お願いごと
そう宣言して以降、レイモンドがクラーラを困らせることはなかった。
クラーラの変化にいち早く気づいて反応することに変わりはないが、直球の好意をぶつけてくることはなくなった。
拗ねたり甘えたりする言動も影を潜めた。
『いい男になるために』精進中なのだろうか?
いや、本人は気づいていないが、いい男の土台はすでに出来上がっている。
今でも十分女の子にモテているはずだ。
亡くなった母親譲りの黒髪黒目、すらりとした体型に整った顔立ち、クールな雰囲気がマイルズを彷彿とさせるが、レイモンドには威圧感がない。
レイモンドを怖いと思ったことは一度もないし、今より身体が大きくなってもそれは変わらないと思える。
なにせクラーラは8歳の頃からレイモンドを知っているのだ。
可愛い弟のように思っているのは本当だ。
しかしどんどん成長し、自分の背を追い抜いたレイモンドの言動に、最近はドキッとさせられることがあるのも事実だった。
子供の憧れを真に受けてはいけない、と自分に言い聞かせているのに、本気で照れてしまうときがある。
ああ、これは大人として駄目だとクラーラは思った。
まさか8つも下の少年に恋愛感情を?
これが男女逆なら許されるだろう。
うんと年下の女性を娶る男性は珍しくない。
実際、クラーラもレイモンドの父ライオネルとお見合いをしたのだから。
お見合い相手の息子と……というのは、いくらなんでも節操がない気がする。
そこもまた気になる点だ。
ライオネルは1年前に領内の女性と再婚をした。
農作物の研究をしている女性で、仕事で関わるうちに懇意になったそうだ。
「研究者だから繊細な神経質なタイプかと思ったら大間違い。底抜けに明るくてタフな肝っ玉母さん、みたいな人。うふふって笑うんじゃなくて、がははみたいな」
とレイモンドが話していた。
クラーラとはまるで違うタイプの女性だ。
正反対の女性を選んだのだなと、クラーラは少しだけ落ち込んだが、ライオネルが良い人と再婚をしたことはとても嬉しく、心から祝福をした。
友人として、結婚お披露目パーティーにも出席した。
「もう父のことは気にしなくていいからね」
そのときレイモンドが言っていた。
「僕とヴィヴィはこれからも構ってね。僕たち、クラーラのこと大好きだから」
少しだけ落ち込んでいた気持ちが救われた。
ああ、レイとヴィヴィはやっぱり大切な弟と妹のような存在だ。
実の姉のライラは完璧で頼りになる存在で、弱音を吐いたり甘えたりできる。
けれどレイとヴィヴィには、いい格好がしたい。甘えられたり頼られたい。
レイモンドの家庭教師を始めて7か月が経った頃、勉強以外で頼みたいことがあるとレイモンドが言った。
「実は、来月お呼ばれの社交パーティーに出るんだ。父は別件で出席できなくて、僕が代理で。そういうの初めてで、1人だと不安だからクラーラに同伴してほしいんだ」
「えっ、私が?」
思いがけない依頼にクラーラは驚いた。
「うん。爺やに連れられて行くなんて恥ずかしいし、そういう場にはやっぱり女性をエスコートして行くのが普通でしょ」
「ああ……まあ、そうねぇ」
レイモンドの言いたいことは分かった。
子供なら爺やに連れられて行くのも普通だが、レイモンドは子供に見られたくない年頃だ。
大人のように行動したいし、大人よりも羞恥を感じる思春期だ。
「でも、私と、ってのはあまり良い選択じゃないわ。社交界での私の評判は、自分で言うのもなんだけど、良くないの。ほら、マイルズ様との一件があるから。せっかくレイが1人で社交パーティーに出る、晴れの場よ。足を引っ張りたくないわ。私よりもっと、レイに釣り合う女の子を誘うといいわ」
「嫌だ、クラーラがいい。クラーラが行ってくれないなら、やめる」
ここしばらく子供っぽい言動を全く見せなかったレイモンドが、ここぞとばかりに子供っぽい口調で言った。
「クラーラが噂されるような悪女じゃないこと、大概の人間は知ってるよ。パーティーに出てみたら分かるよ。大丈夫。父の代わりに、僕の保護者として、ね?」
結局押し切られてしまった。
『保護者として』頼られると応えたいと思ってしまうのは、やはり可愛い弟分だからだ。




