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閻魔と天主 と ゴクとムクロ

二組の二人の昔からの因縁と関係性を、一つの案件を絡めて描きました。


「私じゃ判断できないから、ゴク、頼むわ」

「どういうこと。」

「きっぱりと黒点があるから絶対に罪人なんだけど、罪人の臭いがしないのよね。」

「どういうこと?」

「どういうこともなにも、そういうこと。

 だから困ってるってこと。  じゃ、お願いね、ゴク。」

「なんなんだ!?」


ゴクの部屋の前にはしょんぼりしている一人の年老いた男が待っている。


86歳  男  死因は病死  罪名は殺人

殺人?  

殺人で罪人の臭いがしないって、どういうことだ。

ヨミが判断ができないというのはこのことか。


「そこの者、部屋に入りなさい。」

「はい。」


ゴクの部屋の扉を開けて入ってきたのは、しょぼくれた男だった。


「その椅子に座りなさい。」

「はい。」

男はおとなしく言われた通りに椅子に腰かけた。


   こんなおとなしい爺さんが殺人という罪を本当に犯したのか?

   そんなだいそれたことを思想には見えないが。


「お前がなぜここにいるのか、わかっているのか。」

「わしは女房を殺しました。  だから地獄に送られるのは当たり前だと、思っています。」

「そうか。  わかっているのならよろしい。

 今からお前の犯行に関して、どのような罰を与えるかを決めるために、お前の『これまで』を

 壁に移す。  一緒に見なさい。」

「はい?  はあ、 わかりました。」


壁には若い二人が映っていた。

「あ!  あれは若いころのわしと女房ですわい。」

男の声は弾んでいた。

若いころの二人のことを思い出したようだった。

男はゴクが驚くほど饒舌に話し始めた。


「あの頃は本当に幸せだったなあ。

 わしが女房に一目ぼれしたんですわ。

 わしが26,女房が30の時ですわ。

 女房は、いわゆる出戻りでね。

 子供ができなかったという理由で実家に帰されて。

 今はそんなこと、理由にはなりませんが、昔はそれだけで否応なく帰されたんです。

 女房の実家は小さな食堂をやっていてね、わしはそこによく通っていてね、常連だったんだ。

 それで知り合って。  ほら、かわいいでしょ。

 誰でも好きになりますよ。

 でも、その頃わしには親が決めた許嫁がいましてね。

 それでもわしは女房が好きだったから。  他の人と結婚なんてできませんよ。

 わしもだけど、その人も不幸にするわけだから。

 

 年上だし、出戻りだし、子供も産めないみたいだし。

 父親は絶対反対で、それはもう大変でした。

 母親はわしの気持ちをわかってくれてね、町を出なさいって言ったんです。」

男は突然泣き出した。


「それでわしの名義の通帳と印鑑と現金を渡してくれたんです。」

男は肩を震わせて泣いている。

それでもゴクに何もかも聞いて欲しいのか、話し続けた。


「わしが生まれた時に作ったって、通帳を作ったって言って。

 これでしばらくは暮らせるから持って行きなさいって。

 言ってくれたんです。」

男は嗚咽を漏らした。


「それで、二人で町を出たんです。  駆け落ちをしたんですよ。」

「駆け落ち。

 相手の女の人には申し訳ないと思わなかったのか。」

「思いましたよ。 そりゃあ気になりましたよ。

 母親とは母の友達を通じて連絡を取ってたから、三人で会って食事もしました。

 その時に聞きました。

 そうしたらその人も別に好きな人がいたらしくって、結局父親の独りよがりだったんです。

 昔、わしがまだ子供の頃正月にみんなが集まった時の酒の席で交わした約束で、

 誰も本気にしていなかったのをわしの父親だけが本気にしてただけだってわかって。」

「家に帰ったのか。」

「帰れません。

 ただ、二人の母親とは連絡を取って、四人で食事ができるようにはなりました。

 父親は自分のメンツが潰されたと言って当分許してはもらえませんでした。

 ただ、入院してもう先が短いと知ってからは会ってくれました。

 女房にも『息子を頼む』なんて言ってくれました。」

男は父親を思い出したのか、静かに涙を流していた。


「子供には恵まれなくて、それでもわしは二人で暮らせて十分幸せだったんです。

 子供がいると幸せで子供がいないと不幸なんて、あれは嘘ですよ。

 休みの日は二人で出かけて、食事に行ったり遊園地に行ったり。  楽しかった。

 たまに母親と四人で出かけたりして。  本当に楽しかったんですよ。

 それが18年前から女房の様子が少しずつおかしくなってきて。

 10年前にはわしのこともわからんようになってしまって。

 それでもわしの顔を見ると笑顔になってくれる女房を見ると嬉しくってね。

 介護も苦には思わなかったですよ。

 二人の時間がこのまま続いて欲しいと思ったもんです。」

「なぜそんな人を手にかけたのだ。」

「今後を考えたら、真っ暗な未来しか見えなくなって。

 今わしがまだしっかりしているうちに自分たちで決着をつけないといけない気がして。

 それで一緒に死のうと思って近くのビルから飛び降りたんです。

 女房は体を強く打って即死でした。

 わしは植え込みに落ちたから助かって、入院して、病気がわかって治療を拒否したんです。

 女房と一緒にいたくって飛び降りたのに。」

「罪名は殺人になっている。」

「それは女房はもう何もわからんようになっているから自分の意志で飛び降りるはずがないって。

 無理心中失敗の結果の殺人と言われました。

 言われてみればその通りだから、その罪を認めました。

 二人で成仏して、これからも一緒にいられると思ったのに、違いました。」

男の声は沈んでいた。


「そりゃあそうですわな。

 わしは犯罪者なんだから、女房と一緒にはいられないんですよね。

 一緒にいたかっただけなのに、一緒にいられなくなるなんて、お粗末な話です。

 わしは本当にバカなことをしてしまったと思いますよ。

 どこかで女房がわしを待ってくれている気がするけど、もう会うこともない ですね。

 会いたいなあ。」

男はしみじみと寂しさを感じているようだった。


ゴクは男の人生を壁に移し続けた。

男の言葉は正しかった。

男は献身的に妻の世話をしていた。  楽しそうですらあった。

そして、ある日、ビルから飛び降りた。

全て男の言った通りだった。

ゴクはため息をついた。

このまま地獄で罰を与えることは簡単だ。

しかし、杓子定規でいいのか ゴクは迷った。

ゴクはヨミが判断に困った理由がわかった気がした。


ムクロに相談しよう。 

ゴクは自分の考えていることが正しいかどうか、ムクロに聞いてみようと思った。

ゴクにとってムクロは他の者とは少し違う存在だった。


  ・・・・・   ・・・・・   ・・・・・


ムクロは閻魔大王の護衛隊隊長の息子として生まれた。

護衛隊は閻魔大王をお守りするのみならず、ありとあらゆる地獄の門の門番を務める役割も担っていた。

地獄と現世をつなぐ門、地獄と天上界をつなぐ門。

閻魔大王の許可なく通ることが許されない門は護衛隊が守るのだ。

護衛隊にとって、それらの門を守ることは誇りある役目だった。


子供のころから武道に於いて勘がよく、おまけに練習熱心だったこともあってめきめきと腕を上げた。

まだ幼い子供にあって大人顔負けの腕前だった。

さすが護衛隊隊長の息子とささやかれていた。

ムクロにとって父親は憧れであり、尊敬する『上司』だったので、それはムクロにとっても自慢だった。



ゴクの母親が亡者と一緒に現世へと続く門の門番を倒して逃げて行ったのはその頃の事だった。

本来ならムクロの父親は護衛隊隊長の職を解かれるはずだったが、そうはならなかった。

なぜならそれは、そのことに対しての不満や恨みがゴクに向くことを閻魔大王は危惧したからだった。

ムクロの父親は閻魔大王に辞職を申し出たが、それも許されなかった。

それもゴクのためだった。

噂だが、閻魔大王がムクロの父親に頭を下げて頼んだと言われている。

母親に裏切られて、父親を亡くした憐れな子供の為だ と言われて父親は残留を承諾した。



ムクロにとってそれは屈辱でしかなかった。

その憎しみはゴクに向かった。

いつかきっと自分が護衛隊隊長になってこの屈辱を晴らすことを心に決めた。

ムクロはその後、武道全般を身につけるための鍛錬に一層力を注いだ。

周りの者は『父親の汚名を返上するため』と揶揄されたが、鍛錬することで跳ね返した。


鬼村の学び舎でも学業よりも武道に力を入れた。

護衛隊に大事なことは知識よりも物理的な力だと考えていたからだった。

授業をさぼって武道の道場に向かう途中、ぼんやりと大岩に座っている者を見かけるようになった。

「誰だ?」

気になった。

学び舎でも見たこともない。

「誰だろう?」


道場の帰りにも見かけた。  同じところで同じ姿勢で座ったままだ。

「なにをしているんだろう?」

ムクロは気にはなったが、声をかけることはしなかった。


学び舎に行くと、『大岩の彼女』のことが噂になっていた。


「俺も知ってる。  昨日道場の帰りに見たよ。」

「ムクロもか。  あいつがゴクさ。」

「う!? 」


   あれがゴクか!

   父親が受けた屈辱の原因になった者か。

   あいつのせいで、俺の父さんは今も恥辱に耐えているんだ。

   俺のこのどうしようもないモヤモヤの元凶でもある。

   あんなところで一体何をしているんだ?

   閻魔大王に守られてぬくぬくと暮らしているんだろうさ。

   目の前から消えてもらいたい。


「あの子、ゴクのことだけど、知ってる?

 大人が噂してるの聞いたんだけど、あの子の母親、父親の命を吸って亡者に与えて、

 それから現世に逃げたんだって。」

「そうなんだ!?」

「それで閻魔大王様が憐れに思って引き取られたんだって。」

「へえ、それで今はどうなってる。」

「両親のことを知って、今は誰とも口をきかないらしいわ。」

「誰とも?  閻魔大王様とも?」

「そうみたい。」

「毎日ああやって大岩の上に座って、ただぼんやりしてるらしいわ。」

「なんのために。」

「さあ。  ただ時間を過ごしているんじゃないかな。」

「なんのために。」

「理由があるのかないのか、本人に聞いてみないとわからないんじゃない?」


「あいつ、辛いんじゃないかなあ。」

そう言ったのは炎だった。


「どうしてあいつが辛いんだ!?」

「だってそうだろ。

 母親が父親を、殺したんだろ。

 それもどっかの男の為に。

 そんなの、子供にとって辛いに決まってるだろ。」

「そうよ。  私の母さん、時々父さんとけんかはするけど、殺したりはしないもん。」

「そうだなあ。  それも亡者に命を与えたなんて。

 スキャンダルよね。  そんな中にさらされたんだ、一人で。」

「かわいそう。  あの子に罪はないのに。」


「俺たちが味方になってやればいいんじゃないか?

 そうは思わないか?  この学び舎に誘うってのもアリだと思うが、どうだ。」

「それはいいけど、誰が声をかけるのよ。」

「それは。  俺が声をかけるさ。

 言い出したのは俺だからな。」

「皆、仲間だって知らせた方がいいから、みんなで一緒に行こう。」

「そうだ、そうしよう。」

「きっと今日も大岩に座っているだろうから、帰りに行ってみよう。」


ムクロは迷った。

俺があいつを仲間として迎えることが果たしてできるのか、自信がなかった。


皆が帰りに大岩に行くと言った時、ムクロは道場を理由に行かなかった。


それから毎日皆は大岩に行ってゴクの様子を見ていた。

そしてその様子を学び舎で話すのだ。


「遠くを見てる。」

「寂しそう。」

「いつも一人でぼんやりしてる。」

「ねえ、やっぱりみんなで行って声をかけようよ。」



「声をかけたんじゃなかったのか?」

「みんなでって言ったでしょ。

 ムクロ抜きでは声なんか掛けられないわよ。」

「そうよ。  皆で学び舎に誘うんだから。

 一人でも反対してたら誘えないでしょ。」

「そんな。  俺は道場があるから。」

「そんなの嘘だって皆わかってるわよ。

 ムクロ、あんた、ゴクの事、恨んでるんでしょ。

 皆知ってるわよ そんなことくらい。」

「そうよ。  ゴクの母親が門を破って逃げだしたからムクロのお父さんの面目がつぶれたって。

 だからムクロはゴクを恨んでるって。  そんなの、バカみたい。」

「なんだと、バカだと!?」

「だってそうじゃない?

 あんたのお父さんは生きてる。

 ゴクのお父さんは死んだのよ、それもお母さんのせいで よ。

 その気持ち、考えたこと、あるの?」

「それは。」

「自分の、妙なプライドしか頭にないのよね。

 それって。  そんなことであんた、護衛隊隊長が務まると思ってるの。」

「あんたのお父さんが護衛隊隊長を続けてるのも、ゴクを憐れに思われてのことだと思う。

 あんたと違って『器』が大きいのよ。

 うちの父さんが言ってたわ。  さすがだって。

 つまらない自分のプライドなんかより、子供の心に重きを置いたのだって、そう言ってた。」

「・・・・・」

「ムクロ、一緒に行こう。

 そしてゴクに、あんたは一人じゃないって言ってあげよう。

 私たちは仲間だって、教えてあげよう。  ね。」

「・・・・ わかった。  一緒に行くよ。」



その日、ムクロは皆と一緒に大岩に向かった。

いつも通り大岩の上にゴクは座っていた。

いつものようにぼんやりとどこかを見ているようだった。


炎が走っていって、いきなり話しかけた。

「俺たちと一緒に学び舎に行こうぜ。」 と言うとゴクはただびっくりして返事をしなかったと

炎が報告をした。

どこまで本当かどうかはわからないが、話しかけたこととゴクが驚いたことは本当だろう。


それから毎日皆で大岩に出かけた。

最初は警戒していたゴクも、毎日行く俺たちを受け入れるようになったように思えた。

ゴクは何も言わなかったが、今までとは違って眼に力を感じた。

ゴクはなにか考えているようだった。


それからしばらくしてゴクが学び舎に通うようになった。

話しはしなかったが、少しずつ笑顔が見られるようになった。

皆が驚いたのはゴクの勉強熱心なところだった。

あっという間にみんなに追いついて、追い越した。

そして閻魔大王様に直談判をして書院殿への出入りを許されたのだった。

ゴクの知識の吸収力には目を見張るものがあった。

書院殿の蔵書もすべて読破し、それどころか暗唱できるまでになった。

知識においては誰もかなわなかった。


ある日、ムクロはゴクに声をかけた。

「俺は護衛隊隊長の息子だ。

 お前の母親は護衛隊の門番を倒して逃げたんだ。」

「知っている。」

「お前の母親せいで俺の父親は恥をかいた。

 その上辞任しようとした護衛隊隊長を続けさせられている。

 その屈辱は全てお前の母親のせいだ。

 それを、お前はどう思うか。」

「私には母親はいない。  それだけだ。」


ムクロは驚いた。

ゴクは母親の存在を否定することで自分を保っているのだと思った。

そうでなければ自分ではいられなかったんだということもわかった。

ゴクの哀しみの深さが伝わってきた。


「俺は将来父親の跡を継いで護衛隊隊長になるつもりだ。 

 どう思うか。」

ムクロは自分が的外れの質問をしていることはわかっていた。

こんなこと、ゴクに相談すること自体間違っている。

それでもゴクは

「尊敬する父親がいることは、素晴らしいことだと思う。」

と答えたのに対し、ムクロは一言

「そう だな。」  とつぶやいた。


ムクロは胸のつかえが下りたような気がした。

ゴクを責めても仕方がないことだ、ゴクも被害者なんだ、だから父も閻魔大王の言葉を受け入れて護衛隊隊長を続けているんだ。 

ムクロはゴクを仲間として認めようと決めたのだった。



「ムクロ、ちょっといいか。」

ゴクの言葉にムクロは驚いたが、黙ってゴクの後について行った。

そこはあの大岩の前だった。

ゴクは大岩の上に座った。


「覚えているか、ムクロ。

 私が毎日ここでこうしてこの大岩に座っていたのを。」

「ああ、よく覚えている。」

「突然、炎鬼が俺たちはお前の友達だ と行った時には驚いた。

 唖然として と言った方が正しい。

 知っているだろう? 私の両親の話を。」

「う、うん、まあ。  知っている。」

「私はね、幼いころ、自分は大王様の子供だと思っていたのだ。

 きっと自分で勝手に記憶をすり替えたんだろうな。

 あの時、母の事件の時だ、大王様は箝口令を敷いたそうだが、人の口には戸は立てられないからね。

 当然、私の耳にも入ってきたんだ。

 なにがショックだったかと言うと、自分が大王様の子供じゃないってことがショックだったんだ。

 それで、事実が事実だろ。  でも、そんなことはもうどうでもよくなってたよ。

 大人は噂話が 特に男女のもつれ系の話が好きだからな。 

 私はここにいていいのかって、自問自答の毎日だったよ。

 この大岩に座ってそのことばかり考えていたんだ。

 寂しいとか、辛いとか、そんな言葉では言い表すことができない虚無感 みたいな、ね。

 そんなときだ。  お前たちが私に仲間だって言ってくれたのは。

 それで、考えて考えて、大王様の役に立つ存在になることが私の存在意義なんじゃないのかってね。

 だから学び舎にも通っているし、必死で勉強もしている。

 一番って言われてもうれしくない というか、それでは足りないって思っている。

 それで書院殿にある蔵書も全部読んで、頭に叩き込むつもりでいる。

 自分で自分の存在を証明するのって、結構キツイんだ。

 それでもみんなが仲間って言ってくれたから乗り切れるのかもしれないな。

 ムクロ、お前には特に だ。」

「どうして、俺なんだ。」

「お父上のことだよ。

 お父上には本当にお世話になったんだ。

 私が妙なことを考えないか、大層ご心配いただいてね。」

「え?」

「いつもそれとなく気にかけていただいている。  心から感謝している。」

「そうなの か。」

「私は大王様の役にたつ鬼になると決めた。

 だからもう大丈夫だとお父上に伝えて欲しい。」

「俺から?」

「頼む。  お前は護衛隊隊長になるのだろう?」

「そのつもりだ。」

「じゃあ、お前がいわなければ だな。」

「なぜだ。」

「護衛隊隊長が決めたことだ。  将来の護衛隊隊長から進言するのが道理だろう。」

「そうなのか なあ?  まあ、いい。  伝えておく。」

「感謝する。

 護衛隊隊長に、なれよ。」

「おう。  なるさ、絶対にな。」

「期待してる。」

二人は固い握手を交わした。


その日の夜、ムクロは父親にゴクの言葉を伝えた。

「そうか。  それはよかった。

 あの子も目標ができたのだな。」

「父上、お聞きしたいことがあります。」

「なにかな。」

「父上はゴクの母親に逃げられて、悔しくはなかったのですか。

 ゴクを恨んだことはなかったのですか。 

 護衛隊隊長として恥をかかされて、辞退も許されず。

 それでゴクを見守り続けていたなんて、どんな気持ちだったのですか。」

「ムクロ、お前は護衛隊に入りたいと言っていたな。」

「はい。  将来は父上のような護衛隊隊長になりたいと思っています。」

「お前は護衛隊の仕事はなにだと考えているのか。」

「閻魔大王様をお守りし、地獄の安寧を保つことだと考えます。」

「それは違う。

 護衛隊の最も大切な仕事はこの地獄と地獄の住人を守ることなのだ。

 その中には閻魔大王様もゴクも含まれるのだ。」

「え?  大王様とゴクが同じなのですか。」

「そうだ。  公正公平でなければならん。

 私怨を持ち込むなどもってのほかだ。

 もしお前が感情で動くなら護衛隊に入れることはできん。  鬼にでもなるがいい。

 お前の武術と剣術の腕は大人顔負けと聞いている。」

「父上。

 ゴクとは仲間として認め合っております。

 ただ父上のお考えを知りたかっただけです。」

「そうか、それならよろしい。

 私があの時 護衛隊隊長を再び拝命したのは私の誇りであり、誉である。

 閻魔大王様はこの私を信頼してくださったということだからだ。

 屈辱とは思っていない。」

「わかりました。」

「お前も隊長になりたければ公正公平を心掛けるのだな。」

「はい。   そのように努めます。」


ムクロは自分だけがつまらないことにこだわっていたことを恥じたのだった。



ゴクは言葉通り勉学に励んだ。

ムクロは武道や剣術を磨くことに集中した。

それぞれにそれぞれの道をひたすらまっすぐに進んでいった。

二人は努力を惜しまなかった。


ゴクは書院殿の中に『術』に関する書物を見つけ、ひそかに『術』を研究し身につけていった。

ムクロはあらゆる武道を身につけるための鍛錬を続けた。

お互いが、約束を果たすために時間を費やした。


ゴクは書物を読破し、確実に知識を増やしていった。

ムクロは武道と剣術では大人にも負けなくなっていた。


閻魔大王は二人の努力と実力を認めて、ゴクは『体鬼』、ムクロは『剣鬼』の名を与えられた。

二人は驚き、そして、拒んだ。

罰を与える役目を引き受けるつもりはなかったからだ。

ゴクは知識を役立てられる職を望み、ムクロは護衛隊隊長を望んだ。


『締鬼』になったヨミに嗅覚を活かしたいと考えていた閻魔大王は、それまで自らが行っていた番人の役を三人に振り分けることに決めた。


ヨミは不満な顔をした.

「私は頑張って修行して『締鬼』になったのに、どうして番人にならなきゃいけないんですか?

 納得できません。」

「生まれ持ったお前の嗅覚は他の誰にも真似ができん。

 罪を嗅ぎ分けることができる者は他にはおらんのじゃ。」

「でも、それは私の望みとは違っています。」

「わかっておる。

 それじゃあ、お前の力が必要とされたときは『締鬼』になる という条件でどうじゃ。」

「その時は壱の関所は誰が見るの?」

「わしが引き受ける。」

「うーーーん。

 大王様、約束守ってくださるわね。」

「守る。  嘘はつかんよ。」

「じゃあ、その条件付きで壱の関所の番人を引き受けることにします。」

「名前はヨミのままじゃぞ。」

「ええーー!?  どうして?」

「『締鬼』の名前は罪人に罰を与える時の名前じゃからな。

 番人の時は幼名のヨミを名乗ってもらう。」

「でも、『締鬼』は私だから、他の者には使わせないでよ。」

「それもわかっておる。」

「それで、関所はいくつあるの。」

「三か所にするつもりじゃ。

 壱でお前が罪人とそうでないもの振り分ける。

 そして判断がつかないものを弐の関所に送る。

 弐でゴクが査定する。

 ゴクの広い知識を元に罰を与えるべきかどうかを決めるのじゃ。

 そして川の向こう岸でムクロが行き先を決める。

 そう言う段取りを考えておるのじゃ。」

「それで、二人は承諾したの?」

「二人にはこれから話す。」

「ふーーん。  私が一番に聞いたって、気持ちいいなあ。 ふっふっふ。」

ヨミは『締鬼』もできることを条件に壱の関所の番人を引き受けた。


「お前には弐の関所の番人としてお前の知識を存分に活かしてもらいたい。」

「番人 でございますか。」

ゴクも『体鬼』として活動すると思っていたので大王の申し出に驚いたが、

自分の知識を活かせる法務部門と聞いて弐の関所の番人を引き受けることにした。

どういった立場になったとしてもゴクにとって最も大切なことは大王様の役に立つ立場であることだから大王様の申し出を断ることは考えられないことだった。



ムクロは納得しなかった。

護衛隊隊長を目指していたムクロにとって参の関所の番人の役は意想外のものだったからだ。

「俺、いえ、自分は護衛隊に入るために今まで腕を磨いてまいりました。

 それなのに番人とは。  納得できません。

 自分はいずれは父のような護衛隊隊長になるつもりですから番人にはなれません。」

「参ノ関所の番人というのは地獄の入口の門番でもあるのだ。

 地獄に来る者達は皆罪人ばかりじゃ。

 その地獄で最初にくぐるのが参ノ関所じゃ。

 壱の関所はヨミが、弐の関所はゴクが引き受けてくれた。

 あとは参の関所だけなのだ。

 お前には壱の関所に向かう者達の監視も頼みたい。

 そして列を乱したり、ヨミとゴクに危険を及ぼす可能性がある者達を『剣鬼』となって裁いて欲しい。

 地獄を守り、二つの関所を守る役目はお前にしか頼めないのだ。

 参の関所も立派な護衛隊の仕事だと思うのだが、どうだろう。」

「二つの関所を守る、護衛隊の仕事 か。」

ムクロの頭にはゴクの顔が浮かんだ。

俺が ゴクを 守るのだ。

ムクロは閻魔大王の申し出を引き受けることを決めた。


壱の関所には毎日多くの亡者がやってくる。

ヨミの嗅覚は確かで振り分けも早い。

ゴクのいる弐の関所に送らないといけない亡者は少ない。

それもヨミの嗅覚と黒点を見定める勘の良さのおかげだ。


ゴクは手が空いた時は閻魔大王の事務仕事を手伝っている。

それもこれも閻魔大王様の役に立ちたいというゴクの思いからなる。

ゴクには閻魔大王の後継者になるつもりは毛頭ない。

自分の母親が地獄の掟を破った罪人だからに他ならない。

母親の罪を償うためにも、自分を育ててくれた大王様の恩に報いるためと考えているのだった。


参の関所にも毎日多くの罪人が川を渡ってやってくる。

ムクロは公平公正に罰を決めているつもりだ。

罪と同じ罰を与えるというのがムクロの考えだ。


その時だった。  ゴクから『相談がある』と念が飛んできた。

 『なんだ?』

 『直接会って話したい。』

 『わかった。』

ムクロはその場を裁鬼に任せて弐の関所に向かった。



ムクロはゴクの部屋の前までやってきた。

ゴクは部屋の外でムクロを待っていた。 罪人以外は部屋には入れないと決めている。

部屋の中にいる男のことは関所守に見張りを頼んである。


関所守は承知をしたが、見張らなければいけないのは本当はゴクではないかと心穏やかではなかった。

 『まあ、ムクロがついておるなら大丈夫じゃろう。

  大丈夫でなくては困る。』



「突然呼び出してすまない。」

「なにがあった。」


ゴクは部屋の中にいる老人について細かく説明をした。


「それで、どうしたいんだ。」

「わからない。  わからないから困っている。

 重い罪を赦すことはできないが、気持ちもわからないでもない。」

「そうだな。  しかし、この前のような無理やりなことは二度とできないぞ。」

「わかっている。」

「今回は大王様に相談してはどうか。」

「大王様に か。」

「俺も一緒に行こう。  どうだ。

 ゴク、俺は 剣鬼になりたくないんだ。」

ゴクはムクロの言葉を聞いてハッとした。

ゴクは心のどこかでムクロが剣鬼になってあの男を消してくれないかと期待していたことに気づいていたのだ。  私はムクロに甘えていた。


二人は閻魔大王の部屋に赴いた。


閻魔大王は二人の訪問を知っていたようで、待ち構えている様子だった。


「話は分かっている。

 今回はわしが天上界に行って天主と話をつけてこよう。」

「いいのですか、大王様!?」

「天主もわかっているじゃろう。

 このままここで待っていなさい。」

「「はい。  わかりました。」」

二人は立ったままで閻魔大王に深く頭を下げた。

「うむ。」

そう言うと閻魔大王は天上界に飛び立った。



閻魔大王が天上界に行った。

天上界の門番に「いきなりで申し訳ないが、天主殿にお会いしたい。

        閻魔大王が来たとお伝えいただきたい。」  と伝えた。

門番はいきなりの閻魔大王の訪問に慌て驚きながら、天主様の元に向かった。

門番の足がもつれていることに閻魔大王は笑顔になった。


「久しいですね。」

「おお、天主殿か、わざわざのお迎え恐れ入る。」

「お話は分かっています。

 こちらへお越しを。」

「うむ。  伺おう。」


閻魔大王は門まで迎えに来てくれた天主様の後について歩いて行った。

二人だけになった途端、親しげに話し始めた。


「閻魔、あそこに座っている老女が見えるか。」

「おお。  見える。  あれが?」

「そうだ。  おじいさんが来るまで動かない といって本当に座り込んでいるよ。」

「地獄にいる。」

「その通りだ。  困ったものだ。」

「ゴクも困っている。

 ヨミの言う通り罪人だが、罪人の臭いがしないそうだ。」

「そうか。  ヨミの嗅覚は特別だからな。」

「そうだ。  何とかならんか。」

「ほおーー。  今回は私に相談するのか。」

「それを言わんでくれ。」

「はっはっは。  閻魔はゴクに甘いからな。」

「それも言わんでくれ。」

「我が子同然なのだから仕方がない。  閻魔にも『情』がある証だな、ゴクは。」

「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。

 ゴクの母親の居所を、わしはゴクに教えていない。」

「それでいい。  その方がいい、と私も思う。」

「そうか、天主もそう思うか。」

「ああ。」

「ゴクはムクロを信頼しているようだな。」

「そのようだ。」

「大切にしてやれ。

 私たちのようにならないように、な。」

「わかっている。

 それで、地獄にいる男を引き受けてくれるか。」

「老女のためにも引き受けよう。

 それに今回は事前に話してくれたからな。」

「すまん。」

「それにしてもこんな風に閻魔と話すのは久しぶりだな。」

「そうだな。  昔はよく話したものだ。」

「あの頃は、お前もここにいたからな。」

「ああ。  お前とは考えが違って袂を分かったが、昔のように話せてよかったわい。

 それにしても、ここはいつ来ても静かだ。」

「お前たちのおかげだ。

 お前の考えが正しかったのかもしれんな。」

「それはどうか、わしにもわからん。」

「今度私がそちらに行ってもよいか。」

「天主が地獄に?  それは天上界が赦さんじゃろう。」

「そうか、 そうだな。  今度は遊びに来い。」

「そうしよう。」



  ・・・・・   ・・・・・   ・・・・・



 昔昔、大昔の事。

亡者は誰でも天上界に行くことができた。

善人も罪人も区別なく、皆区別なく天上界に行くことができたのだった。

しかし、天上界に行った者すべてが成仏できたわけではなかった。

成仏を望まず、そのまま天上界に留まることを望む者達もいた。

その中に天主と閻魔がいた。

天主は天上界に住む者すべが平穏に過ごせるようにすることを理想に掲げた。

善人の罪人もすべて分け隔てなく接した。

中には天主に対して乱暴を働いたり、暴言を吐く者達がいた。


罪人たちが集団になって天上界で乱暴を働くようになった。

一度死んでいるのだから怖いものなしでやりたい放題だった。

それを放置しなかったのが閻魔だった。

閻魔は体も大きく力の強かった が、 善人側の存在だった。

閻魔に同調する者達が集まって自警団を結成した。

皆で見回りをして各行を働く者達を叩きのめした。

その所業は天主の理想とは大きく違うものだった。

天主はあくまでも話し合って穏やかに事を納めたかったのだが、閻魔たちは罪人に手を出した。

天主はそのことがどうしても許せなかった。

天上界で乱暴を働くことは認められなかったのだった。

例え動機が『正義』であったとしても だ。


しかし、閻魔は自分の正義に対して反論する天主を認めることができなかった。

それで自警団を解散することはせず、そのまま継続した。

天主が庇うことにつけあがった罪人たちはつけあがって天主に対しても暴力を振るうようになった。

閻魔たちの怒りは頂点に達し、怒りのあまり自警団の皆には角が生え、体と顔の色が怒り色に変わってしまった。

その姿を見た天上界の善人たちは恐怖におののいた。

自警団を恐れるようになってしまったのだった。

この出来事がきっかけで、仲間だったはずの閻魔と天主には亀裂が生じてしまった。


そこで善人と罪人を区別して、善人は天上界に、罪人は地底深くに送ることを提案したのが閻魔だった。

自分たちはもう天上界にはいられないと考えるようになったからだった。

天主はそれには反対したが、閻魔を恐れる善人たちは閻魔の考えを容認した。


閻魔たち自警団のメンバーは罪人すべてを連れて天上界から出ることにした。

閻魔たちは罪人たちを連れて地底深く潜っていった。

そしてそこを地獄として『罪人を罰する処』と定義づけたのだった。


それ以来、天上界には善人が、地獄には罪人が送られることになった。

その時、閻魔が地底に向かった道が今でもそのまま残されているのは閻魔と天主の友情の証ともいえる。

天上界が穏やかでいられるのは閻魔たちがいるからだと天主もわかっている。

地獄にも優しさが存在するのは天上界の助けがあるからだと閻魔も知っている。


二人の考えは交錯しながらバランスを保っているのは二人の間にある信頼関係に起因する。

周りに誰かがいる時は他人行儀にふるまうが、二人だけになった時は昔の関係に戻るのだった。



・・・・・   ・・・・・   ・・・・・


「じゃあ、頼む。」

閻魔大王は天主様にそう言って地獄に戻って行った。


地獄ではゴクとムクロが首を長くして閻魔大王の帰りを待っていた。


そこに閻魔大王が戻ってきた。

「大王様、天主様はなんと言われましたか。」

「今回は相談するのだな と皮肉を言われたわい。」

「も、申し訳ありませんでした。  まことに以て申し訳なく。」

「はっはっは!!  冗談じゃ。

 天主に言われたのは本当じゃが、あやつめ、笑っておったわ。  はっはっは。」

「それはよかったと言っていいのかどうか?」

「心配せんでよい。

 お前の部屋にいる老人は天主が引き受けてくれるそうじゃ。

 あの老人の嫁が成仏の道の手前で座り込んで待っているようじゃ。

 天主も困っている。  早く天上界に送ってやりなさい。」

「はい!!  ありがとうございます。」


「ムクロもご苦労だったな。」

「いえ、私は何も。  ついてきただけですから。」

「さようか。  まあ、それならそれでお疲れじゃった ということじゃな。」

「はい。」

「早く戻りなさい。  天主の気が変わっては困るでな。

 あ、嵐鬼竜を連れて行くといい。  待たせてある。」

「「はい!!」」



ゴクが部屋に戻ると男はしょんぼりしたまま椅子に座っていた。


「関所守、世話になった。」

「私は何もしていないよ。

 見張る というより、見てただけだからね。

 男はずうっとああやって黙って座っていただけだったからな。」

「それでも、世話になった。」

「じゃあ、私は戻るとしよう。」


「顔を上げなさい。」

男は言われるがまま黙って顔を上げた。

「よく聞け。

 閻魔大王様と天主様、お二人のお許しが出た。

 お前は天上界に行くのだ。」

「え!?」

男はゴクの言葉が理解できないようだった。


「お前の大事な人は成仏への道の前で座って、お前を待っているらしい。

 座り込んで動かない。

 天主様も困っておられる。」

ゴクの言葉をやっと理解できたらしく、眼を大きく見開いた。

「それは、本当ですか?」

「早く部屋を出なさい。お二人の気が変わっては困る。」

「あ、はい。  すいませんです。」

男は急いで部屋の外に出た。


ゴクは空に向かって叫んだ。

「嵐鬼竜!  男を天上界に連れて行ってやってくれ。

 天主様が待っておられる。」

嵐鬼竜が「ゴオーーーー」と大きな声で返事をしたと同時に男の体は宙に浮いた。


男は嵐鬼竜の背に乗って、そのまま天上界に向かって飛び立った。

嵐鬼竜は男を落とさないように気遣いながら天上界目指して飛んだ。

天上界では天主様自ら嵐鬼竜を出迎えてくれていた。

男は天主様に眼もくれず自分を待っている女房の元へ走り寄った。

天主様は男の行動に驚いたが、二人が泣きながら抱き合っている姿を見て微笑えんだ。


男は女房を抱き起してから天主様と嵐鬼竜を見てお辞儀をしてから二人で成仏への道を歩いて行った。

今回は案件そのものよりも二組の二人の葛藤に重点をおいて心模様を描いたつもりです。

天上界にいる者も、地獄に住む者も共通する感情が、現世にも通ずると思って書きました。

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