ダンス
吹き抜けの階段を上がり、二階の広いバルコニーに出た。
一階は広いダンスホール、二階はそれを見下ろしながら談笑できるスペースがある。そしてバルコニーに出れば、酔いざましの夜風に当たることができる。
パーティーはまだ始まったばかりで、ちっとも酔っていないクラーラだったが、脈は早打ちし、動きがおぼつかなかった。
着飾ったパーティー会場で、異性と対になって行動する、というのが元々苦手だ。
社交界デビュー当初は、ダンスを申し込まれることもあったが、上手く踊れなかった。
男に手を取られ、腰に手を添えられると、腰が自然と引け、ロボットのようにぎくしゃくとした。
伯爵令嬢にあるまじきダンス下手が露呈し、エスコート相手も恥をかく羽目になった。
そして誰もクラーラをダンスに誘わなくなり、クラーラもパーティーに出てもなるべく壁際でひっそりと息を潜めてやり過ごすようになった。
もう行かなくていいと父親に言われたときにはほっとしたものだ。
しかしその代わりにお見合いしろと言われて、今に至る。
「足元、薄暗いので気をつけてくださいね」
先にバルコニーに出て、近くの丸テーブルにワインを置いたロバートが、振り返ってクラーラに手を差し出した。
クラーラがおずおずと手のひらを重ねると、優しく握られて、景色の良い方へエスコートされた。
「風が少し強いですね、寒くないですか?」
「はい、大丈夫です……ありがとうございます」
細かく気遣ってくれて優しいロバートに、意外に慣れているなと感じた。
王都生まれ王都育ちの伯爵令嬢クラーラより、田舎の子爵家のロバートのほうが、洗練されていてスマートだ。
恥ずかしい、とクラーラは思った。
しかしここで卑屈さに甘んじている場合ではない。
どんなに不格好でも、言葉にしなくては伝わらない。
「あっあの、すみませんでした。私、誤解をしていました。あの夜、イーヴィーとの会話を盗み聞きして、失礼だって怒りましたけど、ロバートさんの言葉は聞いてなかったのに。イーヴィーを叱ったそうですね。この前、イーヴィーから聞きました。私、それを知らなくて……」
ああぁ全然上手く言えない。的を射ない説明に自分でもどかしい。
「とにかく、勝手に決めつけてすみませんでした。私こそ、ロバートさんに失礼なことを言ってしまいました」
ロバートはゆっくりと首を横に振った。
「とんでもない。失礼なことをしたのは妹です。僕もこのパーティーの前に、イーヴィーから聞きました。イーヴィーの身勝手な話を全部聞いた上で、それを受け止めて、交友を続けてくださってるそうですね」
イーヴィーは確かに身勝手だが、やはりとことん素直なのだ。
兄ロバートにも全部話したとは。
マイルズ様のことを愛しているけれど、兄のロバートへの想いも手放したくない、けど苦渋の決断で、親友のクラーラになら譲っても良いと。
その話をロバートはどう受け止めたのか。
「僕のこともお許し頂けるなら、仲直りのしるしに一曲踊ってくださいますか」
クラーラは目を軽くみはった。
「でも、私、ダンスが笑えるくらい下手で……」
「ではダンスではなく、手を繋いで曲に合わせて体を揺らす運動、はどうですか? こう、適当な感じで」
そう言って、ゆらゆらクラゲのように揺れてみせるロバートに思わず笑った。
「ゆるいですね」
「はい。肩の力を抜いて、ゆるくいきましょう」
ワイングラスで乾杯をして、夜景を見ながら飲んだ。
それから2人は階下のダンスホールへ降り、演奏されている曲に合わせて、一緒に体を揺らした。
ホールの中心で踊っているのは、本日の主役のマイルズとその愛くるしい婚約者、イーヴィーだ。
華々しい2人を眺めながら、壁際でロバートと手を繋ぎ、肩を並べてゆらゆらと揺れる。
クラーラは思った。
スポットライトを浴びることのない脇役も、案外心地が良いものだ、と。