いくつかの『イフ』
ゴクの勝手な判断に怒り心頭の天主を納得させるために閻魔大王はゴクと一緒に現世に行くことにする。
生き返らせた女性、無理やり山に送った2番。
罪に対しては罰を与える必然性と心から反省する者への思いやりの必然性の間で揺れるゴクの想い。
自身で考え、そして答えを出すゴクとそれを黙って見守る閻魔大王との深い絆を感じていただけると嬉しいです。
閻魔大王は頬杖をついて考え込んでいた。
目の前にいる関所守に珍しく相談をしようと考えた。
「のお、関所守、久しぶりに現世に行きたいのだが、どうだ。」
「大王様が、ですか?
直接行かれるということでしょうか?」
「そうじゃ。 たまにはわしも現世を見て置く必要があるじゃろう。」
「ゴクかムクロが行けば、それでいいのでは。」
「わしが行きたいのじゃ!」
「そんな。 大王様の代わりはおりませんから皆が困ります。」
「少しの間じゃ。
何ならお前が代理を務めてもいいが。」
「私が? とんでもございません。 滅相もないことで。」
「はっはっは。 それほどのことでもあるまいよ。
どうじゃ。少しくらいよかろう。」
「そうは申されましても。 大王様が地獄を留守にされるには大儀名分が必要になります。」
「大義名分 か。」
「そうです。 そうでなければ誰も納得しますまい。」
「大儀名分 ・・・ そうじゃ!!
ゴクが裁定を下した者達を検分するというのはどうじゃ。」
「それではゴク自身が行けばよろしいのでは?」
「じゃから、一緒に行くのじゃよ。
ゴクは確認、わしは検分。 これでどうじゃ。」
「やれやれ、大王様の気まぐれには本当に困ります。
わかりました。 それでお留守の間、誰が務めますか。」
「ムクロに頼む。 ムクロの仕事は裁鬼に任せればよいからな。
ゴクの関所はしばらく待たせておけばよい。
代理は立てる必要はない。 これでいいな。」
「わかりました。 ではゴクを呼びましょう。」
「そうしてくれ。」
実は閻魔大王には考えがあった。
最近のゴクは裁定に感情が入りすぎているように感じていたのだ。
生き返らせた者さえいるのだ。
そのことに関しては天上からも苦言を呈された。
そのためにゴクの裁定がどうだったのかを検分するように天上界から要請があったのだった。
要請と言えば柔らかい表現だが、その実は命令に近いものだった。
弐の関所の番人を交代させてはどうかとまで言い出す者が現れた。
閻魔大王はゴクの判断を信頼していると突っぱねたが、検分については受け入れたのだ。
検分したことでゴクの正当性を認めさせることができると判断したのだ。
検分は両刃の剣だということは閻魔大王にもわかっていた。
しかし、天上界を納得させるためにはこれ以外に方法はないのだ。
もし結果が思うような内容にならなかった場合を考えて閻魔大王は迷ったが、仕方がなかった。
『生き返らせる』というのは関所の番人が勝手に判断することは本来認められてはいない。
天上界に向かわせることとは事の重要性が全く違うのだ。
関所守は閻魔大王が単なる物見遊山で現世に行きたいというはずはないと思っていた。
ゴクと一緒に行くということは現世に行く理由はゴクにあるに違いないと感じとっていた。
それはなにか?
関所守には思い当たることがあるのだ。
最近、ゴクは罪人を強引な方法で無理やり鬼村に送り住まわせた。
その上罪人かもしれないものをあろうことか生き返らせてしまったのだ。
単なる関所の番人がそのような暴挙に出ていいはずがない。
寛容な天主様もさすがに怒り心頭に違いないだろう。
今回の大王様の突然の現世行きにはそのことが関係しているのではないだろうか?
それで関所守はそれ以上のことを言わずゴクを連れてくることにしたのだった。
天主様が納得されなかったら大王様はどのように責任をとられるのか?
ゴクを切り捨てることはなさらないだろう。
それはゴクが大王様にとって特別な存在だからということではない。
ゴクではなくても誰であってもきっと大王様は切り捨てたりはなさらないに違いない。
ご自身が大王の座を下りられるのか?
しかしそうなったとき、一体誰が大王様の代わりを務められるのか。
そんな者はいない。 大鬼様方の中にもいますまい。
そんなことは考えたくない。 考えるのはよそう。
今はただゴクの判断が正しくて天主様が納得されることを願うしかない。
関所守はゴクを従いながらいろいろと思いを巡らせていたのだった。
コンコン
「大王様、ゴクを連れてまいりました。」
「入りなさい。」
閻魔大王の部屋の扉が開いて関所守が、その後ろからゴクが入ってきた。
「関所守、ご苦労だった。
ゴク、関所守から話は聞いたか?」
「はい。 概要は伺いました。」
「そうか。 関所守は戻ってよい。」
「はい。 では失礼します。」
関所守は一礼をしてから部屋を出て行った。
閻魔大王はそれを待っていたかのように話し始めた。
「一緒に現世に行くのだ。」
「私は行きたくありません。」
「わがままは許さん。 これは決まったことじゃ。
お前の裁定に対して天上界から苦情が入った。
お前の正しさを証明するために二人で現世に行かねばならん。
わしを通して現世の様子を天上界に伝えることができるからじゃ。
いいな。 わしとしてもお前を弐の関所の番人のままでいさせたい。
弐の関所の番人が務まるのはお前しかいないと考えているからじゃ。
わしと一緒に現世に行く。 わかったな。」
ゴクは閻魔大王の言葉を黙って聞いていた。
現世に行かなければいけないことは理解できた。
弐の関所の番人でいればこそ、大王様のお役に立てるのだ。
しかしゴクには現世に行きたくない理由があった。
現世には母親がいる。
視察の為に現世に行くと、母親の臭いがどこからか漂ってくるのだ。
父親を死に至らしめた母親の臭いを感じ取ることはゴクにとっては苦痛でしかなかった。
だから現世の現在を知るための旅も最低限の回数にしていたのだ。
しかし、今回は行かねばなるまい と思った。
自業自得ということか。
「わかりました。 一緒に参ります。
大王様にはご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
「わしはお前の裁定が正しいことを天上界に伝えるために行くのじゃ。
お前は冷静に判断して下した裁定じゃ。 自信をもって良い。
ここはムクロに任せていくことにする。
わしも久しぶりにお前と二人で現世に行くのが楽しみなのじゃよ。
はっはっは!!」
ゴクは閻魔大王の磊落な笑い声につられて笑顔になった。
「現世に行くのはいつでしょうか。」
「今すぐ行く。」
「今、ですか?」
「そうだ。 お前の気持ちが変わらないうちに出発する。」
「わかりました。」
「関所守! そこにおるか。」
「はい!」
返事をしながら関所守が部屋に入ってきた。
「なにか御用でしょうか、大王様。」
「すぐに出かける。 ムクロを呼べ。」
「すぐにですか? これはこれは。
わかりました.ムクロを呼ぶのですね。」
「そうじゃ。 ここを任せるのじゃ。
今回は寄るところがあるから少し長くなる。 頼んだぞ。」
「え? あ、はい。 承知いたしました。」
関所守は部屋を出て行った。
コンコンコン
部屋の扉が開いてムクロが入ってきた。
「御用と伺いましたが?」
「関所守から聞いていないのか?」
「はい、何も。 とにかく大王様の処へ急げ と言われただけです。」
「そうか。 今からゴクと現世に出かける。
その間ここを任せる。 頼んだぞ。」
「え? そんな急に。 私では力不足です。」
「お前なら大丈夫じゃ。 参の関所は裁鬼に任せてここにいればいいのじゃ。
わかったな。」
「は、はい。 謹んでお受けいたします。
できるだけ早くお帰りください。」
「それはゴクに言うんだな。」
「え? ゴクに?
ゴクも行くのか?」
「ゴクの為に行くのじゃ。 ここのところ勝手が過ぎたからな。」
ムクロがゴクを見ると、ゴクはうつむいたままでいた。
ムクロはその表情を見てすべてを察した。
天上界からなにやら苦情が来たのだろう。
「ゴク、気にするな。
後のことは俺がなんとかする。
納得できるまで、行ってこい。」
「すまんな、ムクロ。」
「うむ。 大丈夫だ。」
「ムクロはわしよりもゴクの気持ちがわかるようじゃな。」
「え? そんなことはないと思います。」
「はっはっは。 まあいい。
参の関所の引継ぎができたら出かけるぞ。」
「裁鬼には言い含んでおきましたからご心配には及びません。」
「そうか、わかった。では、頼んだぞ、ムクロ。」
「ははっ!」
閻魔大王は立ち上がってゴクを従えて部屋を出た。
閻魔大王とゴクは現世へと繋がる道を進み、大門に着いた。
大門には門番が上下左右、まんべんなく待ち構えて許可なく通ろうとする者を見張っている。
ゴクの母親の一件依頼厳しくなっているのだった。
閻魔大王と言えども『許可証』がなければ通り抜けることはできない。
一時的ならば閻魔大王に化けることができる鬼が存在するからだ。
「許可証をお見せください。」
「うむ。」
閻魔大王は門番に二人分の許可証を見せた。
「確かに。 どうぞお通りください。」
「ご苦労。 じゃあ、ゴク、行くとしよう。」
「はい。」
そう言うと二人はジャンプして現世につながる空間を飛んで行った。
二人の姿はあっという間に見えなくなった。
その様子を見ていた門番たちはため息をついた。
「さすがだな。 速い。」
「そうだな。 閻魔大王様にゴク様が並んでおられるよ。」
「まったくだ。 横並びで飛べるのはゴク様だけじゃないのか?」
「そうかもしれんな。」
「ゴク様は閻魔大王様の右腕だそうだからな。」
「納得だよ。 母親とは違うってことだな。」
「母親はどこにいるんだ?」
「現世じゃないのか? 男と逃げたんだろう?」
「そう言われてはいるが、現世で鬼が暮らせるか?」
「しかし、だ。
この前閻魔大王の代理として現世に行ったムクロが帰りにここを通られたときに一緒にいた者は
一体どこの誰だったんだ?」
「さあ。 顔は隠していたからな。
まあいい。 閻魔大王様のなさることだ。」
「そうだな。 俺たちが口を出すことじゃないからな。」
「その通り。 俺たちはここを守るだけさ。」
「おう!」
門番たちが他愛のない話をしている間に二人は現世についていた。
地獄での服装のままでいると人間には見ることはできないので、二人は宙に浮いたままでいた。
この服装でいる時は人間には二人の姿は見えないので緊張せずに人間の様子を眺めていられる。
「さあ、行こうかな。」
「はい。」
ゴクは閻魔大王がどこに行こうとしているか、すでにわかっていた。
天上界から苦情が入ったと聞かされた時からわかっていた。
それはゴクが生き返らせた女の処だ。
ゴクの判断で生き返らせたのだ。
この女は現世で『今』必要とされていると判断した。
いずれは天上界に行くに違いない。
しかし、『今』ではない と確信したのだ。
生き返らせたことが正しいことだということを天上界に報告しなければいけないのだろう。
天上界が納得すれば特例として認められる。
私が天上界に謝罪すれば閻魔大王はこれ以上責められることはないだろう。
そのためにもあの女は現世で役立つ存在でいてくれていなければ困る。
私だけならいい。
しかし、閻魔大王までなにかしらの責めを負わされることがあってはならない。
最悪の場合、ゴクは自分が弐の関所の番人を辞め地獄を去ることも考えていた。
地獄を去ってどうするか、どこに行くか、それは天上界に従うつもりでいた。
天上界から命じられた場合、消滅するのも仕方のないことだと承知していた。
それほど自分の判断が立場を超えたものだということもわかっていた。
現世に着いてゴクが不思議に思ったのは『嫌な臭い』がしなかったことだった。
現世に来るといつもその臭いに悩まされた。
それはゴクを拒否し、地獄へ戻らせようとする意志を感じる臭いだったからだ。
その臭いはゴクはおそらく自分を捨てて男と現世に逃げた母の臭いだと思っていた。
好き好んで現世に来るのではない。
できればゴクはずっと地獄に引きこもっていたいと思うほどだ。
しかし世の流れを知るために定期的に現世に来なければいけなかっただけだったのだ。
その嫌な臭いが今回はしない。
母と男は現世から消えたのか。
では二人は今どこにいるのか。
臭いが母と男の物だという確証もないままその臭いが消えてしまったのだ。
それならそれでいい。
私は私のやるべきことをするだけだ とゴクは頭を切り替えることにした。
そこは大きく高いビルだった。
閻魔大王とゴクは誰にも見えないことをいいことに大胆にそのビルに入って行った。
ビルの前に立っている警備員はなんとなく頬に当たる風を感じて首をかしげたが、見回しても誰もいな
いのでそのまま何もしないでいた。
そしてなんとなくバツが悪いと感じて不必要は咳払いをしたのだった。
閻魔大王とゴクはクスリと笑ったが、それも警備員には聞こえてはいない。
二人はそのままビルに入った。
エレベーターの前にはゴクが生き返らせた女性が立っていた。
その後ろには二人の女性と一人の男性が緊張した表情で一緒にエレベーターを待っていた。
エレベーターが止まった。
女性が『上り』のボタンを押した。
エレベーターが開いてみんなが乗り込んだ。
閻魔大王とゴクも一緒に乗って様子を見ることにした。
「皆緊張してるわね。 リラックスよ、リラックス。」
「はい。」
「でも、部長が戻ってくださってよかったです。」
「そうね、社長が『発案者の部長が戻るまでこれは延長だな』って言われた時は嬉しかったわ。」
「そう! 部長なしでは心細くてとても無理って思ってたから。」
「私も。」
「あら、私は何もできないわよ。
あなたたちを応援する以外はね。」
「そこですよ。 部長がついてくださってると思うとなんだか安心です。」
「私たち契約社員のことを本気で考えてくださるのは部長だけです。」
「そんなことないと思うけど?
会社にとっても優秀な人を社員として確保することは大切だもの。
『女の子にとって会社は一時的な腰掛』って思ってるなん今でも思ってる人がいるのは確かね。
だからしっかりアピールしてぎゃふんと言わせてもらいたいわ。
女性も男性と同じように頭で考えてるってことを知らしめてちょうだいね。」
「「「 はい!! 」」」
「とにかく自分の考えをきちんと伝えること。
今までやってきたことよりも今やりたいことと今後の展望の方に時間を使ってね。
制限時間は一人当たり十分だから、思ったより短いから簡潔にね。」
「「「 はい。 」」」
「あなたたちは皆とってもかわいいけど、かわいさや若さをウリにしないように。
あくまで実力勝負だから。 わかってるわね?」
「「「 はい。 」」」
エレベーターは最上階で止まった。
皆が下りて輪になった。
「「「「 おおーーーー 」」」」
小さい声で自分とみんなを誇示するように声を合わせた。
部長を先頭に皆が会議室に入って行った。
閻魔大王とゴクは皆の後について会議室に入った。
もちろん誰も二人の姿を目視できるものはいないし、存在を感じる者もいない。
会議室の前方には長机があってそこにはしかめっ面の男どもが並んで座っていた。
全員に向かって女性は話し始めた。
「本日はお時間を作っていただいてありがとうございます。
ここに並ぶ人たちは我が社で契約社員、あるいはアルバイトとして働いてくれている人達です。」
その言葉を聞いて男たちはざわめいた。
「契約社員だけでなくアルバイトの子もいるのかね?」
「契約社員だけではなかったのかね。 アルバイトなんて話にならない。」
それを聞いた女性は少しムッとした顔になったが、落ち着いた口調で切り返した。
「契約社員だろうとアルバイトだろうと、名前はどうでもいいと考えます。
大切なことは我が社にとって必要は人材かどうかということです。
みんなそれぞれの職場で与えられた仕事を頑張ってくれています。
しかしそれが本当に自分がやりたいこととは違うかもしれません。
それで私は今何をしているのかということではなくて、会社にとって必要と思うことや、
足らないと感じたこと、自分がやってみたいと思うこと、つまりこれからのことを話して
もらいたいと言ってあります。
みなさんにとってはもしかしたら耳の痛い話になるかもしれませんし、
もしかしたら不可能と感じられることもあるかもしれません。
しかし、それらは全て若い皆が真剣に考えてくれたことなのです。
そのことを忘れずに、皆の話にしっカリと耳を傾けてやっていただきたいと思っています。
では、順番にプレゼンをしてもらいますのでよろしくお願いします。」
女性は眼の前の男性陣に深々と頭を下げた。
それにつられるように後ろに並んだ人たちも深く頭を下げた。
その真摯な態度に背筋を伸ばさざるをえなかったのか、男性陣は皆口元を引き締めた。
最初に前に出たのは受付係だった女性だった。
その女性は一度深呼吸をして、改めて頭を下げた。
「受付係をしていました〇〇です。
私は毎日受付をしていて、女性が急ぎ足で駆け込む姿をよく見かけます。
もちろん駆け込まない方もいらっしゃいます。
その違いは何だろうかと考えて、観察をしていました。
駆け込む人と駆け込まない人の違いは全てとは言いませんが、子供にあるとわかりました。
特に小さいお子さんがいらっしゃる人は保育所に預けるなど他の人にはない仕事があります。
これは男の人にはありません。
同じように小さいお子さんがおられる男の人が子供が原因で駆け込んで来られることは少なくとも
私は見たことがありません。
それを解決するにはどうしたらいいのか、私は考えました。
会社には部署を組み合わせたりなどの工夫をすれば空き室を作ることができると考えました。
その空き室を社員のための保育園に出来ると考えました。
もちろん官庁との話し合いや許可など手続きは必要ですし、保育士の確保も必要です。
経費はかかりますが、それ以上の効果はあると思っています。
保育費は福利厚生として半額は個人負担、半額は会社負担にするなどが考えられます。
細かいことはまだ詰めなければいけないとは思いますが、会社内保育園を提案します。」
「細かいこととは、例えば何かね。」
男性の一人が質問をした。
「細かいことの例えの一つも提案できず、それを提案と言えるのかな。」
男性の言葉はいかにも嫌味な言い回しに思えた。
女性が何かを言おうとした時に○○さんが口を開いた。
「私はまだ独身ですし、子供はありません。
ですから実際に必要なことは正直わかりません。」
その『わからない』という言葉を聞いて男性たちは一斉に笑い始めた。
○○さんはその声に動じることなく話を続けた。
「わからないことはわかる人たちに教えていただくのが最良の策だと思います。
幸い御社には対象になると思われる諸先輩方がたくさんいらっしゃいます。
その方々に忌憚ないご意見ご要望を教えていただいて、それを参考にしたと思います。
もちろんできることとできないことを篩にかけないといけないとは思います。
予算のこともありますし、乗り越えなければいけない山は一つだとは考えてはおりません。
それでも皆さんのご協力とご理解があればいい形になるのではないかと。
私は楽天的に考えています。」
その言葉に男性たちはいろんな表情を見せた。
頷く者、頭をひねる者、上を見上げて何やら考え込む者、様々だった。
その時、ゴクが助けた女性が口を開いた。
「私は彼女からこのアイデアを聞いた時に思ったのは、昔この制度があれば私よりもずうっと
優秀な女性たちが会社を辞めることなく今でも活躍されているのではないかということでした。
『家庭の事情』と言う名目で辞めていく人たちを見てもったいないと思ったものです。
男性が『子供のため』とか『家庭の事情』という理由で会社を辞めることはありません。
昔も、今も、です。 それはおかしいことです。
それはおかしいことだという感覚を持たないといけません。
何年もかけて育てた貴重な人材です。 大切にしないといけません。
ですから彼女たちが今からもずうっと活躍できる環境を整えるのは私たちの務めだと考えます。
近隣の会社の子供さんも引き受けることもできます。
近隣の小児科と連携したり、近隣のお店で食事を依頼することもできます。
仕事以外のつながりができることも魅力があります。
みんなが思いやりを持って助け合えばこのアイデアは実現できます。
皆で子供を育てるという観点で是非実現させたいと私は個人的には考えております。
皆さんにも前向きにお考えいただきますようよろしくお願いします。」
女性はそう言うと深く頭を下げた。
その姿を見て○○さんはもちろんそれ以外の女性たちも一緒に頭を下げたのだった。
「わかりました。 このアイデアは一つの『貴重な意見』として承りました。
まあ、ベテラン社員がこれほど賛成するのなら彼女の頭の中にはもうある程度の形が
できているんでしょう。 そうだろ?」
「まあ、そうですね。 ある程度は考えはまとまっています。
でも、最終的には彼女の言う通りアンケートを取るなどすると必要があると考えています。
その結果を鑑みて建設的に話を進めたいと思います。」
「そうですか。 それについても話す機会を設けることは約束します。
○○さん、あなたが受付の仕事をする中での気付きから思いついたことをこのような一つの形にされ
たことは会社にとってもありがたいことだと思います。
一生懸命に考えてくれてありがとう。
実を言うとこの試みに関してはあまり期待していなかったし、乗り気ではなかったのですよ。
しかしそれは私の傲慢だったと思い知りました。
我々男には思いつかないアイデアでした。
それは今の時代欠かせない者なのだということを教えてもらったように思います。
我々も皆さんからの意見をしっかりと受け止める責任があると考えます。
他の皆さんのご意見も同様にしっかりと聞いてみたいと思っています。
そうですね、皆さん。」
そう尋ねられた男性たちは一様に深くうなずいた。 そして、
「○○さん。 ご苦労様でした。
では、次の方。 お願いします。」 と言った。
「ありがとうございます!」
○○さんは笑顔を見せて大きな声で深々とお辞儀をした。
その眼にはうっすら涙が浮かんでいた。
「じゃあ、次。 頑張って。」
「はい。」
○○さんの隣にいた女性が一歩前に進み出た。
「私も受付係をしています××と申します。 よろしくお願いします。
私たち受付係の者に挨拶をしてくださる方はほとんどいらっしゃいません。
まして名前を覚えてくださる方は皆無と言ってもいいと思います。
毎日緊張の連続です。」
「話しの途中で申し訳ないが、君は36歳とあるが、今までずっと契約社員だったのかな?
正社員を希望しなかったのか、正社員になれなかったのか、差支えなければ
教えてもらえないかな?」
「はい。 差支えはありません。
私が就活をしなければいけないときに、母が病気になりまして父は仕事がありましたので、
私が看護をしなければいけなくなりました。
それで正社員はあきらめて自分の都合でシフトが組めるアルバイトを選びました。
それも毎日は無理だったので週に一度だけでした。
病院にいる時、母が検査とか治療をしている間は自分の時間が取れましたので
その時間を無駄にはしたくないと考えてスキルアップをするために通信教育でいろんな資格を
取りました。
母が亡くなって、それから就活 と思いましたが、新卒でもない私を受け入れてくれる会社は
見つからなくて結局契約社員という立場に甘んじることになりました。
残念な気持ちもありますが、母の看護を最後までやり遂げたことは私にとっては誇りです。
後悔はありません。
でも今回こういった機会を与えていただきましたのでそれを活かしたいと思いました。
父も私に対して申し訳ないという気持ちがあるようで、今回のことを応援してくれています。
私個人の都合は考えないでいただいて、私のアイデアを評価していただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。」
「個人的なことを答えてくれてありがとう、というか、聞いてしまって申し訳ない。
もちろん君の意見に対して評価するつもりでいますよ。
ひいきをしては君に対して失礼になるからね。
では、続いて話していただこうかな。 いいですか? 大丈夫かな。」
「はい。 大丈夫です。 お願いします。」
××産の眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。
それを心配した女性は黙って背中に手を置いた。
××さん一度大きく深呼吸をしてから頷いた。
「すいません。 」
「本当に大丈夫かな。」
「はい。 大丈夫です。
私たちは受付係という仕事に誇りを持っています。
契約社員とはいえ会社の為に会社のいわゆる窓口であり顔であると思うからです。
それで私の提案というのは、新人研修として異業種の仕事を経験させるということです。
社内でいろんな部署を経験させるという方法もありますが、それではお互いに遠慮があったり
忖度があったりで本当の意味での研修にはなりません。
受付係というのは空気のような存在らしく、特に若い社員さんたちは私たちの前を通りながら
取引額の話などを結構大きな声で話されます。」
それを聞いた男性たちはざわめいた。
誰がそんな不埒なことをしているのか調査をしなければいけないと言い出す者もいた。
「あの、お話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ああ。 申し訳ない。 続けてください。」
「はい。 では続けさせていただきます。
私はどうしてこんなことを無防備に話せるんだろうかと不思議に思っていました。
そして思たtことは、皆さん『お金』を『数字』でしか見ていないからではないかと思いました。
実際に自分が頭を下げて自分に手にお金を受け取る経験が必要と考えました。
それは例えばデパートやスーパー、小さな町の本屋さんや電気屋さんなど。
協力してくださる所ならどこでもいいんです。
ただ、お客様に直接頭を下げてお金を受け取る経験ができるところがいいと考えます。
もちろんキャッシュレスでもかまいません。
お客様と直接顔を合わせることが大切だと思います。
研修ですし、お店にとっても邪魔な存在な訳ですからお店からお金をいただくことは
できません。 その間のお給料はもちろん会社が出すのです。
一か月か二か月でいいと思います。
そうすればお金を稼ぐことの難しさや小銭の重さが少しはわかるのではないかと思うのです。
数字だけで数百万、数千万なんて言ってもその大切さを理解しているかは不透明です。
新人だけでなく、できれば取締役の皆さんにも経験していただきたいと考えます。
以上が私が考えたアイデアです。
ご清聴いただきましてありがとうございました。」
××さんはそう言うと深くお辞儀をしてから一歩下がった。
女性が一歩前に出た。
「今のお話に関してですが、内容はご検討いただくのはもちろんですが、
予定の時間を大幅にオーバーしてしまいました。
それはご質問などがあってのことですから減点対象になさらないようお願いします。」
と明るい声で言うと、その場が笑いに包まれた。
そしてそれは××さんの辛い経験出重くなった空気を一変させたのだった。
「では次の人。」
「はい。」
並んだプレゼンターの中で唯一の男性が一歩前に進んだ。
「よろしくお願いします!」
男性は大きな声で元気いっぱいに挨拶をした。
前に並んだ男性陣からは笑い声が上がった。
「元気でよろしい。」
「うちの会社に男の契約社員がいたんだね、部署はどこかな?」
男性は表情が曇って言葉に詰まった。
その時に女性が助け船を出した。
「実は彼は我が社の契約社員ではありません。」
「「「「 ええ? どういうことかな。 」」」」
「彼は我が社が契約している清掃会社の契約社員なんです。」
「ほおーー。 今回は我が社の契約社員のプレゼンではなかったのかな。」
「そうですね、基本的にはそうです。
しかし、彼の情熱に打たれて、そしてアイデアもユニークだったので私の判断で呼びました。」
「ほお。君がね。 以前からの知り合いかな?」
「違います。 私の退社を待ち伏せをして話しかけてきたのです。」
「え? それは。 大丈夫だったのかね。」
「もちろん最初は驚きましたが、『僕の話を聞いてください』と私に頭を下げたのです。
そして『会社内のポスターを見て、自分はこの会社の契約社員ではなくて、会社に出入りしている
清掃会社のアルバイトをしている者です。 会社で清掃をしながら僕なりに考えていたことがある
ので聞いてもらえませんか』と言ったのです。
私はその日は用事があって時間を取ることはできなかったので後日会う約束をしました。
その時までには『話し』ではなくて『書類』としてまとめるように言いました。
もしまとめることができなければこの話はナシにするという条件を付けました。
そして三日後を期限として退社後に会うことにしました。
彼は自分の仕事をしながらですから大変だったと思いましたが、この日に間に合わせることを
考えたらそれ以上期限を延ばすことはできませんでした。
そして三日後、約束通り彼は私の退社を会社の前で待っていました。
それから喫茶店に行って彼が持ってきた書類に目を通しながら話を聞きました。
私はそれを面白いと思いました。
ですから私の判断で彼に今日の参加を認めました。
ポスターに書かれていた条件とは違いますが、彼もある意味我が社の為に働いてくれている人
ですから、皆さんも仲間の一人として彼の話を聞いていただきたいと思います。
よろしくお願いします。」
「君がそこまで言うなら聞いてみよう。 しかし今後の約束はしかねる。
それでいいかね? どうだい? ええーーと、△△君?」
「はい。 よろしくお願いします!
時間を取っていただいてありがとうございます!」
「うむ。 じゃあ、始めてくれたまえ。」
「はい!
僕はこの会社で清掃の仕事をしています。
僕たちの存在は皆さんにとっては空気みたいなものようで私生活の話をしながら僕たちの横を
通り過ぎて行かれます。
会社での話で多く聞かれるのは趣味の話です。
写真だったり、釣りだったり、登山だったり。 中には秘湯巡りという方もおられます。
みなさんそれぞれご自分の趣味に対して情熱があって『記録』を残しておられます。
魚拓とか、登山中の高山植物の写真を自分のスマホで保存しているのを見せ合っているのを
見かけることがよくあります。
それで僕はそれらを発表する場を会社出作れないかと考えました。
同じ趣味を持つ人との出会いがあったり、そこから新しい人間関係ができたり会話がうまれたり
と仕事とは無関係なつながりが生まれるのではないかと思ったのです。
外部の人とも同じようなつながりができれば仕事にも生きるのではないかとも考えました。
場所はいくらでもあると思います。
エントランスや廊下、応接室などです。
なるべくたくさんの人の作品を飾ることができるように定期的に入れ替えるといいと思います。
僕の話はこれで終わりです。
聞いてくださってありがとうございました!!」
その男性はそう言ってお辞儀をするとそのままさっさと一歩下がってしまった。
女性は苦笑いをして、「なにかご質問とか感想とかありませんか?」と聞いた。
そして男性を手招きをして自分の隣に立つように促した。
男性は慌てた様子で一歩踏み出した。
「これは私の作品も飾っていいということかな?」
「はい! 誰でも歓迎です。
素人ですからヘタでも何でもいいんです。」
「下手 か? これは手厳しい。 はっはっは!!」
「あ、すいません。 物の例えですから、はい。」
「そうだね。 これはすぐにでもできることだからみんなに聞いてみることにしよう。
なるほどね。 プロの作品ばかりを考えていたが、社員の作品の展示というのも
なかなか面白いかもしれないね。
なにせ『下手』でもいいんだからね。」
その言葉にみんなが一斉に笑ったのでその場は笑いに包まれた。
「楽しい提案をありがとう。
彼女が君の参加を認めた理由がわかったよ。
今回はこれで終わり、かな。
人材の発掘やアイデアの募集の必要性を改めて教わったようだ。
一年に一度か二度、こういう機会を設けることにしよう。
みなさん、今日はご苦労様でしたね。
後日君たちの処遇に関しても連絡させてもらうことにします。
では、退席して、自分の持ち場に戻ってくれたまえ。」
「「「「 はい!! 」」」」
それまでずっと会議室での様子を見ていた二人は顔を合わせてうなずいてからそのままビルを抜けて外
に出た。
もうこれ以上確認する必要はないと判断したからだった。
「お前の判断は正しかったということかな。」
「そう思います。
もしあの時あの人を天上界に送ってしまっていたら、三人の若者のチャンスはなかったかも
しれませんし、今からのチャンスもなかったわけですから。
私はあの人を生き返らせて良かったと確信しました。
でも、天主様はなんと言われるでしょうか。」
「天主にもわかるだろうよ。」
「そう願います。」
「もし、だ。 もしあの時お前があのままあの人を天上界に送り出していたら、
今頃どうなっていたと思うか。」
「そうですね。 今頃天上界を仕切っていたかもしれませんね。」
「はっはっは! そうかもしれんな。
そうなると天主も困るだろうから現世に戻したお前の判断は正しかったということだな。」
「そう思いたいです。」
ゴクはもしあの女性が天上界に行ったらどうなっていたのかを想像した。
あの人はしっかり者で事務処理力も優れている。
どこに行っても人の心を掌握してなんでもそつなくこなすだろう。
天上界にもすぐになじんで天主様の右腕になるまでそう時間はかからないだろう。
天上界も地獄と同じように亡者を向かい入れるための手続きがある。
それもすぐにものにしてしまうだろう。
てきぱきと仕事をこなす彼女の姿がゴクの頭には浮かんできた。
思わずフッと小さく吹いてしまった。
ゴクはそんな自分に驚きながら、顔を引き締めた。
「この度は大王様にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。」
「二人の時はそんな他人行儀な態度を取らんでよい。
というか、二人の時くらい昔のように話して欲しいものじゃよ。」
「それはなかなか難しいことです。」
「そうか。 他には確認したい者はいるのかな?」
「気になる者はたくさんいます。
自分の判断でムクロの処に送った者や天上界に行かせた者の遺された者達の動向は気になります。」
「そうなのか?」
「はい。
自分のしでかしたことに関しては責任を取るのは当然で、どうなっても自業自得です。
しかし、特に地獄に送られた者の遺族は現世でどうしているのかは気になります。
だからこそ知らない方がいいとも考えます。」
「そうか。 自分の考えがあるならそれでいい。」
「今回の件ですが、天主様はなんと言われるでしょうか。」
「わしの眼を通して天主も様子を見ておるわい。
逐一説明する必要はない。 天主もお前の判断が正しかったと認めておるじゃろうよ。
わしのことを心配せずともよい。
お前はお前の思い通り、今まで通りに弐の関所の番人として胸を張っていればよいのじゃ。」
「はい。 ありがとうございます。」
「ところでゴク。」
「はい、なんでしょうか、大王様。」
「あそこの連中は何をしておるのじゃ?」
「ああ、 奴らは『路上呑み』をしています。」
「『路上呑み』?」
「は。 あのように路上で酒を呑んでいるのです。」
「なんと! で、あれは許されていることなのか?」
「国によっては法律で禁じています。
禁じていなくてもゴミは捨てるし、中にはその場でトイレをする奴もいます。
近隣の者たちはすこぶる迷惑をしていると思います。」
「そうじゃろう。」
「ひどくなると『路上寝』をします。」
「『路上寝』? 路上で寝るということか?」
「はい。そうです。 駅のホームで寝る者もいるようで、困ったものです。」
「そうか。 わかった。」
閻魔大王は空高く飛び上がった。 と思うと下界に向かって息を吐いた。
閻魔大王の息は空一面に広がって路上呑みや路上寝をしている者達の中に入っていった。
そして閻魔大王の息はそのまま宙に浮かんで『行き先』を捜すようにその場にとどまっていた。
「どうされたのですか?」
「あやつらの中にわしの息を吹き込んだのじゃ。
あんなことをして周りに迷惑をかけた者達の中でそれは育つ。
そして黒点になってヨミに知らせるのじゃ。」
「大王様の息はずいぶん一面に残っていますが?」
「それはな、 これから同じような行為をしたものの中に入るためじゃよ。
ほら見るといい。
あいつらは自分が入るヤツを捜しながら浮いておるわい。
その体の中で育ちたいと考えて な。
ヨミはあいつらを見逃さずムクロの関所に送るじゃろう。
それからは炎鬼の処で炭になるか、氷鬼の処で凍るか、食鬼に喰われるか。
それはムクロが決めるだろう。」
「回数が増えるとそれだけ息が育って黒点が大きくなるということですね。」
「その通りじゃ。
法を犯していなくても、人に迷惑をかけたことには変わりはない。
それをわしらは許すことはできんのじゃ。 きっちりけじめをつけさせる。」
「犯罪者でなくても ですか。」
「ゴミを捨てることは罪じゃろう。
ゴミを捨てるということは、そのゴミを他の誰かに処理させているのじゃからな。」
「そうですね。 想像力の欠如だと思います。」
「そうじゃ。 炭が増えて炎鬼が喜ぶじゃろうよ。」
「そうですね。 あいつは人を煮るのが好きですから。」
「その通りじゃ。 よくわかっておるな。」
「私よりムクロの方が理解していると思います。
参の関所の番人ですから。」
「なるほど。 全くその通りじゃな。
あいつは信頼に値すると思うが、ゴク、お前はどう思うか。」
「そうですね。 ムクロは嘘が下手ですから。」
「そうか、嘘が下手か。 はーーっはっはっはっは!!!」
「子供のころから嘘が下手というか、きっと嘘が嫌いなんだと思います。」
「そうだな。 ムクロはそうだ。」
「大王様、一つ疑問があるんですが。」
「なにかな。」
「今まで私は現世に来た時に鼻にツンとくる嫌な臭いがしたのです。
それで私は現世に来ることが嫌だったのです。
それでも現世の『今』を知るためにしかたなく来ていたのです。
今回はその嫌な臭いがしないのです。
どうしてなのか、私にはわからないんです。
あの嫌な臭いの正体は、もしかしたら・・・?」
閻魔大王は眼をつむって少しの間考えていたが、決心したように頷いた。
「一緒に来なさい。」
「はい? どこにですか?」
「来ればわかる。 飛ぶぞ。」
閻魔大王はそう言うとさっさと宙に飛び上がって山の方に向かって飛んで行った。
ゴクは慌てて閻魔大王の後を追って飛んで行った。
閻魔大王はいくつかの山を越えて、その先の田舎町の古びた家の前に降り立った。
ゴクはそれに従った。
その家にはもう誰も住んでいないようだった。
「ここは?」
「二人が暮らしていた家じゃよ。」
「えっ!?」
「男は死んだ。
まあ、もうとっくに死んでいた男じゃから改めてしんだということではないがな。
男前じゃったからな。
浮気をしたのじゃよ。
それを許せずお前の母親は命を吸い取ったのじゃ。
それであっけなく死んだのじゃ。」
「私には母親はいません。」
「そうか。 そうじゃったな。
男がいなくなったから臭いも消えたというわけじゃ。」
「その男は地獄に来るのですか。」
「来たらどうする。」
「弐の関所に来ることはないと思います。」
「そうじゃな。
すでに炎鬼の処で煮られている。」
「そうですか。」
「知らない方がよかったか。」
「いいえ。 それで、その・・」
「女は 行方不明じゃ。」
「そう です か。」
「知りたいか?」
「いいえ。 私には関係のない女です。」
「そうか。」
「戻りましょう、大王様。」
「もう一か所。 行かねばならんところがある。」
「それはどこでしょう。」
「もう一人、お前は無理やり行き先を変えた者がおるじゃろう。」
「え? あ、あの。 鬼村に送った?」
「そうじゃ。 そのことも天主は納得をしておらん。」
「あの子に関しては天主様は無関係ではありませんか?」
「天主は皆を公平公正に扱うべきだと言っておるのじゃ。
果たして鬼村に送ったことが正しかったのか、自分の眼で確かめてこいと言うのじゃ。」
「公平公正 ですか。 なるほど。
私は確かにあの子の生い立ちに情けをかけてしまいました。
わかりました。 参りましょう。
もし自分の判断が間違っていたと思ったらあの子は地獄に送ります。
そして私自身責任を取ります。」
「そうか、覚悟hあるのだな。」
「はい。 これ以上大王様に迷惑をかける訳にはいきませんから。」
「そうか、よし。 帰るぞ。」
「はい!」
二人は現世を後にして地獄に向かって飛び立った。
ゴクは地獄に向かって飛んでいる間、あの女は今どうしているのかを考えた。
現世にいる? いや、 あの女の臭いはしなかった。
大王様は男の臭いだと言ったが、それは違う。
あの女の臭いだ。
男の臭いは亡者の臭いだ。 私がそれを間違えるはずがない。
では、女はどこにいるのか?
天上界のはずもない。 では、地獄か?
地獄には私が知らない場所があるのかもしれない。
それはどこだ?
鬼村? それなら大王様が私を連れていくはずはないだろう。
私が父様の命を吸い取った女をどれほど憎んでいるかをご存じのはずだ。
では、どこにいる。
すでに消えたのか? 男と共に消えた?
もし目の前に女が現れたら、私はどうする?
父様の命を奪ったあの女を私は、許せるのか、この手で消すのか?
わからない。 大王様はご存じか?
いくら考えても答えはでない。
「着いたぞ。」
出ないまま地獄の門に着いてしまった。
「見張り、ご苦労。」
閻魔大王の言葉に地獄の門の門番たちは最敬礼をした。
私たちは二人でそのまま鬼村に向かった。
鬼村は昔のまま、のどかだった。
閻魔大王様を見て村人たちが集まってきた。
そして隣にいるゴクを見て一様に驚きながら平静を装っているのが伝わってきた。
皆私の親の話を忘れてはいないことが改めてわかった気がした。
やはり来るのではなかったとゴクは思ってうつむいた。
大王様と違ってゴクは歓迎されていないことが何気に伝わってくる。
選ばれた存在に対する妬みも感じられてゴクにとってはやはり鬼村は居心地が悪いものだった。
それでも大王様と一緒に鬼村を歩いた。
大王様が実の親ではないと知ったのもこの村だった。
父様が母に命を吸い取られて、母が亡者の男と現世に逃げたと知ったのもこの村だった。
信頼できる仲間と出会ったのもこの村だった。
嫌なこともたくさんあったけど、いいこともあった村だ。
しばらく進むと鬼村の学校に着いた。 懐かしかった。
昔、皆と一緒にここで学んだ。
大王様の為に役に立つ存在になることを決めて通った場所だった。
いつの間にかここが自分の居場所になっていた。
今まで思い出さないようにしていた昔の出来事が否応なしに思い出された。
「行くぞ。」
「はい。」
どこに行くのかわからないままゴクは大王様の後に着いて歩いた。
そこは学校の給食室だった。
数人の大人たちが和気あいあいと子供たちの為に食事を作っていた。
その中にあの少女がいた。
ゴクにとっては2番という存在だ。
ここではなんと言う名前なのか、ゴクは知らない。
楽しそうに笑っている。
周りの者たちとなじんでいる様子が見受けられる。
鬼村には2番のような元人間もいれば生まれながらの鬼もいる。
そして鬼と人間が家庭を築き、子供がいる者達もいる。
角があったりなかったり、色もいろいろですべてを認め合って暮らしている。
それが鬼村だ。
だからこそ2番も受け入れられているのだろう。
ゴクにとっては2番が屈託なく笑っている姿は受け入れがたいことだった。
2番は現世でたくさんの犯罪を犯してきた。
窃盗、売春、恐喝。
ゴクが最も腹が立ったのは自分を大切にしなかったことだった。
結局は他の犯罪に対して罰を与えず目をつぶったことになってしまった。
2番の生い立ちに同情した。
母親に愛されている実感がなくなげやりに暮らしていた子だった。
母親に棄てられたゴクには2番の持つどす暗さは自分を映す鏡に思えた。
それは正解だったのか。
ゴクの中に不安がよぎった。
罪を償うこともなく、罰せられることもないまま2番は笑っている。
これでよかったのか?
2番はあのままムクロに渡すことが正しかったのではないか?
ゴクは考えた。 考え込んだ。
閻魔大王はそんなゴクの隣で黙って立っているだけだった。
「ボタンちゃん、そこのお鍋、運んでちょうだい。」
「はい!」
「やっぱり若いから元気でいいわね。力もあるし。 助かるわー」
「ふふふふふ。」
2番はここでは『ボタン』と呼ばれているのか。
名前を付けたのは、山の長者か?
これほど簡単に鬼村に送り出すとは。
そしてこれほど簡単に鬼村の連中が受け入れるとは。
こんなはずではなかった。
山でしっかりと罰を受けてとことん心身共に疲れ果てて、自分の罪を自覚して、そして反省して。
その反省の姿勢で山で長く暮らして、擦り切れるほど暮らしてから『許す』という言葉が浮かぶのでは
ないのか。
ゴクの中に怒りが込み上げてきた。
このままでは済まされない。 済ませてはいけないのだ。
ゴクは自分の判断を後悔し、そして一つの結論に達した。
ボタンを2番に戻すのだ。
給食室にはボタンの姿はなかった。
周りの誰もがボタンが消えたことを気に止めていない。
皆の頭の中からボタンの記憶も消えたのだった。
ボタンは2番として渡し場に続く列に並んでいた。
「あんた、娑婆で何したのさ。」
2番に声をかけたのは2番の後ろに並んでいる同世代の女の子だった。
その声に2番は振り返った。
「ああ。 あんたが先に話しなさいよ。」
「そっか、そうだね。 あんたの言う通りさ。
あたしはさあ。」
「そこの二人!! なにしゃべってんだ?
さっさと前に進むんだよ!
あんたらまで船に乗るんだ。
その後ろの者たちは次の船に乗るんだ、わかったか?
早くこっちに来てさっさと船に乗りな!!」
二人を怒鳴ったのは渡し場の奪衣婆だった。
頭から湯気が立つほど怒っている。
「「はーーーい。」」
「何だ、その返事は!
もっときちんと返事ができないのかね。
まあ、それができる輩はこんなところには来ないがね。 はーっはっはっは!!
お前たち、船に乗るんだ。」
「でも、この船、ぎゅうぎゅうじゃない?」
「観光船じゃないんだ。 落ちようがどうしようが知ったこっちゃないよ。
落ちたくなきゃしっかりと船の縁に掴まるんだね、フン。」
奪衣婆はそう言うと二人を無理やり船に乗せた。
船は亡者たちでぎゅうぎゅうな状態だった。
波が高い中、鬼は乱暴に漕ぎ始めた。
さっそく川に落ちた者達がいた。
同乗していた者達はどよめいた。
鬼は落ちた者達を放っておいてそのまま船をこぎ続けた。
「助けないのか?」
「拾い上げてやらないのか?」
「助けてやれよ!」
皆が口々に鬼に向かって文句を言った。
「お前らが助けてやれ。
わしは船を漕ぐのが仕事じゃ。
助けるのはわしの仕事じゃあないわな。
ほおら、見てみろ。 川に落ちた奴らがどうなるか。」
皆は鬼の言葉につられて川を見た。
落ちた者は川の魚に喰いつかれて引きずり込まれて姿が見えなくなった。
「「「「 おおおおおーーーーー 」」」」
それを見た者達は何も言わず船の端に縋り付いた。
「あたしはさあ、空き巣さ。 空き巣の見張り。
見張りだけなのにさ、逃げる時に車に引かれてそれっきりさ。」
「一回だけ?」
「え? まあ、それは、さ。
しょうがないだろ。 あたしの彼が言うんだからさ。
そりゃあ何回でもヤッタさ。 だってただの見張りだもんさ。
それがさあ、最後のシゴトの時、旅行に行ってるはずだったのになんでかわかんないけど、いてさ。
それであいつパニクッてさ、そこにいた人、刺しちゃってさ。
家を飛び出してきて一人でどっかに逃げたんだよ。
それ見てあたしもびっくりしちゃってさ。それであたし運転できないじゃん。
だから走って逃げて、そしたら車に引かれちゃって、それでここにいるってわけさ。
あたし彼氏に頼まれて見張りしただけなのに、共犯だって。
あいつは裁判でさ、あたしが何も言えなくなってるもんだから、あたしが主犯って言ったんだ。
あたしは被害者さ。 それなのに地獄って、おかしいだろ? そう思うだろ?
で、あんたはなにしたのさ。」
「私は 万引きとか、恐喝とか、パパ活とか。」
「へえ。 あんたも結構やるじゃん。
で、地獄? まあ、当然だね。
あたしと違ってあんたは『自分の意志』で犯罪者になったんだからさ。
あたしとは全然違うと思うね。」
「そうかもしれないね。」
「素直!! どうしたのさ。」
「皆に迷惑かけて悪かったなって思ってるから。」
「ふーーん。 そんな風に思ってるんだ。 へえーー。」
「うん。 今更だけど。
もっと前にこんな風に思えてたら違う生き方があったんじゃないかって思ったりする。」
「へーーーー。 違わないさ、きっと。」
「そうかもしれないね。」
「着いたぞ。 みんな降りろ!!
船から落ちたら、ほら、魚が待ってるぞ。」
川には落ちた亡者を食べようと何匹もの魚が待ち構えていた。
みんなはきちんと並んで順番を守ってひとりずつゆっくり船を下り始めた。
「ぐずぐずするな!! 早く降りろ!!」
船頭の鬼が大きな声で怒鳴り散らした。
亡者たちは落ちないように気をつけながら下りて行った。
船が空になったことを確認した鬼はさっさと船を出して対岸の渡し場に向かった。
船に乗っていた全員が参の関所を通って炎鬼の処に送られた。
「ほお。 今回は結構な罪人が揃ってるな。」
大釜の上に立っていた炎鬼がドン!!という大きな音を立てて飛び降りた。
「火鬼たち、集まれ!」
角も太く真っ赤な体の炎鬼を見て亡者たちはおびえた顔をした。
「そんなに怖がることはないさ。
なにせお前たちはもう死んでいるんだからな。
死ぬってことはない。 消えるだけじゃ。
これからどうなるかはお前たちの罪の深さで決まってくる。
現世で自分がしでかしたことをじっくり考えるこった。
時間はたっぷりある かもしれん。 はっはっは!」
炎鬼は大釜の上を見て、
「火鬼! 下りてこい!! お客さんだ。」
「「「「「「はーーーい!!!」」」」
炎鬼の声を聞いて火鬼たちがぞろぞろと大釜から飛び降りた。
炎鬼よりも小さい火鬼たちを見て、亡者っ値は少しほっとした表情に変わった。
「俺たちお客さんだってよ。」
「もしかしたらお茶でも出してくれるのかも、だな。」
「よかった。 お客だって。」
「ほっとしたぜ!」
亡者たちは『お客さん』の言葉に色めきだった。
自分たちはこの地獄で歓迎されているのだと勘違いをしたからだ。
炎鬼が『お客さん』と言ったのは、もちろん逆の意味なのだが、通じなかったようだった。
「こちらにどうぞ。」
火鬼たちは亡者に対してわざと丁寧な口調で大釜の近くに招いた。
亡者たちは笑顔で言われる通りに大釜に近寄っていった。
皆ガヤガヤと楽しそうだった。 笑顔も見られた。
その表情は次の瞬間、驚きと恐怖に変わった。
火鬼たちは亡者を次々に持ち上げて乱暴に大釜の中に放り投げ入れたのだ。
「「「「わーーーーーーー!!!!!」」」」
『お客さんたち』は一人残らず大釜に投げ入れられた。
「熱い!! 助けてくれ!!」
「ここから出してくれ!!」
「お願いだから出してちょうだい!」
「ううーーーー! 」
大釜の中で煮られている亡者たちは皆なにかしら炎鬼と火鬼に向かって叫んでいた。
少女も当然のように大声で文句ばかりを叫んでいた。
「ちょっと! 熱いじゃないの!!
いい加減にしてくんない?
あたしは被害者なんだ! こんなメに合うはずはないんだよ。
あたしを早くここから出してちょうだい!!」
それから2番に向かっても怒鳴り散らした。
「あんたも何か言ってやんなさいよ。
熱い とか、出せ とか。 言いたいことあんでしょ?
黙ってないで鬼の奴らに文句の一つも言ってやればいいんだ!
それともあんた、熱くないのかい?」
「ううん、熱い。」
2番はそれだけ言うと黙って熱さに耐えていた。
2番の心の中にはゴクに言われた言葉が重く響いて残っていたのだ。
『お前の最も重い罪は自分を大切にしなかったことだ』
その言葉が頭から離れない。
映像で観た母は人目もはばからず泣いていた。
私は自分の勝手な思い込みで周りのみんなを否定してこんなことになってしまった。
この熱さが自分の罪に対するものであるなら、それは受け入れなければならないのだ。
2番は母親の涙とゴクの言葉を思い出しながら我慢していたのだ。
まもなく声を出す亡者は半分以下になっていた。
炭になってしまったのだ。
火鬼はその炭を網ですくいあげてから大釜の下に放り込んだ。
炭は燃えて大釜の中はより熱くなった。
亡者はほとんどが炭に変わってしまった。
それらは全て火鬼が網ですくいあげた。
その様子を見ていた炎鬼は
「半分も残らなかったな。 皆何も考えずに簡単に罪を犯したヤツが多いってことだな。
残った奴らは全員数多くの罪を犯したってことだ。
次の罰を与えようぜ。」 とつぶやいた。
それから大きな声で叫んだ。
「残りの者はあちらの釜に入ってもらおうか。」
炎鬼の指図で人間の形が残った亡者たちは火鬼に網出すくいあげられてそのまま大釜の隣の
少し小さい釜の中に入れられた。
その中には2番と2番に声をかけた少女も入っていた。
その釜の中は大釜ほど熱くはない。
窯に移された亡者たちはほっとしたようだった。
「こっちはそんなに熱くないね。」
「さっきの釜を我慢できたからご褒美かな。」
「いい湯加減じゃわい。 はっはっは。」
「これならずっと入っていられるなあ。」
亡者たちは安心したのか饒舌になっていた。
全員が大釜から移されたことを確認した火鬼たちはうなずきあった。
そして息を合わせて釜の蓋を持ち上げて、亡者たちが入っている釜にかぶせた。
「「「わーーーー!!!」」」
「暗いし怖いし。 出してよ!」
「どういうつもり? さっき頑張ったんだからもういいなじゃないの?」
なにかしら文句を言っているようだが、実は釜には蓋がかぶされているからその声は外には
漏れてこない。
炎鬼と火鬼には叫び声は届かなかった。
「火鬼、釜の底にたまったすすと灰を集めておけ。
空鬼に渡す。」
「かしこまりました。」
火鬼たちは炎鬼に言われた通り釜の底のすすと灰を集め始めた。
そうしていると、次の亡者たちが送られてきた。
亡者にとっては静かな場所に大きな赤鬼と小柄な赤鬼たちがいるだけの場所に思えるのだ。
次の亡者たちが全員大釜に入れられた頃、釜の蓋が開かれた。
中の亡者のほとんどは炭になってしまっていた。
残っているのは多くの罪を犯した者と深い罪を犯した者達だけだった。
ガタイのいい男数人と少女と2番の姿もそこにはあった。
炎鬼はそれらを見下ろして、
「お前たちはよほどの罪を肩に背負ってここに来たらしいな。
次の場所に異動だな。
男達は食鬼の処に飛ばせ。
そこの女二人は氷鬼の処に送ってやろう。
氷鬼はイケメンだから嬉しかろうよ。」
それから炎鬼は上を見上げた叫んだ。
「龍鬼!! 頼んだぞ!!!」
すると龍が天空から降りて来たと思ったら龍から鬼の姿に変わった。
「気軽に呼ぶな。 俺はいろいろと忙しいんだ。
氷鬼までならお前が飛ばせるだろう。」
「まあ、そう言うな。
すすと灰が集まった。 空鬼に伝えてくれ。」
「灰はわかるが、すすは? それは筆鬼じゃないのか。」
「あいつがここに来ると思うか?」
「はあ。 相変わらず臆病じゃなあ。」
「そういうことじゃから、頼んだぞ。
男どもは人を喰ったような生き方をしてきたから食鬼の処に。 女二人は氷鬼の処だ。」
「仕方がない。 わかった。 引き受けよう。」
鬼は竜に姿を変えて、長い尾を使って釜の中から亡者たちを引き上げた。
それから長い尾をしっかりと巻き付けてそのまま飛び去って行った。
男達は食鬼の処で繰り返し繰り返し食べられて希望と絶望を繰り返すのだ。
食鬼は食べ応えのある男たちを見てにやりと笑った。
そしてその気持ちを察したかのように刀鬼と刺鬼が黙々と食卓の準備を始めた。
ここのところ亡者を口にしていない食鬼は久々の亡者によだれを垂らしていた。
刀鬼と刺鬼が男たちを料理し終えるのが待ちきれないようだ。
「生でもいい!!!」
「そうはいきませんよ、坊ちゃん。
こいつらの中には悪玉がたくさんありますからね。
きちんと消毒しないと坊ちゃんがおなかを壊してしまいます。
もう少しお待ちください。」
「ええーーー!?
しょうがないなあ。 早くしてほしいなあーー。」
「承知しております。」
そう言うと刺鬼は暴れる男の体を突き刺して動きを止めた。
すると刀鬼が体を切り開いて心臓を取り出した。
取り出された心臓は一つずつ密閉容器に入れられて棚に置かれた。
男達は皆ぐったりしたが容器に入れられた心臓は動き始めたのだった。
それは奇妙な光景だった。
亡者の心臓が規則正しく動いているのだ。
大鍋に入れられた男たちは、大量の湯でゆでられた。
それから小鍋に入れられて味付けされた者やフライパンで炒められた者、フライヤーに入れられた者、
いろいろな料理が手際よく出来上がっていく。
それをテーブルに着いた食鬼は待ちわびているのだ。
男達の声はもう響かない。 最初に茹でた時に喉はつぶれてしまったのだ。
ただしその顔は苦痛に歪んでいる。
それを見ても刀鬼や刺鬼は淡々と料理を続けている。
「坊ちゃん、できましたよ。」
刀鬼と刺鬼が色とりどりの料理が乗ったキャスターテーブルを運んできた。
それを見た食鬼は声をあげて喜んだ。
「わーーい!! どれもおいしそうだ!!」
刀鬼と刺鬼はにこにこしながらそれらを食卓に並べた。
食鬼はすぐに食べようとしたが刀鬼はそれを止めた。
「坊ちゃん! 食べる前には、なんと言うかお忘れですか?」
「あ、そっか、ごめん。
おいしそうで、つい忘れてたよ。
いっただっきまーーーす!!!」
食鬼はテーブルにある料理をペロリと食べてしまった。
「足らないな。」
「はい。 かしこまりました。」
刀鬼と刺鬼は先ほど容器に入れた亡者の心臓を取り出して食鬼の処に運んだ。
食鬼は心臓を見るとにやりと笑ってその心臓を手に取った。
するとその動いている心臓は血肉がつき始めて元の亡者へと姿を変えた。
元に姿に戻ったのだ。
そしてそれらに向かってにこにこしながら話しかけた。
「お前たちは現世で犯した罪の回数、おいらに喰われるんだ。
わかるか?
何度でも、何度でも、だ。
おいらは腹がいっぱいになるからお前たちみたいな罪深いものが来ると嬉しくなるんだ。」
男達は顔色を変えてしゃがみこんだ。
「「「「 わーーーーーー!!!! 」」」」
「このままもう俺を消してくれ!」
「またあんな目にあうのはまっぴらだ!
頼む! このまま放っておいてくれないか?」
「ほお。
お前たち、そんなこと、誰かに言われたことはなかったのか?」
「え!?」
「そう言われてお前たち、そのまま放っておいたのか?
騙したり脅したり、たまにはヤッたり、さんざんいたぶったんじゃなかったのか?
そんな奴らが今になって泣き言を言うなんて、お笑いだな。
他人を貶めておいて自分だけが楽になれると思ってるのか?
お前たちが犯した罪の分、罰を与えられるのは当たり前だろうよ。
覚悟を決めるんだな。
さあ、刀鬼と刺鬼。 今度は違うメニューにしてくれよ。」
「はい、かしこまりました。」
男達はぐったりしてもう反抗する気力も失くしてしまっていた。
男達には一縷の希望もなかった。
男達は茫然としたままに涙だけが流れていた。
男達は今から何度も心臓をくりぬかれ、料理され、喰われ、また生き返り、そしてまた始まるのだ。
何度繰り返せば消えることができるのか、誰もわからなかった。
それほど男たちの罪は深く、簡単には許されないものだった。
食鬼は男たちの表情を見て満足そうに磊落に笑っていた。
「やっぱりこうしてきちんと噛んで喰らうというのは旨いなあ。」
「やはりいつものやり方では満足いきませんか?」
「そうだなあ。 しょうもない奴らは何回もおいらの体を行ったり来たりして溶けるだけだからな。
満腹はしても満足はしないさ。
噛んで喰らうほうが絶対にうまいよ。」
「それはようございました。」
「こんなやつらみたいに現世でとんでもないことをした奴らがまた来るといいなあ。 な!」
「それはそれで現世がめちゃくちゃになりますから、いけませんね。」
「そっか。 そだな。 すまん。」
「はい。 できましたよ。
おいしく召し上がれ。」
一方、2番と少女は氷鬼の処で龍鬼に投げ落とされた。
「痛いじゃんよ!!」 と少女は龍鬼を睨みつけながら怒鳴った。
2番も「痛い!」と言いながら打ち付けたところをさすりながら立ち上がった。
「ここはどこ? ずいぶん寒いね。 あんた、知ってる?」
「さあ。 どこだろう? ほんと、寒い。」
「いらっしゃい。
ここは私が管轄をしている処。 寒いだろう? 私の名前は氷鬼。
氷の世界なんだよ。
君たちはいろんな罪を犯しているんだね。」
「ふん。 あたしは被害者さ。
巻き込まれてさ、結局車に轢かれてこんなとこに来ちまってさ。
あたしは全然悪くないんだ。
頼まれたことをしただけさね。
なんであたしがこんなところに来なきゃいけないのか、納得できないね。
あんたもなんか言ってやれよ!」
「はあ。 私は・・・ 私は罪を犯しました。」
「はあ? あんた何言ってんの。
あんたは犯罪者なんだね。
それならあんたがここにいるのは当たり前なんだ。
だから文句の一つも言えないってわけだ。
あたしは違うよ。 あたしは巻き込まれただけだからね。
あんたとあたしは違うんだよ。」
そう言った後、少女は氷鬼に顔を向けた。
「ねえ、あんたイケメンだね。
この子は犯罪者って自分で入ってるんだからどうにでもしたらいいさ。
あたしは本当に違うんだよ。
だからあたしはここにいるはずじゃないんだ。
わかる? あたしはこんなところにいる人間じゃないんだ。
ねえ、 どっか素敵なところに連れてってくんないかなあ。」
「さあ。 どうしたものか。」
「だからね、この子を何とかすればあんたの顔も立つんじゃない?
あたし一人くらい見逃したってどうってことないじゃん。
ね、お・ね・が・い!」
「ふーーん。」
少女は氷鬼はその気になったと勘違いして氷鬼にしなだれかかった。
「冷たい!! あんた、冷たいんだね。」
「私は冷たいんだ。 そう。 私は冷たい。」
氷鬼はそう言うと優しい笑みを浮かべてから二人に息を吹きかけた。
息は二人を包み込んでそれは氷柱になった。
二人は氷柱の中で顔を醜く歪めていた。
なぜならそれは、氷柱は鋭いつららの塊で、一本一本が体に突き刺さり食い込んでいるからだ。
二人の違いと言えば、少女は怒った顔をしているのに対して2番はの眼には涙の筋が見えることだ。
氷鬼は二人の心の内の違いに驚いた。
他人と言う者は罪を受け入れたものと受け入れられない者とはこうも違う者なのかを知った。
はてさてこのまま二人を同じところに飛ばしていいものか。
それとも一人は別の罰を与え、もう一人はここで終わらせようか。
氷鬼は迷っていた。
結論はなかなか出せなかった。
仕方がない。 答えはあの方々に出していただくことにしよう。
氷鬼は龍鬼を呼び寄せた。
「誰もかれも俺を気軽に呼びすぎじゃあないのか!?」
先ほど炎鬼にも呼ばれたばかりの龍鬼は機嫌が悪かった。
鬼の姿にもならないまま、浮かんでいた。
氷鬼は済まなさそうな声で龍鬼に言った。
「そう言うな。 二人をこのまま『館』に運んでくれ。」
「このまま、二人ともか?」
「ああ。 これから先どうするかは大鬼様たちに決めていただこうと思う。」
「そうか。 『館』か。 それなら仕方がない。
引き受けた。」
「頼んだぞ。」
龍鬼は氷柱2本を長い尾に巻き付けて飛び立った。
龍鬼はヒューっと音を立てて『館』に向かって飛んだ。
「大鬼様、お願いいたします!!」
龍鬼の大きな声を聞いた大鬼たちは奥の方からうようよと出てきた。
手には大きな徳利と大きな盃を持っている。
ヨミのお説教はどうも効果がないらしい。
「おお、龍鬼か。
氷鬼からだな。」
2本の氷柱を見た大鬼は状況を察した。
「さようで。 後はお任せするようですのでお願いします。」
「この年寄りたちをこき使うとは、なあ!皆の衆!」
「「「おお、そうじゃそうじゃ。」」」
「ゆっくり酒も飲めんわい!」
「まあ、暇つぶしにはちょうどええかもしれんな。」
「そうじゃな。 酒ばかり飲んでいてはまたヨミに怒られてしまうからな。 あーっはっはっは!」
「ところで、若い女二人のようじゃな。」
「そうじゃな。 二人の心持ちが違うようじゃ。」
「そのようじゃ。 反省してるか、してないかじゃ。」
「罪を認めて罰を受け入れているか、人のせいにして悪あがきをしているか、じゃな。」
「わかった。 承知したと氷鬼に伝えるとよいわ。」
「ははっ。 ありがとうございます。
あの、大鬼様。 一つお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「なんだ龍鬼。」
「その・・ 床の炭はどうしたんでしょうか。
炭はすすにして筆鬼に渡して大王様のための墨にすると聞いていますが。」
「おお、この炭か。
この炭はじゃな、現世では罰せられなかった奴らのなれの果てじゃ。」
「と申しますと?」
「法律で裁けない者達じゃ。 法律にないだけで罪が軽いとは限らないじゃろう。」
「例えば?」
「そうじゃな。 例えば・・いじめの加害者が多いな。
心身ともに傷つけながらなんの罰も受けずいけしゃあしゃあと生きてきておるからな。」
「そんな奴に限って炎鬼の大釜ですぐに炭になっちまう。
根性がないでな。」
「そうじゃ。
一人では何もできない奴や自分より弱い者にしか強く出られないようなつまらん奴らじゃ。」
「簡単に炭になってしまうのじゃわい。
しかし、それではだめじゃろう?」
「そうじゃ。 炭になってからも罰を与えるためにここに送られてくる。」
「わしらの力で炭に『意識』を持たせて、改めて罰を与えるのじゃよ。」
「『意識』、ですか?」
「そうじゃ『意識』じゃ。
『意識』があるから罰を受けるとなにかしらを感じ取るじゃろ?
なにも感じない炭のままでは罰を与えてもなんにもならんわい。」
「なるほど。 それでどのような罰をお与えになるのですか?」
龍鬼の質問に大鬼たちは顔を見合わせた。 そして、
「それは、知らん方がいいじゃろう。」
「そうじゃな。 知らん方がよいわ。」
「それではこれ以上はお聞きしますまい。」
「その方がよいな。
このことは大王から任命されてやっていることじゃからな。
そう簡単には済まされんわい。」
「そうです か。」
「あいつは正義の徒だからな。
あくどいことをした奴らは徹底的に赦さんよ。
わしらでも怖くなるほどじゃ。」
「そうじゃな。 しかしそれでこそ大王じゃよ。」
「「「その通りじゃ。」」」
龍鬼は炭の近くにある大きなすり鉢とすりこぎに眼を向けた。
他には太くて長い針、薪が入った壺などが無造作に置かれていた。
龍鬼はどきりとした。
なにも考えないことにした。
「お前も忙しいのにご苦労じゃった。 戻ってよいぞ。」
「はい。 ではこれにて失礼します。」
龍鬼は大鬼たちの言葉に従ってすぐに飛び立った。
やはりこの『館』の方々は恐ろしい。
『館』にゴロンと置かれた氷柱を大鬼たちが囲んで見下ろした。
「さて、どうしたものか。
とりあえず滝に落として氷を溶かしてから考えよう。」
「そうじゃな。 他にもやることがあるしなあ、わしらにはな。」
「「「そうじゃそうじゃ。」」」
大鬼たちは2本の氷柱を足蹴にして滝に落としてからそれぞれが道具を持って炭を見た。
滝に落とされた二人はしばらくは滝に当たり続けた。
滝の底は小花で敷き詰められているから落ちた時に氷柱が割れることはなかった。
氷が溶け始めて二人の痛みはよみがえってきた。
「うううーーー!! 痛い! なにこれ!?」
「痛い! なんかつららが突き刺さってるみたいだわ。」
「つらら!? 痛いはずだわ。
あたしたちが死んでるからって好き放題するのはダメだと思うわ。
ねえ、あんた。 どう思う?
あたしが言うこと、間違ってる?」
「間違ってない。」
「でしょ!?」
「でも、私たちは罪人だから、仕方がないのかも。」
「仕方ないはず、ないじゃないの。
今度あのイケメンにあったら無茶苦茶文句言ってやるんだ!!」
「会うこと、あるかな。」
「ゲッ! あれはなに?」
少女が指を差した方を見るとそこには大きな茶色の雪だるまのようなものが二つ見えた。
「なんだろう?」
二人はそれをじいっと見つめた。
「「ああーーー!!!」」
それは以前滝底に落とされた泥団子になった女子大生だった。
「どういうこと?」
二人に気付いた泥団子たちが叫び始めた。
「ちょっと! 私たちのこの泥をはがしてくれない?」
「冗談じゃない! あんたたちのことなんて知ったこっちゃないわ。 ね、そうでしょ?」
「泥をはがす? できるとは思わないけど。」
そう言いながら2番は泥に近づいた。
「そうそう。 泥をあなたの手でこそいではがしてくれればいいのよ。」
「お願い。 このままでいるのは嫌だっあなたにもわかるでしょ?」
「わかるけど、できるかなあ。」
2番は恐る恐る泥団子に手を近づけたが、その手は泥に跳ね返されて触ることもできなかった。
「泥をはがすどころか、手を触れることもできないみたい。」
「「「 ええーーーー!? 」」」
「それ、どういうこと?」と少女が聞いた。
2番は、「触ることもできない。バリアがあるみたい。」 と答えた。
「ごめんなさい。 私たちではどうすることもできないみたい。」
その言葉を聞いた泥団子の女子大生たちは絶望した。
そして二人の頭は泥団子の中に埋め込まれてから一つにまとまった。
二つの泥団子は大きな一つの泥の塊になってらせんを描きながら滝を上っていった。
二人は唖然としてその光景を見ていた。
少女は気を取り直して自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「どっちにしてもこっからでなくっちゃ話になんないわ。」
「どうするつもり?」
「ここを上るのさ。」
「上るって? この滝を?」
「当り前さ。 滝以外にどこを上るって言うんだ?」
「上れるのかなあ。」
「上ってみせるさ。
それでさっきのじじいたちの酒の相手でもしてやれば後は楽勝だよ。
あんたはどうする? 一緒に上るかい? それとも腐るまでここにいるのかい?」
「どうしよう。」
2番は滝の上を見上げた。
上れるような気もするし、無理な気もする。
どうしようかと迷っている間に少女はもう上り始めていた。
「ちょっとあんた! 知らん顔してないでこっちに来てあたしを支えてよ!!」
少女の声に2番は驚いて少女を見た。
「こっちこっち。 あたしのお尻を支えて、ぐうっと押し上げてよ!」
「あ、はい。」
2番は少女の勢いにつられて近づいた。
そして少女のお尻を両手で支えてグイッと持ち上げた。
「そうそうその調子。 もっと持ち上げてよ。」
2番は両手を精一杯伸ばして少女を持ち上げ、つま先立ちになった。
「これが限界。 足がプルプルしてきた。
後は自分でがんばって。」
「そうするよ。 あんたも自分で上れるといいね。」
「そうね。」
2番は腕も足も疲れてしゃがみこんだ。
「かわいい。」
2番は改めて滝の底の花々を隅々まで見回した。
するとその一角に白詰め草の花が咲いていた。
「あ。 白詰め草!」
2番は白詰め草が咲いている一角に四つん這いのまま近づいた。
昔、2番が幼かったころ、母親と一緒に行った公園に白詰め草が咲いていて、母親がそれを摘んで
花冠を作って2番の頭に乗せてくれたことを思い出したのだった。
「ママ。 ママ、ごめんね。」
2番は自分で花冠を作ろうと白詰め草の茎の根元をつかんだ。
するとその時白くて丸い花が2番の母親の顔に変わって、
「ここにある花を摘んではだめよ。」
とたしなめた。
2番は、「わかった。 言う通りにする。」
と言って茎から手を離した。
そして2番は群生している白詰め草に顔をうずめて、ただ泣いた、
「う、う、うーー、うーーーーーーー」
2番の泣き声は滝に反響して大鬼たちの耳にも届いた。
「ほお。 一人はあがくこともせずそこにいるようじゃな。」
「もう一人はのぼっておるわ。」
「人間の亡者に滝の水は毒じゃがな。」
「知らぬが仏 じゃ。」
「地獄でも な。」
「そうじゃな。 はーっはっはっは!!!」
大鬼たちは膝を叩きながら高笑いをし酒を呑んでいた。
少女は滝の水を浴びながら上っていった。
「なんだ、簡単に上れるじゃん。 楽勝楽勝!!」
しかし少女の手足の色が徐々にに変わっていくことに少女は気付いていなかった。
上るにつれて体に浴びる水の量が増えてきた。
少女の体の色もどんどん変わっていった。
「なにこれ? ええーーー!?
どういうこと!?」
少女の体は少しずつ色を変えて枯れていき、皮膚がはがれた。
表皮がはがれた少女の体にも容赦なく水は降りかかってきた。
少女の体はみるみるうちに分解されて細かな粉になって滝底に降り注いだ。
滝底に咲く花は舞い降りる粉を待っているかのように静かに咲いている。
水を浴び、風をはらんで少女だった粉が降り注いだ。
2番の体の上にも花の上にも粉は降り注ぎ、キラキラと光り輝いた。
2番の体もキラキラと輝いて、消えてしまった。
「大王様、お久しぶりです。」
筆鬼の声でゴクは我に返った。
「おお、筆鬼か。
いつもいい墨と筆を作ってくれて感謝しておる。」
「恐れ入ります。
今日は村に大王様がいらっしゃっていると聞いてお会いしたくて参りました。」
「そうか。 人見知りのお前なのになあ。
気を遣わせてしまったかな?」
「そんな。 滅相もございません。
久しぶりにゴクの顔を見たいとも思いましたし。」
「そうかそうか。 お前たちは同じ時期に学び舎に通っていたな。」
「はい。 成績は雲泥の差がありましたが。 なあ、ゴク。」
「え? なんだって?」
「珍しいな、ゴク。 お前が気もそぞろとは。
なにを考えていたのかな?」
「そうですよ。 ゴクは耳が七つあるといわれていましたから。」
「そんなことがあるもんか。」
「それほどゴクは優秀だったってことだよ。
給食がきになるのかい? おいしそうだからね。」
「いや、そうではない。 そうではないが。」
ゴクは給食室を見た。
「ボタンちゃん、次はそこのお皿を並べてちょうだいね。」
「はい!」
「いつもながら元気いっぱいでいい返事!」
「元気だけが取り柄ですから。」
「そうなのかい? あーっはっはっはっは!!」
「ふふふ。」
2番はボタンとして鬼村に戻っている。
ボタンが消えた時と同じように、戻った今も周りの者達は何事もなかったかのようだ。
何事も普段通りに進んでいるのだった。
・・・・そうか。 大鬼様たちも2番を赦して村に戻されたのだな
私の判断は最終的には正しかったというわけだが
やはり罪には罰を与えなければ現世での行いについてのケリがつかないということだ
「どうした?」
「なんでもありません、大王様。
関所守が首を長くして待っております。
戻りましょう。
筆鬼、お前もたまにはこちらに顔を出すんだな。」
「参ったな。 それは遠慮したい、かな。」
「お前らしいわ。 はっはっは!」
閻魔大王は屈託なく笑うゴクを見て安心したように、
「そうだな。
関所守が待っているな。 戻ることにしよう。
筆鬼、 達者でな。」
「はい。」
閻魔大王とゴクは筆鬼が見送るなか、地獄へと戻って行った。
結局2番をボタンとして鬼村に戻す方向に舵を切りました。
今回は自分の裁定に自信を失いかけたゴクの揺らぎを描きました。
そして改めて罰することの必要性を実感することになりました。
次回は自信をもって弐の関所の番人として淡々と判断を下すゴクの姿を描きたいと思います。




