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粋な計らい

身構えて臨んだ久しぶりの社交パーティーだったが、レイモンドの言ったとおり、わりとカジュアルなものだった。


主催者が貴族ではなく商会なので、無理に気取っていない。

メインもクラーラの苦手な社交ダンスではなく、立食と雑談だった。


そして貴族が少数のせいか知った顔もおらず、レイモンドが伴っているクラーラを見ても、誰も怪訝な顔をしなかった。


「リヴィングストン伯爵のご令息ですね、初めまして。そちらのお綺麗なご令嬢は?」


「やあレイ、会えて嬉しいよ。そちらはもしかして恋人かな?」


「あらレイ、お姉さんっていたの?」


そんな風に声をかけてくる人々に、レイモンドは決まってこう答えた。


「僕の大切な友人で優秀な家庭教師、ノースモア伯爵家のクラーラ嬢です」


クラーラの名前、もしくは家名にぴんときた様子の者もいたが、好意的な態度は変化しなかった。


ああ、あの醜聞の。という見方をする人もいるはずだと覚悟して来たクラーラだったが、実際に言われたのは


「ああ、あの秀才の!」


という言葉だった。


「お噂はかねがね。うちの愚息にも勉強を教えてほしいですなあ」


「本当ね。うちの子は特に科学が苦手で、困ってるんです。どうしたら良いのでしょう」


「えぇと、科学でしたら、まずは身近な事象で家庭実験をして、興味をそそるっていうのも良いかと思います。例えば蠟燭で……」


そんな風に自然と会話ができていることにクラーラ自身驚いた。


人々は必ず色眼鏡で見てくるはずだと、偏見で凝り固まっていたのは、クラーラの方だったのかもしれない。

この4年間、なるべく多くの人に出会わないようにと、狭い範囲で生きてきた。

それで十分で、満足だと思っていた。


しかし今日、いつもなら決して足を運ばないような知らない人々のパーティーに来て、久しぶりにおめかしをして、初めて口にするお菓子の新しい味の試作品に次々と手を伸ばしている。


なんて楽しいんだろう。

こういう高揚感をすっかり忘れていた。


ただ淡々と変わらない毎日を過ごすことで平穏を保っていたが、たまにはそこから外れることも必要なのだ。


そう気付かせてくれたレイモンドに感謝した。

しかし少し前に、


「ちょっとお手洗いに」


と行ってしまったレイモンドがなかなか戻って来ない。

大丈夫だろうかと心配になりかけた頃合いで戻ってきた。


「ごめんクラーラ、急用ができた。僕は先に帰るね」


「えっ、先にって。私も一緒に帰るわ」


置いて行かれても困る。


「クラーラは残って。僕の代わりにエスコート役を頼んだ人がいるから、帰りは彼に送ってもらって」


クラーラの視界の端に1人の男性の姿が映った。

レイモンドの後ろから歩いてくる。


えっ、とクラーラは絶句した。


「今晩は、お久しぶりです」


一瞬見間違えかと思ったが、ロバートだった。


どうしてここに!?


クラーラが驚いている隙に、


「じゃあ、そういうことで。僕は急ぐのでお先に失礼します」


と言って、レイモンドはさっさと行ってしまった。

いつの間に来ていたのか、リヴィングストン家の爺やがその後を追って行くのが見えた。


レイモンドに仕組まれた、とクラーラは理解した。

爺やが急に都合よく現れるはずはない。ロバートも然りだ。


仕組まれたというと言葉が悪い。

『粋な計らい』とやらをしたつもりだろう。

やられた、とクラーラは思った。


「お久しぶりです」


とりあえずは目の前のロバートに丁寧な挨拶を返した。


「びっくりしました、まさかロバートさんがいらっしゃるなんて」


「僕もです。地元の銘菓をこちらの商会で新たに取り扱いしていただけることになって、このパーティーにご招待いただきました。クラーラさんは、先程のご令息の家庭教師をされているそうですね。まさかの偶然ですね、驚きました」


それはそうだ、レイモンドが仕組んだ『粋な計らい』なのだから。

それにしても、今さらロバートと引き合わせてどうしようというのか。


今思えば、デイジーのブローチを着けてほしいと頼んだのも、このためだったのかと合点がいく。

案の定ロバートの目にも止まったようだ。


「そのブローチ……まだ着けてくれてるんですね、嬉しいです」


すごく恥ずかしい思いがした。

4年ぶりの『偶然の』再会で、プレゼントしたブローチをしっかり着けている女ってどうなんだろう。

ものすごく未練がましい感じだ。


そうじゃない、これはレイモンドにせがまれて4年ぶりに箱から出して着けたのだと、言い訳したかったが、そんな失礼なことも当然できない。


「少し移動して話しましょうか?」


とロバートが小首をかしげた。


「あ、じゃあもし大丈夫でしたら、家まで送っていただけますか」


「ええ、大丈夫ですよ。僕もそろそろおいとましようと思っていましたから。馬車の中で話しましょうか」


ロバートは相変わらず紳士的だった。

見た目も4年前と変わりがない。

強いて挙げるなら、髪が少し短くなっていて、体格が少しがっしりしたような気もする。


が、男性にしては小柄で、優しげな印象の女顔であることに変わりはない。

馬車の中で年齢の話になり、


「22歳ですよね」


と確認すると、


「再来月で23です」と返ってきた。


「あれから仕事ばかりしていました。長らく父の補佐をしていましたが、ようやく一人前の仕事を任されるようになりました」


近況を聞いたところ、ロバートもクラーラと同じような感じだった。

婚活は一旦端に置いて、仕事に専念していたそうだ。


女性の23歳は行き遅れと揶揄されるが、男性には世間も寛容だ。

あの子爵夫人もとやかく言わなくなったそうだ。

イーヴィーがマイルズと結婚し、子どもが生まれたため、今は王都にいる孫のことで頭がいっぱいらしい。


あのイーヴィーが母親になった、ということがいまだに想像しがたい。

イーヴィーとはあの一連の騒動で、結局お互いの誤解は解けたものの、元通りの親友には戻れなかった。

真相は違うが、『因縁の三角関係』だと世間に位置づけられ、マイルズとイーヴィーとクラーラの3人で仲良くする、ということは不可能になった。

一緒にいるところを目撃されようものなら、噂が再燃し、あらゆる憶測が飛び交ってしまう。


それを回避するため、表向きは疎遠にならざるを得なかった。

イーヴィーは短く刈った髪が伸びるまで、心身の療養と称して1年間休学して、マイルズの元で過ごした。


その間文通をしたり、ウィッグをかぶり変装したイーヴィーと2人で出かけたこともあった。

それはそれで楽しかった。良い思い出だ。

しかしイーヴィーが下の学年に復学し、学園で注目されるようになると、交流しづらかった。


それぞれの忙しさに没頭するしかなかった。

クラーラはひたすら勉学に、イーヴィーは結婚に向けて花嫁修業に勤しんだ。


進む道は完全に別方向だった。


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