4年ぶりの
ライオネルの仕事の取引先だという、食料加工品の卸し商会が開くそのパーティーは、新商品の試食会を兼ねたカジュアルなものらしい。
「だからそんなに緊張しなくていいみたい。立食で自由に試食しながら、雑談する感じのやつ」
レイモンドはそう言ったあと、
「あ、でもおめかししてきてね。前に言ってたデイジーの花のブローチ、着けてきてよ」
と注文をつけた。
「え、そのブローチの話なんてしたかしら」
「聞いたよ。イーヴィー兄とは全く何もなかったのって聞いたら、イーヴィーとの交友のお礼として花のブローチを貰ったことがあるって」
そういえば話の流れで話したことがあった。
「よく覚えてたわね」
「勿論。クラーラの話は全部覚えてるよ」
照れもせず真っ直ぐに言うので、クラーラのほうが気恥ずかしくなる。
「でも何でそのブローチを」
「単純に、見てみたいって興味。それに勿体ない気がして。せっかく良い品なのに、しまいっぱなしで着ける機会がないんじゃないの?」
図星だった。
あのブローチを最後に身に着けたのは、例のマイルズの誕生祝いパーティーだった。
ロバートと仲直りするつもりで、あのブローチを着けてパーティーに出た。
そして実際ロバートと仲直り(といっても別に喧嘩をしていたわけではないが)して、パーティーの主役たちを遠巻きに眺めていたら、例の騒動が起こったのだ。
マイルズがイーヴィーに叩きつけた突然の婚約破棄、そしてクラーラとの交際宣言。
クラーラはその場で卒倒し、気づけばパーティーは終わっていた。
悪夢のような日だった。
それ以来、あのブローチを身に着けたことはない。箱にしまったままだ。
本来眺めるだけで心が踊るような素敵なブローチだが、あのことがあってからは、見るとどうしても思い出してしまう気がして、避けていた。
『せっかく良い品なのに勿体ない』というレイモンドの言葉は正しい。物に罪はない。
「そうね……確かに。輝く場を奪ってしまって可哀想ね、久しぶりに出してみようかしら」
かくしてクラーラは4年ぶりに着飾って社交パーティーに出る決意を固めた。
久しぶりに袖を通すドレスは古めかしくないだろうかと気になったが、元々流行りに左右されないオーソドックスな形のドレスだ。
色味も落ち着いているため、20歳になったクラーラの方がよりしっくりと着こなせている。
しかし、白と黄色の大輪のデイジーのブローチは、今では少し可愛らしすぎるような気がした。
「クラーラさんに似合うものを作らせた」とロバートは言っていたが、そのときのクラーラは16歳だった。
年月の経過を改めて実感した。
そんなクラーラの感傷を吹き飛ばしたのは、レイモンドだ。
パーティー当日に迎えに来たレイモンドは切れ長の目を大きく見開いて、大袈裟に感激してみせた。
「クラーラ! すごく素敵、綺麗だ。普段のクラーラも大好きだけど、特別な装いのクラーラは特別素敵だね」
そういうレイモンドも普段とは違う。
正装を纏い、整髪料で撫でつけた黒髪の艶やかさに色香が漂う。
宝飾品はアメジストの紫で統一している。黒と紫のコントラストにより、一段と大人びて見えた。
しかし保護者はクラーラだ。ライオネルの代わりに保護責任がある。
浮ついた気持ちではなく、しっかりとレイモンドをサポートしなくてはとクラーラは気合を入れ直した。
実際は4年ぶりの社交パーティーに緊張している。もしかしたらレイモンドよりも怯んでいるかもしれない。
それでもレイモンドに情けないところは見せられない。頼りになるお姉さんでありたい。