初めまして、親友のお兄様
「ようこそいらっしゃいました。初めまして、イーヴィーの兄のロバートと申します。いつもイーヴィーがお世話になっております」
イーヴィーの申告どおり、ロバートは男性にしては小柄で線が細く、女顔だった。
栗色のサラサラの直毛と琥珀色の瞳、穏やかそうなどちらかというと地味な顔立ち。
イーヴィーとあまり似ていないなというのが第一印象だ。
「あ、はい…いえ、こちらこそ……」
初対面の男性には特に物怖じしてしまう。
スマートな挨拶を何度も練習していたのに、いざ本番になると汗が出て、もごもごと口ごもった。
こちらこそお世話になります、クラーラ・ドリス・ノースモアです。
「荷物はゲストルームに運び入れますね。夕食まで部屋で少し休まれてください。長旅でお疲れでしょう」
「いえっ、はい……ありがとうございます」
さっと目を伏せたクラーラの腕をイーヴィーが取った。
「二人とも堅苦しいのは抜きよ。ロバートもそんなにかしこまらなくていいから。かっこつけちゃってぇ」
「イーヴィー、大人はね、そういう訳にはいかないの。ちゃんとしたいんです。だから茶化さないでよね、恥ずかしい」
そういうとロバートは本当に恥ずかしそうに頬を赤らめた。
それを誤魔化すようにさっと使用人の方へ向き直り、用事を指示した。
荷物の運搬は彼らへ任せ、クラーラはイーヴィーに手を引かれるままゲストルームへ向かった。
イーヴィーの兄、ロバートとお見合いすることに躊躇したクラーラだったが、
「正式なお見合いだとそれぞれの親に話を通さないといけないし、クラーラもプレッシャーに感じるでしょう。もし上手くいかなかったらって。だからもっとお気楽に、友達の実家に遊びに来てみたって感じでいいんじゃないかしら。実際に会ってみて兄のことを気にいってくれたら、お膳立てするわ」
というイーヴィーの提案が背中を押してくれた。
ちょうど長い夏の休暇が始まるタイミングだったので、イーヴィーの帰省に伴ってイーヴィーの故郷へやって来た。
少し前まではイーヴィーとの付き合いをよく思っていなかった両親も、イーヴィーが力のある公爵家の令息と婚約した途端、手のひら返しで好意的になったため、快く送り出してくれた。
戻ったら婚活に専念すると約束したのも良かったのだろう。
「ねっ、どうだった? ロバートの印象。合格? 悪くはないでしょう?」
ゲストルームで二人きりになるなり、イーヴィーが小犬のように迫ってきた。
「あ、うん……いいわ。優しそうで……」
正直相手の印象よりも、自分がどう思われたかの方が気にかかった。
イーヴィーの親友にしては地味で面白味がなく、ボソボソとした挨拶を返すので精一杯の冴えない女。
期待外れだ、がっかりだと思われてなければいいけれど。
「それよりもごめんなさい、私ろくに挨拶もできなくて」
「えっ、どこが? 全然。ちゃんとしてたよ、クラーラはいつも気にしすぎ。私なんて、ただいまも言ってないって、今気づいちゃった」
あはっと笑うイーヴィーの可愛らしさと天真爛漫さにいつも癒やされる。
もしイーヴィーと本当に姉妹になれたら、楽しいだろうな。
クラーラはそっと微笑んだ。
しばらくしてメイドが呼びに来て、夕食の場に招かれた。
そこで子爵と夫人を紹介され、緊張しながらも先ほどよりはうまく挨拶と雑談ができた。
イーヴィーがムードメーカーとなり、うまく話を繋いでくれたからだ。
学園生活での失敗を面白おかしく語り、クラーラがいかに優しく助けてくれたかを熱弁する。
あまりに持ち上げてくれるので気恥ずかしくてたまらなかったが、イーヴィーがよく喋ってくれるので助かった。
「イーヴィー、喋ってばかりで食事が進んでないぞ」
「本当。クラーラさんを見倣ってちょうだい、さすが伯爵家のご令嬢でいらっしゃるわ。おしとやかで気品があられて。ねえ、ロバート」
「ええ、そうですね」
子爵夫人の問いかけにロバートは頷き、手を止めてクラーラを見た。
「クラーラさんがイーヴィーと仲良くしてくれて、本当に嬉しいよ。ありがとう」
にこりと細められる琥珀色の瞳は、とても優しげだ。
確かに、この人のことはあまり怖く感じないかもしれない。
華奢な骨格に綺麗な顔立ち、サラサラ髪で清潔感あふれ、透明感があり、柔らかい声が心地よい。
声を張り上げることなく控えめの声量で話し、無口だが無愛想ではなく、穏やかに微笑む。
食事と雑談を終えて部屋に戻ると、イーヴィーがやって来た。
「明日はロバートと二人でデートよ。私は地元の友人グループと会うから、クラーラに街を案内してあげてってお願いしたの。クラーラさえ良ければ喜んで、って。お願いクラーラ、ロバートとデートしてあげて」
「えっ、いきなり二人で?」
「ええ、そうよ。私がいたら、二人とも私にばかり話しかけるんだもの。もっと話さなきゃ。デートしてみて、クラーラが嫌だったら諦めるわ。ロバートとくっつけるの。でも絶対二人、いいと思うの。ワクワクするわ〜。ねえ、何着ていく?」