青天の霹靂
「分かったわ」
イーヴィーの声が響いた。
「他に女ができたのね。だから変な難癖をつけて、強引に婚約破棄しようとしてるのね」
えええっとクラーラは驚いた。
まさかマイルズに限って、そんなことは。
ロバートへの嫉妬をこじらせて、こんな風になってしまっているが、「愛しているからこそ疑心暗鬼になるんだ」と熱弁していたマイルズだ。
イーヴィーのことがいかに好きか、クラーラに小一時間も語って聞かせたマイルズだ。
他の女の影など微塵もうかがえなかった。
しかしマイルズは少し押し黙ったあと、
「そうだ」
と答えた。
え!?
会場はどよめきたった。
「君のことで思い悩んでいる私に、親身に寄り添って話を聞いてくれた人だ。彼女の人柄に惹かれた。私と他の男を天秤にかけて、フラフラしたりしない、誠実な女性だ。君と違ってね」
ええええ、とクラーラは胸の中で絶叫した。
マイルズにそんな女性がいたなんて、青天の霹靂だ。
嘘でしょう、あの惚気話を延々聞かされた時間は一体何だったのか。
あんなにイーヴィーのことを好きだ好きだ、可愛い可愛いと言っておいて、この仕打ち?
大体、『恋愛問題を相談しているうちに相談相手を好きになる』なんてありがちだけど、1番駄目なことだと思える。
その女性は、本当に『誠実な女性』なのか。
親身に寄り添うふりをして、疑心暗鬼になっているマイルズを取りこんだのではないかと、クラーラは邪推した。
君と違ってね、なんて言い方は無いだろう。
憤慨がピークに達したクラーラだが、内弁慶で社交下手で目立つことが苦手だ。
この場でしゃしゃり出て文句を言うことなど到底できず、ただ祈るように壇上を見た。
イーヴィー、負けないで。
「そこまで仰る相手なら、ここで名乗り出てちょうだい。いずれ誰か分かることよね。それならここで堂々と宣戦布告してほしいわ。本気でマイルズを愛しているなら、出てこれるはずよ」
さすがイーヴィー、強い。
その『親身に相談にのるふりをして略奪愛した女』を晒し上げて、この場で糾弾するつもりだ。
戦う女の目をして、イーヴィーは会場全体を見渡した。
ゴーンと戦いの合図のドラムが叩かれた音が聞こえるようだ。
皆も視線を泳がして、対戦相手の登場を待った。
緊迫した空気が流れる。
「どうやらお相手は逃げ腰のようね。熱くなっているのはマイルズ、あなただけで、その女性はそうではないみたいよ。人の恋路を邪魔しておいて、名乗り出ることもできないなんて」
イーヴィーの不戦勝となりそうだ。
ここまで煽られて出てこないとなれば、マイルズの虚言とも取られるだろう。
ん、そもそもこのパーティーに来ているのだろうか?
いないなら名乗り出ようがない。
「諦めが悪いね」
マイルズが呆れたように言った。
「君はどうしても認めたくないようだが、私たちはもう愛し合っているんだ。恥ずかしがり屋で名乗り出れないようだから、私から紹介しよう」
言いながら、マイルズは壇上を降り、ロバートの横を通り抜け、ロバートが歩いて行った道すじを辿ってきた。
人垣がさあーっと開ける。
え、えっ、えっ!
マイルズは蒼白しているクラーラの隣に肩を並べ、皆に振り返って言った。
「紹介します。ご存知の方も多いでしょうが、クラーラ・ドリス・ノースモア伯爵令嬢。あのライラ嬢の妹君です」




