その後
「で、なんでクラーラは結婚しなかったの?」
「なんでって……話聞いてたわよね? マイルズ様はイーヴィーと復縁して、結婚されたのよ」
「そっちじゃなくて、イーヴィー兄と。その流れで行くと、クラーラはイーヴィー兄と、じゃないの?」
「流れ……そうねぇ、その流れで、ってのが嫌だったのかもね。主役の2人がくっついたからって、脇役の2人もおまけみたいにくっつくってのも安易だもの」
「何言ってんの、人生の主役は誰しも自分だ。クラーラは誰かのおまけじゃない」
そう言ってレイモンドは不機嫌さをあらわにした。
12歳になり、急に大人っぽくなったとはいえまだ子供っぽさも残る。直情的だ。
そこがやっぱり可愛いなとクラーラは密かに思いつつ、ありがとうとお礼を述べた。
思春期のレイモンドに「可愛い」は禁句だ。
「なんかねぇ、疲れちゃったのかも。婚活に。あの2人に振り回されて、もう最終目標が『2人のゴールインを無事見届けること』に私もロバートさんもなっちゃってたから。それを達成したら気が抜けちゃって。やれやれって感じよ」
「それは分かる気もするけど。でも散々振り回しておいて、自分たちだけハッピーエンドって最悪。おかげでクラーラは『公爵令息に婚約破棄された令嬢』という烙印を押されて、名誉が傷ついたじゃないか」
「ええ。だから慰謝料をたっぷり頂いたの。別に結婚をしなくても、こうして時々家庭教師の仕事をしていれば生きていけるくらい。だから余計に婚活する気が起こらなくて。父もうるさく言わなくなったの。父が前のめりでマイルズ様との婚約を決めたから、その責任を感じてるみたいで。私に悪いことをしてしまったって」
あれから腫れ物扱いになってしまったクラーラだが、気楽だった。
結婚することを強いられなくなったし、家庭教師の仕事もしなくていいほどの慰謝料を公爵家からもらった。
ただずっとブラブラしているのもなあ、と思っていたところへ、貴族学園に転入するために都へ出てきたリヴィングストン伯爵家の長男、レイモンドの家庭教師を頼まれたのだ。
リヴィングストン伯爵家の兄妹との交流は細々と続いていた。
年に数度だが、父親のライオン伯爵を交えて食事をしたり遊びに出かけたりだ。
今は週に3日、レイモンドの家庭教師をしている。
婚活から退いたクラーラは勉学に専念し、貴族学園を首席で卒業した。
優秀な才女としての評判を確立したのだ。
『親友から婚約者を略奪したものの3日天下で振られた令嬢』という不名誉な噂はついて回ったが、その噂に負けないように努力した結果だ。
あの一連の騒動からもう3年半が経ち、噂は落ち着いているが、当初はひどいものだった。
「大人しい顔をして親友の婚約者を寝取った」
「マイルズ様を言葉巧みに誘惑した」
「地味なのにこわい魔性の女だ」
というようなものから、
「やっぱり地味だからすぐに振られた」
「マイルズ様の気まぐれに舞い上がっただけの哀れな女だ」
「実家の力でマイルズ様を奪ったものの結局イーヴィーの魅力に負けた」
というものまで、なかなか胸を抉る言葉の数々だった。
公爵家を筆頭に火消しに回ったが、人の口に戸は立てられない。漏れ聞こえてクラーラの耳にも届いたが、気丈に振る舞った。
なぜなら、それは予想できなかったことではない。そうなるだろうなと分かっていて、あのときクラーラは行動を起こした。
自分で選択したことなのだ。
だから覚悟はあったし、負けるものかと勉学に勤しんだ。自分の行動でもって名誉挽回しようと、胸を張って誇れるように暮らした。
「むかつくけど、まあいいか」とレイモンドが自身に言い聞かせるように言った。
「おかげで、クラーラが家庭教師になってくれたわけだし。僕が王都に出てくる頃にはもう無理だろうなって思ってたけど、間に合って良かった」
目を細めるレイモンドに一瞬見とれたクラーラだったが、慌てて仕切り直した。
「さ、休憩はこのくらいにして、次の問題に進むわよ」




