外伝 鬼村の暮らし
鬼村で暮らす人間、鬼、罪人。
それぞれがどのように暮らしているのか、なぜそこにいるのか、またその様子などを紹介しています。
そしてヨミの生い立ちと大鬼達のつながりがわかります。
ボタンが初めて鬼村に来た時は正直ボタンは驚いた。
そこはまるでおとぎ話に出てくるような村だったからだった。
目の前には田畑が広がっていて川が流れている。
あぜ道には子供の遊ぶ姿が見られる。
川の向こうには遠くに低い山が見える。
さすがに昔話のように山に芝刈りに、川に洗濯にということはなかったが、村の姿は絵本で見た風景そのままのようだった。
それはボタンにとっては嬉しい誤算だった。
何でも手に入る都会で、疲れた暮らしをしていたボタンにとっては田舎は安心できる居場所に思えた。
村に住む人間は既に死んでいるので何も食べなくても問題はない。
田畑を耕すのは鬼たちのためだ。
一日耕すと一日分以上の食料が採れる。
だから人間も鬼も集まって一緒に食事を楽しむことも珍しくはない。
それほどこの村では人間の存在は当たり前のこととして浸透しているのだった。
白い闇から流れてくる川は村を豊かにしてくれている。
村の田畑が豊穣なのも川のおかげだし、川のおかげで魚を獲ることもできている。
子供が遊ぶときは浅くなり、かと言って水が枯れることもない。
村人は川の恵みで豊かに暮らせていることをわかっているからこそ余計なことはしない。
村人たちは川がどこから流れて来て、どこに向かっていくのか誰も知らない。
白い闇の中に足を踏み入れると気を失って、自分の家で気がついてその間の記憶を失っているし、
川の下流にたどり着いたものはいない。
知る必要のないことを知ろうとして災いを招くより、『今』を大切にすることに重きを置いている。
平穏に暮らすためには、時には片目、時には両目をつぶることも必要なことなのだ。
『田』で暮らしていた三人と『山』で暮らしていたボタンの四人もずいぶん鬼村での暮らしに慣れてきた。
三人はお父ちゃんは さく、おかあちゃんは いね、 5歳の子供は さなえ という名前をもらって、
大人二人は田畑を耕し、子供は鬼村の学び舎に通っている。
学び舎は鬼村に住む者であればだれでも通うことができる。
子供でも、大人でも だ。
さなえは5歳なので、普通に『読み書きそろばん』的なことを学んでいる。
教師は、元罪人で元教師。 人材は驚くほど揃っている。
なにせ鬼村にいるのは、鬼と元罪人で、時代を超えているのだから。
罪を犯しながらも赦された者達だし、村で何かをしでかしたら『消される』ことをわかっているから、皆静かに暮らすことを心掛けている。 いつも少しばかりの緊張感をもって暮らしている。
生まれながらにこの村に住む権利がある鬼とは違う。
鬼として生まれたからと言って『鬼』の名前を与えられるための努力が必要だ。
罪を犯して地獄に堕ちた人間なら尚更のことなのだ。
それに、村で新しい生活を始めるチャンスをつかむこともできるのだ。
それぞれが自分のできることをすることで村の役に立つことができる。
そのことで皆、この村で『居場所』を見つけられている。
つまはじきにされることが多かった者にとっては村は大切な『居場所』なのだ。
ボタンも学び舎に通っている。 『山』で身に着けた家事全般はできるが、足らないものがあると自分で判断したからだ。 しかしボタンは5歳ではない。 だから学び舎では『給食係』も務めている。
そのことでボタンは存在が周知され、その上必要とされている。
ボタンが学び舎で習っているのは、『山』では習わなかった針仕事だ。
これは村の世話人の一人、ススキ が教えてくれている。
ボタンは生まれて初めて自分から学ぶことを決めたのだった。
鬼たちも通っている。
ボタンを裁いた鬼たちも、この学び舎で学んだのだ。
そしてそれぞれが自分の特別な力を磨いて、名前のある鬼として認められて今の地位にある。
氷鬼は『氷属』、炎鬼は『炎属』、食鬼は『食属』、空鬼は『空属』、遊鬼は『遊属』の中で最も優秀と認められたものが選ばれて前任者と交代をして名前を継ぐ。
年老いた前任者より優れていると判断されたということでもある。
前任者には別の職務が与えられて、鬼としての役割を果たしている。
ゴクとヨミとムクロは『鬼』の名前を与えられながら幼名のまま番人を務めているのは特例と言っていいかもしれない。
それは三人が『鬼』として番人を務めるにはその力が強すぎることに起因する。
ゴクはたぐいまれな知性と豊富な知識を認められた。
ヨミは生まれついての善悪をかぎ分けられる嗅覚が必要とされた。
ムクロは公平公正な判断力を買われた。
以前は閻魔大王が務めていた番人を三つに分散して、この三人に明け渡したことは他の鬼たちにとっては驚きだったが、誰もが認める実力者だったのでみんなが了承した経緯がある。
奈落にいたっては『奈落』の名前は『地獄』そのものだからと『鬼』の名前を拒否したのだった。
前任者の奈落もずっと奈落を名乗ったので、前例があるということで認められたのだ。
罰を与えるばかりが鬼ではない。
筆鬼や源鬼のように一芸に秀でた者もいる。
刀鬼や刺鬼のように代々仕えている鬼もいる。
火鬼や針鬼のように配下として認められている鬼もいる。
鬼村の鬼たちは、独自の鬼を目指して腕を磨くために学び舎に通っている。
その場に人間も席を並べているのだから誠に不思議ではある。
不思議なのは鬼も人間も楽しく通っているということかもしれない。
ある日、さなえが学び舎から帰ると、家は留守だった。
両親はまだ畑仕事をしていて家には帰っていなかったのだ。
さなえは一人でいるのが嫌でボタンの家に行った。
「ボタンお姉ちゃん、あそぼ。」
ボタンはその時ススキから出された宿題に悪戦苦闘をしている最中だった。
「ごめん、さなえちゃん。 少し待ってくれる?
今日宿題が出てね。 覚えてるうちにやらないと忘れてしまいそうで。
もう少しだから。 ちょっと待ってて。」
ボタンは苦手な針仕事に必死でさなえに眼を向けることもせずに返事をした。
「うん。」
さなえはがっかりしてそのままボタンの家を出た。
さなえはなんとなくぶらぶらと目的もなく歩いていた。
川があった。
さなえは道端の草を摘んで川に流した。
楽しかった。
さなえは草を摘みながら川沿いに歩き始めた。
さなえはどんどん歩いて行った。
自分がどこにいるのかも気にならないほど楽しかった。
「帰りなさい。」
その声にさなえは顔を上げた。
目の前に『地蔵』が立っていた。
地蔵は優しい眼をしていた。
「ここから先は誰も入ってはいけないのですよ。 だからお帰りなさい。」
地蔵は穏やかな声で、しかしきっぱりとそう言った。
地蔵が立っている場所の向こうから何やらいくつもの声が聞こえてきた。
「だれか、そこにいるの?」
「それはお前が知る必要はないのだよ。」
地蔵はそう言ってさなえの目をじいっと見つめた。
さなえが目を覚ましたのはボタンの家だった。
「さなえちゃん、大丈夫?」
心配そうな顔をしてボタンがさなえを覗き込んでいた。
「ボタンお姉ちゃん。 私、どうしたんだろう?」
「どうしたの? 一体なにがあったの?」
「私、川の横を歩いていて、それから、えっと? 」
「無理して思い出さなくてもいいのよ。」
「頭が いたい・・・」
「さあ、無理をしないで休んでてちょうだい。」
「さなえちゃんが倒れたって?」
ススキがボタンの家に走りこんできた。
「ああ、ススキさん。 さなえちゃん、川沿いに歩いたって言ってるんだけど。
でも、私が見た時はここに倒れてて。 だからよくわからないんだけど?」
「川沿いに歩いたって? なんてことを!」
ススキの声を聞いたさなえが起き上がった。
「あ、ススキさん。」
「さなえちゃん、寝てなさい。 起きなくっていいのよ。」
「私、川の横を歩いて、そしたら誰かが帰れって言って。
その誰かの向こうからいっぱいの声が聞こえてね。」
「夢を見たんだね、さなえちゃんは。
さなえちゃんが川沿いに歩くなんて、そんなこと、するはずないもの。
悪い夢を見たのよね、きっとそう。」
「でも、私。」
「さあ、夢のことは忘れて。 ゆっくり寝ましょうね。」
ボタンはススキに促されてさなえに布団をかけた。
「ボタン、もしさなえちゃんが起きて川の話をしたら夢だと言い聞かせるのよ。」
「どうしてですか?」
「それがさなえちゃんのためだからよ。
この村にいられなくなるかもしれないから。 わかったね。」
「はい。 でも、どうして?」
「それは知らなくっていいことよ。 とにかく、言う通りにしてちょうだい。」
「はい。 わからないけど、そうします。」
「絶対だからね。」
そう言ってススキは急いでどこかに走っていってしまった。
「どうしたんだろう? なにがあるんだろう?
ここにいられなくなるってどういうことなんだろう?」
ボタンは納得はできなかったが、それを知ろうとすることはダメなんだということは理解した。
「さなえが倒れたって!?」
さく と いね がボタンの家に息を切らしながら走りこんできた。
「わざわざ畑にススキさんが知らせに来てくださったんだ!」
二人はただたださなえを心配しているようだった。
「もう大丈夫なんですけど、ゆっくりした方がいいだろうって、ススキさんが。
だから横になったら、よほど疲れたのか、また寝ちゃったんですよ。」
「ああーーよかった!!
ススキさんがね、さなえが悪い夢を見たみたいって言って。
明日は畑に行かずにさなえについてやったらいいって言ってくださってね。」
「そう。 だからよほど具合が悪いのかと思って、走ってきたんだよ。」
「安心したわ。 ボタンちゃん、お世話になって。 ありがとうね。
このまま背負って家に連れて帰ることにするね。」
「そうだな。 これ以上ボタンさんに迷惑はかけられないからな。」
「別に迷惑じゃないですよ。」
「ありがとう。 でも、連れて帰るよ。」
さくはさなえを背負って、ボタンにお礼を言って家に帰っていった。
ボタンは混乱していた。
ススキさんはわざわざ畑まで行ってさなえちゃんが『悪い夢』を見た と言っている。
さなえちゃんが本当に見たものはなんだったのか?
本当に誰かがいたのか、それとも本当に誰もいなかったのか?
ボタンは思い悩んだ。
「そうだ!」
ボタンは遊鬼の言葉を思い出した。
『困ったことがあったら世話人に相談するさ。
世話人が力になってくれるはずさ。
もし、どうしてもだめな時は、この遊鬼に連絡するさ。
心の中であたしに呼びかけたら伝わるさ。
お前は一人じゃないさ。』
ボタンは思い切って遊鬼に相談することにした。
・・・遊鬼様、お願いです。 村に来てください。
村に来て私の話を聞いてください。
遊鬼様、どうしていいのか、 お願いします・・・
ボタンの想いは遊鬼に届いた。
・・・どうしたのさ?
・・・遊鬼様、 どうしたらいいのか、わからないことがあって・・・
・・・すぐ行くさ・・・
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
閻魔大王は頭を抱えた。
ヨミが勝手に締鬼になって二人の女を鞭で打ったと思ったら、同じ二人を今度は奈落が実験体として新しい壺に入れて消してしまった。 それもムクロが奨励し、ゴクも黙認したからだった。
いくら何でもやりすぎだと閻魔大王は考えた。
その二人はもちろん罰を与えるに価するだけの罪を犯していた。
しかし、最初は被害者だったことを忘れてはいけない。
そこが一番肝心なところなのだ。
それを忘れて、結果だけを見て断じていることに閻魔大王は違和感を覚えていたのだった。
実験を許したのは、いや、許したというより奨励したといっていい、それは確かに自分だ。
罰を与え、その方法も一任したのも自分だ。
しかし、今回は見過ごすことができない。
そうやってかかわった者すべてのものを納得させることができるのか、そればかりを考えていた。
・・・大王様、どうされました?・・・
「ああ、関所守か。 ちょうどよかった。」
・・・それはまた、なにがありましたでしょう・・・
「奈落のことじゃ。 困ったことじゃ。」
・・・直接お話をされた方がよろしいかと存じます・・・
「やはりお前もそう思うか。」
・・・大王様なら結果を覆す技をお持ちですから、どうにでもなりますでしょう・・・
「結果を覆す? よみがえらせるということか!」
・・・はい。 それも一つかと・・・
「なるほど。 しかしそれは摂理に反するのではないのか。」
・・・反した摂理を正常化させるとお考えになってはいかがでしょうか・・・
「お前。 ゴクに似てきたのではないか?」
・・・ははは それはまた。 そうかもしれませんね・・・
「わかった。 このことにかかわった者すべてを呼べ。」
・・・わかりました・・・
閻魔大王からの呼び出しに従って、まずゴクが呼び出された。
「どうして私が呼ばれたのかが理解できません。」
「お前は二人の女の処置を決定した。 その経緯を聞きたい。」
「私は二人を炎鬼に渡しただけのことです。
その後のことは炎鬼に任せています。 それだけのことです。」
「しかし、二人を奈落が実験体として使うことを知っていたのではないのか?
それはその時点になって知っただけで、事前に知っていたわけではありません。」
「炎鬼が氷鬼に送り、そこでヨミが締鬼になって、それから奈落に実験体として渡したことを
どのように考えるのか。」
「私は皆の判断を信頼しています。
それが何であろうと信頼なくして送り出すことはできません。
大王様も皆を信頼してくださっていると思っております。」
「それはそうだが。 お前はいつも返事に困ることを言う。」
「そうですか。」
「まあ、いい。 わかった。 戻りなさい。」
「はい。」
ゴクは大王様に一礼をして戻っていった。
次にはヨミが呼ばれた。
「大王様、最初に私、謝ります。
勝手に締鬼になったこと、申し訳ありませんでした。
でも私、たまには締鬼として活躍したいってずーーーっと思っていたんですよ。
だから大王様には申し訳ないけど、久しぶりにすっきりしたんですよね。」
「お前という奴は、まったく。」
「だって私、せっかく締鬼になったのに、その技を使えないなんて不公平です!
これからもたまには締鬼になって鞭を振り回したい!!」
「しょうのない奴だ。」
閻魔大王は謝るどころか不満を漏らすヨミにため息をついた。
「もう、いい。 戻りなさい。」
「大王様、私の望みはどうなるんですか?」
「え? ああ。 それは 考えておく。 いいからもう戻りなさい。」
「はーーーい。 じゃあねえーーー。」
ヨミは大王様に軽く手を振りながら戻っていった。
次はムクロがやってきた。
「なにか御用でしょうか。」
「二人の女の事じゃ。 奈落から実験体の話を聞いた時、お前が二人を勧めたと聞いたのだが?」
「はい。 私が言いました。
二人は極悪犯罪の主犯で、どうしようもないと聞いていましたので、ちょうどいいかと思いました。」
「実は二人は最初は被害者だったことは知っているのか。」
「え? 知りませんでした。 そうだったんですか。」
「そして奈落の実験のせいで二人が『消された』ことも知っているのか。」
「え? そうだったんですか。 全く知りませんでした。
そんなことになるとは聞いていませんでしたから。」
「それを知ってどう思うか?」
「そうですね。 奈落は実験のことしか考えていなかったと思います。
私も二人のことをゴクに確かめることをしませんでした。
責任は私にもあります。 参の関所の番人を辞めさせていただきます。」
「そこまで言うなら、もしこのわしが二人をよみがえらせたとしても問題はないな。」
「よみがえらせる? そんなことができるのでしょうか。」
「わしを誰だと思っておるのだ。
お前たちの技すべてを覆すことくらいできなくて閻魔大王は務まらんわ。」
「す すごい。 大王様の 御随になさってください。」
「言質をとったぞ。 では戻りなさい。」
「はい。 よろしくお願いします。」
ムクロは深く頭を下げてから戻って行った。
氷鬼が眠そうな顔をしてやってきた。
「せっかく静かに眠っていたんですよ。 私にとっては至極の時間だったのに。
関所守が大王様の処に行けって。 なんでしょうか。
私には呼び出される理由は思い浮かびませんが。」
「お前はヨミに締鬼としての場を提供したであろう。」
「え!? ああ。 まあ。 そう でしたか?」
「ごまかそうとしても無駄じゃ。 お前がヨミのところにまで出かけて行って声をかけたことは
わかっている。 どうしてそんなことをした。」
「ヨミの力がもったいないじゃないですか。
本人だってたまには締鬼になりたいって言っていたし。
それを叶えるのも仲間としての仕事ではないかと。」
「馬鹿者!! 締鬼になるとヨミは数日動けなくなる。
それほど激務なのだ。 それをわかってそのようなことを言っているのか!」
「え? そうだったんですか。 じゃあ、今壱の関所はどうなっているのですか。」
「ゴクが務めておるわい。」
「そうなんだ。 知らなかった。」
「考えもなく勝手なことをしおって。 この馬鹿者が!」
「申し訳ありませんでした。 今後このようなことは致しません故お許しください。」
「わかれば良し。 戻って休むといい。」
「はい、ありがとうございます。 では、失礼します。」
氷鬼は恐縮した様子で戻っていった。 もう一度眠ることができたかはわからない。
最後にやってきたのは奈落だった。
実験にも成功して、閻魔大王に直接褒められると思って悠々とやってきたのだった。
「奈落、お前は今回のことをどのように考えているのか。」
「はい。 大王様。
俺としては実験も成功して、あの壺を新しい俺の『武器』として役立てたいと考えています。
老人はあっという間に蟲鬼が肉を喰いつくし、骨もすぐに泥になりました。
若い者は時間がかかったけれど、ちゃんと肉は蟲鬼が喰いました。
反省のない者は早く、反省した者は蟲鬼はためらいましたが、本人の希望で同じ罰にしました。
骨もゆっくり泥になりました。
年齢の違いや反省の度合いでの違いも分かって、実験は大成功と言えます!」
「お前はあの二人が最初は被害者だったことを知っていたのか。」
「はあ? 重罪の主犯と聞いてますけど?」
「最後は確かに犯罪を主導する立場にあったが、きっかけは男に騙されたことにある。
それをお前は確かめることもなく『処理』してしまったのだ。」
「今更そんなことを言われても。 俺にはどうしようもないことで。」
「わしがあの二人をよみがえらせると言ったら、お前はどうする。」
「そんなことができるんですか。」
「わしは大王だからな。
で、どうする。」
「んんん・・・。
しかし大王様、最初は被害者であったとしても最後は主犯だったことには間違いはないのです。
それをよみがえらせて無罪放免みたいなことをしたのでは、しめしがつきません。
一定以上の罰は与えるべきだと考えます。」
「それはすだ。 わしもそう考えておる。」
「では、どうされるおつもりで?」
「村の『館』に入れるつもりじゃ。」
「え? あの。
我らの前任者たちが見張り番を務めておられる村の山奥の『館』に、ですか。
なるほど。 その手があったか!」
「『館』に入れる判断はわしとゴクにしかできんからなあ。
お前が思いつかないのももっともなことじゃ。」
「はい。
ゴクはどうして『館』を選ばなかったんだろう?
最初から『館』にしておけば簡単だったのに。」
「最初に『館』に送ることはできん。
村の山の『館』は最終手段じゃ。 罰を受けた結果の心持ちで判断するのじゃからな。」
「そうなのか。
ではそのようにお願い申し上げます。」
「納得したと理解してよいのだな。」
「はい。 大王様の思うようになさってください。」
「うむ。 では、戻りなさい。」
「はっ!」
奈落は踵を返して戻っていった。
閻魔大王はたいそう疲れた様子だった。
・・・大王様、お疲れ様でございました・・・
「ああ、関所守か。 本に疲れたわい。」
・・・よみがえり はいつになさいますか・・・
「早い方がよかろうな。」
・・・では、明日奈落の処に行って壺を預かって参りましょうか。
遠隔では大王様が一層お疲れでしょう・・・
「いいや。 わしが出向こう。」
・・・かしこまりました・・・
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
ボタンに呼ばれた遊鬼は空鬼を連れて村までやってきた。
「なにか困ったことがあるようだな。 私まで連れてこられてしまった。」
「いいじゃないさ。 まあ、一緒にボタンの話を聞こうじゃないさ。」
「あの、実は・・・」
ボタンはさなえのことを話した。
「川沿いの道を歩いたのか。」
「はい。 そこで誰かに話しかけられたらしいんです。
でも、世話人のススキさんは夢だって。 夢だって言うんです。
そんなところに誰かがいるはずがないって。
さなえちゃんは誰かがいたのか、夢だったのか、自分でもわからなくなっているようで。
私も何が本当なのかわからなくて。
それで遊鬼様に本当のことを教えていただきたくてお呼びしたんです。」
「そうか。 あとは遊鬼に任せた。
私が出る幕はなさそうだ。」
空鬼は遊鬼と顔を見合わせてから頷くと、さっさとどこかに飛んで行った。
遊鬼はボタンに向かって、
「じゃあ、あたしと一緒に行ってみるさ。」
「え? 歩くんですか?」
「そんな。 飛ぶのさ。
さ、あたしに捕まって。」
遊鬼はボタンの体を持ち上げて小脇に抱えて飛び上がった。
そして川の上に添ってゆっくりと飛んでいった。
「あたし一人ならさっさと飛ぶんだけど、ボタンがいるからさ。
ゆっくり飛ぶさ。 それでも歩くよりはずうっと速いさ。」
ボタンにとっては初めて見る風景だった。
いつもは家と学び舎の往復だけで精いっぱいで、川沿いを歩くなんて考えたこともなかった。
畑に沿ってゆったりと川が流れている。
その縁には背が高い草がたくさん生えている。
そして遠くに見えていた山が近づいてきた。
遊鬼は地面におりてボタンを下ろした。
「ここからは歩くさ。」
「はい。」
ボタンは今から何が起こるかワクワクしていた。
川沿いにはお地蔵様が立っておられた。
遊鬼はお地蔵様の前でしゃがんで両手を合わせた。
ボタンはその姿を見て慌てて同じようにしゃがんでお地蔵様を拝んだ。
そして立ち上がると遊鬼は、
「ここから先は、本当は危ないからダメなんだけど、ボタンを納得させるために見せてやるさ。」
「え?」
「川の向こうを見るといいさ。」
川はずうっと流れているのかと思ったら、お地蔵様が立っているすぐ先で切り立った崖になっていた。
川は突然滝になっていてゴウゴウと音を立てて水が落ちている。
覗き込んだボタンはあまりの深さにドキッとした。 底が見えない。
「怖い。」
「だろ?
崖の目印としてお地蔵様がここに立ってるさ。
さなえが会った誰かと言うのは、このお地蔵様さ。
さなえが危ないから姿を変えて助けてくれたさ。」
「そうなんだ。」
「世話人のススキが夢だって言ったのは、もうここに来させないためさ。
さなえを心配して言ってくれたのさ。」
「そうだったんですか。」
「この崖のことはさなえに話してもかまわないさ。
でも、次はお地蔵様は助けてはくれないさ。」
「川はそのまま山につながっているのかと思ってた・・・」
「遠くから見るとそうだろうね。
人間がこの滝に落ちたら二度と戻れないさ。」
「鬼だったら戻れるんですか?」
「あたしみたいに罪を犯した人間に罰を与えられる鬼は渡ることはできるけど、村で生まれただけの鬼は
渡ることはできないさ。
滝底に落ちて、自力で這い上がることができれば戻れるさ。」
「じゃあ、遊鬼様は渡れるってことですよね。」
「ああ、まあね。」
「私を連れて行ってもらえませんか?」
「なぜさ。」
「だって、こんな変わった処、行ってみたいじゃないですか! 面白そうだし。」
「お前! 一体何を聞いてたんだ?」
「はい?」
「あたしの話をちゃんと聞いてればそんなことは言わないはずさ。」
ボタンはどうして遊鬼がそんなに声を荒げるのかがわからなくて驚いた。
「私はただ面白そうだなって思ったから、行ってみたいなって、それだけなんです。」
「ボタン、お前、忘れちゃいないのかい? お前は罪人なのさ。」
「でも、もう赦されたんじゃないんですか?」
「お前は何もわかってないさ。 赦されてなんかいないさ。
罪人がこの村で暮らす以上は村の決まりごとは守らなきゃいけないさ。
それができなかったらお前はこの村に住むことはできないさ。」
「住むことができないって、どうなるんですか。」
「消えるのさ。」
「え? 消える?」
「そう。 消える。 体が消えるだけじゃない。 記憶からも消える。
村の者達の記憶だけじゃないさ。あたしの記憶からも消えるさ。
そしてあっちの世で暮らしている、例えばお前の母親の記憶からも消えるさ。」
「そんな、酷い。」
「言っただろ、お前は罪人なんだってさ。
どれだけ反省したところでお前が罪人だということは変わらないさ。
だからこそ、この村の決まりごとはきっちり守らなきゃいけないさ。」
「そんな、窮屈なの、嫌だな。」
「じゃあ、消えるさ。」
「え!?」
「それしかないさ。 もしあたしがお前を抱えてここを飛び越えたとするさ。
どうなると思う?」
「どうなるんですか?」
「お前は滝底に落ちて、再び罪人として罰を受けることになるさ。」
「そう なん です か。」
「二度目の、まして村の掟を破った罪は重いさ。」
「どんな罰をうけるんですか。」
「さあね。 そんな愚かなことをした者は今まで一人もいないさ。」
「一人も?」
「お前は閻魔大王様を裏切ってただで済むとでも考えているのか!」
「閻魔大王様?」
「閻魔大王様のお情けでお前はこの村で暮らせているさ。
村でダメだと決まっていることは、誰がどう言ったってダメなのさ。
今まで通り静かに暮らしたければ決まり事をきちんと守るさ。
さなえも、もし決めごとを守らなかったら三人とも消えてしまうさ。」
「三人ともって、お父さんとお母さんもってことですか?」
「そう、三人ともさ。 それがわかったらさなえにも話すさ。
そして二度とこの辺りに近づかないように言うんだ! わかったね。」
「わかりました。 さなえちゃんにも話します。」
「わかったら村に戻るさ。」
「はい。 戻ります。」
「空鬼には言わないでいてやるさ。 あたしに出来るのはそれだけさ。」
「すいません、遊鬼様。 ありがとうございました。」
「わかればいいさ。」
遊鬼は再びボタンを抱えて村に向かって飛んで行った。
二人の姿をお地蔵さまと空鬼が並んで見上げている。
二人は姿を消した状態で、遊鬼とボタンの会話をずうっと黙って聞いていたのだった。
「これしか方法が考えられませんでした。
御無理を言って申し訳ない。」
「しかたがない。 私があの子を助けたのだからな。」
「村人にはここには近づかないように、もう一度言って聞かせます。」
「うむ。 山の奥の『館』の主様たちに二度目はないからな。」
「わかっています。」
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
閻魔大王は奈落の元を訪れた。
「このようなむさくるしいところにおいでくださって恐縮です。」
「うむ。 まあ、気にするな。
で、その壺はどこにある。」
「はい。 こちらです。」
奈落が閻魔大王を案内したのは、奈落の空間の端で、臭いが漏れないように仕切りがしてあった。
閻魔大王が仕切りを開けると、ツンとはなをつくような独特な臭いが漂った。
仕切りの向こうには奈落が入るほどの大きな壺が鎮座していた。
「思ったより大きい壺じゃな。」
「はい。 今から活躍する壺なので。」
「そうか。 中にいるのは蟲鬼か。」
「はい。 ここに全部を集めました。」
「そうか。 わかった。
お前は外に出ていなさい。」
「はい。 わかりました。 では、後はお任せします。」
「うむ。」
奈落は仕切りの向こうに出て、仕切りを元に戻してその場を後にした。
閻魔大王は壺の前に胡坐をかいてドカリと座り込んだ。
両手を合わせて指を組み、眼を閉じた。
「===== ~~~~~ ====== |||| >>>>>
^^^^^^^^ ******* +++++ ・・・・・・・」
閻魔大王は長い時間何やらぶつぶつと唱え続けた。 『念術』だ。
よみがえりのためには今までのことを否定し、覆さなければならない。
そのための『念術』を閻魔大王は唱えているのだ。
額にはじっとり汗がにじんで、それから汗は筋を描いて流れるまでになった。
壺の中から蟲鬼たちが列をなして出てきて空間の天上の一つ所に集まった。
蟲鬼たちは羽音も立てずに静かにその場にとどまっている。
「==== ******* ====== ++++
>>>>>> <<<<<< +++==== 」
閻魔大王は休むことなくずうっと『術念』を唱え続けている。
壺の中の泥の一部が塊になった。
そしてその塊は少しずつ形を変えバラバラの骨になった。
骨は泥の表面に浮き上がって組み合わさって二体の人骨とわかるほどになった。
閻魔大王の顔には汗がしたたり落ちている。
しかし、それをものともせずに閻魔大王は『念術』を唱えている。
「++++++ ***** ~~~~~~~~
~~~~ <><><><> <><> :::*::: 」
その声はだんだん大きくなって、仕切りの向こうにいる奈落にも聞こえるほどだ。
奈落は思いのほか閻魔大王の『念術』が長いので、心配になってきた。
しかし仕切りの中に入ることはできない。
ただ仕切りの前をうろうろと歩き回ることしかできなかった。
閻魔大王の帰りがあまりに遅いことを気にして関所守が奈落の元を訪れた。
「大王様はどうしておられる。」
「仕切りの向こうで『念術』を唱えておられる。」
「あれからずうっとか?」
「そうだ。」
「お前たちがいい加減なことをするからこんなことになってしまったんだ。
わかっているのか。」
「わかっている。 でも、どうしようもないじゃないか。
俺でなにかできることがあればやってるさ!」
「そうだな。 大きな声を出して、すまん。」
「いいや。 関所守の言う通りだ。 俺たちのせいだ。」
「繰り返すなよ。」
「わかっている。」
泥の表面に浮き上がった人骨は、まるで『意志』を持つように徐々に立ち姿勢になってきた。
そして周りの泥がその人骨に集まってきた。
泥はだんだんと乾いて硬く固まって、表面が皮膚に変わった。
顔には目鼻もできて、髪の毛もできた。
しかし、すべてが泥でできているので、臭いは壺の中にいる時と変わらない。
閻魔大王は『念術』をなおも唱えている。
二つの泥人形は、二人の女になった。
二人は顔を見合わせて驚いた様子だったが、お互いの無事を喜んで抱き合って泣いた。
涙を流すと顔の泥が流れてしまって顔が崩れてしまった。
二人は慌てて流れた泥をかき集めて顔を形作った。
二人はまだ自分たちが『しっかりとできていない』ことを理解した。
そして泥が固まるまでお互いに触れることを我慢することにした。
泥は固まった。 そして少しだけだが声も出るようになった。
閻魔大王の『念術』はまだ終わらない。
二人は手をつないで閻魔大王の『念術』を聞いていた。
時間とともに自分の体が泥ではなくなっていくことを感じ取ることができた。
泥の塊が二つの泥人形になり、ついに二人の女としてよみがえることができた瞬間だった。
閻魔大王の『念術』はまだ終わらない。
「+++ *** === ~~~ <<< >>>
~~~~~ ***** ====== 」
泥人形から人間の女になって喜んでいたのも束の間、二人の女の体はまた泥に覆われ始めた。
両手を使って泥を拭おうとしても後から後から泥がまとわりついてくるのだ。
体はすっかり泥にまみれてしまっていた。
その上二人は泥にまみれたままで壺に入れられてしまった。
その壺の底から泥が沸き上がってきて、二人は泥の中に埋められた姿になってしまった。
閻魔大王はそれを見極めて『念術』を唱えるのをやめた。
「お前たちは重罪人であることには間違いはない。
しかし、お前たちが初めは被害者だったことも事実である。
それ故、わしの術を使ってお前たちをよみがえらせた。」
女1「でもこんな格好では赦された気がしません。」
「お前たちの罪は赦されるほど軽くはない。
お前たちが傷つけた者達の気持ちが落ち着くまでは赦すことはできん。」
女2「私たちはこれからどうなるのですか?」
「お前たちには、反省し後悔する場所と時間を与えよう。
これから先はお前たち次第じゃ。 答えは自分自身で出すしかない。」
女2「それは一体どういうことなんでしょう?」
閻魔大王はその質問には答えなかった。
「関所守! 関所守! そこにいるのじゃろう。」
「はい。 ここに控えております。」
「この二人は山の『館』に預けることになっておる。
山に飛ばす。 あとは頼む。」
「はい。 かしこまりました。」
閻魔大王が大きく息を吸って、二人に向けて息を吹きかけた。
すると二人の女を入れた壺は渦を巻くように高く浮き上がった。
それを関所守が両腕に抱えて山に向かって飛んで行った。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
村の山の奥には大きなお屋敷がある。
そこには後身に役割を譲った大鬼たちが6人住んでいる。
6人は地獄のどこでも顔パスで出入り自由だ。
出入り自由と言われると逆にどこにも行かず、この屋敷で過ごしている。
ここでは不自由を感じることがない。
木の葉一枚あれば、それが飯にもなり肉にもなり、酒にもなる。
困ることなど何もないということもあって6人は気ままに暮らしている。
そのお屋敷の一角に『館』がある。
それは、体の形が残った罪人たちが最後に送られる場所だ。
『生きなおし』ができる機会を与えられるという口実で送られてくる。
罪人たちは最後に受けた罰の形のままに置かれている奇妙な空間になっている。
昔、炎鬼や氷鬼だった大鬼たちが『監視役』として見張る役を閻魔大王から仰せつかっている。
年老いたとはいえ、鬼の名を与えられた者達なのだからなかなかの迫力もあるし、人間などひとたまりもないくらいの力は十分残っている。
彼らにとっては趣味のような、暇つぶしのような感覚なのだが、しかし罪人を赦さない鬼の正義感は揺らぐことはない。
6人は時には酒を飲みながら、時には笛を吹いたり太鼓をたたいたりしながら役目を果たしている。
その『館』宛てに閻魔大王から急を要する一報が届いたので、鬼たちは驚いた。
「どうやら新しい罪人がやってくるらしい。」
「関所守が運んでくるようだ。」
「女二人が壺に入っているってよ。」
「壺? なんの壺だ。」
「それは・・ 現・奈落が編み出した新しい罰だそうだ。」
鬼達は車座になって、閻魔大王からの手紙を奪い合いながら読み合ってあれこれ話している。
元・奈落、現在は黒鬼は、
「さすがじゃなあ。 あれだけの実力があって尚進化しておる。
お前たちの跡取りたちも見習うことじゃな。」
黒鬼は、その大きな体を揺らして高笑いをした
元・炎鬼は現在は赤鬼、元・氷鬼は青鬼、元・食鬼は茶鬼、元・空鬼は緑鬼、元・遊鬼は黄鬼になってる。現役の鬼と大きく違うところは、皆がスキンヘッドだということだ。
現役との見分け法としてはすこぶるわかりやすい。
しかしその他は現役の時とさほど変わりがない。
計6人の鬼がこの『館』を守っている。
そこに関所守が壺を抱えてやってきた。
関所守は二人の女が入った壺をひとまず自分の横にゆっくりと下ろした。
そして6人の鬼たちに深く一礼をした。
「おお、関所守ではないか。 久しぶりじゃのお。」
「御無沙汰いたしております。 皆さま御変わりございませんようで、なによりです。」
「世辞はいい。 それよりその壺はなんじゃ。
奈落が考えて新しく作った と手紙には書いてあったようじゃが?」
「さようでございます。 奈落様が新しくお作りになった罪人に罰を与えるための壺でございます。」
「そうじゃろうな。 わしらにもそれくらいはわかる。
それにしても悪臭が。 酷いが、何が入っているのだ?」
「はい。 蟲鬼の排泄物と人間の肉、そして骨が泥になって入っております。
奈落様がお作りになった壺には蟲鬼がたくさん入っておりますが、この壺には蟲鬼はおりません。
蟲鬼がいなくても人間には排泄物と泥で臭いによる辛さも与えられますし、泥が動くことで
体を締め付けて痛みを与えることもできます。
これは閻魔大王様の判断によるものでございます。」
「そうか。 大王様のご判断ならわしらは文句はない。」
「それにしても中にいるのが女二人というのは本当か。」
「さようです。」
「よほどの重い罪を犯したようじゃな。」
「はい。 何人もをだましてお金を詐取したり、窃盗を指示しておりました。」
「そんな奴を生かしたままここに置くのか?」
「最初は被害者だったようで、そのことで大王様が情けをおかけになったのです。
奈落様の処では壺の中で溶けていたのですが、大王様がよみがえらせたのです。」
「さすが、大王じゃな。 よみがえりの術で新しい技を封じるとはな。」
「そうじゃな。 しかし、さすがの大王もお疲れじゃっただろう。」
「さようでございましょう。 それで私がここに参ったのでございます。」
「そうか。 それは、ご苦労じゃった。」
「では我らがこの『館』で預かることにしよう。
これからどうなるかはこの二人次第じゃがな。」
「ほおー、よほど疲れて眠っているのか、恐ろしくて気を失っているのか、二人とも意識がないわい。」
「では『館』の奥に運ぶとしようぞ。
関所守はここでよい。 疲れたであろう。
お前はもう帰りなさい。 あとはわしらが引き受けた。」
「この二人がいつ目を覚ますかもわからんでな。」
「そうじゃ。 お前は帰って大王に『6人が預かった』と伝えるのじゃ。
大王も安心されるじゃろうし、お前もゆっくり休めるでな。」
「それはお気を使っていただいてありがとうございます。
それではこれで帰らせていただきます。
一刻も早く大王様に皆さまがお引き受けくださったことをお伝えしたいと存じます。」
「うむ。 気をつけて帰ることじゃ。」
「では、失礼いたします。」
関所守は安心したように戻って行った。
関所守を見送った6人の鬼たちは壺をそのままにして、二人が目を覚ますまで待つことにした。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「大王様、ただいま戻りました。」
「おお、関所守。 戻ったか。 ご苦労じゃった。」
「なんのこれしき。
6人の方々が快くお引き受けくださいましたことをお伝えに上がりました。」
「そうか。 それは安心じゃ。 あとはあの6人に任せよう。
これからどうなるか、あの二人の心次第ということじゃな。
それで、お前が奥に運んだのか?」
「いいえ。 疲れただろうと私をお気遣いくださって、それでこんなに早く帰ることができました。」
「では、奥に行っていないのじゃな?」
「はい。 『館』の入口に壺を置いて帰って参りました。」
閻魔大王はふうっと小さくため息をついた。
「そうか。 わかった。」
「あの、 なにか。 不手際がありましたでしょうか。」
「いや、 大丈夫じゃ。 遠路ご苦労じゃった。 少し体を休めなさい。」
「はい。 ありがとうございます。 では私は戻ります。」
「うむ。」
閻魔大王は映し鏡に『館』を映すことにした。
『館』では6人の鬼が車座になって大王からの手紙を読みながら話をしている。
「大王からの手紙を読むと、どうやらこの二人は詐欺と窃盗の指示役だったようだな。」
「チラシ広告に騙されて飲み会に行って、酷いメにあったらしいが。」
「そこから先が問題じゃ。
最初が被害者だったとしても、そこから先の行動がとんでもない。」
「同じメにあっても違う道を選ぶ者もいるはずだ。
結局こいつらは最悪の選択をして、周りの者を不幸にしたんだな。」
「まあ、預かる約束をしたから預かるけどよお、 どうなるか、わからんぞ。」
「どうなるかわからんのはいつものことじゃから慣れてはいるが、長くかかりそうじゃわい。」
「まだ目を覚まさんのか。」
「よほど疲れたんじゃろうなあ。」
「奈落の罰も辛かったじゃろうが、よみがえりの術にあうのも疲れるもんじゃからな。」
「それにしても、もうそろそろ起きてもいいころじゃが。」
「「「「「そうじゃなあ。」」」」」
女1「ん ・・・あ・ああ・・・」
女2「ううーーー ああーーー なんかよく寝た。」
女1「起きた? 私も今起きた。 ここ、どこ?」
女2「私も今起きたばっかりだし、ここがどこかなんてわかんないわ。」
女1「ええ? ここはどこ?
相変わらず私たち、壺の中にいるじゃないの。
それも私もあんたも泥だらけで。 それに臭い!」
女2「私も何がどうなっているのか、まったくわからないもの。
それに臭いのは同じだし!」
女1「それはそうだけど。 どうにかしなさいよ。」
女2「どうにかできる訳ないじゃない。」
「お前たち、グダグダなに言ってる。 うるさい。」
女1「わ!! あんたは誰?
ここがどこか知ってるんでしょ? 教えなさいよ!」
女2「ちょっと! そんな言い方よくないんじゃないの。
すいません。 私たち混乱してて。
あの。 ここがどこか教えてもらえませんか。
私たち壺の中に入れられたところまでは覚えてるんですけど、そこから先がどうも。
記憶があいまいで、思い出せなくってなにがなんだか。 だから。」
「教えてやるよ。 ここは『館』と言われている、いわゆる地獄の中にある、まあ監獄 だな。」
「「監獄!?」」
「そうだ! 監獄じゃ。
ここはな、加害者であると同時に被害者でもある者達が収監される監獄じゃよ。」
「お前たちは詐欺と窃盗で周りの者達を不幸にしたことは確かだが、最初は騙されたことも事実だ。
それで、ここで反省する機会を与えられたというわけだ。」
女1「反省したらここから出られる?
この壺、臭いし、二人が入ってて窮屈だし、嫌なんだけど。」
女2「出してもらえるんなら出してもらいたいんですけど?」
「お前たち、誤解をしているようじゃな。」
「ここはお前たちを監視するための場所なのだ。
お前たちの罪が赦されるかどうかを決めるのはわしたちではない。」
女2「では、誰がきめるんですか?」
「お前たちが不幸にした者達が決めるんだ。
お前たちが不幸にした者達がお前たちを赦す気持ちになった時、そしてお前たちが心から十分に反省し
後悔していると判断されたときに、もしかしたら解放されるかもしれんな。」
女1「もしかしたらッてどういうこと?」
「あれを見てみろ。」
鬼達が顔を向けた方を二人が見ると、そこには氷柱に入った男がいた。
苦しそうな表情がここからでもわかる。
女2「辛そう。」
「そうだな。 罰を与えられているからな。」
女2「罰? 罰ですって?
私たちは今まで十分すぎるほどの罰を受けてきたんですよ。
どうしてここに来てまで罰を受けなければいけないんですか?」
女1「そうよ! 痛いし臭いし。 もう十分でしょ?
私たち、十分辛いメにあったと思うんだけど。」
「言っただろ? 十分かどうかを決めるのはお前たちじゃあない。
わしたちでもない。 被害者たちが決めることなんだな。
お前たちがまだ壺にいるということは被害者たちはお前たちを赦していないということだ。」
「そうじゃな。 それほどのことをしたということじゃな。」
「本当ならお前たちは泥になっていたのを最初は被害者だったことがわかって、閻魔大王が情けをかけて
『地獄で生きなおす機会』を与えなすった。
それだけでもありがたく思うんだな。」
女1「地獄で生きなおすって、どういうこと?」
女2「地獄のどこかでやり直せるってことですか?」
「そうかもしれん。」
「うううう ああーーーおおお、ああ」
男のうめき声が聞こえてくる。
女1「あれはなに?
あんなに苦しそうな声を出してるけど?」
女2「あの人も生きなおす機会を与えられた人なんですか?」
「そうじゃな。 痛そうじゃろ?
生きなおす機会が与えられたということは赦されたこととは違うのじゃ。
むしろ、生きなおす資格があるかどうかをここで判断されるということじゃな。」
女2「あの、氷、冷たいだけじゃないのかしら。」
「よくわかったのお、 褒めてやるわい。
あの氷柱はただ水を固めただけのものではない。
小さなつららが集まってできた氷柱じゃからな。 水が溶けた時につららの先が体に当たる。
それであの声が出るんじゃよ。 つららの先が溶けて丸くなれば楽になる。
そのくりかえしじゃ。」
女1「悪趣味!」
「お前たちがやったことは『悪趣味』ですませられることかい。」
女2「それはそうだけど。
でも、あの氷が全部溶けたら地獄で生き直せることになるんでしょうか?」
「さあな。 氷が溶けるのが先か、あの男の体が崩れるのが先か。
それは誰にもわからんから、お前の質問には答えられんな。」
女2「じゃあ、私たちも、わからないってことですか。」
「そうだ。 それは誰にもわからん。 閻魔大王にもわからんじゃろう。
お前たちがどれほどのことをしたのか じゃ。
被害者が一人残らずお前たちを赦す、または忘れる気持ちになればその痛さや臭さから解放される
時が来る。 その時までにお前たちの体がモツかどうかが問題じゃな。」
「それにお前たちがきちんと自分の罪を認めて、罰を受け入れて反省することが前提だしな。
お前たちが反省も後悔もせず、不満ばかりだと望みはない。
おっと! ごまかせると思うなよ。
わしらはお前の心持ちなど、手に取るようにわかるのだからな。」
「そうそう。 わしらはお前たちに罰を与えた鬼たちの大大先輩の老獪な鬼だからな。
体力では劣るかもしれんが、そっちの方はわしらの方が上なのだよ。」
「じゃあ、そろそろ、始めるか。」
「そうだな。 二人が目を覚ましたんだ。 始めよう。」
女1「なにを始めるのよ! 説明しなさいよ。」
「おお、おお。 威勢のいいことよな。
その元気がいつまで続くかな?」
「はっはっは。 それはそれでこっちも楽しみというものだ。」
「「「そうじゃそうじゃ。」」」
6人の鬼は立ち上がって女の方を向いて、一斉に声をあげた。
「「「「「「 はあ====!!!! 」」」」」」
二人は急に泥に締め付けあっれる感覚に陥って、同時に泥の臭いも強くなった。
「「ああ=== あーーーー おおおおおお!!
痛い! やめて。 お願いやめて!! 」」
二人はうめき声を上げたが6人は表情一つ変えないで、また車座になって、今度は酒を酌み交わして宴会を始めた。
「奈落の新しい術の壺に乾杯じゃ!!」
「おおーーー 奈落に乾杯じゃあーー!」
「「「「「 かんぱーーい!!!!」」」」」
閻魔大王は小さくため息をついた。
「やはり始まったか。
まあ、大鬼に任せると決めたことじゃ。」
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
「さなえちゃん。」
「あ、ボタンお姉ちゃん、どうだった?」
「うん。遊鬼様にお願いしてさなえちゃんが行ったところまで連れて行ってもらった。」
「それで?」
「さなえちゃんが言う通り、お地蔵様が立ってたわ。」
さなえはガバッと起き上がった。
「そうでしょ? そうよね。 お地蔵様、いたよね。」
「うん。 でも、さなえちゃんが行ってたのとは違って、道端に立ってたのよ。」
「え?」
「動いたりとか、話したりとかはしなかったわ。」
「そんな・・」
「あのね、さなえちゃんが行った川の向こうはね、すっごくふかーーい滝だったのよ。
それで、体を乗り出して見せてもらったんだけど、落ちたら絶対に上がってこられない処だったわ。」
「そうなんだ。」
「うん。 すっごく深くって、怖いくらいだったわ。
だから、きっとさなえちゃんを助けるためにお地蔵様が声をかけてくれたのよ。」
「そうなのかなあ。」
「そうだと思う.だってお地蔵様は動いてなかったもん。
お地蔵様が、ここから先は危ないから行っちゃダメって。
だからさなえちゃん、もうあんな危ないところに行くのはやめようね。」
「うん。 わかった。」
「あの時私も宿題に気を取られて、さなえちゃんが来てくれたのに放ってしまって。
私が悪かったのよ、ごめんね。
宿題も大切だけど、さなえちゃんの方がもっともっと大切なのにね。」
「ううん。 ちょっと待ってって言われたのに私が勝手に出て行ったんだもん。
わたしが悪い。」
「じゃあ、おあいこ ね。」
「うん。」
「今度宿題が出た時にはさなえちゃんも一緒にやってみる かな?」
「うん!! やってみたい!。」
「じゃあ、一緒にやろう。」
ボタンの気持ちは複雑だった。
さなえには言わなかったことがあったからだ。
生きていた時には嘘なんて日常茶飯事のことだったし、なんとも思わなかった。
嘘に引っかかる方がバカなんだ くらいにしか考えていなかった。
今、自分がさなえに対して申し訳ない気持ちになっていることに自分自身が一番驚いていた。
『私、少しは変われたのかもしれない。』 ボタンはそう実感したのだった。
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
二人の女たちは泥の中でうめいていた。
動くと泥に締め付けられて痛くてたまらない。
それに壺の中で泥が塊になって『泥団子』になった。
『泥団子』は意志があるかのように浮き上がって、狙いを定めるように壺の中の二人の体を攻撃するのだ。 次から次へ体を打ち付ける『泥団子』に二人は体をよじるのだった。
二人が全く動かないでいることなど不可能だった。
痛さと強烈な臭いに二人は顔をしかめていたが、それでも『生きなおす』機会を得るために我慢した。
「ううう んん ぐぐぐうーー 」
女1「ねえ、そこの鬼の人!!」
「鬼の人だってよ! わしらは人じゃあないんだから。」
女1「じゃあ、なんて呼べばいいのよ。」
「そうさなあ。 まあ、大鬼さん でいいんじゃないか。」
女1「じゃあ、大鬼さん。
若くてかわいい女の子二人がこんなに苦しんでるのに、なんとも思わないの?
少しはかわいそうだとあ、楽にしてやろうか とか、思わないわけ?」
「思わないな。
わしらにとっては若いとかかわいいとかは関係ない。
きちんと反省してるかとか後悔してるかとか、それだけだな。」
「お前たち、生きてた時、若くてかわいいことが自慢だったのか?
それしか自慢できることはなかったのか。
人間だれしも年をとる。
お前たちが年上を『おばさん』とか言ってバカにしてるな。
まるで年を取ることが、顔にしわができたり歩くのが遅くなったりすることが巨悪のように。
自分たちよりも数段劣る見苦しい存在であるかの如く だ。
だがな、その人たちも若くてかわいい時もあったのだよ。
当然お前たちもその『おばさん』になる。
お前たちはそのことをわかっていない。」
「『おばさん』はいつも一生懸命に生きてる人が多い。
ダンナのため、子供のため。 自分のことなんて後回しだ。
そんな人がいるからお前たちがのほほんと暮らせていたんだ。
『おばさん』に比べるとお前たちの方がよほど見苦しいな。」
「自分のことしか考えてないからな。
自分が着飾ることや流行を追うこと、かわいいと思われること。
そんなことよりもっと大切なことがあることに気がつく前に死んでしまったってことだ。」
「お前たちの苦しむ声を聞きながら、わしらは美味い酒が飲めるわい。
かわいそうなのは被害者であってお前たちではない。」
「罰を受ける立場の者が一人前の口をきくんじゃない!」
「お前たちは気がついていないようだが、その壺の中には蟲鬼がいないだろう。
それだけでも感謝するんだな、大王に。
蟲鬼がいたらお前たちはもうとっくに喰われてしまっている。
つまり『生きなおす』機会すらなかったんだ。」
「大王は最初は被害者だったヤツに甘い、甘すぎる。
あの男を見ろ。 つららが体に刺さって動けない。
体の方が朽ちてしまっているだろう。 つららよりも先に体が朽ちる。
あいつは被害者意識ばかり強くて加害者だと認める勇気がなかったからな。」
「お前たちもそうなるか、ならないか。 お前たち次第だ。」
「わしらにはもうどうしようもできんということじゃ。
わしらはどうなるかを確認して、それを大王に報告する。
そこから先は大王が決める。 お前たちの体が残っていれば の話だがな。」
二人は青ざめた。
今まさに体が朽ちようとしている男が目の前にいる。
自分たちもそうなるかもしれないと思うと頭の中は恐怖と不安で一杯になった。
「「わああーーーーーーー!!!!!!」」
二人はあらん限りの声で叫び声をあげた。
二人のうめき声を聞きながら6人は酒を飲んでいる。
結構な量を飲んだせいか、足が立たないくらいになって口が軽くなっているようだ。
「あいつは元気でいるじゃろうか。」
一人がポツリとつぶやいた。
「そうじゃな。 元気でいると聞いている。」
「誰から聞いた?」
「風の噂じゃ。」
「今、どうしてるだろうか。」
「立派な鬼になっているはずじゃ。 そのように育てたつもりじゃからな。」
「あの子の力は珍しい。 大王の役に立っているはずだ。」
「そうだなあ。 久しぶりに会いたいのお。」
「わしらも年じゃなあ。 こんな弱気になるとはなあ。」
「そうじゃな。 久しぶりになあ。」
いつの間にか酒の席はしんみりしてきて、その中で二人の叫ぶ声が響いて、山にこだましている。
閻魔大王は6人の様子を映し鏡で見続けていた。
「久しぶりに会いたい か。 奴らにもそんな想いがあったのか。」
閻魔大王は驚いたように小さくつぶやいた。
そして鏡を閉じてから席を立った。
6人が話していた『あの子』とは、ヨミのことだ。
ヨミの母親は鬼だが、父親は人間だった。
父親は村にやってきてヨミの母親と知り合い、惹かれ合って共に暮らし始めた。
母親が子供を身ごもった時、父親は誤って滝に落ちてそのまま消えてしまった。
それを知った母親は狂ったように走り出して滝に向かった。
大きな声で名前を呼んだが返事はない。
自分の声が山にこだまして返ってくるだけだった。
母親はあまりのことに自分を見失ったのか、自ら滝に飛び降りたのだった。
母親は滝の底で産気づいて、そのままそこで赤ん坊を生んだ。
赤ん坊は生まれてすぐに目の前で母親が息絶えるのを見ていた。
そしてこのままでは自分も死んでしまうことを察して崖を上ることを決めた。
赤ん坊でありながら両手両足を使って、少しずつだが確実に崖を上っていった。
上からは容赦なく水が落ちて来て顔に当たる。
それでも本能が崖を上ることが唯一の生き延びる方法だと教えてくれた。
赤ん坊は懸命に、生きるために崖を上ったのだった。
母親が落ちる時の声を聞いたのが酒盛りをしていた6人の大鬼だった。
「誰かが落ちたぞ。」
「人間か。 人間ならそのまま消えるはずなんだが、声が聞こえたということは鬼だな。」
「そうじゃな。 鬼なら上ってくるかもしれんな。」
6人はふらつく足で滝を覗き込んだが、暗くてよく見えない。
暗いからか酒のせいかはわからない。
「上ってきたら助けるか?」
「誤って落ちたのか、自ら落ちたのか、で決める。」
「それはそうじゃ。 自ら落ちた者は罰当たりじゃ。 助ける価値はない。」
「そうだな。 もしそうならわしらが落としてやるわい。」
「上ってくるかどうかもわからんしなあ。」
「そうじゃな。」
あれこれ話していると6人の体から酒が抜けて頭がはっきりしてきた。
もう一度滝を覗き込んだ。
「あ! 誰かが上ってきているぞ!!」
「そうか、上ってきているか。 誰かわかるか?」
「え? まさか?」
「なんだ!」
「赤ん坊だ。」
「そんな馬鹿な!!」
そう言ってみんなが一斉に滝を覗き込んだ。
確かに上ってくるのは一人の赤ん坊だった。
「助けるぞ!」
「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」
赤ん坊は大鬼をまっすぐに見て、頷いた。
それは大鬼たちの言うことを赤ん坊が理解していることを示していた。
「上って来い! こっちに、ほら、手をのばせるか?
わしの手を取れ! そうだ、そうそう、手を伸ばして!」
「よし!! こっちへ来い!!」
赤ん坊は短い腕を伸ばして大鬼の手をつかんだ。 そして、助けられた。
「おおーー これはどういうことじゃ!
生まれたばかりの赤ん坊じゃ。 湯を持ってこい!!」
大鬼たちは大きなたらいに湯を張って赤ん坊を入れた。
赤ん坊は安心したように体をのばしてゆったりと湯につかった。
「生まれたての赤ん坊がここまで上ってきたのか。 大した奴じゃわい。」
「これからどうする?」
「ここで、わしらが育てるのよ!」
「ここで? わしらが? できるのか。」
「それならどうする。 放り出すことはできんじゃろう。」
「村の誰かに頼むという手もある。」
その時赤ん坊が大きな声で泣き始めた。
「泣いたではないか。 この子はここにいたいんだ。
ここでわしらで育てよう。 この子が出ていくと決めるまでここで一緒に暮らそう。」
「そうじゃな。 それしかないかもしれんな。」
それを聞いてかどうか、赤ん坊はピタッと泣きやんで、笑顔を見せたのだった。
「やっぱりここがいいんじゃよ。」
「そうだな。」
大鬼たちは赤ん坊の反応が単純に嬉しかった。
その日から赤ん坊は大鬼と一緒にお屋敷出暮らすことになった。
赤ん坊は大鬼と離れるのを極端に嫌がった。 怖かったのかもしれない。
また一人になるかもしれないと不安だったのかもしれない。
大鬼たちは屋敷の奥の『館』にも赤ん坊を連れていくことにした。
『館』には加害者でありながら被害者でもある者達がやってくる。
常に何人かの罪人が『館』にはごろごろしていた。
赤ん坊は罪人の臭いを嗅ぐと顔をしかめるようになった。
そして歩くことができるようになって、話すことができるようになると、その女の子は送られてくる罪人の罪の深さを嗅ぎ分けられるようになった。
ある日、送られてきた罪人を、『罪の臭いがしない。 無罪だと思う。』と言った。
大鬼たちは驚いたが、誰も本気にしないかった。
それでも毎日女の子が『無罪だ』と繰り返すことに困った大鬼の一人が閻魔大王にその話をした。
閻魔大王は驚いた。 自分が下した判定を年端も行かない女の子が覆すとは前例がないことだった。
閻魔大王は再度その罪人について調査を命じた。
詳細を調べると、完全に陥れられて罪を着せられた者だったことが判明した。
配下の鬼の調査が不十分だったのだった。
閻魔大王はその男を呼び戻して謝罪をした上でそのまま天上界に送ることにした。
しかし、そのような才のある女の子をお屋敷にそのまま置くことはできないと閻魔大王は考えた。
それで閻魔大王は大鬼たちと話し合って、女の子が村の学校で学ぶ気持ちになったら必ず村に預けることを約束させた。
その代わりに大鬼たちは女の子に名前を与えて大切に育てることを閻魔大王に約束させた。
大鬼たちにとってその女の子はそれほど大切な存在になっていたのだった。
その後、女の子は閻魔大王によって『ヨミ』と名付けられた。
村と山という、まさしく『生』と『死』のはざまで暮らした子供にふさわしい名前だということらしい。
ヨミは大鬼からその話を聞いて、村の学校に行くことを選んだのだった。
そして母親の親戚に預けられて閻魔大王の命を受けて、大切に育てられたのだ。
ヨミは自分は必ず『鬼』の名前を勝ち取ることを心に決めていた。
『館』にいた時に、人間は絶対に山に入ることができないことを知った。
もし村から山に入ろうとしただけで人間は消えてしまうことも知った。
自分の父親が誤って崖から落ちて消えてしまったことも、母親が崖から落ちて、滝底で自分を生んだこと、母親は息を引き取ったけれど、自分は自力で一人で崖を上って、大鬼たちに助けられ育てられたこともすべて知らされた。
ただ、母親が自ら落ちたのか、誤って落ちたのかについては誰にもわからなかった。
ヨミはあえてそれを知ろうとはしなかった。
ヨミにとってはそんなことはもうどうでもよかったのだった。
ヨミは学校でも必死で努力をした。
自分は半分は人間なんだということがヨミにそうさせたのだ。
誰もそんなことを気にする者はいなかったし、区別や差別もされなかった。
しかし、ヨミの中には常に『半分は人間なのだ』という気持ちは消えなかった。
だからこそ、人一倍の努力が必要だと考えていた。
絶対に『鬼』の名前を勝ち取ってみせる。
そして自由自在に山に出入りをしていつでも大鬼たちに会いに行ける立場になってみせる。
ヨミの頑張りの種はそれだった。
それぞれに武器がある。
炎鬼は炎、氷鬼は氷、遊鬼は繭、食鬼は胃袋、空鬼は気候、奈落は配下の鬼たち。
他の候補のゴクは知性がある上に自分の体を自由に使いこなして罰を与えることができる。
ムクロは剣鬼になるだろう。
じゃあ、私は、私の特技はなに?
罪を嗅ぎ分けられる能力だけでは罰を与えられないのだから『鬼』にはなれない。
ヨミは考えた。
その時に思い出したのが、大鬼から聞いた話だった。
・・そうだ! 私は生まれたばかりの赤ん坊の時に自力で崖を這い上がったのだ。
ということは私は握力が優れているということではないの?
じゃあ、その力を鍛えればいいんじゃないのか?・・・
それからヨミは握力を鍛えたが、それだけではダメだと思った。
ゴクが同じような力技を使える。
それでは私は成績で負けてしまう。
そして考え出したのが『武器』を使うことだった。
なにか武器を使って罰を与えるというのはゴクはやっていない。
炎でもなく、氷でもなく、剣でもなく、私が使える軽い武器はなにか?
そこで思いついたのが『鞭』だった。
ヨミはひたすら鞭の使い方を練習し続けた。
そしてリボンを鞭に変えて罰を与える技を編み出した。
そのことが認められてヨミは『締鬼』という名前を手に入れたのだった。
いつも明るくふわふわしているように思われているヨミだが、まさに努力の子なのだった。
閻魔大王は壱の関所に向かった。
ヨミの努力とその理由を誰よりも知っているからだ。
「大王様、何か用?」
「ヨミ、久しぶりに屋敷に行って大鬼たちに顔を見せてやったらどうだ。」
「はあ?」
「久しく行っていないのだろう。 大鬼たちも寂しがっているのではないか。」
「じゃあ、私が留守の間、大王様が壱の関所の番をしてくれるのかしら?」
「それは、引き受けよう。」
「へえ、でも、間違えないでくださいよ。」
「うぐっ!!」
ヨミの言葉にさすがの閻魔大王も返す言葉が見つからなかった。
それを見たヨミは楽しそうにカラカラと笑ったのだった。
罪人のなれの果てや、そうなりたくないともがく罪人との対比。
村で暮らせることになっていても罪人だということを思い知らされる出来事など。
ボタンの変化も重ねて書きました。