父様の想い
森に長老に預けられたゴクの母親は地獄を手に入れるために行動に移す。
閻魔大王は地獄の日常を守るために闘う決意を固める。
形成が降りになった時に現れたのはゴクの父親だった。
「お願いします、長老様。」
「無理じゃな。
お前は夫を殺し娘を棄てたのじゃ、忘れたのか。」
「忘れてはおりません。 ですから長老様の巫女としての立場で辛抱してまいりました。
本来なら私は閻魔大王の右腕として働くほどの実力者だったのです。
その立場に戻り、娘にも会いたいと申し上げているのです。」
「ここにいられるのは大王様の情けじゃ。
ゴクもお前のことは知らされてはいない。
知らせるつもりもない。
お前がゴクの母親ではなかったらとっくの昔に消されているはずじゃ。」
「辛抱できません!」
森の長者は巫女になって自分の傍にいる『女』のまがまがしい怨念に背筋が凍った。
このままでは何をしでかすかわからない。
無理矢理にでも結界を破ってこの世界の均衡を崩しかねない。
森の長者は赤く光る巫女の眼を怖れた。
「大王様に伝えておく。
しかし、ゴクが会いたいというかはわからんぞ。」
「私が会いたいと言えばゴクは会いたいと答えるはずです。
あの子は私の娘です。
私に逆らうことはあり得ません。
必ず大王様にお伝えください。 約束ですよ、長老様。」
「わかっておるわい。」
長老は仕方なくそう答えた。
・・・やはり預かるべ気ではなかったか・・・・
長老は閻魔大王に請われて巫女としてこの女を預かることにしたことを後悔した。
・・なんとも業の深い女だことよのお・・・
「長老、この女をこの森に置いてはもらえまいか。」
「誰じゃな? ん? まさか?」
「そうじゃ、そのまさかじゃよ。 ゴクの母親じゃ。」
「現世に行ったのではなかったのか。」
「一緒に逃げた男を消して、現世でふわふわと浮かんでおったのを連れて帰ったのじゃよ。」
「なぜじゃ?」
「夫を殺し、子供を棄て、女として生きる道を選んだ女をなぜ助ける?」
「それでもゴクの母親じゃ。
ゴクが憎み、そしてその憎しみを持ってゴクを生かし、今のゴクを作った者でもある。
わしらがゴクに黙って消すことにはやはりためらいがある。」
「大王様にとってゴクは特別じゃから気持ちはわからないでもないが、いずれ災いをもたらす
存在になると思うがのお。」
「その時はわしの手で葬る。」
「きっとじゃぞ。」
「うむ。 きっとじゃ。」
「よかろう。 じゃが、あの女に巫女が務まるか怪しいもんじゃな。」
「それでも、じゃ。」
あの時は大王様の勢いに負けて引き受けてしまったが、やはりこんな時がやってきてしまった。
あの女は娘に会いたいわけではないのだろう。
この森を出て自由を手に入れて、そして己の心に従って事を起こすのだろう。
大王様に決着をつけてもらわねばなるまいよ。
「おかえり。 お疲れだったな。」
「ああ、確かに疲れたな。
でも、行って正解だった。」
「そうか。」
「ああ。 自分のやるべきことを改めて認識できたからな。」
「そうか。 それはよかった。」
「いつも気にかけてくれて、すまんな、ムクロ。」
「な、なにを言ってる。
びっくりするようなことを言うじゃないか?」
「そうか? そうかもしれんな。 ウッ!!」
ゴクが急に胸を押さえてしゃがみこんだのを見てムクロは驚いた。
「ゴク、大丈夫か?」
「大丈夫だ。 心配はいらん。」
「しかし、胸が赤黒く光っているぞ。」
「父様だ。 父様がなにか私に伝えているのだろう。」
「しかし、いままでそんな色に光ったことはないだろう。
なにかあったんじゃないのか?」
「さあ、 どう だ ろう な。 う、う、う。」
「少し休め。」
「待たせている罪人がいる。 関所に戻らねばならん。」
「待たせておけばいい。 どうせ罪人だ。」
「そうもいかん。 戻る。」
「相変わらず強情だな。 しかたない。 送ろう。」
「一人で大丈夫だ。」
「強がりはよせ。 送る!」
「わかった。 いつもすまんな。」
「気にするな。」
ムクロはそう言うとゴクを抱えて飛び立って弐の関所に向かった。
弐の関所に着いたゴクは大きく深呼吸をして部屋に向かった。
「ムクロ、ありがとう。 もう大丈夫だ。」
「おお。 俺でよければいつでも頼れ。」
「頼ってるさ。」
「もっとだ。」
「考えておく。」
ゴクは小さく微笑んでからそのまま壁を抜けて部屋に入って行った。
・・・・相変わらずだな・・・・
ゴクが部屋には入ったのを見届けてからムクロは参の関所へ戻って行った。
部屋の前には一人の男が待っていた。
長い時間待たされたせいか男はいらいらしていた。
「86歳 男 病死 か。
そこの者、入りなさい。」
ゴクの命令口調が勘に触ったのか、男は 乱暴に扉を開けて開口一番、
「やっとだな。 ずいぶん待たされた。
お前、ずいぶんと失礼な奴だな。
私がなぜこんなところにいるのか全く理解ができん。
私が誰だかわかっているのか。
こんな風に私に無礼を働いて、ただで済むとでも思っているのか。
黙ってないで何とか言ったらどうだ!?」
「そこの椅子に座れ。」
「なに、座れ だと?
この私に命令するのか!
生意気な! お前、自分を何様だと思っているんだ?」
「お前こそ、この私を誰だと思っている。」
「はあ?
お前のような若造に命令される覚えはない!
私にそんな生意気な口をきくお前こそ自己紹介したらどうかね!」
「しかたがない。」
ゴクは男に指を一本向けた。
男の体は椅子にゴクの指の動きに従って椅子に吸い寄せられるように座ることになった。
男は驚いた。
自分の意志とは関係なく椅子に座っているのだ。
この目の前にいる若造は一体何者なのかを知りたくなった。
「お前は何者だ。
こんな技が使えるということは人間ではないのだな。
この私に向かってこんな失礼な態度を取るとは。
名を名乗りなさい。」
「私は名前はゴク。
お前を天上界に送るか地獄に送るかを決める裁定を下す役を任されている者だ。」
「え!? 天上界か地獄って。
私は何も悪いことをしたことはない。
お前が何を決める必要はない。
私は天上界に尊敬の念を以て迎い入れられるはずだ。」
「それはどうかな。
この関所に来たということは現世での悪行を認められるということだ。」
「何かの間違いだ。 悪行などとは無縁に生きてきたのだ。」
「そうか。 それでは確認することにしよう。」
真っ暗な部屋の壁一体に映像が流れ始めた。
「あっ! あれは私だ。 若いなあ、若かったよ。」
今までとは違って映像が映し出されたことで部屋は明るくなってゴクの姿がはっきりとわかる状態
になったが、男は映像に気を取られてゴクの方を見ようとしなかった。
男はまだゴクの正体に気付いていないようだった。
映像の中の男はずいぶん若く、歩きながら煙草をくわえている。
「そうそう、このころはテレビのタレントの真似をして煙草を吸っていたなあ。
カッコよかったんだ。
もう50年近く前になるよ。
子供が生まれた時に妻に言われて、きっぱり止めたからね。
それ以前の映像だな、これは。 懐かしいなあ。」
男は嬉しそうに若いころの自分の映像に見入っていた。
男は煙草を指に挟むように持ち横断歩道の前で止まっている。
青信号に変わって男はそのまま歩き出した。
煙草を持つ手は下ろしたままで歩き続けている。
向かい側から歩いて来る母娘とすれ違った時、子供の肩に煙草の火が当たった。
女の子はその瞬間顔をしかめてしゃがみこんだ。
男はそのまま通り過ぎた。
母親は驚いて娘に声をかけた。
女の子はただ泣いていた。
母親は訳も分からず、とりあえず娘を抱き上げて横断歩道を渡り切った。
男の姿は見えなくなっていた。
母親が娘を見ると服の肩の部分が焼け焦げていた。
肩には丸い焦げ跡のようなものが見られた。
母親は驚いて、目の前の店に飛び込んだ。
「近くに小児科、ありませんか?」
突然の言葉に店の者は驚いた。
「どうしたんだ?」
「肩に煙草が当たったみたいで、やけどをしているみたいで。」
「ああ、煙草だな。
ほんと、タチが悪い。 歩きたばこだな。
煙草の火が丁度子供に当たるんだ。
近くの小児科、案内してやろう。」
「ありがとうございます。」
店の者は奥に声をかけた。
すると奥から別の者が出てきた。
「なんだい?」
「この子、肩に誰かの煙草に当たったらしい。
小児科に案内してくる。」
「まあ、かわいそうに。 わかった。
先生には私から連絡しておくよ。
早い方がいいからね、お母さん、大丈夫だからね。」
「はい、 ありがとうございます。」
母親は店の者の親切が身に染みたのか、安心したのか、涙が見られた。
病院に着いた二人は、連絡を入れてもらっていたこともあってすぐに治療をしてもらえた。
治療が済んだころにはすでに店の者はいなくなっていた。
店に戻ったのだろうと母親は思った。
「先生、どうでしょうか。 跡が残りますか?」
「どうでしょう。
押し付けられたわけではないとはいえ、煙草の火の温度はお湯の比ではないですからね。
少しは跡が残るかもしれないと考えておかないといけないでしょうね。」
「そんな、酷い!」
母親は跡が残る可能性が高いと言われて、また泣いた。
「お母さん、お辛いとは思いますが、顔や眼ではなかったことは幸いです。
痛みもいずれは収まりますし、お嬢さんの記憶も薄まります。
お母さんが泣いてばかりいてはお嬢さんも泣いてしまいます。
お嬢さんが笑顔になるようにお母さんも無理にでも笑うようにしましょう。
いいですね。 お母さんが笑顔で入ればお嬢さんも笑顔になりますから。
これはとても大切なことです。
お嬢さんのためだと思って笑顔でいましょう。」
「笑顔・・・笑顔です か。」
「そうです。 お母さんがお嬢さんを笑顔にするんですよ。」
「私が、ですか?」
「そうです。 お母さんにしかできない治療ですよ。」
「は い 。」
二人でお出かけ、お買い物 の予定だったが全く違う一日になってしまった。
治療を終えた二人はその足でお世話になったお店に向かった。
「先ほどはありがとうございました。」
「いえいえ、大したことはしてないさね。
先生はうまくやってくれただろう?」
「はい、とても。 いい先生だと思いました。」
「そうだろう。 慣れてっからな。」
「え?」
「多いんだよ、ここの横断歩道。
火がついた煙草を持ったまま渡るヤツが。
うちは横断歩道の前にあるからね、被害者がよく走りこんでくるんだよ。
だから慣れてるっていうか、先生ともツーカーでね。
お嬢ちゃんも元気そうでよかったよ、ね。」
女の子はお母さんの後ろに隠れていたが、いきなり話しかけられて驚いたように頷いた。
「お母さんもわざわざお礼なんかよかったのに、ねえ。」
「そうさね。 その通りさね。
お嬢ちゃんのびっくりしただろうから早く家に帰るといいさね。」
「はい、そのつもりです。
でも、一言お礼を言わないといけないと思って。
先生に連絡をしていただいていたから準備もしていただいていて。
本当に助かりました。 ありがとうございました。」
「気が向いたらまたこの町に遊びに来て、気が向いたら顔を見せてよ。」
「はい。 必ず。
今日はこれで失礼します。 ありがとうございました。」
「いいよいいよ。」
母娘は深くお辞儀をしてから店の外に出て待たせていたタクシーに乗って帰っていった。
店の二人はそのタクシーに手を振りながら見送った。
「そんなことがあったのか。 知らなかった。」
「それでもお前は何も悪いことはしていないと言えるのか?」
「知らなかったし気がつかなかった。
その時に言ってくれればよかったんだ。
そうしたら病院くらい私が連れていくくらいのことはしたんだ。」
「あの状況でお前に声をかけられたと本当に思っているのか?」
「やってできなくはないだろう。
とにかくあの頃はそれが普通だったんだ。 私だけではないはずだ。」
「そうか。 別の映像があるようだな。」
「ええ? 他にも何かあるのか? 信じられんな。」
その頃森の長老の元に龍鬼に乗った空鬼がやってきた。
「長老様。 お呼びと伺いましたので馳せ参じました。」
「すまないね、空鬼。 忙しいのにわざわざこんな遠いところまで来てもらって。」
「とんでもございません。
それで、なんのご用でしょう。」
「これを大王様に渡して欲しい。 なるべく早く頼む。」
長老が空鬼に差し出したのは一通の封書だった。
空鬼はその封書を両手で受け取って懐に入れた。
「承知いたしました。
お急ぎのようですので私はこのまま大王様の処に参ります。」
「そうしてくれるか。」
「はい。 ではこれにて失礼いたします。」
空鬼は長老の後ろに立っている巫女が醸し出す怪しい空気をいぶかしんだ。
長老の顔を見るとその眼の奥にはなにやら強い想いがあることが伝わってきた。
「龍鬼! 頼む。」
龍鬼がすぐにやってきた。
「では長老様。」
空鬼は龍鬼に飛び乗った。
「空鬼、頼んだぞ。」
「はっ!」
・・・・・急がなければ・・・・・
空鬼は何か嫌な予感がした。
「龍鬼、急いでくれ。」
「おう!」
龍鬼は鬣をたなびかせながら大王様の元に急いだ。
映像は先ほどの男が映っていた。
横断歩道を渡った後の様子だった。
男は立ち止まって煙草を深く吸ってから大きく息を吹いて、それから煙草を道の上に捨てた。
その煙草はくすぶったままだった。
しばらくして誰かがその煙草の前で足を止めた。
じっくりと煙草を見てから深いため息をついた。
その人は捨てられた煙草の前の家に入ってしばらくして出てきた。
手には箒と塵取りを持っている。
その人は黙ったままその煙草を箒ではき、塵取りに入れた。
「もう!! どうして私がゴミの片づけをしないといけないのよ!!
いつもいつも。 ふざけてるわ!!
ほんと、頭にくる! ほんと殺してやりたいわ!!!」
その人は人目もはばからずそう言ってから家に入って行った。
「大王様、森の長老様からの封書をお預かりしてまいりました。」
「なに、森の長老からの手紙だと? 入れ。」
「はい。」
空鬼は大王様の部屋の扉を開けて部屋に入った。
大王様は厳しい表情で椅子から立ち上がっていた。
「手紙を。」
「はい。」
大王様は空鬼がいるにも関わらず手紙の封を開けて読み始めた。
その様子に空鬼はただならぬものを感じて背中に汗が流れた。
「うむ。 わかった。」
「それで、私は何をすればよろしいでしょうか。」
「お前は何もせずともよい。
これはわしの問題じゃ。」
「大王様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「うむ。 なにかな。」
「長老様の後ろにいた巫女は一体何者なんでしょうか。」
「長老が何か言ったのか。」
「いいえ。 長老様は何もおっしゃいませんでした。
なにやら怪しいものを感じましたので。
長老様を見張っているような、そんな感じがいたしました。」
「そうか。 空鬼がそう感じたのか。」
「はい。」
「急がねばならんようじゃ。」
「なにを?」
「空鬼は自分の仕事をするとよい。
わしは今から出かける。
関所守!! 関所守!! わしは今から出かける。
しばらくの間、ここを任せる。 頼んだぞ。」
「大王様、いずれにお出かけに?」
「それはお前が知らんでよいことじゃ。
知らん方がいいことじゃ。 後は頼んだ。
ムクロを呼ぶかどうかも任せる。」
「大王様! 御無事で。」
閻魔大王は関所守の言葉に笑顔で応えてから部屋を出た。
関所守と空鬼が部屋を出た時には閻魔大王の姿は既になかった。
「大王様 どうかご無事で。」
「関所守、大王様はどちらへお出かけか?」
「森の長老からの手紙なら、森であろう。」
「森で一体何が?」
「大王様の言葉に従うのだ。」
「それは一体どういう?」
「自分の仕事に戻るのだ。」
「関所守!」
「お前にもこの私にもできることはない。」
「でも。」
「大王様を信じて待つのだ。」
「はい。」
「わかっておるとは思うが、誰にも言うでないぞ。」
「はい。 承知しております。」
関所守は部屋に戻り空鬼は仕事に戻った。
「どうだ?」
「そんなにまで怒らなくってもいいんじゃないのかなあ。
もっと広い気持ちでいてくれれば、そう思わないかい?」
「どこまでも自分本位で、謝罪の気持ちはないようだな。」
「だって君。」
その時男は改めてゴクを見た。
ゴクの体からは赤黒い光が放たれていて、ゴクの体から赤黒い煙がもくもくと湧きあがってきた。
男は驚いて腰を抜かした。 言葉も出なくなっていた。
赤黒い煙はゴクの角を通じて放出され一塊になってどこかに飛び去っていった。
「角? 鬼、だったのか!?」
男は腰を抜かしたまま部屋を出ようとあがいているが足がもつれて歩けない状態だった。
「うおーーーーーー!!!!!!」
ゴクが両手を広げ、天を仰いで叫び声をあげた。
その声を聞きつけたムクロが飛んできた。
「ゴク!!」
ムクロは倒れているゴクを抱き上げた。
ゴクは何の反応もしなかった。
「貴様! ゴクに何かしたのか!?」
「ヒーーーー!! 私はな、なにも・・・」
男は答え切る前に気を失ってしまった。
「なんなんだ! ゴク! しっかりしろ!!」
「う・・ う・・・・」
「ゴク。 よかった。 息がある。」
ムクロはほっとしたが、遠くで聞こえる不穏な爆音に背筋が凍った。
「なにが起きているんだ!?」
その音は空鬼や遊鬼だけでなく、館の大鬼たちの耳にも届いていた。
「何かが起きている。」
異変を察知した鬼たちは、それぞれが自分の空間を守るべく身構えていた。
鬼村にもその音は届いていて、村は真っ黒は雲に覆われてその雲はみるみるうちに大きく厚くなって
まるで村を飲み込むような勢いで広がっていた。
鬼村の住人たちは恐怖に駆られて家に逃げ込んだりみんなで集まったりししていた。
村人たちは暗闇の中、皆抱き合って励まし合いながら震えていた。
「閻魔大王様がきっと何とかしてくださる。
私たちを助けてくださる。」
皆はそう信じて待っているのだった。
閻魔大王は森に向かった。
閻魔大王が森に入ると長老がおびえて立っている。
長老の首には鋭い刃物が向けられているからだった。
刃物を持っているのは長老の巫女を務めていたゴクの母親だった。
「早速のお目見え、痛み入る。」
「お前は一体何が望みだ。
現世でお前を見つけた時、地獄に戻りたいと言った。
その望みを叶えて、地獄の戻した。
地獄を棄てて男の亡者と現世に逃げたお前を、じゃ。」
「それは私がゴクの母親だからか?
それとも私が今でもこのように美しいからか?」
「なにをバカな!
長老には世話になったのではないのか。
バカな真似はやめて刃物を置け。」
「世話になった だと?
この私をこんなむさくるしいところに閉じ込めて、うんざりだ。
私は自由に暮らしたいんだ。
こんな森の奥で暮らすなんて、まっぴらなんだよ。」
「それで、どうしたいのだ。」
「ふん。
大王。 現世でお前と会ったのは偶然だとでも思っているのか。」
「わしの前に姿を見せたのはわざとであろう。」
「知っていたのか。」
「うむ。」
「あの時現世で大王を消してしまうのも考えた。
しかしそれはやめた。
地獄に戻って、地獄で大王を消してしまおうと考えたんだ。
そしてこの私が新しい閻魔大王となって地獄を牛耳ろうと考えたんだ。
どうだ、いい考えだとは思わないか?」
「お前は現世で何人の人間を喰ったのだ。」
「さすが、よくわかったね。」
「お前は母親だろう。 娘の気持ちを考えたことはなかったのか。」
「ないね。 子供なんて、邪魔だったよ。
あの子の父親はバカみたいに真面目でね、つまらない男だったよ。
それに引き換え一緒に逃げたあの人は、おもしろかったさ。
私が一目ぼれしただけのことはあって、不実でね。
あちこちに女を作ってね。
その度に頭にきたからその女たちの命を吸い取ってやったよ。
ついでに浮気性な男も喰らってやった。
これで他の女に眼を向けることはなくなったからね。
何人喰らったかって? 野暮なことを聞くんじゃないよ。
人数なんてわかりゃしない。 数えてないからね。」
「なんということを。」
「人の男に手を出したんだ。 どうせ地獄行きに決まってるんだ。
手間を省いてやったんだ。 感謝してもらいたいくらいだよ。」
「それはお前のやるべきことではない!」
「相変わらずお堅いことだね。
そんなお前より私の方が閻魔大王にふさわしいと思うがね。」
「とにかく長老を離せ!!」
「いいだろう。 その代わり私と闘うんだ!」
「受けて立つ。」
「ほお。 大丈夫かい?
私の体には亡者の男と何人もの女たちの怨念が渦巻いているんだ。
そんな私と闘って、勝てるとでも思っているのかい?」
「勝つ。 わしは閻魔大王じゃ。」
「はっはっは。 年寄りの冷や水だと思うがな。
行くぞ!!」
女は長老を閻魔大王に向けて突き飛ばした。
閻魔大王は長老の体を支えるために闘いに入るのが一瞬遅れた。
その隙を女は逃さなかった。
閻魔大王に向かって体ごとぶつかってきたと同時に刃物を振り下ろした。
閻魔大王は長老を抱えてとっさに背を向けて長老をかばった。
その瞬間に閻魔大王は背をそらしたがな者は閻魔大王の背中をとらえ、刃先が当たった。
「うっ!」
閻魔大王は痛みをこらえて長老を屋敷に運びこんだ。
「長老を頼んだぞ。」
「「「「はい。」」」」
「皆、ここを出るでないぞ。」
「「「「わかりました。」」」」
「大王。 死ぬなよ。 あやつは手ごわい。
一人の力ではないようじゃ。」
「うむ。」
閻魔大王は屋敷の周りに結界を張って出入りができないようにしてから女に対峙した。
女は不敵な笑いを浮かべ、閻魔大王の血がついた刃先をなめていた。
閻魔大王が背中を見せていた時に手を出さなかったのは自信の表れなのだろう。
女の体の中心には男の顔が浮かんでいる。
女と一緒に逃げた亡者が女の体を乗っ取っているようにも思えた。
女の体の周りには女に喰らわれた者達の怨念が渦巻いて、女の姿はすっかり覆われてしまっていた。
その渦はとぐろを巻くように女の周りをうごめいている。
閻魔大王は改めて態勢を整えた。
大きく深呼吸をして次の攻撃に備えていた。
長老が屋敷の中に入って他の巫女たちに守られていることを目の端に捕らえながら、構えた。
その時、森の結界が大きく揺らいだ。
女の中心にいる男が大きく口を開けた。
「があああーーーーーー!!!!!!」
その声をきっかけに周りの女たちが閻魔大王に襲いかかった。
閻魔大王は女たちに囲まれた。
女たちは閻魔大王の背中の傷口から体の中に入ろうと我先に競っている。
閻魔大王は女たちを振り払って引きちぎろうとするが、取り囲まれて身動きが取れないでいた。
結界の揺らぎはどんどん激しくなってついに裂け目ができた。
その裂け目をきっかけに穴が開き、それはぐんぐん大きく広がった。
大きく開いた穴から赤黒い煙の塊が入ってきた。
赤黒い煙塊は、まっすぐに女の処に向かっていった。
その塊は閻魔大王ごと女たちをぐるぐると巻き込んだ。
赤黒い煙の塊は赤い煙と黒い煙に分離した。
赤い煙は閻魔大王を守るように優しく包み込んだ。
黒い煙は女たちを絡めたまま閻魔大王から引き離した。
閻魔大王は女たちから放たれて自由になった。
赤い煙は黒い煙に混ざってマーブル状態になったまま女たちを締め付けた。
「「「「「ぐおーーーーー!!!!」」」」」
女たちの叫び声が鳴り響いた。
「ブフッ!! ゴオーー オーー オー オ オ 」
男の苦悶の声がだんだんと弱まってきているのは確かだった。
黒い煙は女たちを押さえ込んだままに、赤い煙だけが立ち上がった。
「お前は!」
「閻魔大王様。
ゴクをまっすぐに育ててくださってありがとうございます。
その上、弐の関所の番人に取り立てていただいて感謝しています。」
「お前は。ゴクの!」
「父親でございます。
私はもうあの子を守ることができそうにありません。
これからもゴクのこと、よろしくお願いします。」
「わかっておる。」
閻魔大王の言葉を聞いて赤い煙は涙を流したように見えた。
そして笑顔になってから閻魔大王に深くお辞儀をした。
それから黒い煙と一緒になって女たちを閉じ込めた。
煙は火を噴き、激しく燃えた。
すべてが焼き尽くされた。
そこにはひとかけらの煤も残ってはいなかった。
「死して尚父親だったか。」
閻魔大王は静かに黙とうをささげた。
森は元の静かな森に戻った。
鬼村を覆っていた黒雲は徐々に消えていって元の明るい村に戻った。
住人たちは青い空を眺めて喜んだ。
「閻魔大王様が私たちを、この村を助けてくださったに違いない。」
村人たちは空に向かって両手を合わせた。
筆鬼は道端の穂を集め閻魔大王様のための筆を作り、墨を練っている。
土鬼は館から飛んできた泥団子で新しい壺を作り始めた。
ボタンは学び舎でいつものように給食の準備を始めた。
鬼村にはすっかり日常が戻っていた。
館の大鬼たちにもその変化は伝わった。
「大王が事を収めたようじゃな。」
「万が一の時はわしら年寄りが命を賭して、と思ったがその必要はなかったようじゃ。」
「何にしても一安心じゃわい。」
「祝い酒じゃ!!」
大鬼たちはまた輪になって盃を酌み交わすのだった。
屋敷の結界は解かれ、中から長老や巫女が出てきた。
「終わったのじゃな。」
「ゴクの父親が助けてくれたのじゃ。」
「おお、そうか。 ゴクの父親はゴクの中に生きておったからなあ。」
「ご存じだったか。」
「むろんじゃ。
私は腹の中に巣くう父親を消した方がよいかと思ったりもしたが、
大王様がそのままにしておいたのは正解だったようじゃな。」
「ゴクは父親似じゃからな。」
「そのようじゃな。
背中の傷の手当てをせねばなるまい。
屋敷にお入りくだされ。」
「関所守が心配しておるじゃろうから戻ることにしよう。」
「そうか。 では手当は関所守に任せることにしよう。」
「長老もお達者で。」
「また遊びに来られるとよい。」
「今度は盃を、な。」
「楽しみにしていよう。」
閻魔大王は戻っていった。
長老は、破られてしまった結界を張り直す呪文を唱え始めた。
長老の額にはうっすらと汗がにじんでいる。
結界は少しずつ少しずつ張り巡らされていった。
長老はぐったりして膝をついた。
「長老様、大丈夫ですか?」
心配した巫女が長老の体を支えながら声をかけた。
「大丈夫じゃ。
私も年を取った。
このくらいのことで膝をつくとはな。」
「そんなことはございません。
長老様にはまだまだ十分お元気でいらっしゃいます。」
「お前たちにいろいろと教えておかなければいけないようじゃ。」
「私たちではまだ力不足でございます。」
「少しずつ。 少しずつじゃ。 はっはっは。」
「長老様。
お疲れでしょう。 奥でお休みください。」
「そうじゃな。 そうさせてもらおう。」
「はい。」
長老は巫女たちに支えられながら屋敷の奥に入っていった。
「う、 うう。 あっ。」
ムクロの腕の中でゴクが目を覚ました。
「気がついたか!!」
ゴクは起き上がった。
「なにがあった? 私はどうかしたのか?」
「覚えていないのか。
お前は今の今まで気を失っていたのだ。」
「覚えていない。 あっ!」
「どうかしたのか。」
「私の中の父様が、いなくなった。」
「え!? 」
「父様が、いなくなったのだ!」
「そうか。 いなくなったか。
きっとこの地獄という一つの世界を助けてくださったに違いない。」
「なにかあったのか。」
「詳しいことはわからんが、何かが起きていたことは確かだ。
今は静かになっている。
きっとお前のお父上様がお助けくださったのだろう。」
「父様。」
「父上様は今もお前の心の中にいてくださっている。
それで十分じゃないか。」
「また一人になってしまった。」
「お前はひとりじゃあない。
俺が、いや、俺たちがいる。
今までも今からも、ずっといる。」
「きっとか?」
「きっとだ!」
ゴクは少しの間目をつぶって静かに息を整えた。
それから目を開けて立ち上がった。
「私は弐の関所の番人だ。
男が一人いるだろう?」
「ああ。 気を失っている。」
「ははは。 そのようだな。
あいつは炎鬼に『焼いて』もらおう。」
「『焼く』のか。」
「そうだ。 川を渡らせて『焼く』!」
「承知した。 俺が船に乗せよう。」
「頼んだ。」
「おう。」
「ムクロ。」
「なんだ?」
「いつも、ありがとう。」
「よせ、似合わんぞ。」
「そうかもしれんな。 はっはっは。」
「やはり笑顔がいいな。」
「え? なんと言った?」
「なんでもない。 裁鬼が困っておるかもしれんから戻る。」
「そうだな。」
ムクロは気を失っている男を担いで渡し場に連れて行った。
それから参の関所へと飛んだ。
「大王様、どうされました? そのお怪我は一体!?」
「騒ぐな。 大したことはない。 大げさにするな。」
「薬鬼を呼びましょう。」
「やめろ。 薬鬼は呼ぶな。」
「しかし大王様。」
「大丈夫じゃ。
誰も入って来れんように鍵を閉めろ。」
「え? あ、はい。 わかりました。」
関所守は閻魔大王に言われた通り部屋の鍵を閉めた。
・・・・何があったか、誰が何をしたのか
大王様は誰にも知られたくないのだな・・・・・
閻魔大王は顔をしかめながら法服を脱いだ。
その背中には刃物の傷があり、傷口は塞がるどころかまだ血が滲み出ている状態だった。
関所守は傷口にたっぷりと薬を縫って血止めをしてから包帯でグルグル巻きにした。
「これでよい。」
閻魔大王は静かに笑みを浮かべて椅子に座った。
炎鬼の元に男がやってきた。
「ほお。 こいつか。」
「何だ、お前は。」
「ほお。 わしにそんな言い草が許されるとでも思ってるのか。」
「私はそもそもこんなところに来るべき存在ではない。
お前たち鬼など、怖くはない。
なにもしていない私に手出しはできないはずだからな。」
「お前は何もわかっていないようだな。
ここに送られたということはお前が罪人だということだ。
罪に対するそれなりの罰を受ける奴しか川を渡ることはできないんだ。
川を渡って参の関所を通ってきたのだからお前は十分罪人さ。」
「そんな、ばかな。」
炎鬼はゴクに言われた通り、その口から火を出して男に直接浴びせかけた。
「ぐおーーーーー!!!!!!」
男は焼け、死なない。
炎鬼はさらに火を浴びせた。
「うおーーーーー!!!!!!」
男はまだ焼け 死なない。
「お前に対して俺の口から火が出る限りお前は焼かれるのだ。
お前を許さない者の数だけお前は焼かれるのだ。
それがお前が受けるべき罰なのだよ。」
男は繰り返されるであろう『火』に絶望し膝をついた。
炎鬼はそんなことはお構いなしに火を噴くのだった。
弐の関所の前には女が一人待っている。
ゴクは女の資料を読んだ。
女 38歳 死因は・・溺死
「そこの女。 部屋に入りなさい。」
ゴクの声はいつものように低く厳しく響いた。
父親の深い愛情と自己犠牲によって地獄に平穏が戻ります。
いつかそのことをゴクが知ることがあるかもしれません。
ゴクの中の父様の赤い光は消えてしまったけれど、これからもゴクの心には父様が存在し続けるでしょう。
これからも地獄の日常が続くということで終わりにしようと思います。
呼んでくださったFさん、ありがとうございました。
次はあなたの作品を読ませていただける時を楽しみにしています。




