画廊にて
「婚約記念に絵画がほしいって? 婚約指輪もまだだし、君にはまだ何も買ってあげてないからね、いいよ。好きなの選んで」
「マイルズ様と一緒に選びたいんです。記念品ですから」
マイルズは意外そうな顔をした。
クラーラも自分の言葉に居心地の悪さを覚えた。
こんな風に、異性に甘えるような口をきくのは生まれて初めてだ。
「は、母が目をかけている駆け出しの画家が、初めての個展を出していて。マイルズ様ににお買い上げいただけるなんて名誉ですし、その、応援の意味もあって……」
信憑性のありそうな嘘を付け加えた。
「なるほど。それならぜひ、一緒に買いに行こう」
マイルズは快く応じ、思い出したように付け加えた。
「ああ、これって初デートか……」
クラーラとマイルズは交際0日での婚約だ。
デートも何もなかった。
クラーラはぎこちなく微笑み返し、作戦が成功したことに安堵した。
マイルズを誘い出すことに成功だ。
貸し画廊を訪れる時間はマイルズの都合に合わせた。
マイルズとのデートのため、見張りは付いていない。家族も快く送り出してくれた。
マイルズを騙して、イーヴィーと会わせる。
本当のことが分かった瞬間、マイルズは怒るだろうか。
クラーラの緊張は高まり、胃が重く感じられた。
しかし、このまま何もせず2人の別れを見届けて、マイルズと結婚してお飾りの公爵夫人になれば、きっと今よりも後悔する。クラーラは思った。
ロバートに指定された貸し画廊は大通りから少し入った、ごちゃごちゃと小さな店が建ち並ぶ通りだった。
文房具屋とパン屋に挟まれた、小さな金色の扉に洒落た飾り文字で画廊名が刻まれていた。
地図を頼りに辿り着いたクラーラは、マイルズと共にその扉を開けた。
室内は絵画が映えるよう、明るすぎない明るさで、しんとしていた。
そこに待ち受けていたのは勿論ロバートだった。
「ようこそ、いらっしゃいました」
マイルズの顔つきがさっと変わった。
「これはどういうことだ」
「どうしてももう一度だけ、マイルズ様にイーヴィーの話を聞いてほしく、クラーラさんに嘘の招待状を出しました。お許しいただけるとは思っていませんが、どうかイーヴィーと、」
と言ってロバートが視線をやった先に、小柄な女が佇んでいた。
それがすぐにイーヴィーだと分からなかったのは、フード付きの大きなマントですっぽりと全身が隠れていたからだ。
全員の視線が集中した。フードをばっと脱いだイーヴィーに、クラーラとマイルズは目をみはった。
イーヴィーの最も目立つ特徴である、ピンクがかったブロンドヘアが、さっぱりとなくなっていたからだ。
まるで少年のように、こざっぱりと短い髪になっている。
驚きすぎて絶句する2人の前に進み出て、イーヴィーは真っ直ぐにマイルズを見上げて、言った。
「マイルズ、反省してるわ。深く、深く、反省してる。口だけじゃなんとでも言えるから、命の次に大事だって言われる、髪を切ってみたの。でもね、髪なんて全然、大事じゃない。あなたが一番大事。一番大切。誰よりも愛してるの。それだけは本当に分かって。そこを誤解されたままは嫌」
イーヴィーらしい、真っ直ぐな言葉だと思った。
潔い、少年と見まがうほどの短髪もイーヴィーだからこそ、キュートに見えた。
クラーラは祈るようにマイルズの反応をうかがった。どう出る、マイルズ様。
「…………イーヴィー……私もだ。愛してる、誰よりも君が大事だ」
震えるような声で言い、マイルズはイーヴィーをがばっと抱きしめた。
すっぽりとしたマントに包まれた短髪のイーヴィーは、背の高いマイルズに抱きしめられてすっぽりと隠れてしまった。
マイルズの肩が細かく上下に揺れている。
え、泣いている!?
クラーラはぎょっとしたが、ほっとした。
元に戻るべきところに収まったのだ。
抱きしめ合い感涙を流す2人を眺めていると、同じような顔で見ているロバートと目が合った。
やれやれ、というように苦笑を交わした。




