゃない。
おい、俺はお前の顔を覚えたからな。
わかってんのかよ。 」
女性は、
「わかってないのはあなたの方よ。
あなたは今から警察に捕まって調べられるのよ。
この子は今は泣いていて何も言えないかもしれないけど、警察ではどうかしらね。
それに私はあなたが痴漢だって、きっぱり答えるわよ。
自分がやったことがどれほどのことか、思い知るといいわ。」
女性の言葉を聞いて、男の顔は初めて青ざめた。
その時だった、 電車は次の駅について止まって、そしてドアが開いた。
男は捕まえられた手を振り払って開いたドアから飛び出した。
そしてそのまま走って逃げて、ホームからレールの上に飛び降りた。
皆はあきれて言葉を失った。
騒ぎを聞いて駅員さんが数人集まってきた。
そしてその直後、乗客の一人が駅員さんに向かって、
「あの男は痴漢なんです。 捕まえてください。」
と叫んだ。
駅員さんは捕まえようとしたが、男がホームから飛び降りたのを見て、
「お客さん、危ないから戻ってください。
もうすぐそっちに電車が来るん・・・」
「「「「「ああーーーー!!!!」」」」
男は電車に轢かれてしまった。
その場にいた全員が悲鳴を上げた。 が、間に合わなかった。
男を捕まえた女性はその場にへたり込んでしまった。
そしてその時の様子がネットで配信されてしまった。
男は被害者として扱われ、女性は加害者として糾弾する者も出てきた。
痴漢にあった被害者の高校生の名前も特定され、ネットには顔もさらされた。
捜査員たちはこの事態を重く見て、男の家の捜索を急いだ。
男の妻は、夫は無実だ とインタビューに答えたことも世論に拍車をかけた。
捜査員たちが男の部屋で見つけたのは鍵がかかった金庫と同じく鍵がかかった引き出しだった。
男の遺留品にはカギは見当たらなかったし、妻はその存在さえ知らないようだった。
捜査員たちが令状を取ってカギを開けた。
中には男が撮った多くの写真とパソコンが一台と日記があった。
捜査員たちはそれらをすべて持ち帰って分析することにした。
男の妻はそれらを見て言葉を失い青ざめた顔をしていた。
テレビでは『コメンテーター』という肩書の人達が今までの情報を元にあれこれと無責任な話をしている。 でっちあげともいえる酷い内容のものもあって、本来なら被害者たる人たちが事故の元凶のように話す者たちももいたのだった。
警察はいい加減な情報を流す者たちに、これ以上被害者を侮辱することをやめさせるために異例の記者会見を開いた。
男の部屋の金庫からは大量の盗撮写真と、映像を保存したパソコンが押収されたことや、
男が日々の痴漢行為が記された日記もどきのノートが発見されたことなどを発表した。
それは20年以上にわたっての記録だったことも付け加えられたのだった。
そして、無責任な言葉を投げかけた者達に対しては被害者への謝罪を強く求めた。
それは異例のことではあったが、それほどマスコミが騒ぎ立てていたということの裏返しでもあった。
このことをきっかけにマスコミの評価は一変した。
男はトコトン悪者で、高校生は被害者、女性は英雄のように扱った。
毎日の事故や事件の報道に紛れて、男のことは誰も話題にしなくなった。
そして当然のように『コメンテーター』の謝罪はなかった。
男の妻は旧姓に戻し、子供の姓も同じにして自分たちの周りから男の存在を消し去った。
それから誰も知らないところへひっそりと引っ越した。
横を向いていた男はいつも間にか一連の流れを見ていたようだった。
最初は『へっ!』とか『ふん』とか強がっていたが、自分の犯罪行為が明るみになって、家族がつらいメにあっているのを見て胸が詰まったようだった。
そして結局自分の存在が完全に葬られたことを知って茫然とした。
男の目にはジワリと涙がこぼれてきたのだった。
・・・・・ ほお。
この男にも流す涙があったということか。
しかしそのくらいのことではゴクたちの怒りが鎮まることはないだろうよ・・・・・
「わかった。 わかったよ。 そうさ、確かに犯罪者かもしれん。
やめようと思ったんだ。
結婚したとき、子供が生まれた時、やめようと思った。
でも、どうしてもあのスリルが忘れられなくて、やめられなかった。
ばれなきゃいい、捕まらなきゃ大丈夫って自分に言い訳をして、やめなかった。
いつも自分を正当化することばっかり考えてたさ。
それがどれだけ卑怯なことかってこともわかってた。
それでも、やめられなかったんだ。」
「被害者に言ったら許してもらえると思うか。」
「わからない。 でも、ちょっと触っただけだし、写真だって顔は映してない。」
ゴクは深いため息をついた。
次に壁全体に映ったのは被害者の高校生の女の子だった。
「あ、あの時の、こいつ! こいつがおとなしくしてれば俺はこんなメにあわなかったんだ。
こいつが動いたりするから俺がこんなことになったんじゃないか。
そういう意味では俺は完全に被害者だ、そうだろ。
俺は死んだけど、こいつやあの女は生きてるんだ。
これを不公平と言わずにどうするよ!」
・・・・・さっきの涙はなんだったのか。
反省していたのではなく、自分の為に流した涙だったということなんだな
残念だ ・・・・・
ゴクは男の言葉に返事をせず、壁の映像を映し続けた。
高校生は自室で勉強をしていた。 机にはパソコンがあり、リモート授業のようだった。
「この映像の意味がわかるか。」
「はあ? 家で勉強してるってことだろ。」
「この子はネットで顔がさらされて、電車の中で痴漢被害にあった女子ということが知られて
通っていた高校に通うことができなくなったのだ。
まず、電車に乗ることができなくなって物理的にも通えない。
そして親に送ってもらって学校に行っても好奇の目にさらされてその場にいられない。
それで通信制の高校に転校したのだよ。
だから自室でリモート授業を受けて頑張っている。
自力で立ち直ろうとしている。 立派だな。
『隙があった』とか『誘ったのかも』などと無責任な声に押しつぶされそうになったが、それをはねの
けて前を向こうと努力している。
もちろん周りのサポートがあってできていることなのだがな。
お前が痴漢行為などバカなことをしなければ、普段通りの生活を送っていたはずだ。」
「それでも、生きてるじゃないか。」
ゴクは黙って次の映像を映し出した。
引き締まった女性の顔だった。
「あ、こいつだ! この女が俺の腕をつかんで『痴漢だ』なんて騒いだんだ。
こいつがすべてをぶちこわしたんだ。
こいつこそ地獄に堕ちるべき人間じゃないか?
なあ、どう思う、そこのお姉ちゃんよお。」
「この女性はお前を捕まえたことで世間からバッシングを受けた。」
「そりゃあそうだろう。 俺がかわいそうだからな。」
「会社にいられなくなって退職した。」
「ふん。 ざまあみろってもんだな。」
「お前の犯罪が証明されて彼女は英雄視されて、その無責任な世論に嫌気がさしたのだよ。
お前のような犯罪者も無責任は情報を垂れ流す輩も許せないと考えて、今は警察学校に入学する為に
勉強中だ。 今回の高校生や自分のような被害者を出さなくするためだそうだ。」
「う! 」
「お前は亡者になった時点で地獄行きは決まっていたのだ。
しかし、壱の関所でうるさく文句ばかり言って自分の罪の自覚がないようだから、それを自覚させて
欲しいということで、この弐の関所に送られた。
それで仕方なくお前を引き受けることにしたのだ。
今までの自分の悪行を目の前にして少しは罪を認める気持ちになったのではないか。」
「そう か も しれん な。」
「昔と違って今はネットというものがあって、お前の子供もいくら名前を変えたとしても、
いつかきっと犯罪者の子供ということが周りに知られてしまう。
その時お前の子供はどう思うか、どうなるのか。
お前の子供は一生お前の陰におびえながら暮らすことになるだろうよ。
お前は自分がこの地獄にいてかわいそうだと思っているようだが、それは違う。
現世でこれからもずっと生きていかなくてはいけない者達の方がよほどつらいのだ。
この犯罪にかかわったすべてのものたちを、お前が不幸にしたのだ。
犯罪だけではなく、そのことはとても罪深い。
愚痴も文句も言える立場にはない。
お前はこの被害者たちの怒りをすべて受け止めて罰を受けなければならないのだ。」
ゴクの言葉を聞いて男は打ちひしがれた様子だった。
さすがに自分の子供の将来を想像して、初めて自分の罪の深さを思い知ったようだった。
「部屋を出なさい。」
「は い。」
男は立ち上がることができなかった。
「仕方がない。」
ゴクは片手を肩まで上げてから横方向に動かした。
ゴクの腕は風を切った、と同時に男は部屋から消えて渡し場に移っていた。
・・・・・ゴクはこの男の顔を見たくはないだろう。
その気持ちはムクロに伝わっているだろう。
そしてヨミも胸がスカッとしたようでこちらも安心だ・・・・・
男は渡し場から船に乗せられた。
船頭は大柄な鬼だった。
「気をつけろよ。 川の波は高いからな。
落ちても誰も助けちゃくれねえかんな。
そのまま流されておしまいだかんな。
お前らを待ってるのは、ほら見ろ、川には魚が大きな口を開けてお前らが落ちるのを待ってるぜ。
魚の餌になりたくなかったらしっかり捕まってるこった。 はーーっはっはっは!!!」
男は鬼の言葉に驚いた。 川を覗き込むと鬼の言葉通り魚が口を開けている。
男の背中がゾクッとした。 周りの者達も船にしっかりと捕まっている。
男も船から落ちないように必死に捕まっていた。
鬼の船は荒波にもまれて上下している。
皆、振り落とされないように必死だ。
それでも落ちる者もいて、即座に魚に食われてその姿は見えなくなってしまうのだ。
男は生唾を飲み込んで、そして両手により力を入れて船にしがみついた。
船は川を渡り終えてみんなはほっとした表情で参の関所に向かった。
参の関所に入った者達はムクロの鋭い眼光にどきりとした。
そしてここは地獄なのだということを思い知らされるのだった。
それぞれが罰を受けるためにムクロに振り分けられていく。
男の番が来た。
ムクロは男を見て、「お前は遊鬼だ。」と言った。
男は訳がわからないままどこかに飛ばされた。
・・・・・やはりこの男はすんなり炎鬼の処で炭になるというわけにはいかないようだ・・・・・
「いらっしゃーい。」
「ここは?」
「あたしは遊鬼、あたしの処に来たってことは、お前、まだ反省が足らないってことさ。」
「そんなことはない。 俺は 後悔している。
バカなことをしたって、本当に思ってるさ。」
「足らないってことさ。
ま、『もし部屋』に入ってもう少し考えるさ。」
遊鬼が言い終わると同時に男は大きな球体に吸い込まれた。
「これは、なんなんだ。」
「そこは『もし部屋』って、あたしは呼んでるさ。
お前がもし罪を犯さなかったらどうなっていたかを見せてやるさ。」
「『もし 部屋 』・・?」
「さっき見たのと同じさ。
目の前に映像が映るさ。
さっきと違うのはさ、さっきは今までお前がしでかしたこと、これから見るのは
もしお前が盗撮や痴漢行為をやめていたら、どうなっていたのかを教えてくれるさ。」
「もし、盗撮をやめていたら、俺がどうなっていたのか・・?」
遊鬼の言った通り、男の目の前には若いころの男が映っている。
「あ、 結婚したときの俺だ。 若かったなあ。
嫁も若くてかわいかったなあ。」
二人の幸せな様子に男は笑顔を浮かべていた。
それは小さなアパートから始まってつつましい暮らしだが、笑顔に満ちていた。
しばらくして妻は身ごもった。
辛い時期を過ごす妻を気遣う男の姿があった。
妻の世話と家事に追われた男はイラついて、また痴漢行為に走ってしまった。
いつもの不満が解消されるような、すっきりした感覚が戻ってしまった。
やめられなかった。
男の子が生まれた。
男はとても嬉しくて、子供のためにも痴漢行為はやめることにした。
男は毎日病院に通い子供の顔を見ることが日課になった。
毎日仕事終わりに病院による間、交通機関で盗撮をすることを覚えてしまった。
痴漢行為よりも盗撮の方が相手に気付かれにくいと感じたからでもあった。
そしてだんだん盗撮の方にシフトしていった。
男はその頃を思い出したのか、男の目には涙が浮かんでいる。
三人の暮らしは変わらず幸せそうに見えた。
しかし、妻は子供の世話に忙しく、男は寂しさを抱えるようになった。
男の悪い『癖』がうずき始めた。
盗撮だけでは物足らないと思うようになってしまった。
スリルが足らないし、直接触れたいという気持ちがあふれ出した。
妻と子供の顔を見てもその欲求を押さえることはできなかった。
男はまた痴漢行為で日ごろの不満を発散するようになった。
なにも知らない妻は自分を助けてくれる男に感謝していた。
男は子供を大変かわいがっていたし、子供も男を慕っていた。
幸せな三人の暮らしの裏で男の犯行は続いていた。
『子供のためにも』と考えて二人は家を建てることに決めた。
子供が小学生になったのをきっかけに妻はパートで働き始めた。
妻はますます忙しく、毎日せわしなく過ごしていた。
男は妻に『女』を感じることがなくなって、盗撮と痴漢行為でそれを埋め合わせるようになった。
子供は中学生になって部活に忙しくなった。
家のローンに加えて部活の費用を工面するために妻の働く時間は以前より長くなった。
男の不満は犯罪行為で解消されていたので、家では『理解ある夫』『協力的な父親』とされた。
男は黙ったまま映像を見続けた。
子供は高校生になった。
子供は相変わらず父親が大好きで、反抗期はなかった。
『お父ちゃんは僕の自慢のお父ちゃんだから、長生きしてよ、ほんと。
約束だからね。
僕の子供の子供が生まれるくらいまで生きててくれよな。』
子供の言葉に男はハッとした。
もし、痴漢行為か盗撮で逮捕されるようなことがあったらどうなる?と男は思った。
そんなことを想像するとゾウっとした。
男はここでその二つをやめることを決意した。
今まで盗撮で残しておいた写真や画像をすべて消去した。
手首には2本の輪ゴムをはめた
痴漢行為を思い立った時は輪ゴムをもう一方の手の指ではじいて戒めにした。
男はハッとした顔になった。
ここからが今の自分とは違う自分になるのか と思った。
・・・・・ゴクもずいぶんキツイことをする・・・・・
男は盗撮も痴漢もきっぱりやめた。
家のローンも終わり、子供も社会人になって、男は無事に定年を迎えた。
子供は美しい伴侶を得て、そして男は『おじいちゃん』と呼ばれる立場になった。
孫は三人に増えて、それぞれ男を慕っている。
妻は男の隣で孫をあやす男を笑顔で見つめている。
皆が笑顔で、そして笑い声で囲まれた光景が見えた。
男の手首には何年も前からすでに輪ゴムは必要なかった。
男も満面の笑みを浮かべていた。
男は茫然としていた。
そしてじんわりと男の目には涙が流れてきた。
「あの時、本当にやめていれば、俺にはこんな生涯があったんだ。」
男は突っ伏して肩を震わせながら声をあげて泣いた。
「わーーーー!!!」
その声を聞いた遊鬼は、「今更遅いさ。」 と一言つぶやいた。
それから男はそのまま炎鬼の処に飛ばされ大釜に放り込まれた。
男はすぐにぐったりし始めた。
もうすぐ炭になるだろう。
炎鬼は考えた。 それでいいのか?
このままこの男を炭にして、それで罰を終了させていいのか。
こいつの被害者たちはこの男を許していない。
いまだにこの男のためにトラウマに悩まされて苦しんでいる。
ここでおしまいにしては与える罰が少なすぎるのではないのか。
もっと罰を与えないと『バランス』が取れない。
炎鬼は考えて奈落に渡すことにした。
男はぐったりとしたままで火鬼たちの手で大釜から引き出された。
大釜にいた他の連中は、男にしがみついて一緒に出ようとしたが、火鬼はみんなを蹴り落した。
男は炎鬼の手で、奈落の処に飛ばされた。
男が奈落の処にやってきた時は男は意識を取り戻していた。
「ここは、どこだ。 俺は今、どこにいるんだ。!!」
「よお。 目が覚めたか。」
男は声がする方を振り向いた。
そこにはさっきよりも一回り大柄な鬼が座っていた。
「お前は、誰なんだ。」
「ほお。 ここまで来て、今までさんざんいたぶられて、まだ俺を『お前』と呼ぶとはな。
いい根性をしてるじゃないか。」
「え? いや、その。 すいません。
つい、いつもの癖で。 いつもの話し方をしてしまって。
すいませんでした。 あの・・ ここはどこであなたは誰ですか。
教えてください、お願いします。」
「ふーーん。 お願いします ねえ。
やっとまともな言葉遣いができるようになったじゃないか。
お前もやればできるんだよ。 やらなかっただけだな。」
「そ、 そうなんです。
俺、やればできる男なんです。」
「ふーーん、そうか。
じゃあ、どうしてやらなかった。」
「え?」
「どうして家族を大切にしなかったのかと聞いてるんだよ。
お前がバカなことをやめさえすれば誰も不幸にはならなかったのだ。
やればできる というのは自分のためなら 限定ってことだな。
お前は誰からも許されていない。 誰からも だ。」
「そんな・・ う う ううううーーー。」
男は奈落の前ではばからずに声をあげて泣いた。
奈落は少し考えてから針鬼を呼んだ。
「この男が苦しめた相手の『痛い場所』を責める。」
「承知しました。」
針鬼はさっそく男の体の中に入って心臓を責めた。
「わーーー!! やめてくれ、頼む! やめてくれーー!!!」
男は悲鳴を上げた。
「被害者が痛かったのは『心』だけか?」
別の針鬼がにやりと笑って男の体に入って脳を責めた。
「ぐおーーーー!!! 頭が! 頭が割れそうだ! うおーーーー!!!!」
男の悲鳴はうめき声に変わり、大きく目を開けて頭を抱えている。
「被害者がお前を忘れるまでそのままでいるんだな。」
男の叫び声が響く中、そう言い残して奈落は立ち去った。
暫くすると男の声が聞こえなくなった。
それは男が赦されたのではなく、男の声を耳障りだと感じた奈落によって声が消されただけのことだった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
その頃炎鬼の処には不敵に笑う男が一人やってきた。
明らかに他の男とは目つきが違っている。
炎鬼はその男に声をかけた。 このままみんなと一緒に大釜に入れるのは違う気がしたからだ。
「お前、結構な罪を重ねたのだろう。
他の奴らとは明らかに違う眼をしている。」
「ほお、わかるのか。 さすが。 地獄の鬼はごまかせないようだな。」
「どうせ死んだんだ。 これ以上死ぬことはないのだから俺に話してみないか。
お前も自分の『手柄』を誰かに聞かせたいと心では思っているのだろう。」
「はっはっは。 お見通しとはこのことだな。
嬉しいねえ。 俺の気持ちをこんなに理解してくれるものがいるなんてな。
もしかしたら俺は鬼とは気が合うのかもしれないなあ。
俺の話を聞きたいか?」
「おお、是非聞きたいねえ。」
炎鬼の言葉に男はにやりと笑った。
「最初は猫だった と思う。
子供の頃のことだがな。 あの頃は近所に一杯野良猫がいたからな。
捜す必要もなかったさ。 楽勝。
それで、切ったり引っ張ったり、裂いたりして遊んでたね。
そのうち猫じゃあ物足りなくなっちまってさ、次は野良犬。
これはなかなか手ごわかったよ。 噛みついてくるしな。
こっちが怪我するのは違うだろう?
で、犬はすぐにやめた。」
「ほお。 それで次は人間になったってことかい?」
「それは理想だな。
自分が捕まったんじゃつまらないだろ?
だからしばらくは練習したよ、その時の為にな。」
「練習 ? 例えば?」
「そうだなあ。 例えば・・ 男とか女に関係なく、服をカッターで切る とか。
あれはスリルがあってドキドキしたさ。
身を切らないように、ギリギリを狙うんだ。 他人から言われて気がつく みたいな。
うまく言った時は快感だったなあ。」
「それだけか。」
「ここからが本番さ。
服だけじゃやっぱりつまらないんだよなあ。
反応が ほら、俺には見えないだろ。
見たいじゃないか、俺の仕事の成果をよお。
それで今度は後ろから だ。 後ろから腕で首を絞めた形でカッターで脅す。
皆面白いようにおとなしくなって、俺の言う通りになる。 気持ちいいぜ。
肩とか腕とか 切ってたんだけどよ、それじゃスリルがないだろ。
だから首とか切るようになって。 はじめはうまくやってたんだけどな。
だんだんこっちもやる気がでてきちまって、ぐさりと切っちまって。 お陀仏よ。
それから相手、警察のことだけど、相手も本気になってなりふり構わずだ。
防犯カメラで俺を見つけて、それから突然アパートに乗り込んできて。
いきなり警察が来たら、そりゃあ逃げるだろうよ。
ベランダから飛び降りて、打ち所が悪くてそのまま俺がお陀仏さ。
全くついてないだろ。 生きてさえいればまた娑婆に戻って好きにいけていけたのによ。
全くついてない。 ほんと、嫌になるくらい俺がかわいそうだと思うよ、ホント。」
「そうか。 言いたいことはそれだけか。」
「どうかな。
そうだ。 いいこと教えてやろうか。」
「おお。 教えてもらおうか。」
「知ってるか? 殺意を認めなければ殺人にはならないんだぜ。
過失致死ってやつになるらしくてな。 7年くらいで出てこられるんだ。
だから俺は絶対に殺意は認めないって決めてたのさ。
これは仲間に教わった『裏技』なんだ。
そいつは弁護士に教わったらしいけどな。
俺は弁護士先生に世話になる前にこっちに来ちまったんだけどな。」
「それでお前は一体誰に何をしたか、覚えてるのかい?」
「さあな。 それぞれを何人やったかなんて覚えちゃいねえけどよ。」
「そうか。 お前が覚えていなくても大丈夫だ。
それはこれからわかるかもしれないな。」
「なぜだ?」
「お前が苦しめた相手の数だけ、今からお前は罰を受けるのだからな。
さしずめ釜で煮られてみるか。 火鬼! 放り込め!」
「「「はい、かしこまりました! 」」」
火鬼たちは男を担いで釜に放り投げた。
釜には粘り気のある液体がポコポコ音を立てて煮立っている。
その中に入れられた男は平然と、
「思ったほど熱くねえな。 これならいくらでも入っていられるな。
いい湯加減 ってもんさ。」
「そうかな。」
火鬼は男が入っている鍋に蓋をしてかんぬきで止めた。
男は鍋の中で少しずつゆだってきたらしく大きな声をあげ始めた。
「熱い! 蓋を開けろ。
どんどん熱くなってきた。 なあ、蓋を開けろよ、開けてくれ。
体が、熱い。 おい!! ううううう
ぐ ぐうううう ああああ おおおおお
たす け て く ・・・・・」
男の声はだんだんと弱くなってきて、そのうち聞こえなくなった。
男は完全に何も言わなくなった。
火鬼はかんぬきを外し蓋を開けた。
男は釜の中でうつぶせになって浮かんでいた。
炎鬼は火鬼に命じて男を鍋からすくいあげた。
男はあおむけに横たわった。 ぐったりしている。
炎鬼が男に声をかけた。
「おい、眼を開けろ。 お前は一度死んでいるんだからこのくらいで参ることはないはずだ。」
「ちぇっ! ばれたか。」
男は眼を開けて起き上がろうとした時に、男に目掛けて炎鬼が口から大きな炎を出した。
男は黒い煙をあげながら焼かれた。
男は体が真っ黒になって倒れこんだ。
炎鬼は倒れた男にさらに炎を浴びせようとしたが、思いとどまった。
そしてそのままの姿で氷鬼の空間に送り込んだ。
「ここで炭にするわけにはいかん。
あいつにはもっと罰を与えなければならんからな。」
炎鬼は男への憎しみを消すことができないで肩で息をするほどの怒りであふれていた。
氷鬼の処にやってきた真っ黒に焦げた男の目はギラギラと燃えるように光っている。
「ほお。 お前は今自分の置かれている立場に対して怒っているのだな。」
「こんなに真っ黒にしやがって。 あの真っ赤な鬼をここに連れてこい。
俺がぼこぼこにしてやる。」
「面白いことを言う。
人間の分際で我らに勝てると本気で考えているのかな。
お前を消してしまうことなど我らには造作もないことなのだ。
あいつがお前を消さなかったのは、お前にもっと罰を与えるためなのだ。
それほどお前の罪は重い。 それを自覚するまで罰は止まらない。」
「なんだと!?」
氷鬼が自分の両手に息を吹きかけると大きな球体が現れて、真っ黒になった男はその中に吸い込まれた。
「わーーーーー!!!」
「しばらくそこにいるんだな。」
「やめてくれ。 わーーー うううう!!」
球体の中の男には冷たい雪が吹き付けていた。
雪は降り積もって男を覆いつくした。
男は雪の重みで身動きもできず、雪に押しつぶされそうになっていた。
雪は降り続けて球体はその重さに耐えられず破裂した。
雪の中から真っ黒になった男が出てきた。
男は肩を上下させて大きく息をしていた。
「お前はまだ許されてないということだな。」
「どういう意味だ。」
「お前はもっと苦しまなければいけないということだよ。」
「ええ?」
氷鬼がまた両手に息を吹きかけると、真っ黒になった男は氷柱に閉じ込められた。
氷柱の中の男の顔は冷たさと痛みで歪んでいる。
氷柱はたくさんのつららでできているのでその一本一本が男の体に突き刺さっているからだ。
男はよほど恨まれているらしく、つららは男の頭、眼、喉、内臓それぞれを貫いている。
「この男、ずいぶんなことをしてきたようだ。
誰もこの男を許していない。」
氷鬼は氷柱に入ったままで奈落の処に送ることにした。
「こんな男、絶対に許すわけにはいかん。
奈落にとどめを刺してもらうことにしよう。」
男は氷柱に入ったままで奈落の元に送られてきた。
「ほお。 こいつ、なかなかなヤツだわい。
溶鬼、お前の出番だわい。」
「はい。 待ってました!」
「このまま溶かせ。」
「わかりました。 じっくりやります。」
「最後は川行きにしてしまえ。」
「承知しました。 お任せください。」
溶鬼はその姿を薄い膜のように変化させて氷柱に巻き付いた。
氷柱は少しずつ、少しずつ溶け始めた。
氷は解け、つららが突き刺さった男に沿うように溶鬼は薄い膜のまま巻き付いている。
「う、 ううううう ぐぐぐ・・・」
男のうめき声が聞こえてきた。
溶鬼の眼がギラギラと輝いた。
そして薄い膜はだんだん厚みを増して男を締め付けた。
「うおーーー!!! 」
男はさらに声をあげた。
溶鬼は力を緩めることはなく、そのまま男を締め付けていた。
ゴキッ!!
大きな音を立てて男の体が折れた。
溶鬼はその折れた体をさらに締め付けた。
男の体はさらに折れ曲がり、砕け、大小の塊になった。
溶鬼はその塊を包んだままで空間を飛び越えて三途の川に飛び込んだ。
三途の川には食鬼が刺鬼と刀鬼と並んで座ってのんびりと釣りをしていた。
三途の川には黒い塊が浮かび上がって、溶鬼は川から飛び出した。
その途端、三途の川に棲む魚たちが黒い塊に我先にくらいついた。
黒い塊はあっという間に魚たちの胃袋に収まってひとかけらも残っていなかった。
黒い塊を食べた魚のうろこがだんだんと黒くなってきた。
そしてすべてが真っ黒になった時、食鬼たちの釣り糸の先にいた釣鬼が黒くなった魚にかみついた。
食鬼は釣り竿が引いたのを合図に引き上げた。
釣鬼はいくつもある口ですべての魚をくわえていた。
食鬼たちは釣り竿ごと肩に担いで自分の空間に戻って行った。
溶鬼は驚いてすぐに奈落の処に戻って食鬼のしたことを報告した。
「あの男は魚に食われたくらいのことでは赦されないということだ。
食鬼が引き受けたのならそれでいい。」
溶鬼はあの男がどれほどの重い罪を犯してここに来たのかを考えると背筋が凍った。
食鬼はテーブルに着いた。
大皿には真っ黒で大きな魚が並んでいる。
食鬼はそれらをわしわしと喰らった。
魚は瞬く間に食鬼の腹の中に収まった。
魚は食鬼の中に入ると口から黒い塊を吐き出した。
黒い塊は集まって男の形に戻った。
男は自分がどこにいるかわからなかった。
ただ自分が真っ黒になって狭い空間にいることは理解した。
今まで受けた罰の痛みが体中に残っている。
それでも上下左右を見渡して、上に出口があって、それにつながるらせん階段があることに気がついた。
「よし!」
男はらせん階段を上がって上にある出口から出ることにした。
それからのことは出てから考えることにした。
とりあえずここから出ることだけを考えた。
男は体の痛みを我慢しながららせん階段を上がっていった。
一段一段上がるごとに自分が『自由』に向かっていると思うと体の痛みも苦にはならなかった。
男はやっとの思いで出口に着いた。
両腕をのばして出口に指をかけて体を浮かせて外に出た。
男が出ると同時にその出口は閉じて何もない状態になった。
男は思い切り両腕をのばして体をのばした。
「やった! これで俺も自由の身だ!」
そう言って男が周りを見回すと、そこはまた新たな空間だった。
壁にはジグザグの階段が続いている。
その先に目をやると、さっきとは違ってドアが見えた。
「俺は自由になったんじゃなかったのか?
またあの階段を上るのか。
あのドアの向こうには今度こそ自由な世界が待っている と。
誰か言ってくれ! 俺に希望をくれ!!」
男はしばらく座り込んでいたが、このままでは埒が明かないと判断して階段を上ることにした。
「くそ! どうして俺がこんなメにあわなきゃならないんだ?
おかしくないか?
俺がどれほどのことをしたって言うんだ?
たいしたことじゃあないはずだ。
それを! 冗談じゃない。
おい!!鬼!! 聞いてるんだろう?
みんなしてふざけやがって。
覚えてろよ。 ここを出たらぜってえに思い知らせてやるからな!!」
男の言葉を聞いて階段は男を振り落とした。
階段が男に話しかけた。
「お前にはずうっとこのまま楽しませてもらうことにするよ。
はーーっはっはっはっは!!!」
階段が吐いた言葉は狭い空間に響き渡って男の脳に突き刺さった。
鬼の持つ正義感を暴走させるのはやはり人間で、現世で罪を償わなくても死後必ずそのツケは払うことになるということを描いたつもりです。