親友のありがたみ
イーヴィーの実家での滞在期間は一週間で、その間イーヴィーは宣言通りクラーラとロバートが二人になる時間を多く作った。
子爵は地方役人の仕事で不在のことが多かったが、夫人もイーヴィーに協力的だった。
母娘でロバートを推してくる。
あるときの会話では――……
「クラーラさんもすでにご婚約者がいらっしゃるんでしょうねえ、素敵な方が」
夫人がずばり斬りこんできた。
きっとイーヴィーに聞いて知っているはずだが、あえてロバートの前で確認する辺り、思惑が透けて見える。
「いえ、いません……」
「あらぁ、そうなんです!? こんな素敵なお嬢様にお決まりの方がいないなんて。候補はいらっしゃるの?」
「あ、いえ、いない……ような、いるような……」
いないと言い切ろうとして、思い出した。
都に戻ったら、父が用意した縁談の中から誰かを選んで会うことになっているのだ。
「まあ、そうなんですねえ。じゃあその候補の中にロバートも入れていただけたらなあ、なんて」
「えっあの……」
すでにイーヴィーからその打診はされているが、「親に話を通すとプレッシャーになるから」と水面下の話だったのに。
ロバートもいる前でザブンと表に出されて、クラーラは狼狽した。
助けを求めるようにイーヴィーを見やると、
「あっ、それいい! クラーラとロバート、相性が良さそうって私も思うもの。クラーラが家族になってくれたら嬉しいし!」
と大賛成した。
「ねっクラーラ、いいでしょう? 検討してくれるだけでも、お願い!」
「あ、……うん、それは……でも、」と言ってロバートの方を窺った。
勝手に推薦されて、勝手に話が進んでいいものなのか。
クラーラの心配そうな視線を受けて、ロバートは微笑を返した。
「僭越ながら、ぜひ候補に入れていただけると光栄です」
「もうロバートったら、堅苦しいんだから。そこは、『ぜひお嫁さんになってほしいです、何でもしますから』でしょ」
「何でもしますから、って何だよ」
「あら、クラーラに選ばれるためにはそこまで言ってほしいわ。ロバートのアピールポイントって他に思いつかないし」
「言い切れないくらいあるでしょ、もっと立てなさいよ兄を」
軽い言い合いを始めた兄妹は本当に仲が良く、じゃれ合っているようにも見える。
「まあまあ、ではそういうことで、クラーラさん。ロバートの釣書を後でお渡ししますので、お家に持ち帰っていただいて……。もし正式に縁談が進むようでしたら、私どもが都に出向きますので……何卒」
子爵夫人が有無を言わせない雰囲気で頭を下げた。
「……はい、ありがとうございます」
クラーラも応じて頭を下げたが、心には迷いだらけだった。
イーヴィーの兄ロバートは、父親が持ってきた縁談よりも条件が良いのは確かだ。
田舎ではあるが貴族の爵位を継ぐ嫡男で、ゆくゆくは子爵夫人になれる。
婚姻歴なしで、年齢はクラーラの3つ上だ。
子持ちのバツイチ伯爵とは一回り違う。
しかし始めに戻って考えてみると、クラーラが子持ちのバツイチ伯爵とお見合いしてみようと思ったのは、その伯爵なら新たな子供を望まないだろうと思ったからだ。
男嫌いのクラーラには、自分が結婚して子供をもうけるということが想像できない。
ロバートは柔らかい雰囲気で穏やかで話しやすいが、それでもやはり対異性として常に気は張っていて、休まらない。
夫婦として過ごし、ずっとやっていく……想像するだけで苦痛だ。苦行すぎる。
ただの同居人としてならまだ何とかやれそうだが。
イーヴィーの話ではロバートも恋愛は求めていないようだが、子爵家に跡取りは必要だ。
「……やっぱりね、跡継ぎをもうける自信がないのよ私。だから無理よ、このお家に嫁入りするのは」
イーヴィーと部屋で二人きりになったとき、クラーラは打ち明けた。
せっかく色々とお膳立てしてくれたけれど、男嫌いの根は深そうだと。
「そんなの今から心配しなくても大丈夫よ。人間って変わるのよ。今は絶対無理って思い込んでることが、大丈夫になることもあるの。私たち若いんだから、急がなくていいと思うわ。ロバートも若いし、ゆっくり二人で、ね。だんだんと時間を経てほだされることもあると思うし」
イーヴィーのポジティブさが眩しかった。
「それにね、結局どうしても駄目だった場合でも、後継ぎの心配はしないで。私が公爵樣との子供をばんばん産んで、男の子1人あげるわ。私の子だからきっと可愛いわよ。他の家に養子に出すのは嫌だけど、実家だし、大好きなクラーラと兄の子になるなら、安心だし。だからクラーラも安心して」
驚きの提案に目をみはった。
まだ1人も生まれていない子供を、しかも大事な男児を、「1人あげるわ」なんて軽々しく。犬猫じゃないんだから、とびっくりしたが、イーヴィーらしい。
実際それが実現するかは疑わしいが、イーヴィーの思いが本気なことは分かった。
イーヴィーは本気でクラーラとロバートの成婚を願っているのだ。
親身になって考えてくれて、手を引っ張り背中を押してくれる親友――……心底ありがたいものだ。
と、このときまでは思っていた。




