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ゴクの憂鬱

5番の老人に自分の身の上と重ねて感情移入してしまったゴクがしでかした暴挙。

ゴクの子供の頃になめた辛酸。

2番の女の子の『今』。

閻魔大王が見せるゴクへの優しさと厳しさ。

空鬼の狂気。

これらの要素を合わせて一つの話に組み立てました。



 ゴクは次の者の書類に目を通した。

75歳、男、妻殺し。


 ゴクはため息をついた。

どうしてこの男がここに送られてくるのか?

どう考えてもこの男は炎鬼に引き渡すのが妥当だろう?


 私のところに来るということは何か事情があるのか?

厄介な案件であることはまちがいない。



・・・・・はてさてまたもや難しい案件のようだが

      ゴクは疲れているが大丈夫か?

      難しいようなら途中から大王様にお願いしてもいいんだが。

      まあ、少し様子を見てみることにしようか・・・・・




「弐の関所の適任者はやっぱりゴクなんだな。」


 ゴクはムクロとの会話を思い出した。

「大王様の小言は堪えたか?」

「全然。

 代わりたいものが要ればいつでも代わるまでだ。

 私は一向にかまわんさ。」

「で、何をするんだ?」

「そうだな。  大王専属のお茶くみ係でもやろうかなあ。」

「ほお。 大王様においしいお茶を淹れるのか?」

「ふん。  吐き出すような渋茶をいれてやるわ、  はっはっは!!」

「おまえらしい。

 結局弐の関所はお前にしか務まらないと思っているんだろう?」

「それはどうかな。」

「それはそうと、あの女の子はどうした?

 川を渡った気配がないが?」

「女の子?  ああ、 2番か?」

「そうだ。  渡し場のおババも見ていないと言っていたが?」

「ヤツは『もし部屋』に入れて飛ばした。」

「『もし部屋』か?  もしかして遊鬼の処か?」

「そうだ。  若い勘違いヤロウは『もし部屋』に限る。

 あれは堪えるだろうからな。」

「相変わらず厳しいな、ゴクは。」

「そうか?  そう思うか。

 

 人間は弱い、物理的にな。  弱い生き物なんだ。

 命がけで子供を産む。

 先進国と言われている国でも出産で何人かは命を落とすのだ。」

「そうなのか?」

「命がけで産んで、それで死んでしまった母親はな、

 『お前のせいで私は死んでしまったじゃないか』と言うことはない。

 『お前を残して死んでしまってごめんなさい」と謝るんだ。

 そして子供のことが気になって成仏しようとしない。

 天上界から呼ばれても自ら拒否をするんだ。

 そしていつも子供の傍にいて、何もできない自分を責めては泣く。


 時には気が付いた時には天上界にいたってこともあるようだがな。

 その場合は天上界にある泉の傍に暮らして常に現世に残した子供を見つめている。

 母親とはなんと切ないものかと常々思い知らされるよ。


 だから私は自分を粗末にする者は許せないんだ。

 だから私は2番を『もし部屋』に入れて遊鬼の処に飛ばしたことは間違ってはいないと思っている。」

「しかし、遊鬼だと何をするやらわからんぞ?」

「それを含めての罰だ。 

 自業自得というものだ。」

「せめて理性的な空鬼の処とは考えなかったのか?」

「それはない。

 空鬼の処は穏やかだからな。  罰にはならん。」

「でも、『もし部屋』が消えたら?

 遊鬼は放っておくんじゃないか?  そのまま堕ちるぞ?」

「堕ちるまで「もし部屋」に入れるんだ。」

「そうか。

 やはりお前にしか弐の関所は務まらない。

 弐の関所の適任者はゴクなんだよ。」

「そうでもないさ。」




 通称『もし部屋』

 もちろん 部屋 ではない。

 どちらかと言うと 『繭』だ。

 三途の川の水と賽の河原の小石で造られている。

 たくさんの『念』が練りこまれているので、いったん入ったら出ることはできない。

 ではなぜ『もし部屋』と呼ばれるのか。

 それは、その中では『もし自分が生きていたとしたら、何を手に入れられたか』という事柄を

 あれこれと映像で見せられるからだ。

 生きていないのだから何をどうしたところですべては可能性がない。

 ないとわかっていながら『生きていたら を仮定した将来』を見せられるのだ。

 だから若ければ若いほどそれは辛い時間を強いられることになるのだ。



  「ここはどこ?  ねえ、誰かいないの?

   ここから出してよ。  ちょっと聞いてるの?」  

  「お前が2番かい? お前はここからは出られないのさ。」

  「ねえ、あんた誰?  2番ってなによ?

   出られないってどういうことよ?」

  「お前の呼び名は2番、生きている時の名前はもうないんだからね。

   そしてお前はここでずっと過ごすのさ。」

  「なにを言ってるの?  そんな馬鹿なこと、よしてよ!!」


   2番は両手両足を使って『もし部屋』の内側から出ようともがき始めた。

  「無駄なことはやめるんだね。」

  「ここで一生暮らすなんて、そんなの嫌よ!!!」

  「一生だって?

   お前の一生はとっくに終わってるのさ。

   そんなこともわかっていないのか?」

  「終わってる?  私の一生が終わってるというの?」

  「ああ 終わってるさ。  終わってるからここにいるんだろう?

   自分を大切にしなかった罰をここで受けているのさ。」

  「あ!!」


   2番はゴクの言葉を思い出した。

   『お前の犯した最も深い罪は自分を大切にしなかったことだ。』


   2番は両ひざをついて静かに泣きだした。


   遊鬼はそんなことで『手』を緩めることはない。

   「疲れただろう。  椅子を作ってやるから座るといい。」


   「ありがとう。」


   『もし部屋』の内側の一部が膨らんで椅子になった。

   2番は黙ってそこに座った。


   「じゃあ、始めようか。」

   「なにを?」

   「まあ、黙って見てごらんね。」


   『もし部屋』の内側に華やかな映像が映し出された。

    映像にはおもいきりおめかしをした男女が集まっている。    

    どこかの立派な会場にみんな入って行く。

    会場の前には大きな看板が立ててあって『成人式会場』と書かれている。

   

   「これ、なあに?   もしかして、これ、成人式?

    私、成人式に出られるの?

    ねえ、私、成人式に出ていいってこと?」

   「お前、自分がそう言う立場かわかってないのか?」

   「どういうこと?

    だってこんな風に成人式を見せてくれてるってことは行っていいってことでしょ?」

   「んな訳ないだろ?  お前は死んでんだ、行けるはずないだろうさ。」

   「じゃあ  これは、なんなのよ!?」

   「これはな、もしお前が生きていたらこんな風になっていたかもねってことさ。

    この大勢の中に、ほら、お前がいるのがわかるか?」

   「この中に私が?」

   「ほら、大勢の中に一人だけ。顔があるだろう?」

   「あ!!!」

   「わかったか?  お前以外は顔はない。

    皆ここにいないからな。」

   「そんなことって。」

   「それはそうだろう?  顔があるってことはこっちにいるってことだからな。

    悪いことをしてない者達をお前の都合に合わせて呼ぶわけにはいかないからさ。」

   「そんな、ひどい!」

   「自分を大切にしなかったことへの罰だからな。  ひどいのは当り前さ。

    これからもっといろんなものを見せてやるよ。」

   2番はその言葉に驚いてただ黙って静かに涙を流した。


 「私はね、この瞬間が好きなのさ。

  ここに来た奴が後悔してもしきれないことを思い知って涙を流す瞬間がね。

  それを知ってここにあんたをよこしたゴクもよほど腹が立ったんだろうよ。 

  その『もし部屋』はゴクの許しがないと開かないんだ。

  まあ、閻魔大王様ならできるけどさ。

  勝手にそんなことをしたらゴクのことさ、大王様相手でも怒るだろうさ。

  あきらめるんだね。   はーーっはっはっは!!!」




    ・・・・・あいかわらず遊鬼には困ってもんだ

         いたぶりつくしたら『もし部屋』を小さくして投げて遊んだりするんだからな。

         遊鬼 の 遊 は 遊ぶという意味ともてあそぶという意味で、それを楽しんでる。

         大王様にもたまには注意していただきたいと思うほどだ。

         そんなことをしたら私がゴクにこっぴどく怒られるだろうが・・・・・




 ゴクの部屋に入ってきたのは想像していたのとは違ってどこから見ても好々爺の様相だった。


「さあ、お前がいままでやってきたこと、お前の人生を見せてもらうことにしようか。」

「そんなことよりさっさとワシを地獄に堕としてください。

 ワシは長いこと連れ添った家内を手にかけたんです。

 えらいさんにお見せするほどの人生でもありません。」

「そうはいかん。  私は私のなすべきことをしなければならんからな。」

「そうですか。  ではお任せします。

 ワシの人生なんて、なんも面白くないですよ。」

「面白いか面白くないかは問題ではない。

 お前がどのように生きてきたかをこの目で確かめるためだ。」


 ゴクは合図をすると部屋は一段と暗くなって、壁には5番の若いころの映像が映し出された。


 

  男と妻は職場で知り合った。

  男の一目ぼれだった。

  なかなか誘えない男に業を煮やして、周りがおぜん立てをして初めてのデートをした。

  それから二人は祝福されて結婚した。

  二人はつましく、仲良く暮らしていた。

  二年後、待望の子供が生まれ、二人は幸せの絶頂にいた。

  子供は順調に育ったが、酒気帯び運転の犠牲になって5歳で亡くなった。

  二人は涙が枯れるほど泣いた。

  それからは子供に恵まれることなく二人で支え合って暮らしていた。

  二人は年をとった。

  妻の様子が徐々に変わってきた。  軽度の認知症と診断された。

  妻は自分が認知症だと知って「お父さんに迷惑をかけたくない。」とばかり言うようになった。

  男は仕事を辞めて妻に寄りそうことを決めた。

  それまでの蓄えと年金で二人は小さく小さく暮らした。

  突然、男は倒れた。

  病院に運ばれ余命3か月と言われた。


男は迷った末病気のことを妻に打ち明けた。

  「お父さん、私を一人にしないでね。  

   お願いよ。」

  男は妻の目を見つめた。

  妻の目はしっかりとしていた。



 その言葉を聞いてゴクの顔が変わった。

 


  ・・・・・ゴクの眼付が険しくなった

       何か気になることがあったか?

       


  男は悩んだ。

  認知症の妻を置いては逝けない。

  しかし自分は後3か月しか傍にはいられない。

  考えて考えて、男は決心した。

  時間をかけて部屋の荷物をほとんど処分した。

  アパートはもぬけのからになった。


  アパートの大家に手紙とお金を残してアパートを出た。

  近くの土手に二人並んで夜まで過ごした。

  周りに誰もいなくなったのを確かめて男は妻に手をかけた。

  妻はうなずいてから静かに目を閉じた。


  妻の死を確認してから両手を合わせてから男は自首をした。

  「御迷惑をおかけしてすいません。」

  警察で男はそう言った。

  「なぜ、奥さんをこんなところで殺したんだ?」

  「アパートだと、事故物件っていうんですか? 大家さんに迷惑がかかりますから。

   大家さんには長くお世話になっていますから、迷惑はかけられません。

   お金も大家さんに残してきましたので、部屋の掃除とかに使ってもらってください。

   妻はどうなりますか?」

  「身内はいないのか?」

  「頼れる身内はおりません。  妻は、あの、妻は?」

  「警察で荼毘に伏す。  心配いらん。」

  「ありがとうございます。  よろしくお願いします。

厚かましいお願いなんですけど。」

  「なんだね?」

  「妻のお骨はできれば子供の墓に一緒に入れてやっていただけませんか?

   自分が一緒にいてやられればいいんですけど、そう言うわけにはいきませんから。」

  「それにしても誰かに相談とか、できなかったのかねえ。

   なにも奥さんを殺さなくてもよかったんじゃないのかね。」

  「妻は認知症で、自分の余命は3か月と言われて。

   だから、それでこんなことをしてしまいました。」

  「市や区に相談してくれていれば他に打つ手はあったはずなんだがなあ。

   お骨に関しては約束はできないが、弁護士には一応話しておく。」

  「ありがとうございます。」

   男は肩を震わせて泣いていた。


   警察での男の態度はとても神妙で、刑事たちも同情的だった。

   男の言葉通り、男は吐血をして警察病院に運ばれた。

   安心したからか、疲れたからか、男は3か月を待たずに息を引き取った。

   男は警察によって荼毘に伏された。



 ゴクは5番の様子をずっと見ていた。

男は映像をじいっと見つめていた。

若いころの二人が映った時は嬉しそうに微笑んだ。

子供が亡くなった時は泣いていた。

泣きながら笑い、笑いながら泣く という状態だった。


それからの二人の暮らしを男は静かに見ているだけだった。

晩年の様子になると悲しそうな顔をした。

妻の死には目をそらし、自分の死には頷いた。



 映像が終わって男が言った。

「ワシの罪は殺人じゃから。  閻魔様に厳しく罰するように伝えてください。

 妻はきっと天国で暮らしていると思うから、なにも心残りはないですじゃから。」

「お前の妻はお前に殺されることを承知していたのか?」

「はい。

 認知症と言っても何もかもすべてがわからないということではないですよ。

 行ったり来たり みたいに、わかったりわからなかったりで。

 だからしっかりしている時に二人でよく話してたんですよ。

 お父さんに死なせてほしいって言ったんです。

 それしかないと思って、それでワシの決めたんですじゃ。」


 ゴクは机をバン!!とたたいて立ち上がった。

「それじゃあ、お前の妻な自殺でお前は自殺ほう助ではないか!!」


「それは違います。

 ワシが妻を手に賭けた時は妻は何もわからない状態だったんですじゃから。

 ワシが妻を殺したことは間違いないのですじゃ。」

「そうはいかん。

 ここで待っておれ。

 いいな。  私が戻るまで待っているのだ。  いいな!?」

「はい。ここにいます。」


 ゴクは部屋を出た。

「待鬼!!  待鬼はいないか?」

「はい、ここにおります。  なんでしょうか、ゴク様。」

「私は少しの間ここを留守にする。 

 お前は私が戻るまでここで待機しておくように。」

「はい、かしこまりました。」

「頼んだぞ。」




   ・・・・・ん??  ゴクはどこにいったのじゃ?

        待鬼が扉の前に立っておるではないか?・・・・


 ゴクはまず遊鬼の処に行った。

「遊鬼、ちょっと相談がある。」

「なあに?  ゴクが私に相談なんて珍しいじゃないの。

 なにか知らないけど、面白いことなら手を貸すさ。」

「ある意味面白いかもしれんな。」

「じゃあ、手伝う。

 どうすりゃいいのさ?」

「実は・・・。」

「面白いじゃない! やりたい!!」

「嵐鬼の手も借りねばなるまい。」

「ええーー!!??  あの乱暴者?  苦手。」

「そう言わずに、頼む。」

「仕方ない、乗りかかった船だし、ゴクの頼みだもんさ。」


「ところで2番はどうしてる?」

「最初は成人式の映像を見せてやったさ。

 今はやさしーーい男と出会って結婚してるって映像を見てるさ。

 それから子供を持って幸せな家庭を築いているって絵。

 子供が幼稚園って絵。

 いろいろ用意してるさ。」

「そうか。」

「私は遊鬼さ。  人の気持ちをもてあそぶなんて大好物さ。

 私の気が済むまでやらせてもらうさ。」

「そうか、好きにするといい。

 私は嵐鬼の処に行かねばならん。  じゃあ、後で。」

「任せてちょうだいさ!」



 ゴクは嵐鬼の処に急ぎながら、以前の遊鬼との会話を思い出していた。


「『もし部屋』のことはお前に任せているから細かいことは言うつもりはないが、

 そもそもの目的が、実は違う。」

「はあ?」

「お前が言うように、もし生きていたらこんなことができたかもしれないと知らせる者ではない。」

「じゃあ、なにさ?」

「もし、生きていた時の何気ない日常をもっとたいせつに考えることができていたら違う生き方が

 できていたんじゃないか と問いかけるためのものだったんだ。」

「何気ない日常ってなにさ?」

「例えば、だ。

 子供の頃転んでひざを擦りむいた時、誰かに絆創膏を貼ってもらったこととか。

 いたずらをして怒られた、とか。

 宿題を忘れて叱られた、とか。

 そんなことでもある意味誰かが自分のことを気にかけてくれているんだ と考えられれば

 気持ちが違ったんじゃないか ということだ。」



   ゴクはそう言いながら小さいころ同じ経験をしたことを思い出していた。

   閻魔大王にトコトン怒鳴られて泣いたこともあった。

   優しく頭をなでられたこともあった。

   どんな時でも大王はいつも自分を見ていてくれた。

   その自信が今のゴクを生んだ といってもいい。

   是は是、非は非 と判断できる力を培われた。

   私は大王を怒らせることはあるが裏切ることはない。

   決して裏切ることができない誰かがいるということはとても大きいことだと私は思っている。



「でも、それじゃあ私の楽しみが減っちゃうさ。

 今までと同じにしたいさ。」

「『もし部屋』はお前の手のうちにある。

 今までもお前に任せてきたんだ、 これからもそれは任せる。」

「さすがゴク。  話がわかるさ。

 それはそうと空鬼の処にも『もし部屋』を飛ばしてるんだって?」

「ああ。」

「空鬼だと厳しくしないから罰にならないさ?」

「お前の処には『もし部屋』と言っているが。空鬼には『繭』と言っている。」

「どう違うのさ?」

「お前のところに来るものは、地獄に来るべくして来た者だ。

 空鬼に送る者は違う。

 ここ、地獄に来るべきではない者がやむなく来ざるを得なかった者なんだ。

 本来天上界に行くべき者ではあるが、それは許されなくなってしまった者だ。

 『もし部屋』には 怨念や執念の『念』が練りこまれているが、

 『繭』にはそれがない。  それが大きな違いだ。」

 「ふーーん。 ま、私のところに来るものは私が好きにしていいってことさ。

私はさあ、『もし部屋』でボーリングをしたりビリヤードをしたりして遊んだ後、

  結構薄汚くなったなあ って思ったら炎鬼や氷鬼の処に送り付けるのさ。

  このまえはさ、人をだましたり、いじめたりでさ。

  子供のころから生意気で本気で嫌なヤツだったから食鬼の処に送ってやったさ。

  人を喰ってばかりいたヤツだからさ、喰われる苦痛を味わうといいかなあって思ったさ。」

 「食鬼か。」

 「そうさ。  何回も喰われたらいいのさ。

  でも、空鬼はどうしてるのさ?」

 「任せている。」

 「ええーー?  ゴクは知らないの?」

 「ああ。  任せているからな。」

 「へえーー。  空鬼は特別って感じがするさ。」

 「お前にも任せているだろう? 」

 「あ、そっか!  私も任されてるさ!!  嬉しいさあ!!」

 「そうか。  これからもよろしく頼む。」

 「任せるさあ!!」




「遊鬼にも困ったものだ。」

ゴクは嵐鬼の処に向かいながら小さくつぶやいた。



 ゴクはそれから嵐鬼の処に着いた。

「おお、ゴク。 珍しいじゃないか。

 何か用か?」

「お前に協力して欲しいことがある。」

「ほおーー、協力ねえ。

 まあ、何かはわからんが、お前が俺に頼み事なんて滅多にないことだ。」

「説明する。  私の案はこうだ。

 ・・・・・・・・・。」

「なんだって?  おまえ、本気か?

 まあいい。 面白そうだ。やろうじゃないか。」

「遊鬼が『繭』を投げる。  あとは頼む。」

「あいつとか?  まあいい。」

「そのまま空鬼の処に送ってくれ。  丁寧に だ。」

「難しいな。  俺一人では難しい。  風鬼にも手伝わせよう。」

「任せる。」  


 ゴクは上空に向かって声を張り上げた。

「空鬼、聞いていたか?」


 空鬼は常に宙に浮いて全体を見聞きしているから会話の内容はすでに把握しているはずだ。


「はいすべて聞いております。」

「では、後は頼んだぞ。」

「承知。」

「うむ。」



 ゴクは次は高く飛び上がって天上界にいった。  



「貴様は誰だ!?」

天上界の入口に二人の門番が手に持っている長槍をクロスさせてゴクの行く手を阻んだ。

「私は地獄の弐の関所のゴクだ。」

「弐の 関所 の ゴク?

 え? あ!  ゴク様!

 失礼しました。  今日は何か御用ですか?

 天主様からは何もきいていなかったものですから、ご無礼お許しください。」

「それはかまわん。  私も予告もなく来たのだから仕方がない。

 お前たち

「私が決める というか、天上界に来た者をそのまま入れるだけなんですが?」

「なに!?  送られた者を精査することはないのか?」

「そんなことはする必要がありませんから。」

「では、お前は天上界に自死したものをそのまま精査もせず迎え入れたのだな?」

「自死!?  そんなはずはありません。

 そのようなものはこの天上界には上っては来られません。」

「表面的には被害者でも、あらかじめ承知をしていたとすれば、それは自死と同じではないか?」

「そんな  考えられません。」

「ではこの私が間違えた というのか?」

「そんなつもりはありませんが。

 いずれにしても天主様に聞いてみなければいけません。」

「その必要はない。  あそこにいる、あのばあさんだ。」

「え!?」


 門番が振り向くと、そこには今日天上界に来たばかりのおばあさんが一人ポツント立っていた。


「あの おばあさん ですか?」

「そうだ。 もらっていく。」

「それは困ります。  天主様のお許しをいただかなければ私が叱られます。」

「そんなことはどうでもいい。  時間がないのだ。  早くしなさい。

 ここに呼ぶんだ!」

「え?  あ、はい。」


 門番は急いでゴクに言われたおばあさんを連れてきた。


ゴクはそのおばあさんにささやいた。

「私と共に来なさい。  じいさんが待っている。」

「え?  本当ですか?」

おばあさんは一瞬嬉しそうな顔をしたが、困ったような顔で後ろを向いた。

「誰かいるのか?」

「5歳で亡くなった私の子供が、あそこに。

 私はすぐにわかりました。

 でも、おばあさんになった私のことなんて覚えてはいないでしょう。」

「わかっている。 悪いようにはしない。  私と来なさい。」


「門番!」

「はい。」

「あそこにいる5歳の子供を連れてこい。」

「え?  それはどういう?」

「それはお前には関係ない。  言われた通りにすればいいのだ。」

「え?  あ  はい?」

 門番の一人が子供に近寄ってから手を取り、ゴクに言われた通りに連れてきた。

 ゴクは子供と目線を合わせるように低い姿勢になって子供の目をまっすぐに見て言った。

「門番とここにいなさい。  わかったね?」

 子供はゴクを目をあわせたまま深くうなずいた。


「門番、ごくろう!」


 ゴクはおばあさんの手を握ってそのまま天上界から飛び降りた。


「待ってください!!

 天主様に申し上げなければ、  困ります!!」

「天主殿に言っておいてくれ。

 ゴクが天上界から二人 申し受ける とな!」

「二人?  それはどういう意味でしょうか?」

「今にわかる.さらば!!」

「ゴク様、待ってください!!  困ります!!!」


 ゴクの姿は門番の視界から消えた。

門番は状況が理解できないまま、その場に立ちすくんでいた。



 

 ゴクはおばあさんの手を取ってそのまま部屋の前に降り立った。

扉の前にいた待鬼はばあさんと連れているゴクを見てびっくりしていた。

「待機、ご苦労!」

「あ、はい。」

「持ち場に戻ってくれていい。」

「はい。わかりました。」


 待鬼は少し頭をかしげるそぶりを見せたが、何も言わないでその場を去った。



   ・・・・あ、ゴクが戻っておるわ

       よかったよかった

       これで大王様に叱られないで済むわい・・・・・


 ゴクはおばあさんを連れて部屋に入った。

扉の音に気が付いて5番が振り向いた。

「おおおーー!!」

「まあーー!!」


 二人は駆け寄って抱き合って泣き始めた。


 しばらくして5番が言った。

「罰を受けるのはワシだけで十分ですじゃ。

 ワシが二人分の罰を受けるから、家内は天国に戻してくだされ。」

「そうはいかん。お前の妻は自死なのだ。天上界にはいられないのだ。」 


「お父さん、私はお父さんと二人ならどこでも行きますよ。

 やっぱり二人一緒にいるのが一番幸せですよ。」

「うううーー。」

5番は泣き崩れて四つん這いになっていた。



「立て!!」

「「え?」」

「立て と言ったんだ。  早くしろ。時間がない。」

二人は訳がわからないまま、並んで立った。

「よし!」



 ゴクは小さな穴が開いた『繭』を作って二人を入れた。

「手すりがあるだろう?

 二人ともしっかりつかまっているのだ。

 小さくはあるが穴が開いている。

 振り落とされないように気をつけろ。  いいな!!」

「「はい、わかりました。」」


「遊鬼、嵐鬼、風鬼、頼んだぞ!!」

そう言うと『繭』は遊鬼の処に飛んだ。

遊鬼は『繭』を受け取るとそのまま思い切り天上界めがけて投げ上げた。


嵐鬼が『繭』を受け取ると、風鬼がその穴にぴったりと張り付いて封をした。

嵐鬼が思い切り息を吹きかけて『繭』を巻き込んで竜巻を起こして天上界に送り込んだ。

そこに風鬼が小さな風の渦を作った。

その風に乗って『繭』の小さい穴に5歳の子供が入り込んだ。

子供が入った途端、風鬼が『繭』の穴をふさいだ。


『繭』は次第に勢いを失いながら空鬼の処に下りてきた。

空鬼は思いのほか機敏に『繭』を受け止めた。

それから空鬼は『繭』をどこかに持って行った。



 「関所守!! ゴクはどうした!?  どこにいる!?」

 「これはこれは閻魔大王様。 

  ゴクは一時部屋からいなくなりましたが、すぐに戻ってまいりました。

  今は部屋で自分の仕事をしていると存じますが?」

 「馬鹿者!!!

  ゴクは天上界に行って、あろうことか天上界から二人を連れ帰ってきたわ!!」

 「ええ!!??   そんな とんでもないことをやらかしてしまって、  どうしましょう?」

 「どうしましょうだって?

  お前は何のために守をやっているのだ?」

 「申し訳ございません。

  私はどうすればいいのでしょうか?」

 「もういい!

  お前では話にならん。  わしがゴクと話す!

  ゴクは部屋にいるのだな?」

 「呼びだしましょうか?」

 「わしが行く!」



 閻魔大王がすぐに関所にやってきた。


 「あ!!  大王様!!」

 声をかけたのはヨミだった。

 関所に大王が姿を見せることは滅多にないことだ。

 黄泉は嫌な予感がして、わざと明るく振舞った。

 「大王様、私、何かしでかしちゃったかしら?」

 「お前に用はない。」

 「じゃあ、ゴク?

  ゴクは疲れてるからあまり長居はしないでね。

  それに待合室には順番を待ってる奴がいるんだから。

  お願いね、大王様。」

 「ゴク次第だ。」


 閻魔大王はゴクの部屋の扉を開けて静かに入って行った。

 それから後ろ手で扉を閉めた。


 天上界では天主様がその様子を黙って見つめておられた。

 

  ゴクの部屋の扉の向こうではヨミが聞き耳を立てていた。


  関所守は閻魔大王の声を聞き逃すまい と静かにしていた。


 「ゴク!  返事をしなさい。」

 「はい、大王様。  私はここにいます。」

 「お前は自分が何をしたのかをわかっているのか?」

 「はい。  承知しています。」

 「そうか。  では聞こう。

  天上界から二人を連れ去った理由はなんだ?」

 「一人は自死でした。  もう一人はその子供です。」

 「自死とわかった時、どうして大王に報告しなかった?」

 「報告したら、自死したものは川を渡ることができません。

  自死したものは河原で体が朽ちるまで過ごすことになっていますから。」

 「その通りだ。  それがどうした?」

 「それだと二人は離れ離れになってしまいます。」

 「それでは子供はどうだ?  どうして子供まで連れ去った?」

 「子供がいなければあの二人は幸せにはなれません。」

 「幸せ?  幸せだと?

  地獄に堕ちて幸せになれるとでも思っているのか?」

 「思っています。  三人ならどこにいてもきっと幸せを感じるはずです。」

 「お前!!

  本気でそんなふうに考えているのか!?」

 「いけませんか?」

 「火の中にあっても、水の底に沈んでも、氷に閉じ込められても、それでも幸せだと言えるのか?」

 「三人一緒なら、どんなことがあっても幸せだと思います。」

 「5歳の子も か?

  なんの罪もない5歳の子供が、火や水の中に入れられても幸せだと思うと、お前は本当に

  信じているのか?   5歳の子が?」

 「それは・・ それでも散り散りに暮らすより、ずっと幸せだと思いま・・」

 「馬鹿者!!!」


  閻魔大王は怒りに声を震わせながらゴクの言葉をさえぎって怒鳴り散らした。


 「本気で、本当に そう思っているのか!?」

 「すいません。

  私が浅はかでした。

  私の考えが足らず・・・  そこまで考えていませんでした。

  私はただ、三人が一緒にいられる状況が作れれば とそればかり考えていました。

  申し訳ありませんでした。」


  ゴクの言葉を聞いて大王は少しばかり怒りが静まったかに思えた。 


 「法を犯した者を裁く立場にある者が自ら規則を破って、どうするのだ!?

  そんなことで弐の関所の責任者が務まるとでも思っているのか?」

 「すいません。」

 「いいか。  我々は罪人を裁くのだ。

  自らが罪人になることは許されない。」

 「はい。」


 「その上仲間まで巻き込んで。

  それをどう責任をとるつもりか!?」

 「みんなは私が無理やり頼んで、仕方なく手を貸してくれただけです。」

 「それで?  」

 「・・・・・

  まずは天上界に行って天主殿にお会いしてこの度のことを丁重に謝罪したいと思います。

  そして、子供だけは天上界に戻していただけるようにお願いします。」

 それを聞いた閻魔大王は、眼を閉じて首を横に振った。

 「無理じゃな。

  天上界が地獄に堕ちた者を引き受けるとは思えん。

  それにせっかく会えた子供じゃ。  あの親が手放すはずがない。」

 「大王様、それでは私はどうすればいいのでしょうか?」

 「さあ。  どうしたものか。  困ったことじゃ。

  天主が許すかどうかもな。」


  ゴクは閻魔大王の顔を見上げた。

  自分がしでかしたことで大王が困っている様子が見て取れた。

  ゴクは覚悟を決めた。

 「大王様。 私は罪を犯しました。

  規則を守るべき私が規則を捻じ曲げてしまいました。

  私にはここにいる権利はありません。

  私を追放してください。」


 それを聞いた閻魔大王はかッと目を見開いて、そして顔を真っ赤にした。

 「どこまでお前は・・・ 馬鹿者め!!!

  ここを出て行ってどうする?

  どこに行くのだ?

  地獄の掟を破って出て行ったお前の母親の処にでも行くと言うのか!?」


 ゴクは顔をひきつらせて、黙り込んだ。


 「「「 え!?」」」

  

 天主様もヨミも関所守も閻魔大王の言葉に息をのんだ。

 そのことは誰もが知ることではあったが、決して口にしてはいけないことだった。


 閻魔大王も自分の失言に気が付いてハッとした。

 それから静かに、一言、

 「すまん。」

 とゴクに謝った。

 「私には母はいません。」

 

 「そうか。」



 ゴクは子供の頃は幸せだった。

 任務に忠実で優しい父親と、美しい母に囲まれていた。

 ゴクの生活が一変したのは、一人の男が地獄に送られた日のことだった。


 長蛇の列の中にあって、その男の美しさは際立っていた。

 ゴクの母親はその男と目が合った瞬間、心を奪われてしまった。

 真面目な夫と幼い子供との幸せであるはずの自分の暮らしがばかばかしく思えてきた。


 ゴクの母親はその男に魅入られてしまった。  取りつかれたと言ってもいい。 

 それは自分が妻であり母であることを捨て去るほどの情熱だった。

 

 男は重罪を犯して地獄に送られた。

 川を渡ってムクロに引き渡されることは明らかだった。

 時間はなかった。


 ゴクの母親は考えた。

 いかにして男と一緒にいられるか、そればかりを考えた。

 そして隣に眠る自分の夫が利用できることに気が付いた。

 その時にはもう母親の頭には理性と言う者は微塵もなかった。 

 ためらわなかった。

 母親は男を生き返らせるために、ゴクの父親の命を吸い取った。

 それからすぐに男の処に行った。

 「来ると思ってたぜ。」

 男は母親を見てニヤリと笑った。

 母親は吸い取った命を男に与えた。

 それから母親は男と一緒に姿を消した。


 必ず挨拶に来るゴクの父親が顔を見せないことを不審に思った閻魔大王がゴクの元に様子を見にやって 

 きた。

 そこで閻魔大王がめにしたものは、抜け殻になった父親の隣で座るゴクの姿だった。

 今ここでなにが起きているのかを、幼いゴクは理解できないようだった。

 ゴクはただぼんやりそこにいた。


 その時、地獄の門の門番が慌てた様子でやってきた。

 

 「なにがあった?」

 「門を破ったものがおります!」

 「門を破っただと?」

 「はっ!!」

 「門番たちは何をしていたのじゃ!?」

 「申し訳ございません。

  私たちでは太刀打ちできず、破られてしまいました。」

 「それは誰か、わかっているのか?」

 「この家の家主とその妻と思われます。」

 「なんだと? 

  それはありえない。」

 「は?」


 門番が中を見ると、そこには命を吸い取られてしまった皮だけになった男が横たわっていた。

 その変わり果てたおどろおどろしい姿に門番は驚いて、声も出なかった。


 「では、あの二人は、一体誰だったのでしょう?」

 「どういうことだ!?  なにが起きた!?」



 そこに渡し場のおババがやってきた。

 急いで来たようで息が上がっている。

 「大王様  大王様・・・」

 「ゆっくりでよい。何があった おババ?」

 「はい…はあ はあ

  大変です。  地獄にやってきた罪人が一人、いなくなってしまっております!」

 「何だと?  罪人が一人消えただと!?」

 「はい。  一人消えてしまいました。」

 「罪人が消えた。  そしてここにゴクの父親の抜け殻がある。

  まさか!!!」


 「ゴク、母様はどこにいる?」

 「わからない。

  父様がお返事をしてくれないの。

  大王様、父様を元気にして。  おねがい。」


  閻魔大王は全てを理解した。

 ゴクの母親が罪人に夫の命を与えて、逃げたのだ と。


 閻魔大王は門番の一人に、

 「祭壇を準備せよ!  急げ!!」

 「ははっ!!」

 門番の一人が走り去った。


 

  閻魔大王は考えた。

  自分の力をもってして、この抜け殻を煙に変えて消すことはできる。

  しかし、幼いゴクにそれを告げるのは酷に思えた。

  閻魔大王は父親を星に変えることに決めた。

  そして天上界の天主の力を借りて空にいられるようにしたいと考えた。


  最初、天主は 地獄の住人を空に置くことはできない と言って断った。

  しかし閻魔大王は、 幼い子供の為に と言った。

  閻魔大王の部屋にある鏡から空を見ればいつでも父様の星が見られるようにしたい と伝えた。

  

  天主は少し驚いた様子だった。

 「ほお。  閻魔にも情けがあるということか。

  幼い子のためと言われてしまうと、しかたがない。

  星を一つだけ置くことを許そう。 

  閻魔のためではなく、その子のためだ。」

 「感謝する。」


 

 「父様はどこに行ったの?」

 「父様は星になるのじゃ。」

 「お星になるの?」

 「そうじゃ。  星になって空で輝くのじゃ。

  ゴクはどの色が好きか?」

 「ゴクは ええーーっと、 赤色が好き!。」

 「そうか、赤が好きか。

  では父様は赤色の星にしよう。」

 「父様は赤色のお星になるの?」

 「そうじゃ。」

 「お星になったら、もう 父様には会えない?」

 「大王の部屋の鏡を見ればいつでも星が見られるぞ。」

 「でも、見るだけで一緒にはいられない?」

 「そうじゃな。  星は空にあるものじゃ。」

 「お話は?  お話は できる?」

 「ゴクが話しかけることはできるが、父様からは返事はできん。

  父様は星になるのじゃから。」

 「そう。  父様はお星になってお空に行ってしまうんだ。

  もうゴクと一緒にはいられないんだ。」

 「そうじゃ。  わかったか、ゴク?」

 「わかった。」

 ゴクは小さな声でそう答えた。



 閻魔大王は両目をつぶって、両手を合わせて念仏を唱え始めた。


 ゴクの父親の体は少しずつ小さくなって、形を変えて、丸い石になった。

 その石は赤色に変わって、それからだんだん光を放ち始めた。

 ゴクの父親は赤色の星になったのだ。


 「きれい。」

 ゴクはそうつぶやいた。

 「父様のお星はとってもきれい。」


 「そうじゃな。  きれいな星じゃ。」


 周りにいた門番やおババは二人の会話を聞いて静かに泣いていた。

 誰もがゴクを哀れに感じていた。


 閻魔大王は自分の法服の袖を引きちぎってその星をくるんだ。

 それからもう一人の門番に言った。

 「わしが弔いをする。

  祭壇にこの星をまつるのじゃ。」

 「ははっ!!」

 閻魔大王のその行動は、ゴクへの優しさだと誰もがわかっていた。

 

 

 閻魔大王はゴクの手を取って祭壇に向かった。

 そこには父親の訃報を聞いた地獄の住人たちがすでに集まっていた。

 祭壇の中央には赤色に輝く星がまつられていた。


 ゴクは閻魔大王の手を振り払って祭壇に駆け寄った。

 それから祭壇を駆け上って赤い星を両手でつかんだ。

 そして赤く輝く星を見つめたかと思うと、食べ始めた。


 それを見たみんなが「「「あ!!!」」」と声を出して驚いた。

 閻魔大王も驚いて走り寄ってゴクを抱き上げて、ゴクの手から星を取り上げた。


 「ゴク!!  なんということをしたんだ!

  これは父様の星だ。  父様なのだぞ!」

 閻魔大王は激しい口調でゴクを責めた。

 「だって、ゴクは父様といつも一緒にいたいんだもの。」


 「「「 う・・!!!」」」


 ゴクの言葉に誰もが言葉を失った。


 「父様とゴクはいつでも一緒。

  お空を見るだけでは さみしいもん。

  だから一緒にいるために父様のお星を食べたんだ。」

 そう言ってゴクはにっこり笑った。


 屈託のないその笑顔を見て、閻魔大王はゴクを責めることができなかった。

 ただ不憫だった。

 

 天上界からそれを見ていた天主様も驚いたが、ゴクをとがめることはしなかった。

 ただただ憐れに思って、ため息をついたのだった。

 そして、いびつな形をした赤色の星を受け入れて、そのまま空に置いたのだった。


  閻魔大王はゴクの母親に関して箝口令を敷いた。

  誰も何も話してはならん と命じたのだった。


 しかし、『人の口に戸はたてられない』のは人の世だけではない。

 

 幼いゴクを見て、地獄の住人たちはいつもひそひそ話をするのだった。


 「大王様の処にいるのが、ほら、あのゴクって子よ。」

 「へえ。 あの時の子?

  大王様の処にいるの。」

 「何にもしゃべらないで大王様の部屋の鏡をずーーっと見てるらしいわ。」

 「どうして?」

 「空に置いてもらった父親の星を見てるらしいわ。」

 「へえ。  なんだか かわいそうね。」

 「でもね、父親の星を食べたでしょう?」

 「えーー!?  父親の星を、食べたの!?」

 「そう!  いつも一緒にいたいってさ。」

 「それは不憫だけど、なんだか恐ろしい話だね。」

 「それでね、父親の星を見てるときはおなかの中が赤く光るらしいわ。」

 「それ、本当?」

 「さあ、私は見たことないけどさ。」



 「ゴクって、なんも話さないって。

  このままじゃあ、大王様の邪魔になるんじゃない?」

 「大王様も情けをおかけになって後悔なさってるかもしれないわね。」

 「なにせ、人間の男に狂った女だ。

  その血を引いてるんだからね。

  恐ろしい大人になるんじゃないのかね?」

 「大王様に恩を返すどころか、母親みたいに裏切ったりしてね。」

 「そうかもしれんな。

  大王様もあんな子、追い出してしまえばいいのさ。」

 「そうさ。  特別扱いもいい加減にしてほしいよ。」


 「あの子の母親って人間の男に惚れてさあ。

  それで自分のダンナの命を吸い取ってその男にくれてやったんだろ?

  それで二人でここから逃げたんだ。

  本当ならあの子はその見せしめに消してしまえばよかったんだ。」

 「そうだよ。  なんも役に立たない子だろ?  

  我らにとっても邪魔な子だよ。」



「ダンナもダンナだよ。

  人間の男に嫁を取られるなんて、みっともない!」

 「そうそう。  よほど『甲斐性』がなかったんだろうよ。」

 「そうだろうね。  そうじゃなきゃ。

  いくら何でも人間の男なんかに、ねえ。」

 「それまでずいぶんと我慢してたってことじゃあないのかねえ?」

 「そうかもよ。  はーーはっはっはっは!!」




 ゴクが成長するにしたがっていろんな声がゴクの耳にも入ってくるようになった。

 話の内容からおおよそのことが理解できた。

 母が地獄の掟を破ったこともわかってきた。

 大好きだった父様の為に自分ができることは を考えた。


 自分のことはいい。

 掟破りの母親を持ったことは事実だ。

 しかし、父親を侮辱されることは我慢ならなかった。

 父親は被害者だ。

 それなのに面白おかしく話を作って笑い物にしている。

 そのことは絶対許せない とゴクは考えた。


 まず、誰にも負けない知識を身に着けて知性を磨く。

 そして、閻魔大王の右腕と誰もが認める存在になることだ。

 それが大好きだった父親を悪く言わせない唯一の方法だと考えた。

  


 ゴクは地獄にある書物を読破した。

 歴史や法典、言い伝えなど、すべてを頭に叩き込んだ。

 誰に何を聞かれても、論理的に説明することができるようになった。

 時には重鎮と言われる者を論破することもいとわなかった。


 ゴクの存在は次第に誰もが一目置くようになっていた。

 

 閻魔大王は変わっていくゴクを静かに見守っていた。

 そして弐の関所の番人に抜擢した。

 それ以来、ゴクは冷徹にかつ冷静にその任務をこなしてきた。


 今回のように感情に流されて動くということは今まで一度もないことだった。


 閻魔大王はゴクがあの5歳の子供と幼い時の自分とを重ね合わせているのだと気づいていた。

 しかし私情で動くことは許されない立場でもあった。


 

 「追放はせん。  お前のほかに弐の関所を引き受ける者がいないからな。

  それに、今回は自死の者を天上界に送ったヨミにも非はある。

  そして精査をせずにそのまま受け入れた天上界にも落ち度がある。

  かと言って、無罪放免と言うわけにもいかん。」

 「大王様。 では、解任ではないのですか?」

 「謹慎じゃ。  二日間の謹慎を申し付ける。

  滝にでも行ってこい。

  滝に打たれてその頭を冷やしてこい。」

 「そんなことでいいんでしょうか?」

 「ヨミからもゴクを早く復帰させてほしいと言われたばかりじゃしな。

  わしはゴクに甘い といわれているが、まったくその通りじゃ。」

 「すいません。」

 「帰ってきたら今以上に、頼むぞ。」

 「ご期待に添えるよう励みます。」

 「それでよい。」

 

  ゴクは閻魔大王の優しさに触れて少し泣いた。


 「泣くな。  もうよい。

  天上界にはわしから話しておく。

  滝から戻ったら改めて天主に謝るのじゃぞ。

  門番にも だ。  こってり絞られたようじゃからな。」

 「はい。  わかりました。」



  関所守もヨミも『謹慎』の言葉に安堵した。

  天主様も やれやれ といった様子で頷いておられた。


  ゴクはさっそく三途の川の上流にある大滝に向けて旅立った。



   コンコンコン

  「誰じゃ?」

  「大王様、私です。  関所守です。」

  「入れ。」

  「失礼します。」

  関所守は閻魔大王の部屋の扉を開けて入った。

  「なにか用か?」

  「はい。  大王様、 ゴクは大丈夫でしょうか?」

  「なにか気になることがあるのか?」

  「はい。  大王様がゴクを追放も解任もされず安心したのですが、

   ゴクに滝に打たれてくるようにおっしゃいましたね。  

   滝というのは森にある滝のことでしょうか。」

  「そうじゃ。  それがどうした?」

  「森には空鬼がおります。」

  「それがどうした。」

  「空鬼はゴクを快く思っておりません。」

  「なぜじゃ?   訳を知っているのか?」

  「空鬼は森の管理を任されるほど大王様に信頼されているという自負があります。」

  「そうじゃ。  信頼して任せておる。」

  「ですから、弐の関所の番人は自分がなると思っていたようです。

   それが若いゴクが抜擢されましたので、甚くプライドが傷ついたようでした。」

  「そうか。  しかし空鬼には番人は務まらん。」

  「なぜでございますか?」

 


  「ゴクが小さい時は泣き虫で、いつもあの袖にくるまって泣いておったもんじゃ。」

  「ああ。あの。  大王様がゴクの父親の星を包んだ、大王様の法衣の片袖ですね。」

  「父親の匂いが恋しかったのじゃろう。」

  「不憫でした。」

  

  「それが じゃ。

   ある日突然泣かなくなって、書院殿に入りたいと言い出したんじゃ。

   わしは驚いたが、書院殿への出入りを許した。

   そうしたら、どうじゃ。  毎日毎日書院殿にある書物を片っ端から読み始めたんじゃよ。

   それで全部読んで、全部を覚えたんじゃ。

   一言一句違うことなく、じゃ。  驚いた。

   そしてわしにこう言った。

   『大王様、私は大王様にとても迷惑をかけました。

    ですから私は父様に代わって大王様のお役に立つ者にならなくてはいけません。

    そう考えて書院殿にある文献を読破して、すべてを頭に入れました。

    どうかわたしを何かの役に付けてください。

    そして私を父様のように誰もが認める存在にしてください。』

    わしに頭を下げてゴクはそう言ったんじゃ。

    母親についてもいろいろと耳に入っていたのじゃろう。

    ゴクなりに一生懸命に考えて出した答えがそれじゃったんじゃよ。

    それでわしは弐の関所の番人にしたんじゃ。

    番人はな、ゴクのように心に傷を負った者の方がふさわしいのじゃよ。

    罪人ばかりを相手にするんじゃから、相手の気持ちを汲めるものでなければ務まらない。

    ゴクが適任じゃ。   空鬼には務まらん。」


   「でも大王様、今回はゴクが番人でなければ起きなかったことではないですか?

    あの子供と自分を重ねて、それで起こした案件です。」

   「それはそうじゃが。  それでもわしは番人にはゴクが適任だと思っておる。」

   「そうですか。」

   「適材適所と言う言葉がある。

    壱の関所の番人にはあのヨミが適任のようにな。

    ヨミの嗅覚は特別なものがある。

    他の者とは『なんとなく違う匂い』をかぎ分ける能力がある。

    勘 と言っていい。

    その勘は誰にも真似ができないのじゃよ。

    それと同じように、広い知識と論理的に考えをまとめる力はゴク独特の者なのじゃ。

    空鬼もそのことはわかっておるじゃろう。」

   「そうでしょうか。」

   「ああ。」

  


  

  ゴクだけではなく、大滝には誰も行ったことがない。

  川の上流は、閻魔大王の許しを得た者だけが立ち入ることが許されるのだ。

  上流には深い森があって、その奥に集落があると言われている。

  そして古い文献にはその集落には森を守る一族が暮らしていると書かれている。

  ゴクも昔その文献を読んだことはあるが、なにせその森も閻魔大王の許しがないと立ち入ることも

  できないのだから真偽の確かめようもなかった。

  閻魔大王の許しを得た者の前にだけ森は現れる。

  それ以外の者には森は見えず、ただ川が流れているだけとしか思えない。

  森はそれだけ特別な場所だということなのだった。


  今回はゴクは閻魔大王の許しを得ているので、川をさかのぼると目の前に森が現れた。


  ゴクは緊張しながら森に分け入った。

  木々がうっそうと茂っていて、少し寒いくらいだ。

  見上げると、樹木は高くそびえたっていた。

  

  「よし!」

  ゴクは小さくうなずいて高く飛び上がって一番高い木の上に立った。

  周りを見渡すと、今まで見たことがない風景が広がっていた。

  ゴクは深呼吸をした。

 

  「大滝はどこか?」


  360度見渡しても見当たらない。


  「もっと奥に行かないと目ないほど遠くにあるのか。」


  ゴクは木から木へと飛び移りながら森の奥を目指して進んだ。



  「あら、ゴクじゃないですか? お待ちしていましたよ。

   思っていたより早く着きましたね。」

  「え!?」

 

  いきなり声をかけられたのでゴクは驚いて、声の主の方に振り向いた。

  「空鬼?  どうしてここにいる?」

  「大王様の指示です。

   大王様がゴクが来るからここで待つようにって言われたのです。」

  「ここに私が?」

  「はい。 それでお待ちしていたのですよ。」

  「空鬼はこの森に詳しいのか?」

  「まあ、そうですね。  私の管轄ですから。」

  「え!?」

  「ゴクが私に送る『繭』はこの森に運びます。」

  「そうなのか。  知らなかった。」

  「このことは極秘ですから、ゴクが知らないのは当然です。」

  「そんな極秘事項を私に話してもいいのか?」

  「大王様がゴクをこの森に入ることをお許しになったということは話してもいいということです。」

  「そうなのか?

   この森に詳しい空鬼に聞いてみるんだが、滝はどこにあるのか?」

  「滝?  滝とは?」

  「滝だよ。  私は滝に打たれるためにこの森にやってきたんだ。」

  「なんのことだか?

   そんなことより、さあ、参りましょう!」

  「参る?  一体どこに行くというのだ?」

  「大王様にあなたを案内するように申し付かっていますから。 さあ!!」


  そう言うと空鬼はゴクを手を取って飛び上がった。

  そしてそのままぐんぐん森の奥へ奥へと進んで行った。


  「この森はこんなに深いのか!」


  空鬼は慣れた様子でいくつもの山を越えていく。

  ゴクは空鬼に後れを取らないように後に続くのだった。

  

  「着きました。  ここです、大王様にゴクを案内するように言われた処は。

   さあ、ご覧あれ。」

  「えっ!?」





  「ところで、大王様はゴクの母親の居所をご存じなのですか?」

  「わしは知っておる。」

  「ゴクは、それを?」

  「知らんじゃろう。」

  「知らせるおつもりですか?」 

  「そのつもりはない。」

  「ゴクは知りたいのでは?」

  「どうだろう。」

  「そうですね。  もし母親の居所を知ったら、ゴクはどうするでしょう?」

  「母親は消すだろうな。」

  「男ではなく?」

  「男の中には父親の命が宿っておるからの。

   男は仇であると同時に父親の一部でもある。  むごい話じゃ。」

  「もし、ゴクが知りたいと言って来たら、どうなさいます?」

  「その時のゴクの目を見て決める。」

  「そうですか。」





 

  ゴクの目の前に広がっているのは山の頂上に切り開かれた場所にある大きな集落だった。




  「あの集落は一体なんなのか?」

  「大王様は『里』と言っておられますが、私は『繭の里』と呼びます。

   あの集落は弐の関所から送られてきた『繭』にいた者達が送られるところです。」 

  「そうか。  初めて見るよ。」 

  「そうでしょう。」


   

  「この森を見た時に、私はてっきり『森を守る一族』が住んでいるのかと思ったよ。」

  「え?  ゴクは『森の民』をご存じなのですか?」

  「子供の頃、本を読んでね。

   でも、森の存在も本でしか知らなかったし、ましてや本当にそんな一族がいただなんてね。

   驚いたよ。    空鬼は知っていたようだね?」

  「はい。私はこの森を管理をする立場でもありますので。」

  「そうなのか。  私は知らないことが多いようだな。」

  「このことは閻魔大王様と私しか知らないことですから当然です。

   今回は特別にあなたをこの森にお入れしましたが、

   森を出た瞬間にここで見たことは記憶から消えてしまいます。」

  「どうしてだ?」

  「この森はとても大切な場所なのです。

   一族の民は森を守り、水を守り、ひいては地獄の地そのものを守っている存在なのです。

   外に存在を知られることは避けたい と大王様はお考えなのでしょう。」


  「そうなのか。  なるほど。  それで私の記憶も消すということか。」

  「そのとおりです。」

  

  「それで、『繭』に入ってきた者はどこにいるのだ?」

  「森の民とともに暮らします。」

  「なんだと!?

   それで、それはどのくらいになるのか、期間は決まっているのか?」

   

   その質問に対して空鬼は答えるかどうかを少し迷っているようだった。

  「ゴクの質問の答えになっているかどうかわかりませんが、

   ここに来た者達は、成仏するまでここで 過ごします。」

  「成仏?  天上界に行くということか?」

  「罪人は天上界に迎え入れていただくことはできません。」

  「では、成仏とはどういうことなのだ?」

  「この場所から消える ということです。」

  「消える?  それで?  それからどうなるのだ?」

  「それは私たちにはわかりません、というか、決めることができないのです。

   そのまま『消滅』を受け入れる者もいれば、それを拒む者もいるようです。

   その者は現世に戻ることもあると言われてはいます。」

  「え?  それでは生まれ変わる ということなのか?」

  「そうですね。  

   でもここに来た者達は結局は罪人ですから。

   害虫や疎まれる雑草などだと思われます。」

  「思われますって、無責任じゃないのか?」

  「なにが無責任なのでしょうか?

   我々がなすべきことは、『繭の里』に居る間の管理ですよ。

   消えた後のことは我々が手出し口出しすることは許されません。」

  「それはそうだが。

   それで、皆はどのような暮らしをしているのだ?」

  「森の民の仕事を手伝います。」

  「できるのか?」  

  「どのようなことでも最初は初心者ですよ。」

  「それはそうだが。

   ところで、遠くに見えるあの煙はなんだろう?」


   一つ二つ山の向こうに一筋の煙が立ち上っている。

   ゴクは先ほどからその煙が気になっていたのだった。

  「炭焼きです。」

   空鬼はこともなげに言った。

  「炭を焼いているのか?」

  「森を守るためには伐採も必要です。

   それらを炭にしているのです。」

  「ほおーーー。  そう言った仕事も手伝うのか?」

  「そうですね。」

  「炭焼き以外には何をするのか?」

  「森や水を守るための仕事は尽きません。」

  「皆、役に立っているのだろうか。」

  「真面目にやらない者は森の民から私に報告があります。

   上手下手ではなく、一生懸命かどうかが大事です。

   その者はいさかいの元になります。」

  「その者はどうなるのだ?」

  「排除します。」

  「排除?  排除とはどうやって  どうやって排除するのだ?」

  「即座に大王様に引き渡します。」



  「そう言えば以前、あなたが初めてここに送ってきた男がいましたね。」

  「ああ、確か、 脅されてコンビニ泥棒をして、逃げるところを車に惹かれて亡くなった、あの?」

  「そうです、その男です。」

  「泥棒も初めてだったし、なにせ脅されてのことだったからな。

   『繭』に入れて送ったのだよ。  

   あの男はどうしている?   ずいぶん前だと思うが。」

  「大王様に引き渡しました。」

  「なんだって!?」

  「なにを勘違いしたのかは知りませんが、自分の罪は許されたと思ったようでしたね。

   そしてこの森を抜ければ現世に帰ることができると考えたようでした。

   そのようなことは到底できるはずもありません。

   当然、私に見つかりました。

   私を見て、その男は『つい、ちょっとした出来心で。』と言ったのです。

   私はこの 出来心 という言葉がすごく嫌いなのです。

   自分がしたこと、あるいはしようとしたことをごまかそうとしているのです。

   自分は悪くない、それほど悪いことはしていない、だから今まで同様大目に見てね という意味

   で、追従笑いをしてきました。

   私はその顔を見て、即刻大王様に引き渡しました。」

  「そんなことが。」

  「ゴクの判断が間違っているとは言いませんが、人とは人のせいにするものです。

   『皆がやってたから私もいじめをした。』とか、

   『ノリが悪いって言われたくないから盗みをした。』

   『ほんの出来心で盗撮をした。』

   本人が考えるより被害者はずっと深く傷ついています。

   私たちはそれを許すわけにはいかないのですよ。


   


  ゴクは少なからずショックを受けた。

  本来地獄に来るはずのなかった善人たちがいるはずの里から大王様に引き渡される者がいるなんて、

  考えたこともなかったのだ。

  ましてや自分が善人と判断したものがそうなっていたとは考えもしなかった。

  大王様に引き渡されるということは、すなわち地獄の罰を受けるということだ。




  「納得できないようですね?」

  「納得できるできないではない。  理不尽ではないのか?」

  「なぜです?」

  「なぜって、それは その。」

  「彼ら罪人で、地獄に堕ちながらこの『里』にいて成仏する機会を与えられるという特別な処遇を

   うけているのですよ。

   それでいさかいの元凶になるなど、到底見過ごすことはできません。

   即刻大王様に引き渡されて、大王様が裁かれます。」

  「大王様はどのような処分をされるのだろうか?。」

  「存じません。」

  「空鬼も知らないのか?」

  「はい。  存じません。

   それは私の領分ではありませんから知る必要はありません。

   大王様に尋ねたこともありません。」

  「そうか。  私が尋ねもお答えいただけないだろうな?」

  「そうですね。   ゴクが知る必要はないと私も思いますから。」



   実は空鬼はそれを知っている。

   しかし、ゴクには言わなかった。

   自分の判断で『繭の里』に送り出したものが最後にはどうなるのかを知るのは辛いだろうと思った 

   からだ。

   閻魔大王も空鬼同様、特別な処置を受けながらそれを粗末にするものを許さない。

   空鬼は大王に引き渡す と言ったが、実際は空鬼が『排除』と決めた瞬間に大王様はその対象者を

   炭に変えて炎鬼の処に飛ばす。

   炎鬼はそれを燃料として使うのだ。

   『里』にいた者だからこそ、背いた場合は厳しい罰が与えられることになっている。

   このことはゴクが知る必要はない、これが閻魔大王の考えだった。

   


  「ゴク、あなたは冷淡であると同時に冷静です。

   そして論理的に考えて判断なさいます。

   そういう意味ではヨミも同様でしょう。

   いつもひらひらの格好をしてないも考えていないようでヨミの直感は鋭い。

   引っ掛かる何かを感じるその能力は高いと言えます。

   そして自分の勘をヨミは信じています。

   だから弐の関所に送ってゴクにすべてを任せているのでしょう。

   それはヨミがゴクに絶大な信頼を寄せているからなのですよ。

   だから大王様も私たちもあなたは弐の関所の番人にふさわしいと思っています。

   まあ、今回は例外的が行動だと皆驚いていますが。」

  「そうかもしれないな。  

   大王様にも天上界にも迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っている。」

  「そうですか。

   ゴクと私たちが違うところは、 

   すべてのものは罪人で、情けをかける価値はないと思っているということです。

   だからどのような罰を与え、どれほど泣こうがわめこうが心が動くことはありません。」

  「空鬼。  お前は私なんかよりよほど穏やかだと思っていたよ。」

  「私が?  穏やかですって?  

   ふふふ。  私は空鬼ですよ。  穏やかさなんて微塵も持ち合わせてはいないのです。」

  「空鬼。」

  「あなたは法典を元に理性で罪人を判断している。 

   そのうえで『繭』など変則的なことをしています。」

  「でも、それは、」

  「わかっています。  それはずっと昔から弐の関所の番人の仕事の一環とされていて、大王様も

   それを認めておられます。  だから私たちは納得できなくても協力するのです。」

  「そうだったのか。」

  「いいですか? 私たちは感情で動きます。

   そこがあなたとは大きく違います。

   ここに来るものはみんな現世で誰かを苦しめ、誰かを泣かせ、悲しませています。

   それはとてつもなく大きく、深い罪です。

   それに対して私たちは怒りを持って罰を与えているのです。

   現世の人間たちができなかった いわゆる 意趣返し をしているのです。

   平たくいえば、仕返し です。

   辛い想いをした者達に成り代わって、怒りや哀しみややりきれなさをすべて背負って罰を与える  

   ことが私たちに与えられた責務です。

   私たちはそのことを誇りに思っています。

   もっと言えば、大好きなんです。  

   地獄に堕ちた奴らがもだえ苦しむ姿をこの目で見ることが嬉しいんですよ。

   私たち 鬼 と名の付く者達はそれが楽しいのですよ。」

  「皆、そうなのか?」

  「当然です。

   何のための、誰のための鬼なのでしょう?

   私たちは自分たちの責務を淡々をこなしているだけですから。」

  「そうなのか。  もうわかった。」」

  「そうですか。

   わかっていただいてよかったです。   ふふふ。」




  「私が知らないところで、私は皆に迷惑をかけていたということなのか。」

  「迷惑?  迷惑とは、例えば?」

  「だから、あれこれ考えず、さっさとムクロに引き渡せばいいってことなんじゃないのか?」

  「それは違います。

   ゴクが自分の頭で考えて、そして決める。

   だから私たちはその結論を尊重し、協力するんです。

   いいですか?  基本的に私たちはゴクの決定を支持しています。

   ただ、私たちと違って、ゴクは優しいということです。」

  「私は自分が優しいだなんて思ったことはないよ。」

  「そうですか?

   まあ、それはそれでいいとしましょう。

   ところでどうして大王様がゴクをここに案内するように言われたか、わかりますか?」

  「いや、わからない。

   私はただこの森の奥の滝に打たれて頭を冷やせと言われただけだ。」

  「はあーー!?   大王様も『お人』が悪い。

   まあ、大王様は人ではありませんから、性格が悪い が正しいでしょうか。

   はっきり言っておきますが、この森には滝はありませんよ。」



  「え?  そうなのか?  滝はないのか!?」

  「どうしても必要なら大王様にお願いして作っていただきましょうか?」

  「いいや、そんな必要はないが。

   ではどうして大王様は私に森に行け と言われたのか?」

  「それは、今回はゴクがとても気にしている者達がいるからでしょう。

   本来、この森には誰も立ち入ることができないことになっていますからね。」

  「私が気にしている者?」

  「見えるでしょう?

   楽しそうに遊びながら笑っている三人の姿が、見えませんか?」

  「ん?  ああ。  あの三人。

   どうしてあの三人を私が気にするのだ?」

  「わかりませんか?」


   空鬼の言葉を不思議に思いながらゴクは三人をじいっと見た。


  「あっ!!  あの三人は!」

  「わかりましか?  そうです。

   あなたが『繭』に入れて私に送った三人ですよ。」

  「でも、私が送った三人は、違う。

   ・・・・・

   いや、違わない!

   いや、違う。  年が違う。

   私が『繭』にいれたのは年寄り二人と子供だ。

   あそこにいるのは若い夫婦と子供ではないか!

   それも映像で見た、あの年寄りの若かりし時の姿ではないのか?」

  「その通りです。」

  「誰がそんなことを?

   空鬼、お前、あんなことができるのか?」

  「私が?  死者の年齢の操作を ですか?  まさか!  私にはそんなことはできません。

   それがお出来になるのはただ一人、大王様ですよ。」

  「なに!?  大王様が?  私は何も聞かされていない。」



  「そうですか。  では、他の誰がそのようなことができるというのです?」

  「それはそうだな。

   しかし、それはいつのことだ?」

  「それは とは?」

  「あの者達が若くなったのは、いつだ と聞いている。」

  「『繭の里』に『繭』が届いた時には、もうあの姿だったと記憶しています。」

  「ということは?

   『繭』に入ったと同時に大王様が年齢操作をしていたということか?」  

  「そういうことになりますね。」


「それにしても、三人が穏やかに暮らせているようで安心した。」

  「大王様はあの三人の姿をゴクに見せたかったのだと思いますね。」

  「ずっと気になっていたのは確かだ。

   どうしているのか、三人で仲良く穏やかに暮らせているのか とな。」

  「穏やか ねえ。」

  「違うのか?」

  「先ほど私が申し上げたように、ここにいる者達は成仏するまでこの『繭の里』で暮らします。」

  「ああ、覚えている。」

  「あの三人に関しては、もし成仏することがあるとすれば同時に出来るように と

   大王様が天主様にお話をされていましたが、天主様は『そうですか』とおっしゃいました。」

  「それはどういうことなのだ?」

  「三人が同時に成仏できる保証はないということです。」

  「え!?」

  「もし、同時に成仏できなかったらどうなりますか?

   子供が先に成仏したら、あの両親はもう一度子供を失います。

   もし、親が先に成仏したら、子供が親を失くします。

   いずれにしても誰かが悲しいのです。

   ですから私は、あの父親は犯した罪に対して罰を受けるべきだったし、母親は自死の罪で罰を受け

   るべきだった、そしてあの子供は天上界で静かに暮らしていた方が幸せだったのではないか と

   考えています。  私が番人だったらそのようにしたでしょうね。」

  「それは空鬼の考えだろう。

   私は違う。

   少しの間でも親子三人、楽しい時間を過ごすことができたらそれはとても幸せなことでは

   ないか、その時間は何物にも代えられないのではないか と考えてのことだった。

   しかし、どうにかして三人同時に成仏できるようにしていただきたいものだ。」

  「それをお決めになるのは天主様です。

   大王様でも口出しはできません。」

  「そうか。  それでも私はそう願っている。

   天主様もきっとそのようにお考えに違いない と思いたい。」

  「はあーー?  そうか、ゴク、お前は面白い。  はーーっはっはっは!!」


   空鬼は豪快に笑った。





   「大王様は空鬼の様子を映し鏡でご覧になるのですか?」


     『映し鏡』というのは閻魔大王の部屋にある壁掛け型の鏡だ。

     閻魔大王の意志で、鬼たちの様子を映し出すことができる。

     関所守はその鏡を使って空鬼の様子を覗くことを勧めたのだ。



   「それは、ない。

    それはわしが空鬼を疑っていることになる。

    空鬼のことは心配せんで大丈夫じゃ。

    お前はお前の持ち場に戻って仕事をするといい。」

   「はい。  大王様がそう言われるのでしたら私はこれで引き揚げます。」

   「これからも皆のことを頼んだぞ。」

   「承知しております。」


   関所守はそう言うと部屋を出て、自分の持ち場に戻って行った。


  



   ゴクは空鬼の笑い声を聞きながら、ふと考えた。

   私が『繭』に入れた時に、大王が年齢操作をしていたとすれば、あの三人を私が『繭』に入れて

   遊鬼や嵐鬼、風鬼の助けを借りて空鬼の処に送ろうとしていることを、大王様は前もって知ってい   

   たことになるのではないのか?

   それでは、あの時知らなかった風を装って私を怒鳴り散らし、母親のことまで持ち出して、そして

   結局追放も解任もせず、私を『里』に来させたということになる。

   私は大王様の掌で踊らされていただけということか?

   

   私は大王様の優しさと寛大さで許されて、弐の関所の番人でいさせてもらえてるという図になって

   しまっているのではないのか?


   大王!!  


   一時でも大王に感謝をした自分が馬鹿みたいではないか。

   涙まで見せてしまったではないか。


   ああ、なんということか。

   結局滝に打たれることもなく、空鬼には聞きたくなかった話をさんざん聞かされた。


   私に与えられた時間は二日間だけだ。

   それが過ぎると森は消える。

   そしてあろうことかここで見聞きしたことすべてが私の頭から消えてしまうのだ。


   私は大王様の言いつけ通り滝に打たれて深く反省をして弐の関所に戻ったという記憶の元に

   また弐の関所の番人としての役目が待っているのだ。

 

   大王、今回のことであなたの優しさと狡さが私はよーーくわかりました。

   「これからも今まで通り、従いながら逆らいながら弐の関所の番人をやってやろうじゃないか!」

   ゴクはニヤリと笑ってそうつぶやいた。


 

  


  

  


  


  




 

感想を書き送ってくださったFさんへ

 最初に、私のつたない作品をお読みいただきありがとうございました。

 そして感想文を書き送ってくださったこと、感謝しています。

 誰も呼んでくれないんだから とあきらめて放っておいたものでしたが、Fさん存在に背中を押されて

 頑張ってみようかな と考えられるようになりました。

 そして、おかげさまで続きを書いてみようと思うに至りました。

 遅筆な上に時間の自由に取れず、ずいぶん時間がかかりましたが、何とか書けました。

 また感想をお聞かせいただければ幸いです。

 Fさん、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2番の女性罪人にとてもあっている地獄の罰はとても良かった。 自分を大事にして来れなかった分その後の幸せを手放してしまった罪の重さを実感しました‼️ ゴクも真面目に働いていた父親を亡くし母親…
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