女たちの罪
気軽に罪を犯してしまった女たちが罰を受ける様子や、反省しても後悔しても被害者の許しを得られないことで苦しみから逃れられない姿を書きました。
街灯がともる夜の高速道路でスポーツカーを走らせて長い髪を風になびかせている。
乗るというより飛ばしているというほうが正しいほどのスピードだ。
スリリングな運転が好きな女は、眼の前を走る車は必ず抜くと決めている。
どこまで行っても必ず前に車が走っている。
「邪魔。」
女はつぶやいて、ウインカーを出して無理やり追い越し車線に移ってアクセルを踏んだ。
前の車を抜きながら、女は煙草に火をつけた。
「この瞬間が 好き。」
これで少しの間は女の目の前には車はいない。
「この景色がたまらないのよ。 ふふふ。」
女は迷わずさらにアクセルを踏んだ。
120は出ている。
「快感。」
女はラジオから流れる曲に合わせて軽く体を弾ませながらさっきまで一緒にいた男を思い出した。
「この曲のせいね。」
女は銀行の融資課に異動したばかりだった。
一般職で入った女子行員が入社4年目での融資課への異動は異例の人事だった
銀行でも周りが驚くほどの冷徹さで利益を生み出してきた。
融資課への異動は周りの納得の人事だった。
さっきまで一緒にいたのは銀行に融資依頼に来た男だった。
ずいぶんとハンサムで、さぞモテたに違いない男だった。
それをわかっていてわざとらしく媚を売ってきたのがうざかった。
なにを勘違いしているのか、融資はそんなことでは決まらない。
銀行はボランティア団体ではない。 利益が見込めない会社に融資なんてするはずはない。
社長の息子でのほほんと暮らしてきたただのハンサム男は、自分で道を切り開いてきた女にとっては不愉快な存在というのもあった。
ましてや書類も整っていなかった。
少なくとも書類を整えてからおいでくださいと言ったら、退社時に社員通用口で待っていたのだ。
時間外と言って断ってもしつこくついてきた。
女はもう一度書類を整えないと話が始まらないことを伝えてから男から離れて、予定通りジムで汗を流した。
そしてジム専用の車庫に置いていた車に乗って帰宅の途に着いたのだ。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
今日は帰りが遅くなるという連絡があったので、久々に友達と会うことにした。
「ほんと、久しぶりね。 いつも来ないから。
今日もダメ元で誘ったんだけど、誘って良かったわ! ね!」
「そうそう。 まあ、あんなハンサムな旦那様だもん、いろいろ心配だもんね。
目を離せない気持ちもわからなくもないわ.ねーーー!」
「私たち、結婚式でダンナになる人を初めて見て、もう、ビックリ。
誰にも紹介しないはずよねって、皆、納得したわ。
社長の息子ってことはいずれは社長ってことでしょ?」
「そうよ。 ゆくゆくは社長夫人になるわけよ。」
「それにあこがれのタワマンに住んでるんでしょ? いいなあ。
今度、お邪魔してもいいかしら?」
「そうだわ! 皆でマンションに行きましょうよ、ね!」
「わあ、楽しみだわ。 きっと呼んでね。」
まただ。 これだから来るのが嫌だったのよ。
皆好き勝手なこと言ってる。
そりゃあ私のダンナは私に似つかわしくなくハンサムだわよ。
どうして私を選んでくれたのか、いまだにわからない。
私は子供のころから全く目立たなくて、休んでも誰もわからないくらいの存在だった。
なにをしても『そこそこ』でしかない自分を知っていたから目立たないようにしていたのだ。
その私があんなハンサムな社長の息子と結婚したことは今でも話題になる。
嫌だ。 嫌だ。 やっぱり来なければよかったわ。
「あ、あれ、あそこにいる人、ハンサムな旦那様じゃない?」
「え?」
「そうよ。 絶対にそう。
むっちゃきれいな人と歩いてる! ええーー!? これって、いいの?」
「今日は仕事で遅くなるって言ってたから人違いだと思う。」
「そうかなあ? 帰ったら真相究明しないといけないんじゃない?」
「すっごい美人だったもん。」
「「「「ねーーーー!!」」」
ふふふふ
私は顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるほど顔が熱くなった。
こんなところにいられない。
皆私の不幸を望んでいて、私を笑っていることが伝わってくる。
でも、今帰ったらすべてを認めたことになる。
今はまだ帰れない。
「人違いなんじゃないかしら。
今日は仕事って言ってたから、もし主人だったんならそれは仕事相手だと思うわ。」
私は無理やり笑顔になったが、その笑顔がひきつっていることもわかっていた。
「あら、そうなの?」
「ふーーーん。」
私は平静を装いながら食事を続けたのだった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
男はむしゃくしゃして歩いていた。
いままで思い通りにならなかった女はいなかったのだ。
私生活でも仕事でも自分の容姿を利用して切り抜けてきた。
「クソッ!」
男は思わず声をあげた。 周りにいた人たちが驚いた顔で男を見て男から少し離れた。
男はバツがわるくて早足でその場を離れた。
「お兄さん、一緒に飲まない?」
一軒の飲み屋の前でかわいい女の子二人に声をかけられた。
「呼び込みは違法だって知らないのか?
それともわかってやってるのかな?」
「私、呼び込みなんかじゃないわ。 ただ、ごちそうしてもらえないかなって。
学生だからお金、ないのよ。」
「学生? ほんとかな。
まあ、嘘でもほんとでもいいけど。」
「一緒に気分転換しましょうよ、ね?」
「気分転換? ま、そうだな。」
「やったーーー!!
じゃあ、どこがいい?」
「おれも安月給で金はないから、チェーンの居酒屋でいいか?」
「全然いい!! じゃあ、行こう行こう。」
男は二人を引き連れて居酒屋でしこたま飲んだ。 足はフラフラになった。
男は二人に抱えられるようにして裏路地にある『宿』に入った。
男はそのまま眠りこんでしまった。
その間二人の女は男のポケットを探って身分証明書と運転免許証をスマホに収めた。
そして自分の肩までをあらわにした。
それから男の服を脱がせてから肩を出した二人の間に挟まった形で写真を撮った。
二人はにやりと笑ってから財布はそのままにして部屋を出た。
夜中に男が目を覚ました時には二人の女は消えていた。
スーツのポケットを確かめたが、財布はそのままだしカードもあることに男は安心した。
二人と何かあった記憶はない。 が、その自信も持てないでいた。
男は『宿』にお金を払ってから帰宅した。
夜中、帰宅すると妻は起きて待っていた。
「遅くなってごめん。」
「ずいぶん遅かったね。 仕事だったの?」
「半分仕事。 あまりうまく行かなくって、後の半分はやけ酒。
で、こんな時間になっちゃった。 起きてなくてよかったのに。
ごめん、 疲れたから寝るわ。」
「お風呂は?」
「明日の朝入る。」
「そう。 」
ふらつきながら寝室に入る夫を見送って、夫が脱ぎ散らかした背広のポケットをまさぐった。
銀行の融資課の女性の名前が入った名刺が出てきた。
そして『宿』のマッチもあった。
「あの女と こんなところに!」
マッチを握りしめて、私は声を殺して泣いた。
『やっぱりおかしいと思ったのよ。
あんなハンサムな社長の息子がなんの取り得もないあんたなんかと結婚するなんて。』
『いくら遊んでも我慢するって思ったんじゃない?』
『まあ、いい夢を見たと思えば、よかったんじゃない?』
『ふふふふ 』
『あーー八はっは!!!』
皆が私を笑いものにするシーンが頭に浮かんできて尚更悔しくて、眠れないまま朝を迎えた。
次の日の朝、重い頭を抱えながら出社の支度をしている夫のスマホに一本の電話がかかってきた。
「こんなに朝早く、誰だろう? はい、もしもし。
はい、私ですが? え!? あ、はい。」
「誰から?」
「え? 」
夫は私に返事もせずに慌てて別室に入ってドアを閉めた。
私はドアに耳をつけてじいっと会話を聞いていた。
「え? そんな。 それは、そうだけど。
でも、え? 写真? はあ。
今日の6時? ああ昨日の、ああ、うん。 場所はわかる。
わかった。 でも、俺、金ないぜ。 わかった。 行くよ。
ああ。 必ず行くから。 逃げたりしないよ、行くから。
もう切るよ。 わかったっていってるだろ? ああ、じゃあな。」
「参ったな。」
私は途切れ途切れに夫と多分あの女との会話を聞き取ることができた。
「電話、なんだって?」
「ああ。 仕事の事だよ。 今日も仕事で少し遅くなるかも。
なるべく早く帰るから。 今日は晩御飯、一緒に食べたいから。」
「そう。 わかった。」
夫はそそくさと出かけて行った。
夫の言葉がわざとらしく聞こえて私の頭の上を通り過ぎた・
私はあの女と今日の6時、どこかで会う約束をしたんだと確信した。
場所がわからない。 そうだ! 銀行に行ってみよう。
それでもわからなかったら昨日夫を見かけたところに行けば、何とかなるかもしれない と考えた。
私は午後、私なりに着飾って銀行に出かけることにした。
あの美人にはどうしたってかなわないけど、私は妻なんだから、負けられない!
なんとなく台所を見ると、いつも使っている包丁が目に留まった。
理由ははっきりとは言えないけれど、私は包丁をタオルに包んでバッグに入れた。
午後3時前に私は銀行に着いた。
昨日夫のスーツのポケットから抜き取っていた名刺を持って融資係の窓口へ行った。
窓口にはあの人とは違うベテランの行員らしい女性が私を見て笑顔になった。
「いらっしゃいませ。 本日はご予約はいただいてはないと存じますが、
どのようなご用件でしょうか。」
「あの、この人にお会いしたいんですけど。」
私は名刺を差し出した。
女性は名刺を受け取って、また笑顔になった。
「申し訳ございません。 この者は今来客中でございまして応対に出ることができません。
もし、私でもよろしければお話を伺わさせていただきますが、いかがなさますか?」
「あの。 その。」
ベテランの行員は最初から怪しんでいた。
閉店間近に融資課にやってくる者は、まずいないからだ。
なにか魂胆があるに違いない。
行員は目配せをして警備員を待機させていた。
女はじっと考えている様子で、しかし帰ろうとはしなかった。
その時奥の部屋のドアが開いて数人の人間が出てきた。
「今日はどうもありがとうございました。」
夫の声だった。 女は一瞬顔を上げて声の持ち主を見て驚いたようだったが、すぐに顔を下ろした。
そして奥の会話を聞いているようだった。
女はバッグの中の包丁を握りしめていた。
ベテラン行員はその様子を見てすべてを察して何も言わずにそのままにすることにした。
夫は女に頭を下げている。
「お顔をお上げください。
本日は書類をすべて揃えてお持ちいただきましてありがとうございました。
一日ですべてを揃えるのは大変だったでしょう?」
「いいえ。 夕べの無礼をお許しくださった上に今日のいきなりの来店に応対下さり、
ありがとうございます。」
「夕べような『出待ち』はもうおやめくださいね。」
「はい。 申し訳ありませんでした。」
「いいんですよ、わかっていただければそれで。
この書類は私共の方で精査させていただいた上で改めてご連絡させていただきます。
次回お会いするときは、社長様、お父様ですか とご一緒においでください。」
「はい。わかりました。 そのように伝えます。」
「よろしくお願いします。
お父様にも宜しくお伝えください。 今日は本当にお疲れ様でした。」
夫は女と握手をしてから周りの人にも会釈をしてから帰っていった。
私は包丁から手を離した。 夫は本当に仕事で銀行に来ていたことがわかって肩の力が抜けた。
「あの、私、帰ります。 すいません。」
「はい、かしこまりました。
御用の際にはお越しくださいませ。」
ベテランの行員は椅子から立ち上がって深く私にお辞儀をした。
私は全てを見透かされているような気がして恥ずかしくなって急ぎ足で銀行を出た。
私は銀行を出てから考えた。
どういうこと? 今日の6時に約束したんじゃなかったの?
約束したのはあの美人じゃなかったってこと?
じゃあ、誰と約束したのよ!
私は頭の中が空っぽの状態でなんとなく当てもなく歩いていた。
辺りはほんのり暗くなって、店舗によっては灯りを灯すところもあった。
あ! 6時に約束してたんだ。
場所は? とにかく昨日見かけたところに行ってみよう。
私は急いで昨日の場所に向かった。
はっきりした待ち合わせの場所がわからないので、私はとにかくその周りをうろうろ歩き回った。
「あ!」
夫だった。
夫はどこかに向かって急いで歩いていた。 私は夫の後をつけることにした。
暫く歩くと、夫は二人の女の子と会って、何かを話した後で三人連れ立って歩き始めた。
私はとにかく見失わないようにつかず離れずの距離で歩いた。
三人は近くの喫茶店に入った。
私は少し迷ったが、下を向いて顔を隠してその喫茶店に入った。
見回すと夫と二人の女の子が座っている席が見えた。
私はその席と背中合わせの席に座って、コーヒーを注文した。
「ねえ、おじさん。 この写真、奥さんに見せちゃおうかなーー。」
「ちょっと、やめてくれよ。 俺、何にもしてないだろ?
あの時べろべろに酔ってたんだから、何かするってこと絶対にないと思う。
「何かしてるかしてないかなんて関係ないのよね。
この写真を見た人がどう思うかってことが大事なんだなあ。 わかる?」
「で? なにが欲しい。」
「話がわかるじゃない、おじさん。
私たちさあ、お小遣いが少なくってね、困ってるのよ。
授業料は親が出してくれてるんだけど、それだけじゃ、足らないでしょ。
新しい洋服屋バッグが欲しいし、ね。 少し助けてくれたら嬉しいんだけど。」
「俺、金なんかないって、電話でもそう言っただろ?」
「おじさんが持ってなくても、おじさんの会社にはあるんじゃないのかなあ って。」
「お前ら、なんということを。 そんなこと出来る訳ないじゃないか!」
「声が大きいわよ、おじさん。 じゃあ、奥さんに見せる?」
「お前ら! 脅迫する気か!」
「まさか! 私たち犯罪者じゃないもん。
せっかくお知り合いになったんだから、ちょっと助けてもらいたいなって思って。
おねだりしてるだけなんだけどなあ。
まあ、ちょっとだけ考える時間をあげるから。 また連絡するね。
じゃあ、ごちそう様、おじさん。 よ ろ し く ね。」
二人は楽しそうに笑うとさっさと店を出て行った。
夫は頭を抱えていた。
「金なんか、あるわけないだろ!」
私は夫に気付かれないように気をつけながら二人の後をつけるべく店を出た。
二人は楽しそうに話しながら、私のことなど気にすることもなくさほど遠くもないアパートに戻った。
私は表札を見てメモをした。
帰りがけに丁度そのアパートの一室に向かっていた中年の女の人に声をかけた。
「すいません。」
「なんでしょう?」
「私、先日財布を落としてしまって。 それを拾って届けてくださった若い女の人がこのアパートに
住んでるみたいなんですけど、このアパートにそんな人いますか。」
「ああ、それじゃあ、たぶんあそこの人じゃないかしらね。
若い女の子って言ったらその子かなって思うんだけど。」
「あの。 どんな人なんですか?」
「どんなって?」
「いえ、あの。 もし人違いだったらいけないと思ったものですから。」
「ああ。 大学生よ。 この近くの***女子大、だったかな。
いつも友達が来てて、二人で一緒にいることが多いかな。」
「そうなんですか。 じゃあ、違うかもしれません。 一人だったから。」
「そうなの? じゃあ違うかな。
前は近くのスーパーでバイトしてたからよく見てたんだけど、今はバイトしてないみたい。
もしかしたら他の、もっといい条件のバイトが見つかったのかもしれないけどね。
まあ、あの子だったら財布を拾ったら届けたりしないんじゃないのかしらね。
あんまり真面目そうにないからね。」
「そうなんですか。 ありがとうございました。
もう一回交番で聞いてから来ます。」
「それがいいわね。 もう暗いから明日にしたら?」
「そうします。 ありがとうございました。」
「はいはい。」
私はその女性に一礼をして家に帰ろうとしたが、だんだんと無性に腹が立ってきた。
「あの女たちだったんだ。 許さない。 絶対に。 許さない!」
私は流れる涙をふくことも忘れて今来た道を歩いた。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
その頃アパートでは二人の女が祝杯を挙げていた。
「かんぱーーい! ふふふ、 思ったよりウマくいったね。」
「ほんと、ちょろいもんよ、おじさんなんて、ほんとバカなんだから。」
「そう。 あのおじさん、自分が私たちに何かしたって本当に思ってたかもよ。
そんなわけないじゃんね。 私たちがおじさんを相手にするなんて、ありえない!
ほんとおじさんって自分を守ることにきゅうきゅうとしてるから簡単に騙されるわ。」
「このバイトやめられないわ。」
「バイトか。 時給、いいもんね。
頭を下げなくていいし、怒られたり文句言われたりもないしね。」
「ほんと、それ! 今回のおじさんはいくらねだる?」
「今回のおじさんはお金がないってばかり言ってたから。 まあ、最初は10かな。」
「10か。 それじゃあ、卒業旅行に海外は無理じゃん。」
「そうね。 この前のおじさんやその前のおじさんもい有年。ねだろうかな。
二か月おきにもらうことにしてるけど、もう一人か二人は増やさないと近くの温泉しか無理かな。」
「そうね。 もうちょっと増やそう。
それよりあのメガネ君なんてどう?
いつもブランド品買ってくれて、お金に帰ると結構な額になるけど。」
「あの人? 苦手。 メガネ君って言うよりメガネおじさんだけどね。
この前なんか真面目な顔で結婚とか言いだすし。
参ったわよ。」
「え? バレたの、名前?」
「大学で拾った身分証を見せたから本名はバレてないんだけど。」
「気をつけてよ。」
「うん。 大丈夫。 メガネおじさんもバカな男のひとりだもん。
この世にはバカな男にあふれてるからね。 男を利用して海外に行くぞ!」
「よし! がんばるぞ! おおーーー!!」
「おおおーーーー!!」
「ふふふ。」
「はっはっは!」
「今日、泊ってく?」
「うん。 離れたくないもん。」
「私も。」
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
私は話を聞いて頭に血が上った。
夫はあんな小娘二人に騙されて、お金を払うことになってるんだ。
なにが離れたくない だ。
なにがバカな男 が。
そのバカな男の一人が私の大切な夫なんだ。
許せない!!
私はその足でアパートの部屋のドアをたたいた。
私はもう片方の手に包丁を握りしめていた。
ドンドンドン!!!
出てこない。 いないはずはないんだ!
ドンドンドン ドンドンドン!!
私は出てくるまでドアをたたくと決めていた。
「だあれ?」
眠たそうな声が聞こえてきた。
私はとっさに、「宅配です。荷物をお届けに来たんですが。」
「え? あ、そう。 田舎からかなあ。」
ドアが少し開いたところで私は一人目の女に力いっぱい包丁を突き刺した。
「グッ!!!」
女は声も立てることもなくその場に倒れこんだ。
その女を踏みつけて、私はもう一人の女に向かっていった。
女は大きく目を見開いて私を見てから大きな声をあげた。
「キャーーーー 誰か助けてーー!!」
私は女の上に覆いかぶさって力いっぱい首を絞めた。
女は顔を真っ赤にして、もう声もできないようだった。
「う う う 」
息が絶えた。 私の手は女の首を絞めた形のまま動かないでいた。
私はふっと我に返ってその場から離れた。
包丁を抜こうとしたが、抜けなかった。
包丁の柄の指紋をふき取って、それから走って逃げた。
二人が本当に死んだかどうかを確かめてもいない。
生きていたら? 私のことは知らないはずだから私にたどり着くはずもない。
あの二人はバチが当たっただけで、私は悪くない。
あの二人には何人もの男たちが脅迫されてお金をむしり取られているんだ。
感謝されることがあっても、私が捕まることはない はず。
私は不思議と冷静にそんなことを考えながらスーパーに寄って買い物をした。
今日は夫が一緒に晩御飯を食べようって言ってくれたんだから。
でも、遅くなったから、お弁当とか買って帰ろう。
夫が好きな総菜も買おう。
私はいつも通り買い物を楽しんでいた。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「キャアーーーー!!! 誰か来てえーーー!!」
アパートの住人がドアが開けっ放しになっているのを不審に思って部屋を覗き込んだのだった。
二人の女が死んでいる。
玄関に倒れている一人の胸には包丁が刺さっている。
もう一人は部屋の奥でぐったりと倒れている。
死んでるかどうか、確かめることもできずに、腰が抜けてしまって立つこともできないまま、大声をあげたのだった。
声を聞いた住人たちが集まってきた。
部屋を覗いて皆びっくりしたが、その中の一人が警察に連絡をした。
部屋を調べた捜査員は、メモ帳何枚かの名刺を見つけた。
そこから捜査が始まった。
夫の元に警察が来たのは事件の次の日だった。
部屋にはメモ帳があり、その中には数枚の名刺が挟んであって、スマホにも写真が残っているということだった。
夫は任意同行に応じて警察に連行されていった。
私は泣けなかった。
もうとっくにたくさん泣いた。 涙は残っていない。
夜になって夫は戻ってきた。
「ごめん。」
「なにが?」
「黙ってて、ごめん。 言えなかったんだ。」
「なにを? なにを黙ってて何を言えなかったの?」
「俺じゃない、俺じゃないんだ! 絶対に俺はやってない。」
「なにをやってないの?」
「それは 殺人 だよ・
確かに俺はあの二人に騙されて金をせびられたことは本当だ。
そのことを君に言わなかったことは申し訳なかったけど、でも、本当にやってない。」
「知ってる。」
「え?」
「あの二人の悪人をやっつけたのは私だもの。」
「なにを言っているんだ?」
「私ね、喫茶店にいたのよ。 あなたをつけたの。
それからあの二人後を尾行してね、アパートを突き止めたのよ。
そしたらどう? あの二人、バカな男をだましてお金を取ることがバイトだって。
バカな男からおねだりをして贅沢するって。
バカな男って。 あんたのことだよ!」
「おまえ? なにを言ってるのか、俺にはよくわからないんだけど?」
「あの女子大生二人を、私がやってやったってことよ!」
「そんな、おまえ。 どうして?」
「どうしてですって? バカな夫を持ったバカな妻が頭に来てバカなことをしたってことよ!!」
私は涙で顔がくしゃくしゃになっているのが自分でも分かった。
そう言ってから私はマンションのベランダに出て、そのまま飛び降りた。
私の一生はここで終わった はずだった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
私は列に並んでいる。 ここはどこ?
周りを見回しても皆黙って静かに並んで歩いている。
私も後ろに押されて歩いていた。
長い列の中にいて、どこかに向かっていることだけはわかっていたがそこがどこかがわからない。
私はアパートのベランダから落ちて死んだはず、だからここは、あの世 ってこと?
私はこれから一体どうなるんだろう?
どうでもいいわ。 どうせ死んだんだし。
今更何がどうなるものでもないし、どうにかできるものでもない。
流れるままに流されて、どうにでもしてもらえばそれでいい。
ん? あれは? もしかしたら 私が殺した女たちじゃないの?
どういうこと? 冗談じゃない!
どうして私があんな女たちと同じ列で、ましてや私があの子たちの後ろにいるなんて!
「ちょっと、通らせて!」
私は列を崩して無理やり前へ進んだ。
「あんたたち! ここで一体何をしてるのよ!」
「「あ!! あなたは!」」
「そうよ。 あんたたちみたいな虫けらみたいな女をやっつけてやった私よ。
ふん。 あんたたちなんか生きる価値もないし死ぬ価値もない。
どっかに消えてしまってよ。 私の前から消えてちょうだいよ。」
「ごめんなさい。 わたしたち。
人を傷つけてしまっていることに気がついてなくって。
ただ楽をしてお金が欲しかっただけなの。」
「お金が欲しかっただけだって!? 何言ってるのよ。
私の人生はあんたたちのせいでめちゃくちゃだし、もう、頭に来てベランダから飛び降りたわよ。」
「「ええーー!?」」
「あんたたちのせいだからね。 私が死んだってどうしたって私はあんたたちを絶対に許さない!
なにがどうなっても絶対に許さないんだから!!」
「「ごめんなさい。 わたしたち、人の気持ちを考えてなくってあんなことして。
本当に申し訳ないと思ってるの。 ごめんなさい。」」
二人は深々と頭を下げて謝罪した。
「謝らなきゃいけないことなんて、最初からしなきゃいいのよ!」
「おっしゃる通りです。
私たちがこんな結果になったのも自業自得ですから。 あなたのことは恨んでいません。」
「当たり前よ! 被害者の私がどうして恨まれなきゃいけないのよ!
理屈に合わないじゃない。 私は幸せに暮らしていたのにこんなことになってしまって。
全部あんたたちのせいよ! 私は本当に幸せだったのに!! う う う」
私はその場で泣き崩れてしまった。
騒ぎを聞きつけた鬼たちがやってきて私を羽交い絞めにして列から離して連れ去ろうとした。
「どこに連れていくつもり? 私は被害者なのよ!!」
私の言うことを無視して鬼たちは私を連れて行った。
鬼たちは私を羽交い絞めにしたまま宙に浮かんだ。
「ムクロ。 剣鬼として裁け。」
低く太い声は閻魔大王だ。
「承知しました。」
白い作務衣のムクロは体を浮かせ、胸元から小太刀を出した。
ムクロは両手両足を広げて体に力を込めた。
体は一回り大きくなって、頭にある二本の角も太くなり、眼は青くギラギラと光っている。。
そして作務衣は鎧に変わり、小太刀は大剣に変わった。
ムクロが剣鬼になった瞬間だった。
列になっている亡者たちは恐怖で声もでない。
「いいか!」
剣鬼は私を抱えている鬼たちに声をかけたのだ。 私ではない。
剣鬼は大剣を振り上げて狙いを定めるように動きを止めた。
「たあーーー!!」
剣鬼は私に大剣を振り下ろして真っ二つにした。
二つに切り離された私はそのまま塵になってしまった。
塵はほとんどがそのまま消え失せたが、ほんの少しは残って宙を舞った。
残りがあったのが剣鬼の情けだったのか、失敗だったのか、それともわざとだったのか、私にはわからなかったが、塵は舞い上がったり舞い降りたり、いくつかの方向に散り散りになった。
「「「「きゃーーーーー!!!!」」」」
その場にいた亡者たちが私の姿を見て大声で叫んだ。
亡者の中には腰を抜かして動けなくなったものもいた。
その者は鬼がやってきて無理やり立たせて列に並べた。
足はがくがくしていても、さっき見たような姿になりたくなくて必死になって歩こうとしている。
剣鬼は何も言わずにそんな亡者たちを見下ろした。
そしてムクロに戻ってそのまま参の関所に帰っていった。
「わたしたちのせいで、あの人、あんなことになったのよ。」
「私たちが、あの人のダンナにあんなことしたから。」
「どうしよう? どうしたらいい? どうしたらいいと思う?」
「そんなこと私にもわからないわよ。 わかったら何とかしてるわよ。」
「私たちがあの人に殺されたことも、仕方がないって思わなきゃいけないんだろうね。」
「そうね。 自業自得ってこのことなのよね。」
「死んだからって私たちの罪は赦されないのよね、きっと。」
「そうだろうね。 赦されないだろうね。
あの人が生きて幸せなら、もしかしたら赦されるかもしれないけど。あの人、死んじゃったし。」
「死んだだけじゃなくって消えちゃった。」
「そう。 消えちゃった。
私たちもあんなふうに消えるのかなあ。」
「消えたほうが、楽かも。
こんな気持ちでずうっとここにいるより楽かもしれないなって思う。」
「そうね。 でもそれ、私たちが決められるの?」
「そんな権利、ないだろうね。」
「うん、ないね。」
「どうなっても文句は言えないね。」
「うん。 言えない。」
二人はそんな会話の中、ずうっと涙を流していた。
そして、ヨミのいる壱の関所に着いた。
「そこの二人、揃って遊鬼の処にいってからの奈落の処!
あんたたち、加害者だけど被害者でもあるからね。
まあ、せいぜい頑張ってみるかい?
この地獄であがいてみるのもいいかもよ。 いってらっしゃーーい。」
二人は川を渡ってムクロがいる参の関所に着いた。
二人はムクロを見てぎょっとした。さっきあの人を剣で真っ二つにした鬼だったからだった。
「さっきどうしてあんなこと、したんですか?」
「なんのことかな。」
「あの人の事。 二つに切ったでしょ。 酷い!」
「列を乱したからだ。 法に従わないのが悪い。
お前たちも罪を犯したからここにいるのだろう。」
ムクロの言葉に二人は返す言葉が見つからなかった。
ムクロは無表情のまま、ヨミの指示に従って二人をに遊鬼の処に飛ばした。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
舞い上がった塵の一部分は現世まで行くことができた。
私がいなくなってからのことを知りたかったから丁度良かった。
私のお葬式は社長の息子の嫁とは思えないほど質素に行われた。
喪主の席には夫が座っている。 目にはうっすらと涙が浮かんでいるのがわかる。
夫の後ろで肩を震わせて泣いているのは私の両親だった。
『ごめんなさい。 私、二人の事なんて考えてなかった。
あの時は頭に血が上ってしまって。
親不孝な娘を許して欲しい。 二人を悲しませて本当にごめんなさい。』
両親の周りにいた塵は得あたしの涙と一緒に両親の中に染み込んだ。
『これで私はずっと両親と一緒にいられる。』
私は安らいだ気持ちになった。
『あ、あの二人がお焼香に来てる。』
私が見つけた二人というのは銀行の融資課の二人だった。
目ざとく二人を見つけた夫は義父に耳打ちをしてから喪主の席を離れて二人に近づいた。
何やら挨拶をしている。
二人は頭を下げてから帰ろうとするのを夫はまだ何か話している。
私は三人に近づいた。
「そのお話はまた今度。 落ち着かれてからにしましょう。
今日はお焼香に来させていただいただけですから。」
「わかりました。
また連絡させていただきますのでよろしくお願いします。」
「では今日はこれで失礼します。」
二人は一礼をして帰っていった。
夫は二人を見送ってから急いで喪主の席に戻っていった。
『こんな時に融資の話なんて。
あの美人、本当に夫とは関係なかったんだわ。
ベテラン行員と一緒に来たということはそういうこと。
ああ、どうしてあの美人が夫と なんて疑ったんだろう。
そうだ、あの時あの人たちがあんなこと言わなかったら疑わなかったかもしれないのに。
あの人たちが面白おかしく話してたせいだわ!』
私はそのまま二人の傍に近づいた。
「どう思う?」
「なにがですか?」
「融資。 あなたならどうするかなって思ってね。
あなたが直接かかわった案件だから。」
「そうですね。 世論次第じゃないでしょうか。
世論があのご主人を許さなければ融資は考えられません。
こちらの評判も落としてしまいますから。
世論がご主人を被害者とみれば考える余地はあるとは思います。」
「そうね。 しばらくは様子見としましょう。」
「そのようにお願いします。」
二人はそのまま帰っていった。
『あの人は本当に夫とは関係がなかった!
疑ってごめんなさい、。』
二人を追ってついて行った塵はそこで消えた。
夫は私が二人の女子大生を殺したことを誰にも言わなかった。
自分の家にいきなり警察が来たことにショックを受けて発作的に飛び降りたと説明した。
夫の容疑はすぐに晴れた。
犯行時刻と思われる頃、まったく別の場所を歩く姿が防犯カメラに写っていたからだった。
思いやりのない警察の行動には世間の批判が集中した。
誰も私の犯行を疑うことをしなかった。
名刺の男達のアリバイも強固で、絶対だった。
事件は迷宮入りと騒がれ始めていた。
『まあ、そうなるわね。
もし、夫が事実を話したとしても警察が信じるかどうか の次元の話だものね。』
それだけにマスコミと世間の関心は二人の関係性と犯罪についてに移っていった。
美人局的なことをして、それを『バイト』と称して男から金を巻き上げていたことも判明した。
現役の女子大生がそんな『バイト』をしていたことで、それぞれの実家にもマスコミは集まった。
それぞれの親たちは心労で倒れてしまったが、入院先の病院にまでマスコミは群がった。
不特定多数の男に恨みを買っている可能性もある とまで言う者も出てきた。
『あんな女たちの評判なんて地におちてしまえばいい!
自分の娘をあんなろくでもないものに育てた親だもの。
一緒に責められて当然! ざまあみろってもんよ。』
そんな中にあって私のお葬式は質素だったのは当然だった。
夫は絶対に『あのこと』は誰にも話さないと決めた。
お葬式が済んで私が荼毘に伏されて部屋に戻った。
夫は一人でポツンとソファに座ったまま次の日を迎えた。
ピンポーン
「だれだろう?」
「どなたですか?」
「あ。あの、私、奥様の友達で。
昨日は仕事でお葬式に伺えなかったのでお線香をあげさせていただけないかと思って参りました。
御都合が悪ければまた日を改めて伺います。」
「いえ。 どうぞ。 今 開けますから。」
その女は本当に私の友人という名の意地悪グループの一人だった。
私をいつも見下していた、あのグループの一人だ。
ヤツは紺色のワンピースを着ていた。
私の前に座って手を合わせてから主人の方に向きを変えた。
『あの女! いつも夫を褒めて私をけなしていたヤツ。
もしかしたら私がいなくなったから後釜狙いでやってきた?
おあいにく様。 夫は私に惚れてるのよ、私の犯罪を隠すほどにね。
夫がそんなハニートラップにはまるはずないじゃない。
しっぽを巻いて逃げだすに決まってるわよ。 ふん!』
「電話もせずに急に伺ってすいません。
あの、ご主人、お着替えもされていないんですか?」
「え? あ、まあ。 なんか、そうですね。」
「じゃあ、お食事は、されていないんですか?」
「ああ、そう ですね。 そんな気になれなくて。」
「まあ! それはいけませんね。
なにか召し上がらないといけませんよ。」
「はあ。 でも、腹がすいてないので。」
「無理にでもおなかに入れないといけません。
あなたが倒れたのでは会社もお困りでしょう。」
ヤツはすぐに私の主人を『ご主人』から『あなた』に呼び方を変えた。
ヤツは立ち上がって台所に入って冷蔵庫を開けた。
「なにか、あるかしら? あ、大丈夫だわ。
簡単なものを作りますから召し上がってくださいね。
作ってる間、お着替えをなさってください。
お風呂はどうされますか?」
「風呂は、いつも飯の後なので。」
「そうですか。 ではお風呂の準備は後でも大丈夫ですね。」
「あ、はあ。」
『どういうこと!?
赤の他人の女を台所にいれるなんて。
きっぱり断って帰らせなさいよ!』
ヤツは簡単な食事を準備して、食卓に並べた。
主人は普段着に着替えて戻ってきた。
「お口に合うといいんですけど。」
「おいしそうです。 いいえ、きっとおいしいです。
ありがとうございます。 自分では作れないし、買い物に行く気にもならなくって。
食べ物を見たらいきなり腹がすいてきました。」
「それはよかったです。 たくさん召し上がってください。」
「はい。 いただきます。」
主人が食事をする間、友人はお風呂の準備をしていた。
『ちょっと!! 私たちの部屋でなにやってんのよ!
なにが食事よ、何がお風呂よ。
どういうつもりなの?
あんた、本当にそのつもりで? あ、ワンピース!!
なんて恥知らずな! 夫がそんな手に乗るはずないわよ。』
食べ終わった主人に友人はお風呂を勧めた。
「お着替えはどこでしょう?」
「え? ああ、そんなことは自分でやりますから。」
「おっしゃっていただければ私がやりますから。」
「ああ、はい。 すいません。 お世話になります。」
主人はお風呂に入った。 お風呂から友人に声をかけた。
「気持ちがいいです。 ありがとうございます。」
主人は本当に気持ちが良さそうだ。
お風呂から上がった主人を、友人はタオルを持って待っていた。
「あ、ありがとうございます。 なにからなにまでお世話になって、すいません。
あまり遅くなっても。 ご家族が待ってるでしょう。」
「いいえ、私なら大丈夫です。 一人暮らしですから待ってる人なんて誰もいませんから。」
「そ、そうなんですか。」
主人と友人は眼を合わせ見つめ合った。
今の状況を忘れたい主人と、最初からそのつもりでいた友人は言葉を交わすこともなく寝室に入った。
『なんという!!
私はこんな男の為に罪を犯して、飛び降り自殺までしたの?
私の夫はあの二人が言ってた通り単なるバカな男だったってこと?
そんなバカな男のせいでこんな塵になってしまったの?
結局私がバカだったってこと。
放っておけばよかったのよね。 ほんと、私、バカ。』
私は怒りと悲しみで一杯になった。
泣いて泣いて、そして現世に浮遊していた塵は全て消えた。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
遊鬼の処にその二人がやってきた。
「あんたたちのことはヨミから聞いてるさ。
あんたたち、ムクロに意見したんだって?
ふふふ。 いい度胸してるさ。 気に入った。
でも、あんたたちが入るのはこの『もし部屋』さ。」
「え? この丸い球の中に。 どうやって入るんですか?」
「あたしが入れるから心配ないさ。」
「あの、私たち同じ球に入りたいんですけど。」
「ふーーん。 まあ、かまわないさ。」
「「よかったね。」」
二人は顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。」
遊鬼がふうっと二人に息を吹きかけると二人は『もし部屋』の中に取り込まれるように入った。
「あたしの声が聞こえるさ?」
「はい。 聞こえます。」
「そこに椅子があるだろ? そこに二人が座ればいいさ。」
「はい。 わかりました。 座りました。」
「そうかい。 じゃあ、始めるさ。」
「なにを始めるんですか?」
「あんたたちがもしバカなことをしなかったら今頃どうなっていたかってことと、
今現世ではどうなっているか、簡単に教えてやるさ。
どうして簡単にかって?
あんたたちはここからすぐに奈落の処に行くことが決まってるからさ。」
「ならく?」
「行けばわかるさ。 今からはあたしの声は聞こえなくなるから。
なにかあたしに言っておくことがあれば聞くけど?」
「特にありません。 私たち、罪を犯したことは本当ですから。」
「そうかい。 じゃあねーー。」
その時遊鬼が私に気がついた。
「あんた、ここでなにしてるのさ。
この空間にはいないはずさ。 出ていくさ。」
私はそのまま留まっていた。
「ほお、この中の二人に興味があるさ。 中に入って見たいのさ。」
私はぴたりと止まったまま動かなかった。
「強い意志を感じるさ。 いいだろう。 特別に入れてやるさ。」
遊鬼は私に軽く指ではじいて球の中に入れこんだ。
二人はなにがどうなるかわからず、椅子に座ってぼんやりしていた。
すると目の前に映像が映し出された。
映像には二人が晴れ晴れとした顔で両親に囲まれて大学を卒業する姿があった。
はじけるような笑顔が自分でもまぶしいくらいだった。
両親も満面の笑顔で二人を祝っている。
夜は6人そろってレストランでワインで乾杯する姿も映った。
二人はそれを見て涙を流した。 言葉は出なかった。
次にはそれぞれが志望の仕事に就いて楽しそうにバリバリと働く姿。
二人がお互いの関係を大切に想いながら共に時間を過ごす姿。
笑顔に満ちた生活が二人の目の前にあった。
二人は肩を震わせて、ただ泣くことしかできなかった。
『あんたたちにこんな将来は最初からなかったんだよ。
犯罪者がこんな幸せになってたまるもんか!!』
突然二人の両親の顔が映し出された。
両親はマイクを向けられて、ただ頭を下げて謝り続けている。
「お二人の娘さんが『美人局』みたいなことをして男の人からお金を脅し取っていたことに
対してどう思われますか?
お二人はどのようなしつけをされたのでしょうか、お答えください。」
「申し訳ございませんでした。
皆様にご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。」
「謝って済むと思ってるんですか?
娘さんが脅した人の奥さんがショックで飛び降り自殺をされたことはどうお考えですか?」
「本当に申し訳ありません。
亡くなられた方はもちろんですが、遺された方々に対しましてもお詫びすることしかできなくて。
本当に申し訳ありませんでした。」
母親はその場に座り込んでしまって立つこともできなくて父親に担がれる状態だった。
『二人は大人だけど、こんな大人に育てた責任はお前たちにあるんだ。
今更泣いたってどうしようもない。
あんたたちの娘はこの私が消したんだ。
その私にあんたたちは謝らなくっちゃいけない。
面白くてて笑いが止まらないよ。』
二人は驚いた。
私たちを殺したのはその人なのに。
犯人と特定されていないから私たちは絶対的は悪で、その人は完全な被害者になっていると知った。
私たちのせいで両親が世間からこれほど責められているなんて。
私たちがしたことはそれほど悪いことだったんだ。
どうしよう? どうすることもできないの?
犯人はその人なんだと伝えることもできないの?
それがわかったところで私たちの罪が消える訳じゃあないんだけど。
少なくとも両親があんなに責められることはないかもしれない。
でも、今更どうしようもない、なにもできない。
二人はもう涙もでないし、なんの感情も持てなくなってしまっていた。
『罰が当たるって言う言葉があるけど、本当なんだと実感するね。
それが見られて私は本当に嬉しいよ。』
「これくらいでいいさ。」
遊鬼はそう言うと二人が入っている『もし部屋』を私ごと奈落の処に飛ばしたのだった。
奈落の処にまた女が二人やってきた。
なぜ『また』と言ったのは、さっき女が一人、塵になって現れたからだ。
未練があるのか、知りたいことがあるのか、とにかく塵になってでもここに来たかったということだ。
「めんどくせえ。」
奈落はこれから起こるかもしれないことを考えて思わずつぶやいた。
そんな時に二人がやってきたのだった。
「お前、こいつらが気になってきたのか?」
奈落は目の前を漂う塵の私に話しかけた。
私は返事の代わりにその場にとどまった。
「そうか。 わかった。 しかたないな。
これからこの二人がどうなるか、その眼できちんと見るがいい。
ずうっと二人にくっついていくことを俺が許可する。
それからのことは自分で決めるんだな。」
私はそのまま漂った。
二人は周りを見回しながら不安そうな顔をして抱き合っていた。
「お前ら。 ここがどこかわかってるのか。」
女①「地獄だということはわかっています。
これから私たちはどうなるんでしょうか。」
女②「どうなってもいいんです。
私たち、悪いことをしたんですから。
両親も私たちのせいであんな酷い思いをしてるんだし。」
女①「そうね。 どうなっても仕方ないわ。
両親にあんな辛い想いをさせたし、
目の前であの人、鬼に切られて消えちゃったし。
それも全部、何もかも私たちのせいだもんね。」
女②「そう。 あの人あの男の人の奥さんだったみたいだし。
私たちに怒るのは当たり前だもの。」
女①「殺すっていうのは極端だとおもうけどね。
そこまでしなくてもいいような気がするけど。」
女②「それほどあの人を愛してたってことなんじゃないのかなあ。」
女①「そうね、そうかもしれないわね。
私たちもあの人みたいに消えたほうがいいかもしれないわね。」
女②「わたしもそう思う。 私たちも消してください。」
「決めるのはお前たちではない。
今消えることは罰を受ける前に楽になるということだからな。
お前たちは今から自分たちの罪に応じての罰を受けなければならぬ。
俺が言えることは、お前たちは重罪ではあるが、同時に被害者でもあるということだ。」
女②「じゃあ、私たちは今からどうなるんです?」
「お前たちはここで罰を受ける。 それだけのことだ。
至極簡単は話だろう。
罪を犯した者は罰を受ける。 特にお前たちは現世では罰を受けていないからな。」
女①「私たちは殺されてしまったんですよ? これ以上の罰があるんですか?」
「それは罰を受けたのではなく、バチが当たったというのだ。
勘違いをしてはいけない。」
女①「「バチが当たった そうですね。」
女②「確かに、そうです。
私たちバチが当たっただけなんですね。
わかりました。 どんな罰でも受けます。」
女①「私も同じ。 罰を受けます。」
『そうそう、お前たちはここで厳しい罰を受けないといけないんだ!』
「壺よ、出てこい!」
すると異様な臭いを漂わせた大きな壺が現れた。 屍泥の壺だ。
中には二人を待っている蟲鬼がうごめいている。
女①「何なの、この臭いは! 鼻が曲がりそうな臭いだわ。」
女②「曲がるというより取れてしまいそうなくらい強烈な臭いだわ。」
女①「もしかしたらこの中にある物を私たちにかけるってこと?」
女②「違うと思う。 私たちがこの中に入れられるんじゃない?」
女①「まさか! 嫌よこんな臭い壺の中なんて!」
女②「私だって嫌だけど、だって罰なんでしょ。 それならそうだと思うわ。」
女①「ええーー? 私、入りたくない。 入りたくない!!」
女②「一緒に罰を受けましょうよ、ね。 しかたないじゃないの。」
女①「そんな。 辛いわ。」
二人は既に泣いていた。
泣きながら、今から受ける罰を二人で受け入れるためにお互いを励ましていたのだろうか。
奈落は二人の会話が一区切りついたと判断したので、二人そろってその壺に放り込んだ。
女①②「「わーーーーー!!! 臭い!」」
女①「なにこれ? なにか動いてる気がする。 中に何かいるんじゃない?」
女②「ほんと。 何かが嚙みついてくる! ほら、私を噛んでる。」
女①「私も噛まれてる。 どういうこと? これ、なに?」
「それは蟲鬼といってな。 悪いヤツを噛む習性があるんだ。
動くともっと蟲鬼が集まってくるから、あまり動かない方がいい かなあ。」
女①「そんなの無理! 痛くって。
それにこの泥が締め付けてきて苦しいわ。」
女②「臭いし汚いし、苦しいし.ううーーーーー!!!」
二人は声を押さえようとしているが押さえきれない。
汚く臭く、何より蟲鬼が噛みついてくる。
その蟲鬼は必ず目を合わせてからにやりと笑ってから嚙みつくのだから不気味だし怖い。
「ぎゃあーーーー!! 痛い!!」
「誰か、助けて! このままじゃあ、私、どうにかなってしまう!」
「うぐーーー ああ あああ あ・・・」
二人は泥に締め付けられて気を失ってしまうのだが、痛さで目を覚ましてしまうのだった。
そんなことの繰り返しに二人の精神はおかしくなってしまいそうだった。
「お前がやったことはそういうことだ。
被害者本人も、その周りの者達も、今のお前たち同様、頭がおかしくなりそうだっただろうよ!」
二人はその奈落の言葉を聞いてハッとした。
そうだ。 私たちがやってきたことはバイトなんかじゃない。
人の心を傷つけて、神経を逆なでして苦しめた。
そんなこと、考えもしなかった。 ただ楽にお金を手に入れることしか頭になかった。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
私たちが間違ってた。
私たち、どこで道を間違えたんだろう?
真面目に 暮らしていたのに。
真面目に 生きていくつもりでいたのに。
ごめんなさい しか言えない。
二人はただ、泣いた。
後悔と反省と、申し訳なさと、もう間に合わないことへの悔しさとが入り混じった感情だった。
「わかったようだな。 『館』に預けることにする。
蟲鬼、出よ!」
奈落がそう言って何やら唱えると蟲鬼は壺から出て一か所に集まってから別の壺に入った。
奈落は私を見て、「お前はどうする。 ずいぶん数が減ったようだが?」 と尋ねた。
私は壺の方に近づいた。
「そうか。 最後まで見届けたいんだな。 好きにするといい。」
奈落は二人を壺に入れたまま、私も一緒に『館』に送った。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「おひっさーーー!! 大鬼様たち、元気だった?」
「「おおーーー ヨミじゃないか!! 」」
「お前、急にどうした。 なにかあったのか?」
「いや、何かやったのか? 大王に怒られたのか?」
「もしかして追い出されたか?」
「そんなことはあるまいが、もしかしたら、もしかしたら、 なんだ!?」
「大鬼様たち、おかしい! そんなわけないじゃん。
どういうわけか、大王様が急に久しぶりに大鬼様たちに会いに行けって。
今までそんなこと言われたことないのに、どういう風の吹き回しなんだろう。
ねえ、大鬼様、何か知ってる?」
「「「え!?」」」
大鬼たちは自分たちが酒を飲んで愚痴ったことを大王は映し鏡で見てたんだ と思った。
「なにか心当たりがありそうね?」
「「いやあーーー。」」
「まあ、なんだ。 なんにしても久しぶりに山に来たんだ。
ゆっくりして行けや、な。 ヨミ。」
「ゆっくりってわけにはなかなかね。
なにせ壱の関所を大王様に頼んでるからなあ。 心配。」
ヨミの言葉を聞いた大鬼たちは昔の出来事を思い出して顔を見合わせて腹を抱えて泣くほど笑っていた。
その姿を見たヨミはただ黙ってにこにこしているだけだった。
ヨミは、やっぱりここが自分の家だと実感した。
ヨミが子供の頃は大鬼たちは現役だった。
『館』の管理もだが、罰を与える役割もこなしていた。
だから6人が揃うことなどめったにないことだった。
そんな珍しい日に一人の赤ん坊が自力で崖を上ってきたのだった。
6人はその赤ん坊とは不思議な縁を感じ、娘として育てることに決めた。
ずいぶんと忙しい中、大鬼たちは決してヨミを一人にはしなかった。
時には『館』に、時には罰を与える現場に、ヨミを連れて行った。
それがいいのか悪いのかはわからない。
ただ決してヨミを独りぼっちにはしなかった。
罪人たちがいる『館』がある屋敷にヨミを一人で置くことを心配したからだった。
ヨミは半分とはいえ鬼だし、罪人は人間に過ぎない。
過保護と陰口をたたく者もいたが、面と向かって大鬼に意見をする者などいるはずもなかった。
だからこの山にいる時はヨミは寂しいと思ったことはなかった。
物心がついた時には両親はいなかった。
ヨミにとっては大鬼が両親であり、祖父母であり、仲間であり、友達だった。
村に行ってからの方がヨミは寂しさを感じた。
それでも頑張ったのは、自由に村に行ける鬼になるためだった。
そして、鬼になり、特別な能力を買われて壱の関所を任されるまでになった。
こうして自分が愛されていることを実感できる空間にいる。 ヨミは幸せに浸っていた。
大鬼たちはまだ酒を吞んでいる。
ヨミは大盃を取り上げて、
「もう、ダメ!!」
と一括した。
「まあ、いいじゃないか。 久しぶりにヨミが顔を見せたんじゃ。
祝わずにどうする。」
「ダメ!! 大鬼様たちにはずーーっとずーーーっと元気でいてもらわなくっちゃいけないから。」
「わしらを怒るなんて、ヨミも大きくなったもんじゃ。」
「そのうち大王がわしらの処に挨拶に来るんじゃないのかのお。」
「え? 大王様が挨拶って、なんのために。」
「跡継ぎになって欲しいって来るんじゃあないかのお。」
「まさか! 次の大王様はゴクに決まってるよ。」
「え? どうしてじゃ?」
「だって、壱の関所の留守を大王様に頼んでるけど、大王様の仕事はゴクがやってるもん。」
「なんだと!?
ゴクというのは、あの母親の娘じゃないのか。」
「関係ないじゃん。
ゴクは優秀だよ、誰よりもね。 努力もしてる。
親の事なら私にだって親はいない。」
「ヨミにはわしらがいるじゃないか。」
「そうね。 大鬼様たちが親代わりになって大切に育ててくれたのはわかってるし感謝もしてる。
でも、親じゃない。 それに関してはゴクと私は一緒。
それに、私は大王なんてガラじゃない。 面倒なの、嫌だもん。
ゴクは嫌がらずにやってる。 文句ひとつ言わない。
大王様に助けられて育てられたことにいまでも恩に感じてる。
見ていてこっちが泣きそうになるほど献身的だもん。
私たち皆ゴクを認めてるよ。 大切な仲間だもん。
だから大鬼様たちもその時にはゴクを助けてあげてね。」
「そうか。 ヨミがそう言うなら、まあ。」
「きっとよ!! わかった!?」
「わかったわかった。 しかしわしら、それまで元気でいられるじゃろうか。」
「元気でいてくれなくっっちゃ! 皆がいなくなったら、私、一人になっちゃう。
だから、ダメ!」
「わしらがいなくなっても仲間がいるじゃろう。
「仲間と家族は違う。 そうでしょ、大鬼様。」
「う!! そうじゃな。 わかった。
みんな、酒はこれくらいにして、茶で乾杯じゃ!」
「大鬼も娘には弱いということか。」
「その通りじゃ。 わっはっは!!」
そんな時だった。
奈落の処からまた壺がやってきた。 中には女が二人入っている。
「ほお、また壺が来たか。 蟲鬼はいないようだな。」
「これも独特な臭いじゃわい。」
そんな時、ヨミが目ざとく私を見つけた。
「あんた、ムクロに切られた女だね。
ここまでついてきたってことは、この二人がどうなるか見届けたいんだな。
まあ、奈落が許したんならいいんだけど。
言っとくけど、あんた、被害者じゃないからね。
確かにあの二人を殺すまでは被害者だけど、殺した瞬間から加害者だからね。
いつまでも被害者面してて不愉快よ。
挙句の果てに自分まで殺したんだ。
あんた、三人も地獄につれてきたんだよ。
そのことを忘れちゃいけないよ、いいね。」
この言葉は私に響いた。
『私は今でも自分を被害者だと思っている。
でも、違うって。 地獄に三人連れてきた加害者だって。
その通り だわ。』
そう思った時、塵はさらに減ってしまった。
「ヨミ、どうした。」
「この塵。 二人を見届けるために来たらしい。」
「そうか。 よほどの恨みがあるようだな。」
「おお、聞いておる。 この二人は女を一人、鬼にしたと聞いておる。
このまま『館』に入れて、あの二人と一緒に並べたらいい。」
「そうだな。 そうしよう。」
女①「あの、私たちこれからどうなるんですか?」
女②「『館』ってなんですか。」
大鬼たちは何も答えず黙ってそのまま二人の壺を『館』に移した。
『館』には新しい壺が一つやってきた。
二人は『あの二人』がどこにいるか、周りを見回した。
すると雪だるまみたいな形の物が二つ並んでいるのが見えた。
女1「あんたたち、なにしたの。」
女①「え? しゃべってる。 しゃべれるの?
雪だるまかと思ったんだけど、違うの?」
女1「違うわよ、失礼ね!」
女①と女②は眼を凝らして声の主をじいっと見た。
下の大きな球体は焦げ茶色で、臭い。
上の丸い物は人の顔だった。 それが女性とわかったのは声と顔立ちからだった。
女②「あのお。」
女1「なに?」
女②「あの、すいません、聞いてもいいですか?」
女1「なにを聞きたいわけ? なにを聞いても面白くはないと思うけどね。」
女②「一番気になるのは、どうしてそんな姿になったのかってことなんですけど。」
女2「あのね、最初はあんたたちと同じ。 壺の中にいたのよ。」
女1「そうよ、あんたたちと一緒よ、一緒。
あんたたちもわかると思うけど、臭いし汚いし痛いしの三拍子そろった壺の中にいて、
壺の中の泥が団子になって私たちを直接攻撃してきてさ。」
女2「そう。 それがまあ、痛いのなんのって。
それがいつの間にか泥団子に取り込まれちゃって。
それでこんな格好になったってわけよ。」
女1「あんたたちもそのうち私たちと同じ『雪だるま』になるってことよ。」
女2「それまでせいぜい三拍子そろった壺の中でのたうち回るといいわよ。」
女①と女②は二人の説明に震えた。
ずうっと壺の中にいるのも辛いと思ったけれど、結局あんなふうになってしまうことを知ったからだ。
言葉が出なかったが、体を締め付ける痛さが襲ってくる。
あの二人がこれからどうなっていくのか?
その変わっていく姿を見ながらここにいるなんて、まるで拷問のようじゃないかとさえ考えた。
二人は痛さとは違う理由で泣いた。
誰も助けてくれないことへの絶望感が4人を覆っている静かな空間に、4人がそれぞれに喘ぐ声だけが響いているのだった。
女1「あんたたち、文句言ってみたら?」
女①「文句って、なにについてですか?」
女2「この壺の中にいることよ。
こんな汚くって臭くって痛い泥の中にいて、嫌でしょうよ。」
女②「嫌ですよ。
嫌ですけど、仕方がないんです。
私たち、罪を犯したんですから罰を受けるのは当然ですから。
どんな罰だって受け入れないといけないと思うから、我慢するしかありません。」
女①「そうです。 私たち、鬼の人に『一人の女を鬼にした』って言われたんです。
だから鬼に殺されてここにいるのも自業自得なんです。
私たちが悪いことをしなければ、皆静かに幸せに暮らせていたんだから。
それを壊したのは私達なんです。」
女②「そう。 私たちがすべてをぶち壊したんです。
だから今、その報いを受けているんだと思います。」
女1「いい子ちゃんなんだわね.ふーーん。」
女2「どう思ったっていずれは私たちと同じになることだけは確かだわね。」
女①②「「そうでしょうね。 それも仕方がないことだと思います。」」
屋敷では、ヨミが関所に戻ると言うので大鬼たちが騒いでいる。
「戻らないと大王様が困るでしょ。 間違えたら亡者が困るし。
近いうちにまた来るから、ね、大鬼様。」
「そうはいっても、なかなか顔を見せてくれんじゃないか。」
「今度はゴクに頼んでくるから、大丈夫よ。」
「ゴク じゃと? ああ、あの。」
「そう! 成績優秀のゴクよ。 優しいのよ。」
「ああ、そうか。 そうじゃな。
次はゴクに任せてゆっくりすればいいわい。」
「じゃあ、また。
大鬼様もさっきの二人の様子を見ないといけないでしょ?」
「まあな。 他にも『館』にはいることじゃしな。
絶対にまた遊びに来るんじゃぞ。」
「うん。 約束。
呑みすぎないように、わかったね!」
ヨミは笑顔で関所に戻って行った。
「やれやれ。 いてよし、いて悪し、じゃな。」
「嬉しいが、少し疲れる。」
「それに酒を止められる。」
「そうだな。 でも、また顔が見たい。」
「「「その通りじゃ。」」」
「じゃ、『館』に行ってみるか。
『館』では四人の女たちが痛さと臭さに悶絶している。
女1と女2は大鬼たちを見ると痛みや臭いを軽減してくれ と懇願した。
下半身を泥団子に埋め込まれて雪だるま状態でいるのは恥ずかしい、壺の方がましだと訴えた。
『館』にいる他の罪人たちに見られて恥ずかしい というのだった。
それに対して大鬼たちは、『考えておこう。』とだけ答えた。
女①と女②は痛さと臭いに顔をしかめながらも文句は言わなかった。
大鬼は二人に尋ねた。
「お前たちはあまり文句は言わないようだが?」
女①「私たちは罪を犯しました。
鬼の人に言われたように、一人の女性を鬼にしてしまったのですから。」
女②「私たちは被害者でもありますが、もともとは身から出た錆ですし。
やっぱり加害者の部分の方が大きいと思います。
それに対する罰がこれなら、甘んじて受け入れないといけないと思っています。」
女①「文句なんて、言いたいけど言っちゃ出ダメなんじゃないかと。」
女②「そんな権利はない気がするので。 我慢します。」
女①「それしか謝罪の気持ちを表すことができないですから。」
「ほおーー。 いい心がけだわい。」
「もう少しこのままでいるんじゃな。」
女①②「「はい。 わかっています。」」
それからしばらくの間、大鬼たちは四人をそのまま出様子を見ることにした。
反省したからと言って簡単に赦すことはできない。
簡単に鬼村に送ることもできない。
この『館』に来て鬼村に行けたのは数人だ。
鬼村に行けたとしても村で何らかの問題を起こしたら存在が消えてしまう。
罪が完全に赦されることもないし、監視がなくなることもない。
自分を律することができなければ村では暮らせないのだ。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「ただいま帰りました、大王様。」
「おお、ヨミ。 戻ったか。
久しぶりの屋敷はどうだった。」
「大鬼様たちが喜んでくれたので、あたしも嬉しかったです。」
「それはよかった。 ではわしは戻る。
弐の関所は頼んだ。」
「はーーい。 がんばりまーーす!」
閻魔大王はやれやれという顔で自分の部屋に戻って行った。
ヨミはいつもの通り亡者を相手に仕分けを始めた。
閻魔大王が部屋に戻るとゴクは仕事の手を止めた。
「おかえりなさい。」
「うむ。 今戻った。
やれやれ、壱の関所は疲れるわい。
わしにもヨミのような嗅覚があればいいんじゃがの。」
「それは。 ヨミの能力は特別ですから。」
「そうじゃな。
待合室にいれている者がおる。 あとは頼む。」
「かしこまりました。 では、私はこれで戻ります。
仰せつかったことは全部済ませておりますので、ゆっくりしてください。」
ゴクはそう言うと弐の関所に戻って行った。
閻魔大王は驚いた。 全部済ませた だと?
閻魔大王の仕事の中心は書類仕事だ。 それが苦手な大王は今までの仕事をためてしまっていた。
それを全部済ませたのか?
三途の川を渡らない亡者たちは天上界に上る。
それ以外の亡者の中で現世で罪を犯した者に地獄で罰を与えるのだが、現世で裁かれた者はいいのだが、
裁かれることなく亡者になった者に罰を与える理由を天主様に書き送らなければいけないのだ。
決定権はこちらにある。
口出しをされることはない。 しかし、罰を与える限りはその理由を伝えないといけない。
それが面倒で閻魔大王はためてしまっていたのだが、なるほど全部済んでいる。
「また、ゴクに頼もうかの。」
閻魔大王はゴクの成長を嬉しく思って微笑んだ。
弐の関所に戻ったゴクにヨミが声をかけた。
「ただいま。 私がいなくて寂しかったでしょう。」
「寂しいと思う間もないほど忙しくしていた。」
「お疲れ。 そう言えばゴク知ってる?
ムクロが久しぶりに剣鬼になって列を乱した女を一人ぶった斬ったのよ。」
「そのようだな。」
「ムクロも久しぶりに剣鬼になったからなのか、失敗したみたい。」
「失敗?」
「そうよ。 だってあの女、塵になって『館』にまでやってきたのよ。
それってムクロが失敗したってことでしょ。
剣鬼なら影も形の残らずに消せたはずでしょ。 塵を残すなんて。
大王様に叱られるんじゃないかしら。
ゴク、あんたムクロとは昔から仲が良かったでしょ。」
「特別に仲が良いわけではない。 普通だと思う。」
「ふーーん。 まあいいけど。
とにかく大王様がムクロを怒ったら助けてあげてよ。」
「心配はない。 大王様は怒ったりはなさらないだろう。」
「そうなの?」
「そうだ。」
「ゴクがそう言うんだっからそうなのね。 じゃあ、心配いらないってことね。」
「大丈夫だ。」
「それなら安心。 私、壱の関所に戻るわ。」
「そうだな。 それがいい。」
「じゃあねーー。 あ、ゴク。
今度お山に行くときには壱の関所、ゴクに頼んでもいいかな。」
「わかった。 引き受けるよ。」
「ありがと。 じゃあね。」
ムクロらしい、とゴクは思った。
失敗したのではない。 あれはわざとだ。
あの女は本当なら罪人になるはずではなかったのだ。
あのまま平穏に暮らすはずだったのだ。
それが二人の女の悪だくみを知って激情に駆られて道を踏み外してしまったのだ。
その女に地獄の責め苦を味わわせることをムクロはためらったに違いない。
剣鬼ならぶった斬っても体を元に戻すことくらい簡単だ。
ムクロがそれをしなかったのはムクロの優しさだ。
塵になれば浮遊して現世にまで行けるだろう。
そこで自分の気持ちに『ケリをつける』こともできる。
塵になって二人について行ったのは、二人の最後を見届けたいからだろう。
その気持ちを汲んで、ムクロはあえて塵として残したのだ。
遊鬼はともかく、奈落はムクロの気持ちをわかった上で『館』に行かせたのだ。
奈落だって配下の溶鬼に飲み込ませれば塵なんてすぐに溶鬼の腹の中で消えてしまう。
もしかしたら奈落は溶鬼に文句の一つも言われたかもしれない。
それでも奈落は塵を『館』に行かせる方を選んだのだ。
二人に対しての憎しみがどうなっていくのかはわからない。
二人が自分たちがしでかしたことをどう受け止めるのかもまだわかっていない。
それでもムクロは自分で判断させる方を選んだのだ。
大王様もため息くらいはついただろうが、ムクロを怒ることはなさるまい。
ムクロの優しさは昔からで、剣の腕は確かだが、それを喜ぶこともしなかった。
剣鬼になっても嬉しそうでもなかった。
だから大王様は参の関所の番人にムクロを任命されたのだ。
ムクロが甘んじてそれを受けたのも剣を使いたくなかったからだと私は考えている。
『ムクロ、そうだろう?』
『すべてお見通しということか。 お前にはかなわんな。』
『剣鬼、ご苦労だった。』
『ああ。』
さて、待合室にいるのはどういう奴か? また女か。
大王様はなにが気になって待たせたのか?
なにをやったのか。 確かめるとするか。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
『館』では4人の女が苦しんでいる。
大鬼たちが久しぶりに『館』にやってきた。
「ほおーー。 二人は団子で、二人は壺じゃな。」
「団子の方は文句ばかり言っておったわ。
この格好が恥ずかしいらしい。」
「へえ。 自分が現世でやったことの方がよほど恥ずかしいと思うがな。」
「見た目しか頭にないらしいわい。」
「そうか。 進歩がないのう。」
「壺の二人はどうかの。」
「あの二人は罪を認めて罰を受けておるようじゃ。」
「殺されたことさえ自業自得と考えて罰を受け入れておる。
あの二人のように団子になっても仕方がないと考えておるな。」
「そうか。 それでは、どうするかのお。」
「団子の二人と同じにはできんな。 心構えが違うようじゃからな。」
「そうだな。 じゃあ、どうする。」
「無罪放免で鬼村に送ることはできん。」
「当たり前じゃ。 人一人鬼に変えた奴らじゃ。
村にはやれん。」
「しかし、村に行く機会を与えるというのはいいのではないか。」
「機会を与える?」
「滝に打たせるのはどうだ。」
「滝 か。
しかし、あの滝は人間の手には負えんじゃろうよ。」
「だから『機会』なのだ。
もしかしたら、滝に打たれたことで壺から解放されるかもしれん。」
「解放されなかったら?」
「それまでだ。」
「んーーーーー。 みな、どうする。」
「難しい問題じゃわい。」
壺の中にいる二人は顔をしかめながらも声を出さないように歯を食いしばっている。
たまに、「う!」とか「ぐ!」とか思わず声を出すことはあるが、文句は言わない。
「鬼村にはやれんとしたら、どうするかも考えておかねばなるまいよ。」
「それを決めてからでないとどうにもなるまい。」
「そうじゃな。 話し合うとするか。」
「おう。」
大鬼たちは屋敷に戻って車座になったが、誰からもいい知恵は浮かんでこない。
「どうする?」
「うーーーん。 そうさなあ。
あんなふうに罪を認めて反省して、甘んじて罰を受け入れている者を集める場所を作るのはどうか。」
「新しく作るということか?」
「それは難しい。 確かに『館』の者のことは一任されてはいるが、それは行き過ぎではないか。
大王の許可を得なければ後で問題になる。
ヨミにとばっちりが行くことがあっては大変だ。 他には何かないか。」
「そうさなあ。 じゃあ、誰かに相談するのはどうか。」
「相談? 誰にじゃ。」
「相談するなら 空鬼しかおるまいよ。」
「そうじゃ、空鬼がおる。 さっそく空鬼を呼ぶとしよう。」
「空鬼!! 空鬼はおらぬか!? 屋敷に来てもらいたい!!」
屋敷の上空をヒューーと音を立ててつむじ風が通り過ぎた。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
そこの者、入りなさい。
部屋の前で待っていた女がゴクの部屋の扉を開けて入ってきた。
女 24歳 事故死
「その椅子に座りなさい。」
「はい。」
女はずうっと泣いている。 目は真っ赤になって腫れている。
涙がこぼれているのがゴクからでもわかるほどだ。
「言いたいことがあるなら聞こう。」
「こんなはずじゃなかったんです。」
「ではどんなはずだったんだのかな。」
「私、死ぬはずじゃなかったんです。
ちょっと怪我くらいしたらいいかなって思ってただけなんです。
それなのに死んじゃって。 ここってどこですか?
どこかわからないけど、こんなところに来させられて。
もう、何が何だかわからない!」
女は涙声でそう答えた。
それから突っ伏して泣き出した女にうんざりしたゴクは言った。
「お前がしたことを確信する。
お前も自分が何をしたのか、確認するのだ。
それでも言い分があれば聞こう。」
「確認?」
「顔を上げて、壁を見るのだ。」
壁には女の顔が大きく映し出された。
女は保育士で、たくさんの子供に囲まれて楽しそうだ。
お迎えの時間になると女がそわそわする様子が映っている。
お迎えに来る誰かを待っているようだった。
男が一人やってきた。
「お迎え、ご苦労様です。」
女が声をかけた。
「いつも子供がお世話になっています。」
そこから二人の会話が始まった。
「今日はお父さんのお迎えですか。」
「そうなんです。 妻が急な残業で、今日は僕が来たんです。」
「大変ですね。 奥様はお仕事がお忙しくて。」
「まあ、しょうがないですよ。 助け合わないとやっていけませんから。」
「そうですけど。 ***ちゃん、パパのお迎えよ。」
「パパーーー!」
「おおー。 いつも元気でよろしい。」
父親はしゃがんでから子供を抱きかかえた。
それから子供の荷物を自分で持って靴を履かせて立ち上がった。
「じゃあ、これで帰ります。 お世話になりました。
***、先生にごあいさつしようね」
「うん。 せんせいバイバイ。 またあしたねー」
「バイバイ、***ちゃん。」
父親は子供の手を取って帰っていった。
女は二人の後ろ姿を見送っていた。
他の保育士が女の傍に寄ってきた。
「素敵よね、***ちゃんパパ。 そう思わない?」
「そうですか? まあ、いいお父さんですよね。」
「そう。 あんな素敵な旦那さまで、奥さんも幸せよね。
私たちもあんな人、見つけなきゃね!」
「そう ですか ね。」
「あ、 ++++君のお母さん、お迎えごくろうさまです。」
「こちらこそ、いつもお世話になってます。」
二人の会話を聞きながら、女はあんな素敵な人、そんなに簡単には見つかるはずないし、あの奥さんにはもったいない、と女は思っていた。
『でもあの人は***ちゃんのお父さんであり、あの奥さんのダンナさんなのだ。
私のことは子供の担任の先生としか考えてくれていない。
私、あの奥さんより若いし、あの奥さんよりかわいいと思うんだけど?
絶対に私の方がいい。
***ちゃんだって私になついているし。
あの人の事、こんなに想っているのに、気づきもしないなんて。
悔しい。』
ある日、二人そろってお迎えに来た。
「先生、いつも子供がお世話になって、ありがとうございます。
たまに主人に来てもらった時も、声をかけていただくそうで、ありがとうございます。」
「いいえ。 今日はお二人お揃いなんですか?」
「そうなんです。 今日は都合がついたから、久しぶりに三人で近くで外食しようってことになって。
それで主人の車で来たんです。 近くの駐車場に止めてるんですよ。」
「そうなんですか。 それは楽しみですね。
***ちゃん、今日はパパとママが来てくれてるよ。」
「わーーい。」
子供が走ってきた。
子供を真ん中にして三人並んで手をつないで帰っていった。
『なに、あれ? 私に見せびらかすように仲良く!』
女は頭に血が上った。
仕事を済ませてから女は近くの商店街を歩き回った。
三人が見つかるとは思ってはいなかったが、ただひたすら女は歩き回った。
そして偶然、男の車を見つけてしまった。
『あ、あの人の車!』
女はフラフラとその車の方に歩いて行った。
そして横断歩道の前に止まっていた車が、信号が変わって発車したときを見計らって道路に出た。
車はブレーキをかけて止まったが、女にぶつかってしまった。
女はよろよろと倒れて、その際 縁石に頭をぶつけてしまった。
男は驚いて車を止めて車外に出て救急車を呼んだ。
倒れたのが私だとわかって尚更驚いたようだった。
ほどなく救急車とパトカーが来て、男は現行犯で逮捕された。
容疑は業務上過失傷害だった。
女は病院で死亡が確認された。
容疑は業務上過失致死に変わった。
男は容疑は認めたが、自分に非がないことを主張した。
ドライブレコーダーや目撃者の証言で、青信号だったことや、女が突然飛び出したことが証明された。
女の直接の死因が縁石にぶつかったためと判明したことで、罪名も元の業務上過失傷害に改められた。
女の方にも相当の過失があることが考慮されて男は不起訴になった。
男は妻と共に女の家に謝罪に訪れた。
「あなたが悪くないことはわかっています。
警察の人からも説明を受けて、娘の過失だということはわかってはいるんです。
でも、それでも、娘はもう帰って来ません。
まだ若かったし、将来もあったのに。
だからあなたたちにお焼香はして欲しくない。
私たちの気持ちがご理解いただいて、おかえりください。」
二人は深々と頭を下げて帰っていった。
家に入った女の両親は、ただひたすら泣いていた。
その様子を見た女は眼を見開いて、泣いた。
「それで、何がしたかったのか、話しなさい。」
「私、ちょっとした怪我をして、あの人を懲らしめてやろうと思っただけなんです。」
「懲らしめる? なにを懲らしめるのか。」
「だってあの人、私の気持ちを無視したのよ、それってダメなんじゃない?」
「相手は妻帯者だ。」
「そうだけど、でも、好きになったんだからしょうがないじゃない。
私に振り向いてくれれば、あんなことをしなかったのよ
あの人、私を一度も女性として見てはくれなかったのよ。
子供の担任の先生としてしか見てくれなかったの。
それって、私に対して失礼じゃない? そうは思わない?」
「愚かな女だ。」
「え? なんですって?」
「愚かな女だと言ったのだ。
お前は確かに若く魅力的だが、妻帯者たる男がお前を女性として相手にしないのは当然のことだ。
お前を女性として扱うほうが失礼だとは考えなかったのか。」
「え?」
「お前は愚かな考えで罪のない者を陥れたのだ。
その罪は重い。
この地獄で罪を犯したことに対しての罰を受けなければならない。」
「罪? 罰? なに、それ。」
「もう用は済んだ。 出ていきなさい。」
「はあ?」
ゴクは女を睨みつけた。 女はそのまま渡し場に飛ばされた。
『女の行き先の判断はムクロに任せる。 頼む。』
ゴクは大きなため息をついて目を閉じた。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
大鬼たちに呼ばれた空鬼が嵐鬼竜に乗ってやってきた。
空鬼が屋敷に上がった後、嵐鬼竜はそのまま留まって空鬼を待っていた。
「大鬼様、私になにがご用でしょうか。」
「よく来てくれたな、空鬼。
実は奈落がよこした二人の女のことなんだ。」
「はい。」
「自分の罪を認めて十分に反省して罰を受け入れている者が二人おる。
今も「館』で罰をうけておる。」
「それで。 私はなにをすればよろしいのでしょうか。」
「それらを鬼村にはやれん。」
「そうですね。」
「それでも、二人を『館』から出してやりたいと思っておるのだ。」
「そうですか。」
「なにか、策はないか。 お前なら何か考えてくれるのではないかと呼んだのじゃ。」
「そうですね。 考えさせてください。」
「おお。 考えてくれ。
大王の許可が要らない方法を考えてくれ。」
「は?」
「もちろん報告はする。 しかし、許可となると、ちょっと面倒でな。
空鬼なら何か知恵を出してくれるんじゃないかと期待しておるのじゃよ。
全責任はわしらがとる。 お前はとにかく知恵を出してくれればいいのじゃ。」
「知恵、ですか。」
空鬼が考えている間、大鬼たちは邪魔をしないように静かにして『策』を待っていた。
「いつもは皆で騒いでおるから気がつかんかったが、滝の音が響くのお。」
「そうじゃなあ。 滝の音もこうして静かな気持ちで聞いてみると風情があるわい。」
「たまにはこうしてのんびりするのもいいかもしれんなあ。」
「そうじゃなあ。わしらはいいところに住まわせてもらっておるのじゃなあ。」
「そうじゃな。 酒ばかり飲んでたから今まで気がつかんかったわい。」
「もっともじゃ。」
「滝?」
空鬼は振り返って滝を見つめた。 そして立ち上がって、「これだ! この滝だ!』と叫んだ。
大鬼たちは空鬼が急に立ち上がって叫んだことの驚いた。
「なんじゃ?」
「この滝ですよ、大鬼様。」
「ん?」
「この滝を使うんです。
この滝は白い闇の向こう、つまり地獄から流れてきているのです。」
「そうじゃ。 それは知っておる。」
「だからです。 閻魔大王様の管轄の滝を使うのですよ。
それなら特別に許可を得る必要はないですから、事後報告でもかまわないはずです。」
「それはわかったが、滝をどう使うのじゃな?」
「その二人を壺ごと滝に落とすのです。」
「人間が滝に落ちると消えてしまうぞ。」
「それならそれまでの事です。
もし、その二人が本当に自分たちの罪を認め反省し、後悔をしているのであれば消えないのでは
ありませんか。 それは滝の水が判断することです。
滝に打たれて滝の水にかかれば、もしかしたら泥が流れて二人が壺から解放されるかもしれません。
それであればその二人が罪を償ったということになりましょう。
もし、二人が消えたり、泥が流れなかったときはそれは二人が罪を償ってはいないということです。
どうでしょう。 いずれにしても大鬼様がお決めになることですから。
私としては知恵を絞りだしたつもりです。
いかがでしょうか。」
「うーーん。 そうじゃな。 」
「さすが空鬼じゃ。 いい策じゃと思うが、皆はどうかな。」
「そうじゃな。 一か八かじゃが、試す価値はありそうじゃ。」
「しかし、人間にはこの崖を上ることはできんぞ。
わしらが二人を引き上げることはできん。
もし二人が助かったとして、そのあとはどうするのか。」
「それは私がお引き受けします。」
「空鬼、それは誠か!?」
「はい。 その後のことは申し上げられませんが、
私が責任をもってお引き受けいたします。
二人の身が立つようにいたしますので、ご安心ください。」
「おお、そうか! 空鬼が引き受けてくれるなら安心じゃ」
「それじゃあ、あの二人を滝に落として滝に打たせてみよう。」
「空鬼のおかげで何とかなりそうじゃわい。」
「それはようございました。
それでは私はこれにて失礼をいたしたく存じます。」
「おお、急なことですまんかった。
嵐鬼竜にも ご苦労 と伝えてもらいたい。」
「承知いたしました。 では失礼いたします。」
空鬼は一礼をしてから屋敷を出て、嵐鬼竜に乗って去っていった。
空鬼は炎鬼に『今から行く。 灰をもらいたい。 よろしく頼む。』と念を送った。
それから急いで炎鬼の処に行った。
「灰は用意できてるぜ。 すすはいらないのか。 筆鬼が待ってるんじゃないか。」
「今は灰だけでいい。 すすは今度受け取る。
せかしてすまなかった。」
「それは気にせんでいい。 気をつけていけ。」
「ありがとう。 じゃあ、またな。」
そして空鬼はその足で森に向かった。
森の長老に、今回の案件について相談をするためだ。
「順序が逆になってしまったが、しかたあるまい。
礼を尽くして説明申し上げればお分かりいただけると思いたい。
嵐鬼竜、急いでくれ。 遅くならないうちに森に着きたい。」
嵐鬼竜は「グオーー!!」と吠えてからぐんぐんとスピードを上げて渦を巻きながら飛んでいった。
大鬼たちはすぐに『館』に向かった。
二人は相変わらず顔をしかめながら、しかし、声を出さないように我慢をして、痛さや臭いに耐えていた。
そして驚くことに泥団子になっていた二人も静かになっていた。
「お前たちも静かになっているが、どういう風の吹き回しだ?」
女1「私たちもこの子たちと同じように罪を償わないといけない気がしてきただけよ。」
女2「そう。 悔しいけど、この子たちの言う通りだわ。
私たち、詐欺をしたんだもん。
捕まるのも、罰を受けるのも、当たり前なのよね。」
女1「最初っからそんなことに手を染めなければよかったってことに今になって気付いたってこと。」
女2「そうね。 罪を犯したのは私たちだものね。
いつまでも被害者意識に浸って事実から逃げていても仕方ないもん。」
女1「そう。 私たち、結局は加害者だもの。」
二人はいつになくしょんぼりしていた。
大鬼たちは二人の姿をじいっと見ていた。
大鬼たちは壺に入っている二人に話しかけた。
「お前たちが十分に罪を償おうとしていることはわしらにもよく伝わってきた。
それで じゃ。 次の段階に進むことにするが、どうじゃ。」
女①②「皆さんのお考えの通りになさってください。」
「よし!!」
大鬼たちは二手に分かれて壺を抱えて歩き始めた。
そして壺を谷底めがけて放り投げた。
「「わーーーーー!!」」
二人の声は崖に響き渡って、それから声はだんだん遠くなって、最後には聞こえなくなった。
「大丈夫じゃろうか。」
「二人次第じゃ。 空鬼の案を呑んだんじゃ。
あとは滝の水の御心に任せるのじゃ。」
「そうじゃな。」
壺は谷底に着いた。
壺の中の泥のおかげなのか着地時に強いショックは感じなかった。
二人の女は『生きて』いた。
谷底は思いのほか広かった。
壺は重さがあることできちんと立っている。
見上げると、実は通ってきた崖の幅は壺が入るすれすれのものだった。
だから縦におりてそのまま縦に立っていることが分かった。
女①「縦に立ててよかったわ。」
女②「そう。 それに谷底は案外広いから開放感があってほっとするね。」
女①「そうね。 でも、私たちこれからどうなるのかしらね。」
女②「さあ。 それは、わからない。 なるようにしかならないんじゃない。」
女①「谷底に落とされて、それでもこんな風に話せてるんだからそれだけでもラッキーよ。」
女②「同感。」
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
急な訪問にも森の長者様は空鬼を快く迎え入れた。
空鬼が森に向かっていることなど、長者様にはとっくにわかっていたことなのだろう。
驚く様子もなかった。
空鬼は、『長者様にはかなわない』と思った。
長者様は空鬼の心を読んだのか、空鬼の顔を見てにこっと笑った。
空鬼は『館』での大鬼たちとのやり取りをすべて長者様に説明した。
長者様はうなづいて、「『灰』は持ってきましたね。」と尋ねた。
「はい。 持って参りました。」
「それでは参りましょう。」
「はい。」
空鬼は長者様の後について高台に上った。
長者様は『はい』を両手に乗せてから『はい』を軽く揉んでから息を吹きかけて森に撒いた。
『灰』はキラキラと七色に輝いて浮遊しながら舞い降りていった。
長者様は空鬼に耳打ちをした。
空鬼はうなずいた。
「わかりました。 結果はご報告いたしますので、その時にはまたお願いにあがります。」
「はいはい。 待っていますよ。」
長者様はそう言ってから、またにこっと笑った。
空鬼は深々と頭を下げた。
「空鬼様は私の子のようなものじゃから、そんなに頭をさげんでよろし。
わがままを言ってくれて嬉しかったわあ。
『灰』がない時も、気が向いたらいらっしゃい。
このばばの話し相手になってもらうわな。」
「はい!! ありがとうございます。」
空鬼は森の長者様の優しさに触れて、嬉しかった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
谷底では二人の女が壺に入ったまま滝の水を浴びていた。
水は壺に入り泥を柔らかくした。
水を含んだ泥は体積を増し、壺からあふれてきた。
その泥はそのまま流れ出すものもあり、意志があるように壺に戻ろうとするものもあった。
壺の中の泥の量は変わっていない。
相変わらず痛くて臭い。
泥が周りに広がったことで、臭いは最初より酷くなったようにも思える。
二人はその臭いに苦しんだが、必死で耐えていた。
耐えながら、何気に上を見上げた。
女②「きれい。」
女①「え?」
もう一人もつられるように上を見た。
女①「ほんと、 きれい。」
二人はそのまま上を見上げ続けた。
滝の水はキラキラと七色に輝いて落ちてくる。
それは二人の顔に当たって跳ね返り、谷底に散らばるように広がった。
滝の水はそのまま七色に輝き続けて、谷底は美しく光っているように見えた。
そしてその中で、プッと何かが芽吹いた。
それをきっかけに、次から次へと芽吹き、そして育ち、つぼみをつけてから花を咲かせたのだった。
二人は眼を疑った。
こんな二人の周りは七色に輝くお花畑になったのだ。
二人は訳もなく泣いた。
それは二人にも理由がわからないかった。
キラキラ輝くお花畑の美しさに感動して涙がこぼれたのか。
美しいお花畑と自分たちの醜い姿を比べて悲しいのか情けないのか切ないのか。
自分たちの罪深さを改めて思い知らされて後悔したのか。
自分でもはっきりとした理由はわからない二人は、ただただ声をあげて泣くばかりだった。
輝く花たちは二人の様子をじっくり見つめ、その内側や裏に秘めた感情を探っていた。
「この二人をどうしてくれようか。」
花たちのつぶやきはまるで風の音のように自然だった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「この『灰』でその二人がいる谷底に美しい花を咲かせよう。」
「花 ですか。」
「そうじゃ。 花じゃ。
その花を見た時に二人はどんな反応をするかを見たいもんじゃ。」
「長者様がお出かけになられるのですか?」
「ふっふっふ 花たちが教えてくれるのじゃよ。」
空鬼が長者様の目の向く先を見ると、そこには二人の姿が映っている。
「あ。」
空鬼は驚いて思わず声をあげてしまった。
「申し訳ありません。 驚いて声が出てしまいました。」
「ふふふ。 じゃが、このくらいの事。大王様も簡単におできになるじゃろう。
それに、そうじゃ、大王様の秘蔵っ子の、ゴク といったかな ゴクもできるはずじゃ。
それほどのことじゃあないわな。」
「え? 長者様はゴクをご存じなのですか。」
「風の噂じゃよ。風の噂。
こんな森にも風は吹くからの。」
「はあ。 そうですか。」
長者様は話をそらすように空鬼にもう一度空を見るように言った。
「ほらごらん。 花たちが二人を探っているようじゃ。」
「え? あ、はい。 探っている のですか。」
「そうじゃ。 光りながら探っておるのじゃ。」
「あの花は村でも見る野花のようにも見えます。」
「そうかな。 村の野花は光ってはいないじゃろう。」
「そうですが。 よく似ています。」
「二人を見てごらん。」
「え?あ、はい。 泣いています。」
「壺はどうじゃ。 泥は?」
「壺は変わっていないように思います。
泥は 壺から流れ出している泥もあれば、壺に戻る泥もあります!」
「二人を許さない憎しみが泥を戻しておるのじゃなあ。」
「それが罰なのですか。」
「そうともいえる。
もし、あの泥が壺からすべて流れ出して壺の中が空になれば、二人は赦されたことになる。
そうすれば二人のことはこのおばばが引き受けよう。
それまではどうにもできんのじゃ。」
「では、このまま二人は苦しみ続けることになるのですか。」
「そうかもしれん。 泥がなくなるのが先か、二人が泥に飲み込まれるのが先か。
憎しみの深さや怒りの強さが決めるじゃろう。」
「憐れですね。」
「それが『罪を犯す』ということじゃ。」
「はい、その通りです。」
谷底には二人が痛みと臭いに耐えながら泣く声が響いているのだった。
罪を犯した者の周りの人達の人生も変えてしまうことを知って欲しいと思って書きました。
地獄で思い罰を受けても救われない罪人の切なさが伝わると嬉しいです。