秘密の会話
王都に戻る前日の夜のことだった。
ふと夜中に目が覚めて、喉の渇きを覚えたクラーラは階下の給水場へ足を運んだ。
寝ているメイドをわざわざ起こして頼むことでもないと思ったのだ。
その途中にある読書室の扉が半分ほど開いていて、わずかな灯りが漏れていた。
通りがかると、木製のベンチに座っている女性の後ろ姿が見えた。
一目でイーヴィーと分かった。薄暗がりでもイーヴィーのピンキッシュブロンドはすぐに分かる。
こんな夜中に読書……?
じゃないか、薄暗がりだし。なんとなく眠れなくて起きて来たのかしら……
声をかけようか逡巡し、視線の角度を変えたとき、イーヴィーのすぐ隣にもう一人いることに気づいた。
イーヴィーが頭を左にもたげていたのは、隣に寄りかかっていたからだった。
甘えるように傾げられた首を黙って肩に乗せているのは……ロバートだ。
見てはいけないものを見てしまった気がして、クラーラはばっと壁の後ろに隠れた。そしてそっと立ち去ろうとしたが、
「クラーラと結婚してよ」
イーヴィーが発した言葉に足が止まった。
「だって、いくら私たちが愛し合っていても、兄妹だもの。決して結ばれない。私はマイルズ様と結婚しちゃうんだから、ロバートもクラーラと結婚して。他の女は嫌だけど、クラーラならいいわ……男嫌いだから、好んでロバートとイチャイチャすることがないもの。ヤキモチやかなくて済むわ」
えっ、とクラーラは自分の耳を疑った。
この二人が『愛し合って』いる?
仲の良い兄妹だとは思っていたが、今のこの空気は兄妹愛以上のもの漂わせている。
それにイーヴィーが、クラーラとロバートにくっついてほしい理由が『ヤキモチを焼かなくて済むから』で『クラーラは男嫌いだから』
クラーラは急いでその場を立ち去った。
ベッドに戻ったが寝つけず、翌日はむくんだ顔で子爵家に別れを告げた。
頭が上手く回らず、終始ぼーっとしていた。
「大丈夫? クラーラ、ぼんやりして。元気がないわ」
王都へ戻る馬車の中で、イーヴィーが心配そうにクラーラの顔を覗きこんだ。
「……ちょっと、寝不足で」
「あ、分かった。ロバートと別れるのが寂しいとか?」
冷やかすイーヴィーのいたずらっ子のような瞳を見て、クラーラは心が淀んだ。
ちょっと前までは、この愛嬌が愛しかったのに。
「そんなことないわ」
「本当に? ロバートのこと考えてたんじゃないの?」
それは図星だった。しかしイーヴィーが冷やかすような、浮ついた気分ではない。
クラーラは落ちこんでいた。
イーヴィーが自分の兄にクラーラを紹介したのは、クラーラのためでなく自分のためだったのだ。
愛し合っている兄が他の女とイチャイチャするのは見ていられない、だから男嫌いのクラーラをあてがいたいと考えた。
ちょうどクラーラも、イチャイチャしなくて済む結婚相手を探していたからだ。
そう、利害は一致している。
クラーラにとっても『渡りに船』のはずだ。
冷静に考えるとそう分かるが、どうしてもショックが大きかった。
何がこんなにショックなんだろう。
ロバートがイーヴィーを愛していることが?
別にロバートを好きな訳でもないのに。
単に、親友が実の兄と禁断の恋をしていることがショッキングなのか。
それに親友だと思っていたイーヴィーが本心を隠していたからだ。
利害は一致しているのだから、正直に話してくれれば良かったのに。そう恨めしく思っているのかもしれない。
だけど、分かる。
親友にも言えやしないことだ。
実の兄と愛し合っている、なんてことは。誰にも言えない、秘密にしなくてはならないことだ。
『クラーラと結婚してよ』
イーヴィーのお願いに、ロバートは何て答えたんだろう。
それを聞く前に逃げ出してしまい、気にかかる。