誤解
「最近よそよそしいと思ったら……そういうことだったのね」
イーヴィーがばつの悪そうな顔をした。
「あの話を聞いていたなんて。ごめんなさい。あれは冗談半分で、ロバートをからかって言ったの。半分は本音よ。私はマイルズと結婚するけど、ロバートが誰かと結婚して、私よりその人を大事にするのは嫌だもの」
どんな苦しい言い訳が返ってくるのかと思ったら、大胆な開き直りだったので、クラーラは面食らった。
「すごく嫌なことを言ってるの、自覚あるわ。でもそれが本音。でもね、クラーラは男嫌いで、できたら表面的な体裁だけの結婚をしたいって言ってたから、それならロバートがいいわと思ったのよ。だって望みが一致するでしょう」
そう、確かにそうなのだ。
クラーラが望む条件に当てはまるから、ロバートを紹介したまでのこと。
なら怒る必要はないと思いたいのに、やはり不快さが先立った。
「そうね。でも、実は大好きなお兄さんにずっと1番に想ってほしいからって、愛し愛される可能性のない女を――しかも親友をあてがおうなんて、私とロバートさんに失礼すぎない? しかも私には『結婚すればだんだん夫婦らしくなって、いつか子どももできるかも』って励ましてくれたわ。嬉しかったのに、心にもないことだったのね」
イーヴィーとは気が置けない仲だったが、ここまで遠慮なくきついことを言うのは初めてだった。
イーヴィーの大きな瞳がうるうると水気を帯びていく様を見て、言いすぎたことに気づいた。
まずい、泣かせてしまう。
しかしイーヴィーは涙を下まぶたの縁に留めたままそれを零さず、
「それも嘘じゃないもの」と言った。
「悔しいけど、いつかはロバートも結婚して、奥さんを愛して、大事な子供ができる。嫌だけど分かってるし、ロバートには幸せになってほしいもの。だったら相手は全然知らない人じゃなくて、クラーラがいいって思ったの。クラーラなら間違いないって、知ってるもの。真面目で良識的で優しくて、弱そうに見えて芯が強くてしっかりしてるし、親切で誠実だし……とにかくクラーラなら、いいって思ったの」
涙をこらえて大きな瞳を見開き、小さい子供のように必死なイーヴィーに、クラーラは完全に敗北した。
こんなに可愛いなんて卑怯だ。
反則レベルに可愛い上に、イーヴィーはとことん素直だ。
どんなに分が悪くとも嘘をつかない親友の性格を、クラーラは熟知していた。
そのせいで、どれだけの女生徒を敵に回してきたか。
「分かったわ、イーヴィー。ありがとう、正直に全部話してくれて。でも買いかぶりよ。私はイーヴィーが思うほど、良い人じゃないわ」
「それでもいいの、まだ友達でいてくれる? 親友ってさっき言ってくれて嬉しかったの。まだ親友でいいの?」
「ええ」
クラーラが笑うと、イーヴィーもほっとした笑みを見せた。我慢していた涙がこぼれ落ちて、泣き笑いになった。
2人はぎゅっと抱きしめ合い、仲直りの喜びを共に噛みしめた。
「…………でね、お願いがあるの」
しばらくして落ち着きを取り戻したイーヴィーが、
「最初に言ってた、マイルズのことで」
と話を巻き戻した。
そうだ、そういえばその話だったとクラーラは思い出した。
マイルズがイーヴィーとロバートの仲を疑っていて……のくだりから、話が違う方へ転がってしまったのだ。
「あのね、もうすぐマイルズが誕生日でしょう。そのお祝いのパーティーに、ロバートと一緒に出席してほしいの」
「えっ? 何で?」
「ロバートとクラーラがいい雰囲気なのを、マイルズに見せつけてほしいの」
何のために?と聞く前に気づいた。
「マイルズ様の疑惑を払拭するため?」
「そう! さすがクラーラ、察しがいいわ。お願い、協力して!」
「えっ、無理むり! だって私、この前――…ロバートさんが訪ねてきたとき、追い返してしまったのよ」
「えっ、ロバートがクラーラを訪ねたの?」
イーヴィーが驚いた。
知らないということは、ロバートがあの日訪ねてきたのは自らの意志で、イーヴィーに話しもなかったということだ。
そこでクラーラは、イーヴィーにあの日のことを話した。
お礼のブローチを貰ったことと、リマー子爵家で盗み聞いた話のことでロバートを非難したことを。
好きだと告白されたことはさすがにこのタイミングでは、言いづらかった。
兄ロバートへの執着は確かにある、とイーヴィーから今聞いたところだ。
「だから、ひどいことを言ってしまったし、ロバートさん、もう私とは顔を合わせたくないと思うの……」
「ねえ、どうしてロバートに怒ったの?」
イーヴィーは怒る風ではなく、不思議そうに聞いた。
「私に怒るのは当然よ。でもロバートは、あの夜私を叱ったのよ? いい加減にしなさいって。こんな私と友達でいてくれるクラーラに感謝して、大切にしなさいって」
クラーラは絶句してしまった。
そんな……そんな話は聞いていない。
そうだ、思い返せば、イーヴィーがロバートの肩に寄りかかって話すのを聞いたが、一方的だった。
それに対してロバートが何と返したのか、聞かなかった。聞かずに立ち去ったのだ。




